日本の脱炭素化に向けて広告業界連携で貢献できることとは【電通・リクルート対談レポート】
日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出(Green House Gus=GHG)をゼロにする「2050年カーボンニュートラル」に挑戦し、脱炭素社会の実現を目指すことを2020年10月に宣言。以降、各業界・各企業が取り組みを開始している。
リクルートグループでは、2030年までにバリューチェーン全体での温室効果ガス排出量をカーボンニュートラルとすることを目指し、全社組織を横断して環境に取り組む体制を構築。自社排出量の削減および、パートナー企業へのGHG算定・削減支援や事業サービスを通じた環境への取り組みも積極的に推進している。特に「取引先の温室効果ガス排出量」をより正確に把握した取り組みは、パートナー企業約30社の協力を得て着実に推進し、「CDP サプライヤー・エンゲージメント・リーダー」「JMAQA AWARDS 2023」などに選出されている。
広告業界においても脱炭素社会の実現に向けて連携の意識が高まりつつある今、日本アドバタイザーズ協会※が「いまそこにある、広告ビジネスの脱炭素化について考える」を掲げたセミナーを主催。脱炭素における協働を開始している電通グループとリクルートが、業界全体の脱炭素に寄与すべく本セミナーに参加しました。
株式会社電通グループ djサステナビリティ推進オフィス チーフ・ディレクター 加々見 崇 氏による基調講演と、リクルート サステナビリティ推進室サステナビリティ戦略企画部部長 小林慶太との対談についてレポートします。
※日本アドバタイザーズ協会(JAA):日本の有力なアドバタイザー(広告主)企業・団体自らが共同して、広告活動の健全な発展のために貢献することを目的として活動する公益社団法人。
今なぜ、広告ビジネスの脱炭素化が急がれるのか~世界の環境最新動向~
広告業界における世界の消費者意識の変化とは
加々見 崇氏(以下加々見):電通インターナショナルとマイクロソフトによるレポート(2018年8月、19か国18歳以上2.4万人調査)では、世界の消費者の61%が「広告に触れることが、地球環境に悪影響を及ぼしている」と回答していて、ミレニアル世代(1980~90年代中頃生まれ)だけを抽出すると81%にも上ることが分かっています。また、2023年のグローバル広告祭「カンヌライオンズ」で、作品の応募条件に環境観点の条件を加えたことが世界的に話題となりました。
世界の平均気温が100年で0.74度上昇、日本では1.3度上昇し、産業革命の影響が裏付けられました。世界で2030年温室効果ガス(GHG)46%削減、2050年に脱炭素社会(カーボンニュートラル)の実現が全ての産業で求められるなか、広告業界にも大きな責務があると感じています。
広告業界において高まるGHG算定の精緻化の動き
加々見:2011年10月に公表された温室効果ガス排出量の算定と報告の世界共通基準「GHGプロトコル」に則って、各企業はGHG量の可視化、削減案の検討に迫られています。このプロトコルに定められた温室効果ガス排出量区分は、自社排出のScope1「燃料使用に伴う直接排出」、Scope2「供給された電力使用による間接排出」、1、2以外の間接排出(自社活動に関連する他者の排出)であるScope3に分類されます。
我々広告業界として連携すべき広告主の皆さまのScope3の対象は、広告代理店や情報プラットフォームだけでなく、その先の委託先であるTV局や制作会社、デジタル広告企業における制作・実行に係るパートナー企業まで多岐にわたります。
加々見:Scope3の算定において日本では、環境省の決めた排出係数をかけて算定していますが、やや精緻さに欠けてしまう。各企業にとって最もインパクトの大きいモノから削減しようと思うと、広告自体を止めようということになってしまうのは本末転倒です。より精緻に把握する方法を検討し、弊社では『カーボンカリキュレータCCMP』というツールを展開しています。リクルートでは、各パートナー企業に排出量情報の可視化、算出支援をしながら連携し、自社排出量に反映できるようにされたと伺っておりますが、こうした取り組みの必要性が増していると考えています。
業界として脱炭素に向かう上でのハードルとは
業界全体として3つのハードルを乗り越える方法とは
加々見:ここからは、リクルート小林さんとともにディスカッションをしていきたいと思います。
小林慶太(以下小林):リクルートは今、グループ全体で2030年カーボンニュートラル達成を目指し、自社排出量の削減のためにオフィスビルオーナーとの連携や営業車のEV化への切り替えなどを検討するとともに、Scope3削減のために、現在、幅広いクライアント、パートナー各社の方々とともに連携を進めています。
