【vol.4】人工知能が各業界にもたらす影響と、増加するAIスタートアップへの投資
前回、注目を集めている人工知能をめぐる動きを、技術の簡単な解説も兼ねて紹介した。また、人工知能研究所(Recruit Institute of Technology)を率いる石山洸へのインタビューでは、なぜこれほどまでに世界で人工知能への取り組みが進んでいるのかについても触れた。
今回は、人工知能の活用が始まっている領域や、活発に投資が行われているスタートアップ等、各潮流について紹介していく。
IT以外の産業にも影響を及ぼす人工知能
「人工知能」という言葉だけを聞いても、どんなことが可能になるのかはイメージしづらいだろう。だが、すでに様々な領域で導入に向けた動きが始まっている。
たとえば、IBMが開発している人工知能「ワトソン」。自然な対話を通じて相手の意図を汲みとり、意思決定を支援する「コグニティブ・コンピューティング」と呼ばれる技術を用いたワトソンは、以下のような場面で導入され始めている。
カスタマーサポート
自然な対話が可能であれば、カスタマーサポートの業務も人工知能が担うことができる。実際に、ソフトバンクモバイルの顧客の電話対応業務に採用されることが決まっている。
また、ソフトバンク社内では、Watsonを用いた業務支援システム「SoftBank BRAIN」が提供される予定があることが、2015年の7月に開催された「SoftBank World 2015」で明かされた。
「SoftBank BRAIN」は、すでにソフトバンクショップの一部機器にはその機能が搭載されるなど、ソフトバンク社内で検証している段階。今後、実際の導入事例を見せられるようになっていく。
その他、保険大手のMS&ADのコールセンターでも音声分析のためにワトソンが導入されることが決まっている。
こうした人工知能による接客は、人によるバイアスがかかることなく情報を収集し、より最適化されたサービスの提供を可能にするとして期待されている。
ヘルスケア
ワトソンは医療分野でも注目されている。ウェアラブルデバイスの登場により、これまで収集できていなかったバイタルデータの収集が可能になるからだ。すでに、ダイエットをはじめ、健康に関連するアドバイスを提供するサービスは複数存在している。バイタルデータの収集が可能になれば、人工知能を通じてデータを分析し、より精度が高いアドバイスを個人に最適化して行うことも可能になる。
IBMはすでに、医療関連データを専門に扱う「Watson Health(ワトソン・ヘルス)」という事業を立ち上げることを発表している。英ロイター通信の報道によると、従業員数は2000人。そのうち約75%が医師だという。
IBMは、自然言語処理技術を用いて複雑な医療情報の意味を処理・分析・解釈する方法をワトソンに「教える」ことに、数千時間を費やしてきた。対話だけでなく、複雑な情報処理にも人工知能が活躍することが予測される。
リテール
最近では、日本のスタートアップABEJAが三越伊勢丹ホールディングスと提携し、ディープラーニング技術を用いた実店舗の解析ソリューションの提供を開始している。
同社が提供するソリューションでは、顧客動態・滞留データ(入店したカスタマーがどのように動き、購買に至ったか、などのデータ)の解析、性別・年齢の推定を行い、顧客の店舗内行動を取得してデータをリアルタイムに管理・分析することが可能になるという。
実店舗はオンラインと異なり、顧客行動のデータ化、解析が難しい領域だった。画像解析や機械学習といった技術を用いることで、オンライン同様、オフラインにおける顧客行動も解析することが可能になっていく。
モビリティ
Googleや世界各国の自動車メーカーが開発を進めていることでも話題になっている自動運転車にも、人工知能が用いられている。
また、Amazonはドローンを利用した配送システムの開発に着手しており、人工知能の技術は配送や物流システムの変化にも関係している。
人工知能が運転手であれば、リアルタイムに情報を収集して最適なコースを選び、収集した情報を解析してさらに精度を向上させていくことも可能になる。
スマートホーム
