クリエイティブとビジネス感覚を両軸で磨く。彫刻家 瀬戸優が実践する「好き」を貫くための方法

野生動物をモチーフにした実物大の彫刻作品を多数発表。アーティスト瀬戸優さんの生き方から、「好き」を原動力に挑戦を続けるための秘訣を学ぶ
自らの興味や好奇心を原動力に人生を突き進み社会で活躍をしている人々は、どのような出来事に影響を受け、どのような価値観を持っているのだろうか。今回登場するのは彫刻家の瀬戸 優さん。野生動物をモチーフとした作品を多数手掛ける今注目のアーティストだ。
一般的にアーティストといえば創作活動と展示会などでの作品発表に専念しているイメージが強いが、瀬戸さんはそれだけに留まらず、クラウドファンディングの仕組みを利用して作品を届けたり、キャンドルやボードゲームなどのプロダクト制作も手掛けたりと、ビジネス感度の高さも感じられる。
2024年7月には株式会社subigを設立。新たなスタートを切った今、これまでの活動や原点を振り返りながら、アーティスト瀬戸 優の生き方に迫った。
彫刻作品に触れる多様な選択肢を提示し、間口を広げたい
― まずは瀬戸さんの活動や作風について聞かせてください。瀬戸さんが手掛けるのは、サイ、フクロウ、ライオンなど、野生動物を実物大のサイズで表現した彫刻作品です。このような表現にたどり着いたのはなぜですか。
小さな頃から生き物が好きだったんです。幼少期は恐竜が大好きで、「大人になったら化石を発掘する人になりたい」と夢見ていたくらい。図書館で借りてきた図鑑を見ながら絵を描くような子どもでした。
彫刻家を志したのは高校生のとき。美大進学を目指して美術予備校に通いはじめてみると、同学年の生徒が人物半身像の彫刻制作に取り組む様子を目の当たりにしました。もちろん「彫刻」がどんなものかは知っていましたが、それまではどちらかと言えば高尚すぎるイメージがあって、高校生の自分とは距離があるように感じていたんです。でも、同じ年の人が取り組む姿を間近に見て、一気に身近になった。また、彫刻は立体作品だからこそいまにも動き出しそうな迫力が感じられることにも惹かれました。
大きくて躍動感があって、見ている人が思わず触れてみたくなるような作品をつくりたい。そうした思いを表現するために選んだモチーフが、小さな頃から好きだった動物たち。どこまでも本物に忠実につくるというよりも、一瞬本物のように見えるけれど、良く見ると人の手が入っている痕跡が見えるような表現にこだわっています。

― アート作品はギャラリーなどを仲介して販売されることが一般的ですが、瀬戸さんはクラウドファンディングのプラットフォームを活用し、実質的に分割払いでアートを直接購入できる仕組みも設けているところがユニークだと思いました。
これは、幅広い年代に自分の作品を届けたいという思いからはじめた仕組みです。というのも、彫刻作品は制作にある程度時間がかかりますしサイズも大きいため、販売する際はそれなりの金額になります。必然的に顧客層は一定の年代以上のお金に余裕がある方に絞られてしまいがち。ですが、私は自分と近い年代の人にも作品を届けたかったんです。
じゃあ、自分が家や車を買うならどうするかと考えて思いついたのが、ローンのように分割払いで作品を購入いただくこと。クラウドファンディングでは、月額2,000円から10万円まで幅広いプランを用意しており、12か月ご支援をいただくことで、プランに応じた作品をひとつお届けするような仕組みにしています。
― キャンドル、ボードゲームといった商品のプロダクトデザイン、お酒のラベルデザインなどを行っているのも、同じ理由でしょうか。
その通りです。もちろんいずれは彫刻作品にも興味を持っていただきたいのですが、どうしても高尚なものに見られがちな側面もあるので、自分の作品を知って気軽に手に取ってもらうきっかけづくりとして、プロダクト開発やデザインのお仕事にも積極的に取り組んでいます。
親の猛反対とSNSが、ビジネス感覚を磨くきっかけに
― ここからは瀬戸さんの活動の原点について教えてください。美術の道を志したのはいつ頃なのですか。
実は、アーティストになろうなんて思っていませんでした。絵を描くことは好きだったけれど、あくまでも遊びの感覚。それどころか安定・堅実志向の両親のもと、「確実に食べていける仕事をしなさい」「家族を養える人になりなさい」と言われて育ってきたので、自分はすごく現実主義なところがあって。高校では数学が得意な理系人間でしたし、動物が好きなのも、もともとは理科的な興味からなんです。
だから進路を検討するときも、いわゆる“英国数理社”で試験を受けて一般の大学へ行くことだけを考えていました。でも、あるとき高校の美術の先生が美大という選択肢を教えてくれて、「そんな道もあるのか」と驚いた。そこで改めて将来を考えてみると、1日中数学の問題を解くのと絵を描くのなら、自分は絵を描いていた方が幸せな気がしたんですよね。それが美術の道を考え始めた原点だと思います。
― しかし、ご両親の反対はなかったのですか。
もちろん親は大反対でしたし、普通高校に通っていたので美大を目指しているのは学年でも僕ひとりしかいなかった。美術の先生以外は、周りの大人全員に反対されていたような状況でした。
― それでも諦めずに、みごと東京藝術大学に入学しています。どうやって進路を認めてもらったんですか。
卒業後は企業に就職するつもりでした。美大で学べることを活かして会社員になるのを前提に受検・進学を認めてもらっていたので、この時点でも自分がアーティストになるなんて考えていなかったんです。

