北欧のスタートアップ都市ストックホルムー90万人都市から世界的企業が誕生する理由
北欧といえば、福祉が手厚く、ワーク・ライフ・バランスが尊重される社会をイメージする人は多いだろう。そんな北欧を代表する都市であるスウェーデンの首都、ストックホルム。人口約90万人の都市から、数多くのグローバルに活躍するテック企業が生まれていると知ったら、意外に思う人も多いのではないだろうか。
Skype、Spotify、Kingなど、実はストックホルムは、シリコンバレーに続いて人口一人あたりの「ユニコーン(評価額10億ドル以上の企業のこと)」の数が多いスタートアップ都市なのだ(参照:Forbes)。なぜ、ストックホルムがグローバルで活躍するスタートアップを生み出す都市となったのか。そして、今どのようなスタートアップが現地で注目されているのかを探ってみたい。
90年代の政府による「種まき」がテック文化の素地をつくった
シリコンバレーのガレージで、ギークな若者がイノベーションを生み出す。こうしたエピソードは、サクセスストーリーとしては魅力的だが、ガレージでイノベーションが生まれるには最低でもインターネット通信ができる環境と、コンピュータが必要だ。スウェーデン政府はそのテクノロジーの可能性を見通して、早くからインフラとハードウェアの普及を促進するために投資を行ってきた。
通信インフラの整備において、重要な役割を果たしたのが「Stokab」だ。将来の通信ニーズを満たすこと、経済活動を活性化させること、通信事業者の選択肢を多様にすること、公平な競争に基づいたインフラストラクチャーを築くことを目的に、1994年にストックホルム市議会は独立行政法人のStokabを設立した。
Stokabによって、光ファイバーの通信網は市内に整備されていった。「1994年から2008年の間に、3億ユーロをこのネットワークの設立に投資した」とストックホルムのBroberg市長は語っている。こうして早くからインターネットのインフラが整備されたおかげで、今やスウェーデンのインターネットの普及率は人口の94パーセントと、世界で4番目に高い。
環境整備が行われたのは、通信インフラだけでない。スウェーデン政府は、経済環境に関わらずできるだけ多くの市民がパソコンを持つべきだと考え、98年には「家庭用PC改革」として知られる政策を実施した。これは、市民が勤めている会社を通じて、家庭用のパソコンをリースできるようにした政策だ。費用は毎月の給料から差し引かれるが、その分税金を払わなくて済むという非常に良い条件だった。これによって多くの市民がパソコンを手にすることになり、また充実した通信インフラも合わさって、インターネットの体験が市民の間に急速に広がっていったのだ。
こうした政策の恩恵を受けた世代がのちに起業したテックスタートアップの一つが、スウェーデンを代表するテック企業である小売業向けペイメントサービスのKlarnaだ。そのファウンダーである33歳のSebastian Siemiatkowski氏は、この支援政策のおかげで、パソコンを購入する経済力のなかった家庭に育ちながらも、10歳という早い段階で情報テクノロジーに触れることができたと、メディアに語っている。
起業家は投資家になり、資金とノウハウがテック業界で広がっていく
The Pirate Bay、Kazaa、uTorrentといったスウェーデン発のP2Pを使った無料のファイル共有サイトは90年代末から2000年代初期に注目を集めた。こうしたサイトが同時期にいくつも誕生したのは偶然ではなく、インフラとパソコンの普及が当時から進んでいたことが影響している。
ちなみに、KazaaはSkypeのファウンダー、ニコラス・ゼンストローム氏、uTorrentはSpotifyのファウンダー、エク氏が立ち上げている。SkypeもSpotifyもP2P技術を活用している。なお、現在32歳のエク氏は1997年、14歳のときに最初の会社を設立している連続起業家だ。
SkypeがeBayによって26億ドルで買収されたのは2005年のことだが、スタートアップ業界にスウェーデン国外からも多くの資金が注ぎ込まれるようになり、ストックホルムのスタートアップシーンが世界の投資家から注目を集めるようになったのはここ数年のことだ。だが、当然、こうした世界から注目を集める状況は、一夜にして作られたわけではない。
