リクルートが可能にする新たな時代のデザインとビジネスの融合
デザインのマネジメントを中心に様々な領域を横断する、デザインディレクターの村本浩二とクリエイティブディレクターの萩原幸也。情報の多様化が進む今、リクルートのデザインに求められるものとは何か。リクルートを代表する2人のクリエイターに話を聞いた。
デザインのマネジメントを中心に様々な領域を横断する、デザインディレクターの村本浩二とクリエイティブディレクターの萩原幸也。情報の多様化が進む今、リクルートのデザインに求められるものとは何か。リクルートを代表する2人のクリエイターに話を聞いた。
村本 浩二
デザイン
デザイナー(UI/UX)
萩原 幸也
デザイン
アートディレクター(マーケティング/コミュニケーション)
村本
私は住まい領域の『SUUMO』というサービスのプロダクトデザインに携わっていて、デザインディレクターとしてWebやアプリのUIデザインやヴィジュアルデザインを日々改善し、より使いやすいプロダクトにするための仕事をしています。
また、『SUUMO』プロダクトのUIガイドラインを構築したり、キャラクターやロゴのルールを定めたブランドガイドラインをチームで策定するなど、『SUUMO』ブランドとしてのデザインガバナンスを守る役割も担っています。
萩原
僕は、コーポレートに関する業務とサービスに関する業務という2つのミッションを担当しています。そのうちサービスの業務というのは、リクルートグループのサービスの広告や販促などのアートディレクションやクリエイティブディレクションを行う仕事です。例えば、テレビCMやWeb動画といったクリエイティブをマーケティングチームと一緒につくっています。
うちは20人ぐらいの組織なんですが、それぞれに担当領域を決めていまして、僕はライフスタイル領域と呼ばれる『ホットペッパーグルメ』『ホットペッパービューティー』『じゃらん』あとは『Airレジ』『Airペイ』などのSaaSを取り扱う領域と、『リクナビ』『リクナビNEXT』などのHR領域を担当するチームのマネジャーをしています。
村本
私は2017年にリクルートに入社したのですが、その前は受託制作の会社でクライアントワークをしていました。受託制作というのは、ある程度つくる目的や制作要件が決まっていて、予算やスケジュール、限られたリソースの中でいかに品質高いものをアウトプットし納品できるかがデザイナーとしての価値につながっていました。一方、事業会社であるリクルートの場合は、デザイン業務の幅がまったく違います。まずデザインのタスクを自らが整理・分解し、制作要件やスケジュールを調整し、つくって納品したらゴールというわけではなく、つくったものと事業の整合性を確認するというところまで求められる。そのため、時には事業戦略のキャッチアップや企画の要件定義など上流の会議体にも関与しながら制作を進めていく必要があるんですが、そこが難しくもあり、やりがいがあるところだと思っています。
また、リクルートに来て感じているのは、もちろん大きな企業ですから障壁はたくさんあります。ただ私たちはそれを、制約や縛りととらえず、乗り越えるべき壁ととらえています。そういった高い壁がありながらも、その中で自由にやっていいという文化があるので、言い換えると、事業として得るものがあり周囲を説得さえできれば何でもやっていいというか。そういう責任のある自由の中でデザイン業務をやると、これまでのキャリアとは違ったデザインのやりがいを感じますね。
萩原
僕はリクルートで16年目になるのですが、とにかくこの会社が好きです。リクルートは事業の領域が広いですが、その幅広い領域を横断的にクリエイティブに関わる機会がたくさんあります。それは他社ではなかなかできないことだと思います。
それと、僕自身の想いとの相性というのもあると思います、例えば、僕は個性的なお店がたくさん集まっているような街が好きなんですが、そうした景色をもっと増やしたいと思っても1人の力だと限界があります。でも現在担当しているAir ビジネスツールズに関わることでそうしたお店の業務支援に繋がったりする。このような社会への貢献もリクルートの魅力ですね。
村本
リクルートでは、よく「見立てる」「仕立てる」「動かす」※仕事の仕方が重要だと言われています。私たちはデザイナーなので、「仕立てる」という部分、つまりデザインするというところは当然求められるのですが、リクルートに来てからは特に「動かす」部分が大事だと実感しています。
「動かす」というのはとても広い意味を持っていますが、その中には「人や組織を動かす」というニュアンスもあります。上司やチームのメンバーに「なぜこれをやるのか」を説明しながら、必要な方向に向かって動いてもらう。そうやって一人ひとりが事業との整合性を考えながら、良いプロダクトを仕立て上げ、周りを動かしていく、その動きが集約されていくことで、人々の生活や社会を少しずつ変えていく大きな力になっていくのです。もちろん、裏付けのないロジックや自分の想いだけを説明しても人は動いてもくれません。動かしたい相手に合わせて、精度の高いロジックを伝える必要があります。ただ、それでも周囲からのフィードバックでボコボコに突っ込まれるので、最終的にはロジックだけではダメで、たたかれても諦めない強いパッションが必要になってくると思ってます(笑)。