― 今のご活躍からすると意外ですね。それくらい“堅実派”だった瀬戸さんが、アーティストの道を歩んでいくきっかけが知りたいです。
最初のきっかけは、大学に入学後のこと。学校では彫刻の基礎実習を行っていましたが、自主トレ的に動物のスケッチを1日1枚描いていたんです。それをSNSに載せていたのがはじまり。自分の絵を誰かに見てほしいというよりも、さぼらないように「見られている」状況をつくりたかったんです。すると、次第にフォロワーが増えていき、ある日「これって買えないんですか?」とメッセージをもらいました。
値段は決めてくださいと言われたので、制作にかけた2時間で当時のアルバイト先よりも少し多く稼げたら嬉しいなと思い、3,000円と値付けをしてみたところ、すんなりと成約。自分のつくったものが売れるという経験をしたことで、意識が変わっていきました。
その後、絵が売れたことをSNSで報告すると、「私もほしい」という問い合わせが続々と入ってたくさんの人に買ってもらうことができた。連動してフォロワーも増え、需給バランスをみながら販売価格も少しずつ上げさせてもらうなかで、自信が芽生えてきたように思います。
― SNSで広く発信したことで作品としての評価を得るだけでなく、価格設定まで意識しているところに、瀬戸さんが言う“現実主義”な一面が見えますね。創作活動をビジネスとして成立させたいという気概も感じました。
やっぱり、親の影響が大きいと思います。アートの世界では30歳でも駆け出し、40歳くらいまでは若手と言われ、専業で生活していくのはなかなか大変ですが、そんな生き方をうちの両親はとても認めてくれない。だから、もし自分にアーティストの可能性が少しでもあるのであれば、どうしたら早く一人前に生計を立てられるのかを探りたかったんですよね。
イラストレーターではなく彫刻家として生きていくために
― スケッチが売れたことが、どうやって彫刻家としての現在につながっていくのでしょうか。
まさしくそこに僕は悩みました。どんなに絵が売れても、それでは「画家」や「イラストレーター」になってしまう。自分がなりたいのはあくまでも「彫刻家」です。だからこそ、ある時期からは「これは彫刻をつくる下準備としてのスケッチなんです」と強調して、スケッチ作品をきっかけに彫刻作品に興味を持ってもらうことを意識していました。

