PEOPLE人を知るワークス研究所
研究員個人インタビュー
一度きりの人生を「人と仕事」の未来に懸ける。
フィールドワークで真の課題をあぶり出し、
「半歩先」を見据え、社会に必要な研究を追求する。

官僚から研究者の道へと駆り立てた、
東日本大震災の被災地支援。
私がリクルートワークス研究所を選んだ理由は、「人と仕事の研究を人生の仕事にしたい」という強い想いを実現できると考えたからです。この想いに至った背景には、私の経験とそこから得た気づきが深く関わっています。
話は高校時代に遡ります。当時、社会人を招いて話を伺うイベントの企画や、国会議員の討論会の司会などを経験しました。さまざまな分野で活躍している大人との出会いを通して「それぞれが同じ人間なのに多様な才能を発揮し、全く異なる道を歩むようになるのはなぜだろう」と疑問を持つようになりました。まるで粘土のように、人間は環境次第でいかようにも変化し、その可能性は無限大なのではないかと感じたのです。ここから、人間の可能性を引き出し、より良い方向に導くことへの関心が芽生えました。
大学では教育社会学を専攻して、専門学校の学習空間の研究をしていました。卒業後も研究の道に進むことも考えたのですが、世間でリーマンショックが起こって就職するのも大変な時代のなかで、当時は研究者として食べていく自信もなかったため、「この社会をより良くする」ことを純粋に追及できる経済産業省に就職しました。
経済産業省では、産業人材政策やコンテンツ産業の海外展開支援、震災からの復興、成長戦略の策定などに携わり、マクロな視点から社会課題を捉える力を培いました。特に成長戦略の策定では、政府全体の仕事に関わることができ、貴重な経験をすることができました。
キャリアを積む中で、福島復興支援の経験が大きな転機となりました。
被災地の仮設住宅を訪れ、住民の方々の声に耳を傾ける中で、自分の無力さと現場で活躍する人々の力強さを実感しました。東京の経産省の本社では粛々と静かに目立つことなく仕事をしているような方々が、そこでは大活躍していたのです。なにか大きな勘違いをしていたのではないか。人間は、環境によっていかようにも変化しうるものであり、活躍の度合いも大きく変わるのだと改めて痛感しました。私は経産省では多少の価値発揮はできていると自負していたのですが、自分は経産省のなかで”下駄をはかされていた”だけだったんだなと。
人々がより良く働き、生きることができる環境づくりに貢献したいという想いから、元々志していた研究、特に「人と仕事」の研究を人生の仕事にしようと決意し、転職を決めました。
転職先としてリクルートワークス研究所を選んだ理由は大きく三つあります。
まず第一に、「人と仕事」に特化した専門性の高い研究機関であること。
育成や労働など、「人と仕事」に特化した研究機関は日本に多くありません。過去から蓄積されてきた専門性の高い知見を活かして、新たな課題を発見し解決策を社会に提示し続けている点に魅力を感じました。
第二に、「社会」としっかり対峙できること。
一般的なシンクタンクは企業や組織など特定の依頼者から委託を受けますが、リクルートワークス研究所にはクライアントはいません。あえて言えば、「社会」がクライアントとして研究を進めます。これにより、特定の企業や組織の利益ではなく、社会全体の利益を追求できる点も大きな魅力です。
第三に、自身の問題意識に基づいた研究が可能であること。
リクルートワークス研究所では、研究者自身の問題意識に基づき研究テーマを設定します。自身の想いから始まった研究成果が社会にインパクトを与えることは、個人の責任感と成長を加速させます。「誰かが言ったことだから失敗しても良いや」ではなく、成功も失敗も、全て自分の責任となる研究ができる。一度きりの人生なのですから、これも重要なポイントでした。
これらの理由から、リクルートワークス研究所が「人と仕事」の研究を通じて社会をより良くしたいという私の情熱を実現できる環境だと感じ、転職を決意しました。

大きな反響を呼んだ「未来予測2024」。
労働市場に対する問題意識を起点に独自研究。
現在はリクルートワークス研究所で研究員として、主に日本の労働市場の未来、特に人口動態の変化がもたらす影響について研究しています。他にも若年労働なども専門としている領域ですが、現在は大きく分けてふたつのプロジェクトに携わっています。「未来予測2040」と「令和の転換点」です。