※「見立てる」「仕立てる」「動かす」:リクルートの中で全従業員に求められるスキルのフレームワーク。
「見立てる」=マーケットを構造的に捉え、解くべき課題を設定する力。
「仕立てる」=見立てた課題に対し、筋のいい仮説や、解決策を作り上げる力。
「動かす」=自ら先頭に立って周囲を巻き込む、ヒト・モノ・カネを動かしていく力。
萩原
パッションは重要ですね。リクルートはものすごくボトムアップの文化が強いんですが、それは誰に対しても「君はどうしたいんだ」というのを問う文化でもあります。その結果、大勢で会議をすると、みんなが想いを込めて言いたいことを言う状況になる(笑)。でも、クリエイティブやデザインでは最終的なアウトプットはたったひとつなので、どうにかして僕たちがまとめないといけないんです。しかも、クリエイティブディレクターの場合、社内の人間だけでなく、日本屈指のクリエイターと言われるような社外のパートナーたちと協業するのですが、時に意見がぶつかるような状況も生まれます。そこで重要なのは、意思ある調整力です。「ここに着地したい」という強い意思を持ちながら、あらゆる手を使いながら調整していく。もちろん、いろんな意見が交わされていく中で、変化していく部分もありますが、最終的には自分がパッションを持てる方向に仕上げたいんです。
村本
リクルートのプロダクトデザイナーのキャリアパスについて言えば、まずは担当するサービスを持ってもらって、その事業の中でいろんなデザイン業務にチャレンジする機会があります。ビジュアルデザインだったり、UIデザインやUXだったり、自分が得意なものが何なのかを探すために様々なデザイン業務に携わっていただきます。
そうしているうちに評価される仕事が出てきたり、自分に合っている得意なジャンルがわかってくるようになる。その中で自身のキャリアの方向性が出てくるので、それに合わせて経験を積んでいきます。例えば、UIデザインが得意な人もいれば、企画もできるデザイナー、開発に強いデザイナー、ブランドチームと協業するデザイナーなど、それぞれの強みを生かした多様性のあるデザインチームを目指しています。
そもそもリクルートにはいろんな事業フェーズがあって、0→1で立ち上げる事業フェーズもあれば、1→10の事業価値を磨き込むフェーズもあります。中には10→100へ事業価値をスケールするフェーズ、成熟した事業の売上げをさらに最大化する100→1000のフェーズもあるわけですから、それぞれのフェーズに合わせて「デザイナーとして何を求められていて、どこまでやらなければいけないか」を意識的に考えていく必要があります。
萩原
そうですね。アートディレクターの場合は、最初はひとつのサービスを担当し、広告や販促コミュニケーションのアートディレクションを行います。やがて複数のサービスをみたり、ブランディングやインナーコミュニケーションなど業務内容も広げながらクリエイティブディレクターになるケースが多いですね。プロダクトデザイナーと共通しているのは、日々成長できる環境が用意されているということです。様々な案件や人を通じて自分の見える範囲がどんどん広がり、できることも増えていくわけですから。以前は「めんどくさい」と思っていたことでも、キャリアを積んで行くと、何かを成すためにとても重要な仕事だったと気づくこともあったり。僕のチームは10年目以上のメンバーもたくさんいますが、今でも「成長してる」と感じることがあります。そういうことを考えると、やっぱり僕の立場としては機会や日々のコミュニケーションを通じて、メンバーの視点を広げられるか?可能性をもっと高められるか?ということを意識してますね。
萩原
僕は入社2年目に担当した『じゃらん』のリニューアル時ですね。ロゴのデザインを担当したんですが、『じゃらん』は本当に社員のみんなから愛されている媒体だったので、その内容を変えることに大きな責任を感じていたんです。だから、単純に新しいロゴを決めるということはしないで、ロゴを数百案つくってその中から50案程度を絞り、『じゃらん』に関わる従業員に対してあえて人気投票を行ったんです。つまり、「みんなと一緒にリブランディングした」という状況をつくったんですね。
でも、結局僕たちが新ロゴとして決定したのは、一番投票数を獲得した案ではなく、上位から20位程度の案でした。編集長や先輩たちと真剣に話し合って、意思を持って「これにしよう」と決めたんです。とはいえ、「人気投票をしたものの、選んだのは下位に入った案です」というのは、あまりにも説得力がない。そこで社内で発表する場では、コンセプトの波と風に合わせて映像を作り、編集長が海の歌をうたいながら登場し、「波や風に乗せて、日本のいろんな情報を全国に届けるんだ」というメッセージを力説したんです。すると、会場から「…おお!」という声が上がって、『じゃらん』に関わる周囲の人たちから賛同を得ることができました。その瞬間に立ち会った時、ブランドを作りあげるということは、内部のメンバーの想いを束ねて初めて可能になるんだと実感しました。その時の記憶は、今でも強烈に残っていますね。
