一橋ビジネススクール 教授 楠木 建さんのリクルート考
事業経営者が育つ土壌を強みに 人間の本性を見極めた商売を
リクルートグループは社会からどう見えているのか。私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。
リクルートグループ報『かもめ』2021年10月号からの転載記事です
コロナ禍で表出した“らしさ” 継続的価値創出のチャンスへ
1990年代、当時の新規事業提案制度New RING(新規事業提案制度 現Ring)の審査員や、講演などでよくお仕事をさせていただき、リクルートらしいビジネスの“やり口”について深く知る機会を得ました。当時の経営企画室の池内省五さんや長嶋由紀子さんなどと同世代だったこともあり、印象に深く残る経験でした。
今回、久しぶりにお声がけをいただき、2021年のGROWTH FORUM(リクルートグループ横断でナレッジのシェアを行う社内イベント「FORUM」の商品開発・改善部門)の社外審議員を担当いたしました。技術インフラはネットやAIに置き換わっても、「リボンモデル」と呼ばれる市場の真ん中に立つ“リクルートらしい手口”は変わっていない。特に2021年度はコロナ禍のイノベーションで、クライアント、ユーザーの抱える課題を解決する案件が印象的でした。
多くの企業ではコロナ禍のような大きなショックに直面し「どう対応するか?」、つまり受け身になっていたところが多い。しかし、リクルートは、良い意味で商売っ気があって、どんなこともチャンスと捉えて、顧客にとって価値がある継続的なビジネスに仕立てていく。短期的な利益追求や継続できない社会貢献は意味がない。コロナ禍を超え、リクルートの「らしさ」は不変であるように感じました。
競争戦略に忠実なビジネス 経営人材の厚みが強みに
私は競争戦略の分野で仕事をしています。他社ができないことをやる、他社がやらないことをやる、他社が知らないことを知っている――これが競争戦略の原理原則です。
リクルートは、この基本に忠実に事業展開をしている事業集団だと思います。グローバル化においてもM&Aで海外に進出して終わるのではなく、そこにリクルートらしい「やり口」、つまり戦略ストーリーを描き、ヒト・モノ・カネというあらゆる資源を載せて勝負していく。
グローバル化していくなかでも、社内に事業経営ができる人材がいるということ、商売全体を構想して動かせる経営人材の「層の厚み」が最大の競争力でしょう。
多くの企業では、事業を経営できる人材の不足が成長にとって一番のボトルネックです。事業経営者が希少資源である理由は「直接、育てられないから」なんです。
「経営力」は、スキルを超えた「センス」としか言いようがない。スキルではないので教科書もない。唯一育てる方法は、「経営者が育つ土壌を創ること」です。リクルートはこの土壌が豊かなんでしょうね。
「商売まるごと」を動かして稼ぐ経験ができる場や、その仕組みを学ぶことができる場が多い。Ringもそのひとつですが、何より日々の仕事のなかで体感できる。若いうちから仕事を任せてもらえることで商売や経営のセンスが育っていると思います。
コロナ禍を経て崩れた因習 人間の本性を見極める力
商売の勝利条件の定義はシンプルです。それは、「長期利益を創出すること」。それこそが、顧客満足の証であり、従業員満足の結果。松下幸之助はじめ、多くの大経営者は、結局そこに行き着いている。
刹那的な利益なら、顧客を騙すか、従業員を泣かせれば儲けられる。しかし、事業としては長期間持たないですね。社会に対して、長期的に求められる価値を提供していけばおのずと儲かる。
企業ができる分かりやすい社会貢献のひとつが納税。ガンガン稼いでガンガン納税する。サステナビリティ、ESGなども、長期利益を考えれば、全ては後からついてくるんです。
世の中には、ふわふわしたキレイごとを言って、全然儲かってない企業は多い。リクルートには、真っすぐに長期利益を追求して、本来の商売の勝利条件をシンプルに突き進んで欲しい。
コロナ禍を経て今後成長する事業とは、人間の本性を見極めた商売だと思っています。コロナ禍がもたらした最も大きな変化は、「因習が崩れた」こと。これまで受け入れてきた社会の因習を突き破り、人間の本性が出てきた。
例えば、会社に集まらないと仕事ができないという「因習」。人間は本来、面倒なことが嫌いで通勤もスーツも嫌い。オンラインでのコミュニケーションや会議はすぐに受け入れられた。
一方、所属欲求や承認欲求は人間の本性ですからこれからも変わりません。コロナ禍以前も同じではありましたが、今後は一層、人間の本性を見極めた商売が成長していくでしょう。
「個をあるがままに生かす」ことを掲げ、人間が本来求めることを叶えて「商売」にしていくことが得意なリクルート。今後も「商売の手本」を示す会社として、おおいに期待しています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 楠木 建(くすのき・けん)
- 一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻(ICS) 教授
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2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。南アフリカ共和国 ヨハネスブルグ で子ども時代を過ごす。1987年 一橋大学商学部 卒業、89年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学ビジネススクール(ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社 2010年)、『「好き嫌い」と経営』(14年)、『「好き嫌い」と才能』(16年)、『経営センスの論理』(新潮社 13年)、『好きなようにしてください』(ダイヤモンド社16年)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(文藝春秋19年)、『戦略読書日記』(ちくま文庫13年)など多数