2024.12.18新規事業・R&Dその他
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新規事業・R&Dその他
株式会社リクルート
株式会社リクルート(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:北村 吉弘、以下リクルート)の研究開発機関であるアドバンスドテクノロジーラボは国立大学法人信州大学農学部(長野県上伊那郡南箕輪村)との共同研究「水田活用における畦畔(けいはん)※3管理の効率化に関する取り組み」を2020年12月より開始。人工知能(AI)の活用により、手作業では計測が難しかった畦畔の面積や傾斜角などの情報を可視化する技術を開発、中山間地域における農業課題の解決を目指す取り組みを進めてまいりました。今回、約半年間にわたる研究の成果と今後の見通しについて発表します。
畦畔は、水稲栽培に必要な水を田んぼにためる重要な役割を果たしており、大雨時の一時的な貯留などの役割も担っています。その畦畔を維持するため、漏水を防ぐための畔塗りなどの管理とともに、畦畔の崩落を防ぎ病虫害の発生を抑えるため、定期的な草刈りの作業が必要となります。一方で、傾斜地の多い中山間地域の水田では、平地と比べて畦畔斜面の面積や角度が大きく、そこでの過大な労働負荷や管理コストの負担が課題となっています。また、畦畔斜面の傾斜角度を考慮した実質的な畦畔面積を測量することは多大な時間と費用を要するため、畦畔農地情報は整備されておらず、中山間地域の水田農業の経営改善が進まない一因となっています。
本共同研究では、リクルートが培ってきたAI技術および画像処理技術と、長野県林務部が作成した「航空写真×数値標高モデル」でAIモデルを作成する技術を確立し、水田の畦畔面積・傾斜角、農地に占める畦畔の割合(畦畔率)を計測し可視化、長野県全域の水田約5万haに対し、畦畔データ(GIS用座標付ポリゴンデータ)の作成に成功しました。
畦畔での草刈りの様子(赤い枠内が畦畔)
また、この研究結果は、農業工学分野やシステム農学分野の学術学会での報告、さらに各学会誌への論文投稿を行う予定です。
※1 農業地域類型区分のうち、中間農業地域と山間農業地域を合わせた地域
※2 エリアや特徴の異なるデータを無作為で抽出した上で、正解データを作成し、「畦畔領域」「水張領域」「その他領域」の3つのクラスによる全体平均でAI精度を検証した評価指標のうちAccuracyの数値
※3 水田に流入させた用水が外にもれないように、水田を囲んで作った盛土等の部分のこと。出典:「農林水産関係用語集」農林水産省
農地面積、農家数、農業産出額が国内の4割を占める中山間地域では、農家の高齢化や後継者不足による稲作規模の縮小、離農による耕作放棄地の増加が深刻化しています。中山間地域では平地と比べて傾斜地の水田が多く、それに伴って畦畔の割合も高くなっており、その維持管理のための作業やコストなどの負担が水田を手放す大きな要因となっています。
この課題への対策として、規模拡大を希望する農家や農業法人への農地集積が考えられますが、畦畔の正確な地形情報がないため、維持管理に必要な作業コストの算出が難しく、中山間地域の水田農業の経営は改善しにくい状況にあります。農林水産省や地方自治体がまとめる農地基盤情報では、農地面積や圃場(ほじょう)※4面積については整備されてきているものの、畦畔斜面を含めた実質的な畦畔の面積や角度、畦畔率といった情報は未整備であり、畦畔管理にかかる費用の算出・実態の把握が困難であるという課題は残されたままになっています。
これらの課題解決のため、リクルートと信州大学農学部は「航空写真×数値標高モデル」でAIモデルを作成し、水田の畦畔面積や角度、水田に占める畦畔の割合を計測し可視化する技術の開発を開始するに至りました。
※4 農地の中で耕作可能な部分
【研究目的】
畦畔の面積・傾斜角の“見える化”の実施
【研究内容】
信州大学農学部は2020年に、畦畔の正確な地形情報を計測すべく、地理情報システム(GIS)上で畦畔ポリゴンと圃場ポリゴンを作成し、長野県林務部が作成した精密標高データ(Digital Elevation Model、以下DEM)を用いて、畦畔の面積・傾斜角、畦畔率の測定を開始しました。しかし、手動で上記ポリゴンを作成していたため、煩雑な作業負荷が課題でした。
この課題への解決策として、リクルートはこれまで培ったディープラーニングを中心としたAI技術と画像処理技術を提供し応用できると判断。信州大学農学部との共同研究を通じ、長野県が保有する航空写真とDEMを組み合わせることで、水田圃場部分の「水張領域」と「畦畔領域」を判別し、それぞれの領域のポリゴンを自動作成するAIの開発を目指し共同研究に取り組んできました。
