「個の尊重」を掲げるリクルートのDEI。執行役員 柏村美生に聞く、アンコンシャスバイアスを取り除く道のり
リクルートグループは「2030年度までに上級管理職・管理職・従業員、それぞれの女性比率を、グループ合計で約50%にする」という目標を2021年度に公表し、ジェンダーパリティ(パリティ:同等)の実現を目指しています。3月の国際女性デーを前に、株式会社リクルートで人事担当執行役員としてDEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)をリードする執行役員 柏村美生にインタビュー。ジェンダーパリティに向けた取り組みは「女性に限らず、あらゆる従業員への機会創出につながった」と言います。
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役員に聞く、リクルートのDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)【2023年度】
役員が語る、リクルートのダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの取り組み【2022年度】
女性の課長職候補1.7倍。男性の課長職候補も1.4倍に
― 国際女性デーも近付いてきました。「2030年度までに全階層で女性比率を50%にする」というリクルートグループの目標に対する現在の進捗からお聞きしたいです。
柏村:2024年4月時点でリクルートの女性管理職比率は32.4%になりました。管理職の男女比を、従業員の男女比同等の約50%ずつにする、というジェンダーパリティ目標を公表した2021年度と比較すると、課長職は+7ポイント、部長職は+5ポイント伸長しています。目標に向けた道のりは簡単ではありませんが、この3年の取り組み成果として、数字の変化をポジティブに捉えています。
― 着実に進展しているのですね。改めてDEIに対するリクルートのスタンスを確認させてください。
柏村:約60年前にベンチャーとして創業した当時、物質的な資産がほとんどないリクルートにとって、唯一の財産が人でした。そして創業から3年後の1963年、初めての新卒採用で、当時は珍しかった「学歴、性別、国籍を問わない」求人を出したところ、4名の枠に2000名以上の応募があり、ご入社いただいた皆さんには活躍いただいたと聞いています。
当時、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)という言葉は使われていませんでしたが、多様な個(人)が尊重され、その個が生き生きと働くことが経営の起点であり、世の中の当たり前を超えるような価値創造の原点であると、リクルートで働く皆が身をもって実感していたのです。性別などの属性やバックグラウンドに関係なく一人ひとりがパフォーマンスを発揮できる環境を整えることが、私たちの競争優位性に直結しています。
そして、今も変わらずリクルートが目指しているのは、あらゆる多様な個(人)のパフォーマンスを最大化し、一人ひとりが生み出す価値提供の総量が増えること。DEIそのものが目的ではなく、「新しい価値の創造」に向けて大切な経営基盤の一要素だと位置づけています。
― あくまで「新しい価値創造」を目指す取り組みのひとつなのですね。約4年間のジェンダーパリティへの取り組みを通し、現段階でどのような成果が出ているのでしょうか。
柏村:ジェンダーギャップ解消のために始めた施策が、男性も含めたあらゆる従業員の機会を広げられたことです。
象徴的なのは、「管理職要件の明文化」。DEIが、女性をはじめとするマイノリティだけのものではないことや、誰にでもバイアスがあり、バイアスには仕組みで対処できることが明らかになった取り組みです。徹底的なデータ分析により、管理職候補者の選出や育成に男女差があることを発見し、管理職に対するアンコンシャスバイアスに対処する仕組みを作りました。これまでの成功体験に基づいた「管理職とはこうあるべき」ではなく、リクルートが目指す将来の姿から逆算して管理職に求める能力を、事業長らが自ら議論し明文化しています。その要件に基づいて管理職候補者の選出・育成についての議論を行えるようになりました。これにより、パイロット組織では、課長職候補者の女性が1.7倍になっただけでなく、男性も1.4倍になりました(2022年時点)。現在は、全社に導入しています。
リクルートの人材マネジメントにDEIの観点が加わったことで、人材育成においても多様な個(人)をこれまで以上に生かそうと進化しています。「Co-ALプログラム」では、リクルートの人材育成の仕組みを形式知化し、管理職が体系的に学べるようにしました。従業員一人ひとり異なる個性やエネルギーの源泉を、複数の管理職が対話によって引き出し、育成計画につなげます。多様なメンバーをマネジメントする管理職を支援する取り組みでもあります。
また、人材領域のある部門では、データ分析とヒアリングから、表彰の受賞者数に一見説明のつかない男女差があることが分かりました。その結果を踏まえ、これまでの評価基準や表彰ノミネート以前の仕事のアサインが適切かを、事業戦略に基づいて見直しています。こちらも、起点は男女差への着目ですが、非連続な事業成長に向けて、仕事の価値や人材育成のあり方を進化させようとする動きです。
― 他にもありますか?