「未来予測2040」では、高齢化が労働市場に与える影響を予測しました。特にエッセンシャルワークと呼ばれる、社会生活維持に不可欠な仕事の人員不足が、今後ますます深刻化するという問題を指摘しました。
この研究のきっかけは、コロナ禍で地域の介護施設や物流会社の方々と会話を重ねるなかで、深刻な人手不足を目の当たりにしたことです。
そこで、2021年10月に労働力を十分に確保できない状況、「労働供給制約」をテーマとし、未来予測をする研究をはじめました。しかし当時、コロナ禍による一時的な経済停滞から、人手不足に対する問題意識は薄れていました。そのため研究に対しては研究所内外から賛否両論ありました。しかし、私は「むしろ意見が分かれるということは、まだ答えが出ていない本質的なテーマである証拠ではないか」と感じていました。取り組む価値があるのではないか、と。
その後、研究の先見性が注目されテレビや新聞などでも取り上げられ、大きな反響がありました。社会全体の問題となりつつある働き手の不足について、いち早く詳細なデータを示すことで、各地域でのさまざまな取組に繋がっています。
さらに、「令和の転換点」ですが、これは「未来予測2040」で示した予測を理論的に実証する研究です。
この研究の目的は、世帯人数や高齢化率などの指標を用いて、各国が将来の労働市場の変化を予測し、適切な政策を立案できるよう支援すること。高齢化は日本だけでなく、世界中で起こり得る問題です。そのためこの研究結果によっては、高齢化が社会、特に労働市場にどのような影響を与えるのか、その転換点はいつなのかを明らかにできるかもしれないと考えています。
仮説、データ、現場を行き来する。
社会課題の「半歩先」を捉える研究を
リクルートワークス研究所には基幹プロジェクと個別プロジェクトというものがあり、ここでは基幹プロジェクトである「未来予測2040」と「令和の転換点」の進め方についてお話しします。
まず最初に、研究員が自らの問題意識に基づき、自由に研究テーマを起案します。この点が、他の研究所とは大きく異なる点だと思います。
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会を創造する
」を理念に掲げ、「半歩先の研究」、つまり、現時点ではまだ顕在化していない、しかし将来的に大きな問題となるであろう社会課題を先取りして研究することを重視しています。研究員は外部からの指示や制約にとらわれず、自分が本当に重要だと考えるテーマ、社会に貢献できると信じるテーマを、自由に追求することができます。
次に、起案したテーマについて、研究所内外の有識者も交えて議論を行い、研究計画を策定します。特任研究顧問の方々とのディスカッションを通じて、研究テーマの社会性や独自性、実現可能性などを多角的に検討します。
このプロセスでは、「どのような社会課題の解決に貢献し得るのか」「先行研究と比べてどのような独自性があるのか」「その研究が自己満足に陥っていないか」といった点が、特に重視されます。
研究計画が承認されたらプロジェクトメンバーを募り、具体的な調査・研究内容について議論します。
その後、プロジェクトメンバーとの議論を踏まえ、具体的な調査方法や分析手法などを検討し、調査計画を立案します。計画に基づき、実査を行うわけですが、調査手法は多岐に渡ります。アンケート調査などの定量調査、公的統計の二次分析、インタビューやヒアリングなどの定性調査、そしてフィールドワークなど、国際調査も含め研究テーマや目的に応じて最適な方法を選択します。
例えば、私は全国各地を飛び回り、課題を感じている現場の方々と直接対話することを重視しています。真実は細部に宿る。社会実装につながるソーシャル・イノベーションは現場の必要性から生まれるからです。先週は岐阜に足を運びましたし、来週は福岡に行く予定です。
このような調査を通して収集したデータを、分析・整理し、考察を深めます。ここでも、自分ひとりで考えるだけでなく、研究所内外の多様な人々と対話を重ねることが奨励されています。
研究成果は、報告書、書籍、メディアへの寄稿、講演など、さまざまな形で発信します。リクルートワークス研究所は、研究成果(コンテンツ)の発信と対話を通じて、さらなる問題意識や仮説を生成し、またそれを発信するというサイクルを高速で繰り返す「コンテンツプロデュースサイクル(CPC)」という研究哲学を重視しており、研究のなかで多様なフィードバックを得ることを大切にしています。