電通グループの皆様とも、弊社が出稿させていただいているマスメディア各社やWebメディア各社のGHG削減の推進連携を開始させていただいたところです。環境への取り組みは製造業などのプロセスが注視されていますが、我々広告業界としても、お互いに連携することで環境課題にアプローチできるはずだと思っておりました。微力ながらも、業界全体の脱炭素化への歩みの一助となりたいと考えていたので、本日のこの機会を楽しみにしてまいりました。
弊社では自社での排出量削減を目指しながらも、やはり最もインパクトの大きいのはScope3。パートナー由来の排出量について課題感が大きくなっています。現在、パートナー各社に働きかけ、排出量の可視化支援や、ともに削減できる施策を検討させていただいています。リクルートの商品サービスのプロモーションでお世話になっている広告業界の代理店、Web広告各社の方々とも連携の方法についてご相談をさせていただいています。
加々見:やはり広告業界全体として脱酸素に向かう上でもいくつかのハードルがあると感じています。特に、バリューチェーン上の排出量が把握しにくいこと、連携の仕方が分からないこと、算定方法が分からない、という3点が大きいと感じていますがいかがでしょうか。
小林:その通りだと思います。一方、Web広告媒体各社は排出量を捕捉し、アグレッシブな目標を掲げている企業が多いように思います。グローバル基準を求められる企業群が多いこともあるかもしれません。
例えば、Google LLCでは既にカーボンニュートラルは達成し、「2030年24 時間 365 日 カーボンフリー エネルギー プログラム」を掲げ、自社事業の電力消費に関連する炭素排出量ゼロ、常時クリーンエネルギーのみの事業運用を目指しています。
マイクロソフト株式会社では、「カーボンネガティブ」を掲げ、過去に自社が排出してきたGHGも削減していくと宣言しています。
一方、マスメディア各社にはばらつきがある。Web広告媒体各社を含め、広告業界全体の足並みを揃えていくことの必要性を実感しています。
加々見:我々もグローバル基準で国内広告業界のGHG算出標準化を推進する必要性を感じ、それに伴う取り組みを開始しています。ひとつは、映像制作におけるGHGデータ算出ができるツール『カーボンカリキュレーターCCMP」を開発し、より精緻な排出量の可視化。
ふたつめは、広告業界の情報共有を推進するために「イニシアチブ」を立ち上げました。業界内の他社の状況や事例を知りたいといったニーズの高まりに応えながら、対話を続け、共感を得ながら業界全体で前に進めていけたらと思っています。
各企業においてどのように脱炭素を進めていくべきか
加々見:GHG可視化、削減において、社内でどう推進するかも大きな課題のひとつだと感じていますが、リクルートでは先進的な組織化をされていると伺いました。詳しくお伺いできますでしょうか。
小林:Scope1、2、3のGHG排出量を把握するためには、自社内のさまざまな組織連携が必要だと考えています。リクルートでは、GHG削減への取り組みを経営アジェンダと位置づけ、7つの分科会から構成するプロジェクト化をしています。プロジェクトオーナーはサステナビリティ執行役員が担当し、各部門の責任者をアサインしています。
具体的な参加組織として例を挙げると、ワークプレイス統括室(総務)では、自社ビルで排出している電力やガス量の把握、従業員の出社率、通勤時間なども把握しています。マーケティング室では、広告宣伝を束ねているため、利用している紙媒体、Web媒体の出稿量なども把握しています。また、経理関連部門では、業務委託、派遣スタッフなどの通勤状況、請求処理データを保有しています。また、社内インフラ等を管轄するICT統括室では、自社内のPC、サーバー、ソフトウエアから出る電力などの排出量も把握しています。
加々見:私も自社排出量計測を担当していますが、全社の各部門との連携が必要となっています。どの部門の誰に聞けば良いかが整備されているだけでも大変進んでいると感じました。
また、現場で推進するにあたり、各部門から「何のためにするのか」「数字を出すことは部門としての決定なのか」などという声が挙がることもあり、丁寧なコミュニケーションが求められています。こうしたプロジェクト体制のなかで、各部門の共通課題などお気付きのことはありますか。
小林:やはり各部横断のプロジェクトにおいては目的設定が重要だと感じています。クライアントから選ばれ続ける企業であるためには、GHG削減への取り組みが必要になっている時代です。サステナビリティ部門の有無に関わらず、商品やサービス提供をしている全事業が目指すべきゴールとして、経営アジェンダに位置づけることの重要性を実感しています。
経営と脱炭素のゴールを一致させる方法とは