柏村:「働き方の進化」は大きなインパクトだったと思います。これはあらゆる従業員の「働きがい」を支える基盤だと位置づけています。特定の事情がある人だけではなく、従業員が自律的に、生産性高く、パフォーマンスを最大化することを目的に働き方の柔軟性を高めました。
2021年にリクルートが新体制でスタートした際に、「価値の源泉は人」であるという考えを中心に、価値の創造を継続的に最大化するため、人材マネジメントポリシーをアップデートしています。その考え方のもと、リクルートで働く個人に期待することを「自律・チーム・進化」と定義し、会社としては、個人の能力をいかんなく発揮するための機会・環境を提供することを約束しました。
例えば、会社が約束することとして、出社を前提としない働き方(リモートワーク)、フレキシブル休日などを導入しました。もともと2006年頃にワーキングマザーを想定した働き方変革にも取り組んでいましたが、今や子どもの有無などに関わらず、従業員が働き方を自律的に選択するようになっています。
これらにより、特に多くの男性の働き方が変わったと感じています。例えば、男性の育休の取得率は100%ですし、私の周囲でもフレキシブル休日を使った「育児Day」や、「保育園の送り迎え」「夕食作り」などを公開カレンダーに入力している男性従業員がいます。忙しく働いている管理職を含む男性従業員らが、保育園からのお迎え要請のために早退することも当たり前になりました。もちろん育児以外にも、さまざまな理由で制度を利用する従業員がおり、介護・通院・リスキリングのための学びなどと両立しながら、仕事の成果を出すことに挑戦しています。
リクルートでは「Pay For Performance」が基本です。この原則があるなかで、休みが増えても、仕事でこれまで以上の成果を出し続けるというのは、とても厳しいことなんです。働き方の進化により、一人ひとりの背景を尊重する風土が根付くと同時に、短い時間で成果を出すことや生産性向上に向けた非連続な挑戦や創意工夫が生まれており、個(人)と組織の進化につながっていると実感しています。
― ジェンダーギャップの課題を解決しようとしたら、女性だけの課題ではなかったということですね。
柏村:はい。ただ、ジェンダーパリティのテーマになると、どうしても女性限定の課題だと思う人が圧倒的に多いですね。まさにアンコンシャスバイアスです。そしてもちろん、個人の事情の開示を強制はしていませんが、それぞれの境遇を知りながら、また、それぞれが大切にしていることを尊重しながら、切磋琢磨する環境はとても良いと思うんです。働く仲間を通して自分とは全く異なる人生の一端を知ることは、社会のさまざまな多様性を知り、想像するきっかけにもなるのではないでしょうか。人は自分が見聞きしてきた経験からしか世界を創造できないと思います。「誰にでもバイアスがある」ことと同じように「自分は何を知らないかを、知らない」という自覚はDEI推進においても仕事においても、とても大切なスタンスだと思います。
事業・サービスで価値提供の幅を広げる兆しが
― ここからは、DEIに取り組んだことでリクルートが社会に提供する事業・サービスはどのように変化したのか聞きたいと思います。
柏村:働き方の進化は、一人ひとりが成果にこだわり、挑戦を進める土台となっています。また、DEIの価値観がリクルート全体に浸透してきたことで、事業で自発的にカスタマー・クライアントへの価値提供の幅を広げていくような兆しも出始めました。4つのサービスでの取り組みをご紹介します。
業務・経営支援サービスである『Airレジ』などを含む「Air ビジネスツールズ」は、もともと誰でも簡単に使えることをコンセプトとしていますが、より多くの方に便利に使っていただけるよう、ユニバーサルデザインの専門家の知見をお借りしながら開発を進める予定です。
不動産・住宅情報サイト『SUUMO』では2021年より住宅確保要配慮者の皆さんを支援する取り組み「100mo!」を継続しており、不動産業界への働きかけや取り組みの活性化を狙った第2回目のイベントも2024年10月に開催しました。
また、人材紹介業を営む『リクルートエージェント』では、DEI推進に取り組みたいクライアント向けの人材採用支援も進展しています。例えば、政府の「東証プライム市場に上場する企業の女性役員の比率を2030年までに30%以上にする」目標に向けて取り組むクライアントへのイベントを開催しました。有識者の講演や、参加企業同士のディスカッションが活発に行われ、この場をきっかけにクライアントの課題解決に貢献する事例も積みあがっています。
分譲マンションDivision(『SUUMO』を運営する事業部のひとつ)では、多様な従業員の働きがい、働きやすさを追求するプロジェクトを2024年にスタートしており、全国から多くの従業員が有志で参加しています。業務生産性向上施策のひとつとして生成AIを活用しクライアント向けのレポートやメールを作成したり、チームごとに別々で行っていた市況報告を集合知化してウェビナーにしたりしています。従業員の業務効率化になっただけでなく、クライアントへのレポートの質や提案の質が上がりました。価値を高めながらの効率化を図った好事例です。
― 嬉しい変化ですね。