一連の流れのなかで特徴的なのは「異分野とのシナジー」です。
リクルートワークス研究所には、経済学、経営学、社会学、心理学など、多様なバックグラウンドを持つ研究員が集まっています。異分野の研究者はそもそもの扱うデータや分析の方法が異なるため、通常同じテーマについて深く議論を交わす機会は多くありません。しかし、リクルートワークス研究所では、「社会を良くする」という共通の目標のもと、日常的に異分野の研究者と議論し、協力して研究を進めているのです。
例えば、「令和の転換点」プロジェクトでは、社会学・経営学系の私と、経済学が専門のアナリストが、それぞれの知見を持ち寄り、理論モデルの構築を進めています。このプロセスは、まさに異分野間の「化学反応」そのもの。お互いの専門用語や研究作法の違いで大喧嘩になることもありますが、それ以上に、自分ひとりでは決して辿り着けなかったであろう、新たな発見や気づきを得ることができています。その実感があることは、ワークス研究所の仕事ならではの楽しさですよね。
こうした経験は、研究者としての視野を大きく広げ、自身の成長にもつながっていると実感しています。

誰かの声が研究を磨く。
日本、そして世界の「働く」をより良くしたい。
社会から反響を得られることは大きな魅力ですね。
私たちは「コンテンツプロデュースサイクル(CPC)」に基づいて、研究の途中段階から積極的に外部に発信を行っています。そこで得たフィードバックを真摯に受け止め、さらなる議論を重ねることで、研究の精度や説得力をより一層高めていくことができるためです。
実際に研究成果を発表すると、現場の方々、企業、行政、メディアなどから、本当にさまざまな反応が返ってきます。
研究というと、どうしても「固い」「難しい」といったイメージを持たれがちですが、私たちの研究は、社会の一人ひとりの「気づき」を生み出すことを目指しています。「私のことを言ってくれている」「よくぞ言ってくれた」「そういう見方があるんだな」という、気づきです。
実際に、私が研究を始めた当初、研究に関心を持ってくださるのは、行政や都市部の企業の方が中心でした。しかし、発信を続け、多くの地方企業や現場の方々と関わる中で、「働き手不足」という、中小企業や地方の企業の方々も、現場で起きている問題を捉えてくれている、と共感してくださる方が増えてきたのです。
そのため段々と「同じ目線で、一緒に課題を考えてくれる人」として、本音で語り合えるようになってきた、いえ、まだまだだと思いますがそうなっていきたいと思っています。「古屋さんの取り組みについてもっと聞きたい」「こんなことを考えているが、どう思うか」と相談を受けるような人にもっとなっていきたいですね。
自分の考えや経験から着想を得て着手している研究は自分の魂そのものなので、そのような変化や社会からの反響は、何よりのモチベーションとなります。自分たちの研究が、確かに社会とつながっている、社会の役に立っているという実感が、次の研究への意欲を掻き立ててくれるのです。
今後の目標としては、これまで以上に社会との対話を深め、研究成果を具体的な社会課題の解決につなげていきたいと考えています。
今、私たちが取り組んでいる「令和の転換点」という研究は、いずれ中国や韓国など、高齢化が進む他国の人々の役にも立つはずです。
私は研究を進めることで、「本音で話ができる人が増えていく」という実感を持っています。そう考えると今はまだ、”途上国の電気が届いていない地域で働いている人たち”と直接関わることは難しい。しかし、この仕事には、そうした人々とも、研究を通じてつながっていける可能性があるんです。そのことに、私は研究者としての大きなやりがいと、希望を感じています。
また、リクルートワークス研究所の研究員として、「半歩先の研究」にこだわり続けたいという思いもあります。社会の表面的な動きに惑わされることなく、その背後にある本質的な課題を見抜き、未来を的確に予測する。そして、社会がまだ気づいていない、しかし確実にやってくる課題に対して、いち早く警鐘を鳴らし、解決策を提示していく。そうした、社会の羅針盤としての役割を、これからも果たしていきたいと考えています。
そのような社会の役に立つ研究を一緒に進めてくれる、新しい仲間との出会いにも期待しています。多様なバックグラウンドを持ち、「社会を良くしたい」という強い志を持った方々と、ともに未来を切り拓いていけたら、これ以上の喜びはありません。

※記載内容は取材当時のものです。