グローバル視点で見るリスキリングと賃金動向の最新トレンド~リクルート・Indeed共同調査レポート~
2024年6月17日、リクルート・Indeed共同主催の『「グローバル転職実態調査 2023」報告書 発表会』がリアル&オンラインで開催されました。本イベントでは、世界各国の雇用・賃金動向やリスキリング(技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、業務上で必要とされる新しい知識やスキルを学ぶこと)についての最新調査結果を発表※1。第1部ではIndeed Japan株式会社 Indeed Hiring Lab エコノミストの青木雄介氏より『グローバルの賃金動向とリスキリングの実態』、第2部では株式会社リクルート 特任研究員の高田悠矢が『リスキリングを再考する』をテーマに講演しました。当日の内容を一部抜粋してレポートします。
※1:「グローバル転職実態調査2023」調査対象国:アメリカ、イギリス、インド、オーストラリア、カナダ、韓国、スウェーデン、中国、ドイツ、日本、フランス(50音順)本取り組みでは、11カ国のフルタイム勤務者に対してアンケート調査を行ったもので、対象者は「直近に転職を経験しているもの」のみに限定
グローバルの賃金動向とリスキリングの実態
青木雄介(以下、青木):本日の発表の多くは、Indeedがリクルートと共同で実施した「グローバル転職実態調査2023」に基づいています。私のパートでは、グローバルで賃金の推移がどうなっているのかの動向をおさえた上で、各国のリスキリングの実態を紹介したいと思います。
グローバルで見た賃金と物価の推移
青木:最初に、各国の「賃金と物価推移」について。2015年を基準(100)とした場合、「名目賃金指数(青色)」「消費者物価指数(赤色)」の推移がどのようになっているかを見ていきましょう。日本では、賃金・物価もともに伸びにくい状況が続いています。一方、アメリカやイギリス、カナダでは、賃金上昇が物価上昇を上回っている。また、ユーロ圏やオーストラリアでも、物価上昇が上回る推移にはなっているものの、賃金上昇も物価を追いかける形になっており、いずれにしても日本とはかなり異なる傾向を示しています。
仕事の満足度と転職動機
青木:もうひとつ、日本が他国と大きく異なる点があります。それは「仕事への満足感」で、全てにおいて非常に低くなっていること。特に「現在の給与」の満足感が低いことが顕著であり、続いて「現在までの自身の職業キャリア」「現在の会社」が続きます。
青木:逆に、日本を含め各国で共通しているデータもあります。それは「転職動機=転職の目的や企業選び」においては、「給与を高めるため」という項目が重要視されていること。転職に際して賃金を考えるというのは、極めて自然なことであると言えます。
外部環境から見える、リスキリングの重要性
青木:注目したいのは、アメリカでは学歴や経験要件が緩和され、「スキル」を重視する企業が増えていること。アメリカに追随して、このような傾向が今後グローバルにも出てくるのではないでしょうか。
また、デジタル化の進展により、仕事の内容も大きく変化しています。このような状況から、リスキリングの重要性は、ますます高まっていると考えられます。
日本のリスキリングにおける現状と他国との違い
青木:日本におけるリスキリングの実態として興味深いのは、重要性を理解している人が多いにもかかわらず、実際に取り組んでいる時間=量が少ない、という点です。それがどこからきているのか、次で考察していきます。
青木:こちらのグラフが示しているように、日本は他国に比べて、将来のキャリアをイメージできていない割合が、圧倒的に大きいことが分かりました。学びやリスキリングを、欧米諸国は「中長期的」に見ているのに対して、日本は「短期的」に見ていることの表れでしょう。
青木:「リスキリングに取り組む目的」において、日本と他国との違いです。欧米諸国では「教養のため」が多いですが、日本は「給与や報酬を上げるため」「現在携わっている業務のため」といった目的が上位にきます。
今回の調査から見えたリスキリングにおける日本と他国との違いは、「リスキリングの量」と「リスキリングに対する考え」です。日本はリスキリングへの意識は高いにもかかわらず、実践ができていないのは、中長期的なキャリアイメージが描けていないからかもしれません。それが、リスキリングの実践を妨げている要因のひとつだと考えられます。
リスキリングを再考する
