『アフターデジタル』シリーズ著者 藤井保文さんのリクルート考
社会課題起点の「ジョイントビジョン」を牽引して欲しい
リクルートグループは社会からどう見えているのか。私たちへの期待や要望をありのままに語っていただきました。
リクルートグループ報『かもめ』2022年11月号からの転載記事です
アフターデジタル時代は戦略、技術、ユーザー視点
ユーザーエクスペリエンス(以下UX)について、ビービットとして20年以上、私自身も10年以上、実践と研究を続けてきました。経済一般において、ビジネスと技術の視点から語られてきましたが、著書『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(日経BP社)出版以降は加えて、体験ドリブンなUXの視点の必要性がようやく共通言語化し始めた印象です。
UXというと、UIとともに語られ、サービスやアプリのデザインインタラクションの話と捉えられがちですが、実際にはもっと上流の「企業価値」「ユーザーへの提供価値」を含む大きな概念です。
過去、街にあるさまざまな店舗などオフラインサービスしかなかったところに、ユーザーはオンライン上のサービスという選択肢を手にしました。しかし今、既にどちらかだけで完結するサービスは存在しません。
こうしたオンライン・オフラインの時代に求められるのは、技術視点、ビジネス視点に加え、カスタマーに広く使われてこそ、サービスが市場に対してインパクトを与えられるのだという立場に立った、ユーザー視点だと思っています。しかし、多くの企業では、この3視点のうちどれかが欠けがちだったり、強みに偏りすぎたりする傾向があります。
2022年度、GROWTH FORUM(リクルートグループのナレッジ共有イベント「FORUM」の商品開発・改善部門)の社外審議員を担当させていただきました。エントリー案件の多くは、私たちが言い続けてきた「UXドリブン」、かつ社会実装していく時の戦略まで描かれているもので、リクルートがビジネス、技術、UXの3つの視点を持っていることを強く感じました。
生活を変えるデジタル化は圧倒的なUXで実現する
私は2014年から中華圏でビジネスを開始しました。当時、視察といえばシリコンバレーが主流でしたが、中国の圧倒的なデジタル化の進化を日常的に感じ、2017年から視察プログラムを始めました。中国でデジタルが生活に浸透したのは技術力やビジネス側の理屈だけではなく、ユーザーエクスペリエンスが圧倒的に高かったことも理由のひとつと言えるでしょう。
例えば、日本のサービスでは登録の際に複数の情報を登録させますが、中国では電話番号のみです。ペイメントサービスもまずは使ってもらってなんぼという考え方で、無駄にデータを取得させることはユーザーの負担になるだけでなく、データ保持のリスクもあるので避けられるべきとされていました。圧倒的に使いやすいサービスをユーザー目線で創り出す姿勢自体が、当時の日本企業とは全く違っていたように感じています。
この視察プログラムには、リクルートの方にはかなり早い段階でご参加いただきましたが、世の中のトレンドを構造的に捉えるのが早く、ビジネスとしてのうまみ、仕掛けに対して敏感。常に、ビジネス上のキーが何か、コアとなるユーザー価値が何かを考える癖がついているのを感じました。
新たなトレンドは北欧やインドネシアにも
最近では、独自に進化を遂げ世界を席巻し始めている各国の企業に注目しています。共通するのは「社会課題起点」。社会課題というとキレイごとに聞こえてしまいそうですが、もはや成長には必然な要件です。
オンライン・オフライン時代はイノベーションの起こし方とリーダーシップが変わります。簡単にいうと、オープンになればなるほど利便性が上がる仕組みをどう実現するか、ということです。
例えば、どんなに優れたペイメントサービスやMaaSと呼ばれる移動サービスでも、一部地域や店舗では使えません…など、サービス同士がつながっていないと不便ですよね。また、ペイメントサービスが各社から乱立している状況や、ましてや自社内のサービスでさえ、連携がうまくいっていない企業も多い状況では真のデジタル化には程遠いでしょう。
フィンランドの MaaS Global社では「ジョイントビジョン」という言葉を掲げています。社会全体の利便性を追求するためには、自社起点ではなく、社会課題起点でつながる必要がある。また、少しでも自社利益のために何かをコントロールしているという疑念が生まれればプロジェクトはスタックしてしまいます。
個性的な人たちが多いリクルートが、今後どのように自社内、社会、世界のさまざまなステークホルダーとビジョンをひとつにし、ビジネスとのバランスをとり成長を目指せるか。時代の大きな転換点に向き合い、新しい世界観を描けることをワクワクしながら期待しています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 藤井保文(ふじい・やすふみ)
- CCO(Chief Communication Officer)兼 東アジア営業責任者
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東京大学大学院修了。2011年ビービットにコンサルタントとして入社し、金融、教育、ECなどさまざまな企業のデジタルUX改善を支援。2014年に台北支社、2017年に上海支社に勤務し、現在は上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーなどを歴任。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しいあり方を模索し続けている。著作『アフターデジタル』シリーズである、『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(2019年3月)、『アフターデジタル2 - UXと自由』(2020年7月、ともに日経BP社)は累計21万部を突破。ニュースレター『After Digital Inspiration Letter』では、UXやビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中