【AIモデルの概要】
長野県内において特徴(季節、水田の形状、天候、解像度など)の異なる6エリア※5を任意で抽出し、航空写真、筆ポリゴン※6、DEMから教師データを作成。手作業による教師データ作成に加えて、筆ポリゴンとDEMから教師データを自動抽出するハイブリッドな教師データ作成(4382イメージ)を実施。後者の手法により、低解像度な航空写真に対しても筆ポリゴンとDEMの情報を付与することで、対象データの高解像度化を実現しながら、同時に作業負荷も軽減させました。これらの教師データを用いて学習したAIは、「水張領域」、「畦畔領域」、「その他領域※7」を高い精度で検出し、長野県全域のポリゴンデータを生成できるようになりました。
※5 木曽、北安曇、駒ヶ根、松本、佐久、諏訪エリア
※6 出典:「筆ポリゴンデータ」農林水産省公開の2020年7月~10月データ。株式会社リクルートが水田領域の重心点を独自に抽出し利用
※7 航空写真上における「水張領域」、「畦畔領域」以外の領域(例:畑、休耕地、放棄地、住宅、木、川、道路など)
【研究成果】
AIを用い長野県全域の水田約5万haに対し、「畦畔領域」検出とポリゴンデータ生成に成功
【AIの精度評価について】
生成したAIモデルの評価を実施するため、エリアや特徴の異なるデータを無作為で抽出した上で、正解データ(1308イメージ)を作成、「畦畔領域」「水張領域」「その他領域」の3つのクラスによる特定農地区分を97.7%の精度で検知しました。
【今後の展望】
今後、畦畔データの作成技術はリクルートから信州大学農学部へ移転することによって研究を継続します。
信州大学農学部では、作成したデータをベースに水田1枚ごとの畦畔データを作成することで、農家が所有する水田ごとの畦畔の面積・傾斜角、畦畔率の計測を可能にします。また、予測モデルの精度を上げることで、長野県以外の地域においても、同様の結果を得られる高い汎用性を目標とします。さらには、水田の畦畔を含めた全国の農地のGISオープンデータの公開を通じて、県・市町村など地域行政と連携した「農地・畦畔見える化プロジェクト」の発展を目指します。
若手農家や農業法人の新規参入が進まず、経営規模を拡大しようとしても、平地と比べ傾斜地が多いという条件不利性から、労働費用が多くかかり農業機械の効率化が進まない中山間地域の農業。その課題の一つである畦畔管理作業にかかる費用(人件費・機械費・燃料費)を「見える化」することによって、より適切な耕作管理方法や機械の導入の検討を可能にし、新規参入や経営規模の拡大につなげていくことを最終的な目標に据えています。
一方、リクルートでは今後、今回の共同研究で得られた「低解像度イメージに情報を付加することで高解像度化する技術」と「精度の高いAIモデルを作成するノウハウ」をビジネスに活用することも視野に入れています。
なお、今回の研究結果の詳細につきましては、利用したAIプログラム、AIから出力されたデータを含め、学会などで公開をしていく予定です。
急傾斜地が多い中山間地域の水田農業では、平地と比較して畦畔面積が大きく、圃場面積が小さいという特徴があります。このため、畦畔管理にかかる労力が過大となり、農業機械の効率化も進みにくいという不利な条件があり、若手農家や農業法人の新規参入が進みにくい状況があります。経営規模を拡大しようとしても、畦畔の草刈りや分散した圃場の管理に労働時間・費用がかかることが課題です。今回確立した畦畔データの作成技術は、畦畔の特徴や畦畔管理の“見える化”を可能にし、経営の実態把握や機械導入などのシミュレーションが容易になります。それらを活用することで、集落営農組織や規模拡大・新規参入を目指す経営体が無理のない経営戦略を立て、より適切な農業機械の導入や農地利用について検証することを可能にします。その結果として、畦畔管理の省力化、ひいては水田農業の継続に貢献できると考えています。
信州大学農学部では、生命・食料・環境を基盤とする幅広い視野で地球規模の諸課題に取り組み、「農」を基盤とした生命科学系高度専門職業人の養成を目標に掲げ、教育・研究を行っています。農学に関する幅広い知識と応用能力を有し、人類の持続可能な発展に資するべき人材の育成を目指して、フィールド研究と実験研究が連携する教育を積極的に実践しています。
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