― それは現在の瀬戸さんがキャンドルやお酒のラベルデザインを手掛けていることにも共通していますね。
そうですね。クラウドファンディングのアイデアも、絵ではなく彫刻で勝負していくうえで必要だったことなんです。2時間くらいで完成させられるスケッチと、ある程度の制作期間が必要な彫刻作品とでは、どうしても同じ価格帯では販売できません。SNSで僕の絵に興味を持ってくれた若い世代にも彫刻の魅力を伝えるにはどうしたら良いのかと考えて思いついたのが、クラウドファンディングだったんです。
― 彫刻家として活動していく決断ができたのはどのタイミングですか。
大学院1年のときに、「アートフェア東京/ART FAIR TOKYO」という大規模なアートの販売会へ出展したときのことです。ここで上手くいかなければ、就職に舵を切ってもギリギリ間に合うかなというタイミングだったのですが、蓋を開けてみたら用意していた展示作品が即日完売。他にはないのかとお問い合わせをいただき、当初は販売予定ではなかった作品も倉庫から引っ張り出してきて、それもほとんど売れたんですよね。この結果があったから、彫刻家として活動していく覚悟を決められました。
― お話をうかがっていると、瀬戸さんはSNSや販売会で直接ユーザーの反応をみてマーケティングをした上で決断をしているように感じました。
そうかもしれません。一昔前まで、芸術の世界ではポートフォリオをギャラリーに持ち込んで自らを売り込み、ギャラリー経由で作品を発表するのが大半だったのですが、最近は作家個人で直接発信したり販売したりといった手段も増えました。世間の反応がダイレクトに感じられたからこそ、僕も決断できましたし、販売の手段も多様化してきたからこそ、早めにアートで生計を立てられるようになったのかもしれません。
たまには違うこともやってみると、本当に好きなことも続けられる
― それでは、これからのチャレンジについても教えてください。昨年、株式会社subigを設立されましたよね。個人としての活動とは別に組織を立ち上げたのはなぜなのでしょうか。
端的に言えば、彫刻家の自分がひとりでできないことにもチャレンジしていくためです。これまでは彫刻家として創作活動もしながら販路や営業のことも考えてきましたが、活動が広がるにつれてそろそろ限界を感じていました。それを解決するうえで、自分の指示通りに動いてくれるアシスタントを増やすのではなく、フラットに議論し合える仲間と一緒にチームで仕事がしてみたかった。現在subigは僕を含め3名で彫刻以外のプロダクトを軸に活動していますが、全員が同じ熱量で協力しながら仕事を進めていくのが新鮮で面白いですね。
また、subigでは社会貢献を目指しています。彫刻作品だけでは社会との繋がりの数が少なく、社会問題に対して定義するような作風でもないため、他の手段で何かできることはないかというところから生まれたチームでもあります。具体的には、収益の一部をWWFジャパンに寄付し、野生動物が生きる環境を継続的に支援することを目的としています。

― 彫刻家としてのチャレンジはいかがでしょうか。
2025年の2月に原宿で過去最大規模の個展を開催予定です。(注:インタビューは2025年1月に実施)。新たに制作しているものもたくさんありますし、展示のコンセプトから内装デザイン、プロモーションに至るまでをチームで汗をかきながら進めているところ。原宿は国内外から多数の人々が行き交う場所ですので、幅広い方々に目に留まるような工夫をしていく予定です。
― これまでも挑戦の連続だった瀬戸さんですが、ご自身としては何ができたときに手応えを感じますか。
作家として一番は、やはり自分の納得いく作品ができたときなのですが、堅実派な僕としては計画したものが計画した通りに進んだときにも手応えを感じます。例えば仕事が予定通りの納期にぴったり収められたときとか、制作アシスタントとして手伝ってくれているアルバイト5人のシフトを過不足なく組めたときとか、すごく気持ちが良いです。
― もはやプロジェクトマネジャーみたいですね。瀬戸さんは、アーティストでありながらも時折経営者としての顔やビジネスパーソンとしての顔を覗かせるのが印象的で、複数の顔を持っているのがアーティストとしての強みにもなっているように感じました。
おっしゃる通りかもしれませんし、手掛ける作品もそうですよ。中心にあるのはあくまでも彫刻ですし、自分はこれからも彫刻家を名乗って行きたいですが、「マルチだね」と言われるのは僕にとっては誉め言葉なんです。“色々やっている彫刻家”として面白がってもらえたら嬉しいです。
また、僕は彫刻が大好きだけれど、それだけに向き合っていると時々はちょっと違うこともやりたくなっちゃうんですよね。スケッチやプロダクト制作や、その他のビジネス的な活動がまさにそれ。マルチな活動が適度な息抜きにもなっているからこそ、大好きな彫刻を続けられるのだと思います。

プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 瀬戸 優(せと・ゆう)
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彫刻家。1994年神奈川県小田原市生まれ。自然科学を考察し、主に野生動物をモチーフとした彫刻作品を制作する。彫刻の素材であるテラコッタ(土器)は作家の触覚や軌跡がダイレクトに表面に現れ、躍動感のある作品となっている。画廊での展示販売を中心に国内外へ幅広く作品を提供。