高田悠矢(以下、高田):ここからは、リスキリングの施策を再考していきたいと思います。リスキリングは、ある意味で世界的なブームになっていると言えるでしょう。しかしながら、キャリアに対するスタンスや、労働市場の構造は各国で大きく異なります。それらの違いを明らかにすることが、日本において意味のある、リスキリング実現の一助になれば嬉しいです。
雇用の流動化を阻んでいるもの
高田:まず、転職市場における他国と日本の違いを考察したいと思います。欧米諸国ではリスキリングがキャリアアップや賃金上昇に直結していると考えられており、その結果として、実際の取り組みも活発です。これに対して、日本は転職しても賃金が上がりにくい、という課題があります。ここでは、その状態を「不健全」と表現しています。補足したいのは、「転職によって賃金を上げるべきだ」と言いたいわけではありません。あくまで転職は、自分の目的が達成されれば良いと考えます。ただ、自らのキャリアを自律的に考えていく上で、会社を変える度に賃金が下がるなど何か損失があると、やはり健全な状態とは言えません。
また、日本では「ジョブ・ディスクリプション(職務内容記述書)の普及率」が低く、「入社時の賃金交渉」を行わないケースが圧倒的に多い。くわえて「入社後も賃金交渉は行わない」ケースも多く、それらが「健全な雇用の流動化」を阻んでいる可能性があります。
高田:関連して、「転職時に役職が上がったか」という設問についても、日本は11カ国中、最下位です。これは、新卒一括採用・年功序列型の賃金・終身雇用など“日本的雇用”に派生した考え方・文化が残っている象徴的な事例だと思います。アメリカを例に出すと、ある会社の“課長”が、別の会社では“部長”として引き抜かれるなどキャリアアップするケースが多いですが、日本ではまだまだ少ないかと思います。
キャリア自律の意識向上のために
高田:これまで出てきた項目を並べてみます。青木さんからもありましたが、日本は「リスキリングの意識面」は4位と高いものの、「実践面=取り組んでいる時間」と、「キャリア自律に対する意識面・実践面」では11カ国中、最下位という結果でした。さらには「健全な雇用の流動(転職時に1割以上賃金が増加した人の割合)」が最下位になっています。
ちなみに、リスキリングの効果を実感している人の割合も、日本は最下位。このように、リスキリングに対する意識や行動の違いが、キャリア自律の意識・行動にも大きな影響を与えていると考えられます。
未来から逆算したリスキリング
高田:改めて、日本の課題を振り返ってみたいと思います。日本では転職による賃金・役職上昇率が低いため、労働者が転職に対して消極的になる傾向がある。このような環境では、労働者が自らのキャリアを設計する動機が低下し、キャリア自律の意識も低くなってしまいます。キャリア自律に対する意識を高めることは、リスキリングを進める上で不可欠です。そういった構造的背景から、リスキリングを考え直す必要があるのではないでしょうか。
キャリア自律の意識が高まれば労働市場の流動性が高まり、結果、労働市場の「質」も上がります。それは、逆もしかり。自分のキャリアを会社に預けるのではなく、“自分のもの”として主体的に捉える。目指すべきキャリアを描き、その未来から逆算して、今やるべきリスキリングを再考することが、人生を切り拓くことにつながると思います。
登壇者プロフィール
※プロフィールは取材当時のものです
- 青木雄介(あおき・ゆうすけ)
- Indeed Japan株式会社 Indeed Hiring Lab エコノミスト
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外資系コンサルティングファームなどでエコノミスト・データサイエンティストとして政府・民間・司法機関に向けた経済統計分析及び報告書作成に従事。2022年8月より現職。Indeedのデータを活用してOECD及び日本の労働市場を分析し、外部関係者に向けて分析結果・インサイトを発信している。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで経済学の修士号、東京工業大学で経営工学学士号を取得
- 高田悠矢(たかだ・ゆうや)
- 株式会社リクルート 特任研究員
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2010年に工学系修士課程修了後、日本銀行入行。経済指標の推計手法設計や景気判断などの統計分析業務に携わる。2015年リクルート入社。事業戦略・人事戦略策定のための分析や推薦エンジン開発などデータ起点の取り組みの企画・実行を担う。2021年にRe Data Scienceを創業、同時にリクルート特任研究員就任。2018年より総務省統計改革実行推進室研究協力者