柏村:社内でDEIが浸透してきたことで、一人ひとりのアンコンシャスバイアスが少しずつ自覚化されていき、「社会を見る目」が変化しているのかもしれません。今まで気づきかなかったクライアントやカスタマーの課題に気づくようになり、そんな取り組みが動き出していることを頼もしく感じます。
「ジェンダーパリティ」を可視化し推進する基盤を整えた約4年間
― では、DEI推進によって経営基盤そのものはどのようにアップデートされたのでしょうか。
柏村:DEI推進を“価値観論争”にせず、徹底的にデータとファクトに基づいて会話ができるようになったことだと思います。
もともと、リクルートは2006年にDEI専任組織を発足し、既に20年近く取り組んでいます。これまでの取り組みでも管理職比率の男女差は縮まってきていますが、ジェンダーパリティ目標の達成に向け、担当役員として取り組むにあたり、「これまでも頑張ってきたのに、なぜまだジェンダーパリティを実現できていないか」について、私なりに課題設定をしました。そのひとつが「データとファクトに基づいて徹底的に解像度を高める」ことでした。
従業員の男女比率は半々なのに、管理職ではジェンダーパリティが実現できていないボトルネックはどこにあるのか。「課題」だと言われることは本当なのか。純粋に疑問を感じ、その好奇心がドライバーになり、DEI推進室を中心に徹底的なデータ分析にあたりました。こうした分析と事業へのヒアリングにより、「無自覚的なバイアスによって機会提供にジェンダー差が生まれている」という課題を特定することができたんです。また、実施した施策の成果を可視化するためのモニタリング基盤も拡充しました。私は長らく事業で仕事をしてきたなかで「数値化できないものは振り返れない」と思っています。高い目標ができたことで、仮説検証の仕組みもアップデートしたことは大きな前進だったと感じています。
― データに基づいてDEIを推進していったのですね。
柏村:それにより各事業の3か年計画に、DEI推進の3か年計画を組み込むこともできました。従来、事業計画とDEI推進計画は別々になっており、事業計画は事業が、DEI推進計画はDEI推進室(人事部門)が担当していましたが、本来的には、DEIを含む「人」に関わる計画は事業経営の重要な要素です。2022年度には、事業長と事業の人事が「データとファクト」に基づいて、事業ごとに「DEI推進の3か年計画」を策定しました。現場ごとの異なる課題にあわせて、事業計画の一環として自律的にDEIを推進する体制に変化しています。
事業計画の一環としてDEI推進計画を考えることは、人事にとっても事業長にとって初めてだったので、難しい挑戦だったと思います。ですが、データとファクトに基づくと、現状の課題に対する目線が揃い、事業長の納得感やコミットメントも強くなりました。先ほどお話しした「管理職要件の明文化」は、パイロット組織の事業長の賛同を得て試行したものです。そうやって道を切り拓いてくれた事業長たちが次々にナレッジをほかの組織にシェアしてくれ、全社的な導入に至っています。事業同士が学び合いDEIを推進するプロセスには、リクルートらしさを感じ嬉しくなりました。
― 事業経営もDEIによって進化したのですね。世界ではバックラッシュが加速する動きもありますが、今後目指していくことを教えてください。
柏村:変化が激しい時代、さまざまな環境変化は今後も出てくると思いますが、まずは創業時から変わらない経営理念「個の尊重」を“ど真ん中”に置き、ジェンダーパリティを実現していきます。それをファーストステップに、あらゆる従業員のパフォーマンスを最大化する機会にあふれる場であり続けたいと思います。
これだけ世の中がスピーディに変化するなか、同質性の高い人だけで議論をしていては判断を誤りやすいものではないでしょうか。企業も個人も自分の経験に加え、多様なものの見方や経験を組み合わせ、最適解を導きながら生き残らなくてはいけない。そのためのDEI推進は欠かせないものだと感じています。
ジェンダーパリティコミットメントの目標時期に関わらず、リクルートにおいて、「DEI」や「ジェンダーパリティ」という言葉が必要のない場にしたいですね。そして多様な「個」の情熱にベットする(Bet/賭ける)ことで、世界の進化とともに、社会に新しい価値を創造し続ける企業であり続けたいと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 柏村美生(かしわむら・みお)
- 株式会社リクルートホールディングス 執行役員 兼 株式会社リクルート 執行役員(担当領域:人事、広報・サステナビリティ、渉外)
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大学卒業後、1998年リクルート(現リクルートホールディングス)に入社。2003年『ゼクシィ』の中国進出を提案し、中国版ゼクシィ『皆喜』を創刊。帰国後、『ホットペッパービューティー』事業長、リクルートスタッフィング代表取締役社長、リクルートマーケティングパートナーズ(現リクルート)代表取締役社長などを経て、2021年4月より現職。大学時代は社会福祉について学び、障がい者の社会参加をサポートする仕事がしたいとソーシャルワーカーを目指してボランティアに明け暮れた。東京大学PHED(障害と高等教育に関するプラットフォーム)専門部会委員を務める
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