「例えば、私のように成功を手にした起業家が、次は投資家となって次世代の起業家に資金を支援する。コンピューターサイエンスやビジネスを勉強している学生たちの中には投資家が増えてくると、大企業に就職するよりもスタートアップやテクノロジー系企業でキャリアをスタートしたほうがいいと思う人がでてくるわけです。」
Skypeのファウンダーであり、ベンチャーキャピタルAtomicoのコーファウンダー兼CEOを務めるニクラス・ゼンストローム氏は、本サイトの過去のインタビューでこのように語っている。
テック企業の起業で成功した人々が出てくると、テック業界や起業に対する社会の認識は変化していく。そして、失敗も含めて豊富な経験とノウハウを得た「成功者」は、志のある若者に資金を提供したり、メンターとなる。ゼンストローム氏がSkypeという成功例を築き、そして投資家として起業家のサポート側にまわるような、テック業界のエコシステムが2000年代半ばから後半にかけて、徐々にストックホルムで成長していったのだ。
世界の市場を狙うのは「当然」
そして、Skypeの戦略にも表れているように、ストックホルムのスタートアップに共通するのは国外の市場進出に設立まもない段階から積極的な姿勢だ。
「小さな国で会社を設立する起業家は、できるだけ早い段階からグローバルに展開したほうが良いと思います」とゼンストローム氏もコメントしているように、人口が950万人のスウェーデンだけを市場にしていては、事業の成長にも限界がある。これは、フィンランドやバルト三国など同様に国内市場が小さい国のスタートアップに共通する姿勢だ。
通信機器メーカーのEricssonや商用車メーカーのVolvo、IKEA、H&Mから、歴史を遡れば音楽バンドABBAに至るまで、スウェーデンは製品やサービス、コンテンツを長年世界に輸出してきた。その精神や事業の国際展開に必要なノウハウは、テック企業にも受け継がれているようだ。Spotifyも創業から1年半でヨーロッパ全体で顧客を獲得し、まもなくアメリカにも進出したように。
注目を集めるスタートアップ
最後に、具体的にどのようなテック企業、スタートアップがストックホルムから生まれているか見てみよう。
音楽ストリーミングサービスのSpotifyは2008年に創業。その後、世界中にユーザーを広げ、今年6月の時点での評価額は85億ドルだ。eコマース向け決済サービスのKlarnaは、2005年に創業。欧州を中心に、eコマース向け小売店のユーザーを獲得していき、昨年8月の時点での評価額は22億5000万ドルになる。
Minecraftの開発元として知られるゲーム開発会社のMojangも2010年にストックホルムで誕生した企業で、2014年9月にMicrosoftが25億ドルで買収した。ゲーム「Candy Crush」で有名なKingは、2014年3月にニューヨーク証券取引所に上場している。
こうした大型の資金調達やIPOやM&Aが増えつつあるのは、ここ2、3年のこと。その傾向が示すように、大手テック企業やアメリカをはじめとする国外のベンチャーキャピタルからのストックホルムへの注目度は上昇中だ。CB Insightsのレポートによれば、2014年には7億8800万ドルの資金がスウェーデンのテック企業に出資されたという。2015年はさらに前年と比べて、ベンチャーキャピタルからの投資は338パーセント伸びている。
こうしたストックホルムのテック界をリードする企業の後を追うスタートアップも数多く存在する。「非通知着信」の情報が得られるなどスマホの電話帳機能を進化させた機能を提供するモバイルアプリTruecallerは、2014年12月にユーザー数が1億に上ったことを発表している。
同社は、Sequioia CapitalやKPCBといったシリコンバレーの有名ベンチャーキャピタルを含む投資家から2014年10月に3億ドルを調達している。釣り好きのための情報アプリFishBrainは、2013年にアプリをローンチしたのち、100万以上のユーザー数を超え、昨年7月には800万ドルを調達。さらなる事業拡大を目指している。
90年代からコツコツとストックホルムで種がまかれていたテック経済・文化の種は、今や世界に向かって花開いている。次のユニコーンがこの都市から誕生する日も近いかもしれない。
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1.Eugenijus Radlinskas(CC BY-SA)
2.OFFICIAL LEWEB PHOTOS(CC BY-SA)