加々見:先ほど小林さんのお話にあった「経営アジェンダに位置づける」ために、参考となるデータをご紹介したいと思います。弊社が2022年7月に実施した「第8回カーボンニュートラル調査」では、「脱炭素」「カーボンニュートラル」の認知率(言葉を知っている、内容まで知っていると答えた方の合計)は6割以上でした。また、企業のカーボンニュートラルへの取り組みが、消費者の商品・サービス購買意向に影響していることが分かります。
GHG削減への取り組みは「やらなければならない」というよりも、お客様の求めていることに応えていくための取り組みだと捉えられるのではないかと思います。「コストをかけてまでやる意味があるのか」という経営の声にも、前向きに検討を進める材料になるのではないかと考えています。
小林:確かに消費者ニーズである、すなわちビジネス機会である、という捉え方が大切だと思います。 弊社でも、旅行事業やブライダル事業をはじめとして各事業のクライアントから、「リクルートとしてGHGをどの程度排出しているのか」といった問い合わせも入るようになりました。コストをかけてもいち早く取り組むことで、それが競争優位性になるともいえるのです。リスク対応ではなく、ビジネス機会と捉えられると全社での取り組みも加速するように感じます。
一方で、消費者の関心と知識が高まるなか、「環境に良い」と謳われている製品を買ったからといって、本当に環境に貢献できているのか? という疑問を持つ消費者も増えているように感じます。買うだけで満足していたフェーズから、貢献実感を確認したいというフェーズに移行しつつあるのではないでしょうか。企業の説明責任と努力がさらに問われる時代になっていると感じます。
加々見:若者たちがモノを買う時に後ろめたさがないものを消費したい、というようになっています。これを「心地よい消費」というキーワードにしてみました。こうしたトレンド、文化が広がると地球にとって優しい商品が広がることになると思います。コミュニケーションを扱う企業として「心地よい消費って何だろう…」ということから考えていけたらと思っています。
広告業界として脱炭素社会に貢献できること、目指すべきこと
加々見:最後に、広告業界として「究極のゴールについて」考えていきたいと思います。
小林:難しいテーマですね(笑)。例えば、「製品」としての脱炭素の究極のゴールは、製品化するまでだけでなく、その先にいる製品を手に取ってくれた消費者とともに、一緒にGHGを削減していくことが究極のゴールなのではないかと思うんですね。
とすると、広告業界としてのゴールは、製品をPRするコミュニケーションを通じて、環境意識を高めたり、社会全体の風土づくりを目指していくこと。そして、多くの広告主と連携して多層的なコミュニケーションを構築できれば、さらに社会へ与えられる影響も大きくできる…そういったことを目指していけたら良いのではないでしょうか。
加々見:本当にそうですね。冒頭でご紹介したように「広告そのものが環境に悪い影響を与えている」と捉える人が増えていることは、コミュニケーションを扱う会社としては危機的だと感じています。伝えれば伝えるほどネガティブな影響を与えているとしたら大変残念です。脱炭素を目指すという見地から、広告業界ができることで社会全体にアプローチしていけたら良いですね。
小林:今年の猛暑の通り、毎年気温が上がっている実感や、ハザードマップが数年前よりも広がっていることに気付いている消費者も多いと思います。消費者の環境問題への関心の高まりに合わせて、コミュニケーションにも責任を持って臨みたいと思っています。
加々見:「クライメイトジャスティス」という言葉が話題になっています。先進国のGHGが途上国の気温上昇に影響を与え、危機的な状況を引き起こしている。地球をひとつの国として捉えて、考えないといけない。地球全体に思いを馳せて、広告業界のひとりとして何ができるのかを考えていきたいと改めて感じました。本日はありがとうございました。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 加々見 崇(かがみ・たかし)
- 株式会社電通グループ djサステナビリティ推進オフィス チーフ・ディレクター
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1997年株式会社電通に入社。営業、ビジネス開発、クールジャパン/インバウンド担当、2019年 トランスフォーメーション・プロデュース局オープンイノベーション事業等を経て、23年より現職。炭素会計アドバイザー3級
- 小林慶太(こばやし・けいた)
- リクルート サステナビリティ推進室サステナビリティ戦略企画部 部長
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システム開発、新卒採用のコンサルティングファームを経て、2006年リクルートメディアコミュニケーションズに入社。各種サイトの業務設計、商品開発を経て、22年より現職