東京大学名誉教授 上野千鶴子さんのリクルート考
真のダイバーシティ実現のために組織に風穴を開けるノイズが必要
リクルートグループは社会からどう見えているのか。私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。
リクルートグループ報『かもめ』2022年10月号からの転載記事です
単一価値観に縛られたホモソーシャル型企業とは
私が勤めていた東京大学のゼミ生のうち、何名かリクルートグループに就職しています。就職が決まった学生が挨拶に来るたびに、必ず「その会社は、あなたが定年するまで残っているかしら? 」と少し意地悪な質問を投げかけます。
リクルートに就職する人たちは決まって「経験を積んだら、20代や30代で起業や転職をする人が多い会社なので、定年なんて考えられません」と笑って言います。それを聞いて、「リクルートは人材を育てて輩出しているユニークな会社」という印象を持ちました。
それはある意味、健全な企業である証拠。全員が定年を意識しているような会社は、根強い単一価値観に縛られたホモソーシャル型の企業で、変化の時代に生き残れない可能性が高い会社であるとも言えるからです。
ダイバーシティとは個を尊重すること
ダイバーシティの経済効果が立証されていても、ホモソーシャル型企業は変われない。成果より組織ロイヤリティ、つまり滅私奉公を評価するような組織からはイノベーションが生まれないことは明白。それでも、経済合理性を無視している経営者がなんと多いとか。一歩進んだ成果型の企業は経済合理的ではありますね。
しかし、成果を優先し過ぎたその先にあるのは、「個」の犠牲です。人間は小状況で達成感を味わうことに快感を覚えてしまう。そこに取り込まれると法を犯しても倫理に反しても小状況の価値観を優先してしまうことになりかねません。
変われない経営者の一方で、投資家は変化しています。投資家が注目する持続的に価値を生み出す「ダイバーシティ」は、ジェンダーだけでなく、一人ひとりの「個」を尊重するということ。会社の論理や単一的な価値観を超えて、自分という個を犠牲にせず、そこから育む感性を価値に変えていくことが重要です。
リクルートでは「仕事が好き、楽しい」という人が多いとのことですが、それは仕事と自分が目指していることが一致しているということであり、「自分を尊重する」ということと同義でもあります。もちろん、巧みにそう誘導されている場合もありますが。
だから常に、自分の仕事は何のためになっているのか、誰のためになっているのか、を問い続けていくこと。その問いにYesと言えれば、自分と仕事が一致しているということ。それはとても幸せなことなのです。私たち研究者は放っておくと24時間研究し続けてしまう。それが幸せでもあり、自分を活かしているということでもあるからです。
風穴を開けるのはノイズ 輪を拡げながら勇気を持って
2022年3月の国際女性デーに合わせて講演会を開催したいと、ダイバーシティ推進室の方からお声がけをいただきました。基調講演『企業社会とジェンダー』の後、執行役員の柏村美生さんと「リクルートは、本当に女性にとって“働きがい”のある会社なのか」をテーマに対談させていただきました。
私はさまざまな企業から講演依頼をいただきますが、必ず従業員のデータをいただくようにしています。外から見えるイメージと実態には必ずギャップがある。特に女性活躍や多様性は、耳触りの良い言葉を掲げていても実態が伴っていないことも多いからです。
リクルートは正社員の従業員の男女比はほぼ半数。先進的で挑戦的な会社に見えますが管理職は依然として男性が多く、他社と比較してもごく「普通の会社」だと感じました。(参考資料:株式会社リクルートDATA BOOK 2022 )
当日参加した約800名からのチャットが活発で驚きました。イベント後に全てのコメントに目を通しましたが、とにかく量がすごい。そしてどれも本音があふれていた。一般的に自社主催のイベントでは、日頃の不満や本音は出さずに飲み込む参加者が多いと思いますが、リクルートでは、誰もが本音を話せる場があり、気持ちを素直に語れる風通しの良い企業だと感じました。
私が投げかけた「リクルートって普通の企業なんですね」「子持ちもシングルも男女問わず、全員17時退社したら」といった言葉に刺激された様子でした。この投げかけこそノイズです。
同一価値観のホモソーシャル型の組織に風穴を開ける方法のひとつがノイズを立てることです。これからも、勇気を持ってノイズを立てる、そしてその際には孤立しないように仲間を作って輪を拡げてください。そしてリクルートには、一人ひとりがノイズを立て続けることを受容する組織であり続けて欲しいと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 上野千鶴子(うえの・ちづこ)
- 社会学者
東京大学名誉教授
認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長 -
1977年、京都大学大学院社会学博士課程修了。1979年、平安女学院短期大学(現:平安女学院大学短期大学部)専任講師に。1993年、東京大学文学部助教授就任。1995年より同大学院人文社会系研究科教授。日本における女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護・ケアも研究対象としている。著書に『家父長制と資本制』『ナショナリズムとジェンダー 新版』(いずれも岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、『女の子はどう生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)など