家という空間には膨大な情報がありながらも、これまでほとんどデータ化されてこなかった。近年、IoTの潮流に合わせて、スマートフォンアプリや遠隔地から鍵の開け閉めが可能になるスマートロック、インターネットと接続するスマートカメラ、「Nest」のような室温調整デバイス、家の消費電力管理するデバイス等、スマートホームを実現するためのプロダクトが数多く登場してきている。
人工知能が家の状態を最適に管理し、消費電力のコントロールなども実施してくれるようになるなど、将来は、家の管理人が人工知能になるかもしれない。
消費者向けプロダクトにも登場し始めた人工知能
B向けの動きだけではなく、C向けのプロダクトにも、人工知能の技術は用いられている。
今年に入って「Evernote」がリリースしたコンテキスト機能も、人工知能の技術を用いたものだ。この機能は、Evernote上でユーザーがノートを作成して文章を入力すると、入力されたキーワードや文脈に関係のある記事が自動的にピックアップされ、Evernote上に配信されるというもの。
ユーザーの好みや文脈に合わせて、パーソナライズされた情報を届けることができることも人工知能に期待される役割だ。日本のスタートアップ、COLORFUL BOARDが開発しているファッションアプリ「SENSY」も、そんなパーソナライズされた情報を提供してくれるアプリのひとつ。
同アプリは、ファッションアイテムという、ユーザーの感性によって選ばれる定量化しにくい情報を人工知能が学習することで、対象のユーザーの好みを把握、最適な情報を提供する。
最近、Googleに買収されたスケジュールアプリ「Timeful」は、イベントや予定、ToDoリストや「フィットネスに通う」といったユーザーが身につけたいと考えている習慣を入力しておくと、高度なアルゴリズムを用いて、ユーザーの利用可能時間や居場所、最も生産性の高い時間帯などに基づいて、1日の最適な時間にスケジュールできるよう提案してくれるというツールだ。Timefulは使用すればするほど、ユーザーの行動を学習し、ユーザーにとってより最適な提案をしてくれるようになる。
一人一人の特徴に合わせて、人々の生活をより豊かなものにするために、人工知能技術はアプリケーションやサービスにも組み込まれ始めている。
増加するAIスタートアップへの投資・買収事例
こうした人工知能を巡る動きは、AIスタートアップへの投資や買収といった面にも現れている。
ハイレベルなディープラーニング技術を開発している「DeepMind」は、Googleが500億円で買収。オブジェクト認識技術を研究する「DNNresearch」も、同じくGoogleが買収している。また、IBMワトソンはAIを利用した仮想アシスタントソフトウェアを開発する「Cognea」を買収。Facebookは自然言語処理スタートアップWit.aiを買収しており、同じく自然言語処理技術を開発する米SkyPhraseは、Yahoo!が買収した。
そんなIT企業のビッグプレイヤーたちのAIへの力の入れ具合とともにチェックしておきたいのが、AI関連スタートアップの投資環境がどう成長しているかだ。2014年には、西海岸を中心に人工知能関連のスタートアップへの投資が行われている。
CBInsightのデータによれば、2010年に約1500万ドルだった人工知能関連スタートアップへの投資額は、2014年には3億900万ドルへと増加し、約20倍の規模に成長している。投資件数も、2010年はたった2件だったのが、2014年では40件に増加するなど、こちらも大きく成長している。
ほかにも、アーリーステージのAIスタートアップたちへの出資が行われている。彼らの多くは200〜600万ドルほどの資金を調達し、ディープラーニングや自然言語処理といった技術を用いたプロダクトの開発に取り組んでいる。
予測をするためのアルゴリズムの精度が高まり、必要なデータを収集しやすくなったことで、ビジネスモデルが確立しつつあることは、人工知能研究所の石山洸へのインタビューでも触れた。
この数年、急激に拡大してきているAI関連のスタートアップへの投資規模と、大手プレイヤーによるスタートアップの買収は、ビジネスモデルが確立され始めたことが背景にある。
今後、私たちの社会に与えるインパクトが、ますます大きくなるであろう人工知能領域。その動きに、引き続き注目だ。