村本
周囲を巻き込んで大きな力にするというのは、本当に重要ですよね。私の場合、もともと自分の中にデザイナーとしての守備範囲のようなものがあったのですが、リクルートに入社して、『SUUMO』プロダクトのリニューアル案件をいくつか担当する中で、「これまでの守備範囲を越えなければ、良いアウトプットはできない」と感じて。というのも、大きなプロジェクトになると、エンジニアチームやプランナーチーム、営業チーム、業務設計チームなど、いろんな人たちと一緒にひとつのサービスをつくっていくことになるわけです。
その中でデザイナーが、つくるフェーズだけにしか関わらず、他の誰かが決めた制作要件をもとにアウトプットする場合、もうそこで詰んでいるんですよね。品質を高めるために必要なコンセプトやトンマナを検討する時間、要はできあがったデザインの良し悪しの判断軸をつくる時間がなくなり、できたデザインが戦略に沿ったものなのか、誰も判断できず、見た目の「いいね。かっこいいね」で判断することになってしまうんです。だから、自らその守備範囲を越えて、ちゃんと上流の会議体から参加をして、戦略のキャッチアップ、営業の意見、クライアントへの影響などを聞いて、デザインに関する意見をもらったり、デザイン側で出てきたアウトプットと事業との整合性やその判断軸をつくるように動きました。
つまり良いアウトプットをつくるために、良いインプットをつかみにいったんです。アウトプットの質を上げるためには、つくることを頑張るのはもちろんですが、インプットの質を変えていくことが大切なんだとリクルートの大型プロジェクトの中で初めて気づきましたね。
萩原
たぶん、この問いはそう簡単に答えられるものではないんですが、そもそもリクルートは情報誌に起源を持つ会社であったこともあり、各サービスが「リクルート」そのものをマザーブランドとしていないんですよ。だから、今でも個性的なブランドがたくさん存在していて、その集合体としてリクルートがあるイメージです。それは一見何だかよくわからないものなんですが、その多様性が「リクルートらしさ」なのかな、と。
村本
そもそもリクルートという会社の土台になっているのは、デザインとビジネスの融合ですよね。
萩原
そうです。1964年の東京オリンピックのポスターをつくった亀倉雄策さんが社外取締役として参画いただいていた時期がありましたから。今でいうデザイン経営の先駆けですよね。
村本
私は中途入社なので、外からリクルートを見てきた立場なんですが、リクルートという会社は情報誌主体の時代からずっととがってるイメージがありました。『R25』のような先進的なフリーペーパーの存在を一例に取ってみても、当時から編集部(プランナー職)がデザインやクリエイティブに力を入れていましたし。でもその後、デジタル化の時代の流れにプランナーはうまく移行していったと思うのですが、デザインやクリエイティブが取り残されて、デジタルプロダクトのデザインクオリティが担保できなくなってしまったように思います。
萩原
メディアが雑誌からネットに変わったときですね。機能的な開発がより重視されるようになり、デザインやクリエイティブの力が置いていかれてしまった。競争力のひとつとしてデザインやクリエイティブに注目が集まるようになってきたのは最近ですね。社内でも、プロダクトデザインにおいてデザインマネジメントグループという全社横断組織を立ち上げて、プロダクトのあらゆる面にデザインの力を活かそうという動きがでてきています。亀倉さんや先輩方の意志を継いで、デザインを重視する文化をもう一度僕らで盛り上げていこうという気持ちは強いですね。
村本
その想いは、私も同感です。近年はメディアの構造がさらに変化して、YouTuberのように誰でも情報発信ができるようになりました。そのため、つくり手と受け手という関係性さえも問われてきている気がします。しかも、価値観の多様化が進み、それに合わせてメディアの数も増加している。そのような変化に対応するためにも、私たちデザイナーがオンライン・オフライン問わず、さまざまなチャネルをデザインしていかなければ今後のブランドの醸成は困難になっていくはずです。そのため、今必要なのは、価値観の多様化・メディアの多様化、いわゆるデザインの不確実性というところに向けて、デザインとクリエイティブ、プロダクトとマーケティングが連携していくことだと思ってます。
萩原
認知フェーズと利用フェーズと分けてしまいがちですが、ユーザーにとっては繋がった体験ですからね。連携してない方がおかしい。その実現には、本来は統括される方がいてデザインやクリエイティブの方針を決めるというトップダウンの形が合理的です。でもリクルートの場合は違う。ボトムアップの集合体としてモノづくりをしています。全社横断組織というのは、まさにそれを体現するチーム。そういう体制が本格的にできあがりつつある今、新たなデザインとビジネスの融合を目指していきます。