新卒でドイツのアディダス本社に就職し、その後ベルリンで起業を決意した理由

新卒でドイツのアディダス本社に就職し、その後ベルリンで起業を決意した理由

文:佐藤ゆき 写真:高田美穂子

「グローバル人材」の必要性が日本国内で叫ばれているが、グローバルに働くというのは具体的にどのような働き方、姿勢を指すのだろう。個別例を見ていくと、その在り方は実にさまざまで、パーソナルなものだ。シリーズ「海外から学ぶ日本」では、市場や職場において日本に縛られることなくグローバルな視点をもって仕事をしている人々を紹介していく。

世界中の起業家を惹きつけスタートアップ都市としての盛り上がりを見せるベルリンで、数少ない日本人起業家としてチャレンジをしている人物がいる。ドイツの首都ベルリンを拠点に「Berguide(ベルガイド)」という、登山家とガイドをマッチングするプラットフォームを開発・運営する26歳の佐藤勇志さんだ。

佐藤さんは、立教大学在学中にドイツのニュルンベルグ近郊のヘルツォーゲンアウラッハに本社があるアディダスの幹部養成プログラムテストに合格し、卒業後すぐにアディダス本社で働き始めたという異色の経歴の持ち主だ。事業戦略に携わったあと3年半でアディダスを退職して、今度はベルリンで自ら事業を立ち上げる決意をする。アディダスで働くことになったきっかけや、その後に起業を決意した経緯を伺った。

在学中のインターンがきっかけで、ドイツのアディダス本社に就職

ー 新卒でドイツのアディダス本社で働き始めるとはすごいですね。

最初のきっかけは、大学のゼミの教授からアディダス ジャパンが1ヶ月間のインターンを募集していると聞いて、手を挙げたことなんです。アディダスというブランド自体も好きだったので、インターンを終えたあともアディダス ジャパンでアルバイトを続けることになりました。そのうち、本社での仕事も見てみたいという気持ちが強くなりました。アディダスの歴史について書かれた本を読んだり、ビジネスモデルを自分で調べたりしているうちに、ますます興味が膨らんでいきました。

そんな時期にたまたま本社から偉い人がきて、部長から通訳で入ってほしいと言われました。通訳をしながら、タイミングを見計らっていろいろな質問をぶつけていたんですけど、それが気に入られたのか「うちのチームにインターンとして入ってほしい」と言われました。即答で「イエス」とこたえました。20歳のときです。

ー ちょうど大学の就活の時期と重なっていたんじゃないですか?

そうですね。完全に被っていましたが、迷わず現地に行きました。本社ではフットボールのグローバル企画部署という花形の部署にインターンとして入りました。そこで半年間インターンを経験し、大企業で働く醍醐味も味わえましたし、非常に楽しかったです。当時は、日本に帰ったら小さい会社に入りたいなと思っていましたから。

ー アディダス本社にそのまま就職したいとは、まだ思っていなかったんですね。

小さい会社の方が責任の範囲が必然的に広くなるから、さまざま経験ができていいと思っていました。でも、インターンが終わる頃に人事の方から呼ばれて、「アディダス本社には幹部育成コースがあるから、その選抜テストを受けてみないか」と言われたんです。

テストには、大学4年の夏に参加しました。世界中から12人の選抜者が集まっていました。香港のラグビー代表とか、ドイツでスマホアプリを開発してヒットさせた人とか、なんかすごい人がいっぱいいて(笑)。

そこで自由にふるまっていたら、たまたまテストに通って最後の3人に選ばれたんです。そのプログラムに入れるのならユニークな経験を積ませてもらえて面白いかなと思い入社したんです。

日本で就活は一切せずに、大学2年のアディダス ジャパンでのインターンがきっかけで、その後のキャリアが展開していきました。

佐藤勇志

ー アディダスでは具体的にどのような仕事をしていたんですか?

まず、マーケティングのプログラムに入りました。主要6部署を各部署3ヶ月、合計18ヶ月でまわっていくという内容です。プロダクト企画、ブランディング、本社でつくったものを支社に送る部署など、いろいろと経験しました。各部署3ヶ月とはいえ、概要はつかめます。やがて点と点がつながってきて、この会社はこういう風に動いているんだなということが理解できるようになります。

そのあとは、グローバルブランドデザインというアディダスのブランドデザインを司る部署のボスの右腕のようなポジションで働きました。

ー 戦略的な部署を経験されたんですね。

アディダスでは自由にやらせてもらえていました。

アディダスの文化は、基本的に情熱としっかりとした準備をしていれば、どんな偉い人にでも会って話をさせてもらえるという点があります。どこまで本気で彼らが動いてくれるかはケースによりますが、話は聞いてくれるという文化があるんです。

それを知ってからは、いいアイデアがあったらそれをまとめて準備して提案して、といった感じで一人で勝手にやっていました。

プログラミングを勉強しているうちに「Berguide」を立ち上げたくなった

ー 3年半ほど勤めたアディダスを辞めて、起業されたのはなぜですか。

学生の頃からいつか起業したいとは思ってました。アディダスにいたときもずっとモヤモヤしていました。お客さんの顔が見えないことに憤りを感じていて、現場に行きたいけれども、一方で来る仕事のオファーがユニークで面白そうだから、僕も結局そっちを取ってしまうという感じだったんです。

戦略的なことをやり続けながらも実際にフィジカルなものをつくりだせないことがもどかしくて、ある日プログラミングの勉強をしようと思いました。1ヶ月の休暇をばーんと取って、それを勉強の時間にあてました。寝る時間以外はずっとプログラミングをしてました。  まだアディダスを辞めるとは決めていなかった頃です。でも、プログラミングをやっているうちに、PinterestやTwitterのクローンみたいなものをつくれるようになってきて、自信が出てきました。

そのときに、ずっと個人的にやってみたかった今のBerguideのアイデアが蘇ってきたんです。よし、やるなら今だ。失うものはないし、大企業で働く特権なんてどうでもいいと思って、アディダスを辞めちゃいました。

しばらくは貯金でやり繰りして、MVPをローンチさせてからお金を集めようと思っていました。

ー Berguideをつくりたいと思ったきっかけは?

大学2年ぐらいのときから趣味で登山を始めたんですが、海外に来てからは自由な時間も増えたので、よく行っていたんです。

世界中のいろんな山に行きましたが、特に途上国の山はガイドを見つけるのが大変なんですよ。山の情報ってネット上に散乱しまくっていて、調べるためのコストがすごく高い。ボリビアのガイドなんかは、オンラインでブッキングすると現地で探すよりも2倍の値段がついています。ほとんどのマージンはアメリカやイギリスにオフィスがあるような会社に行っているんです。

そういう状況を知るようになり、ボリビアで登山したときは現地で5、6件のツアー会社に直接あたって、ガイドを見つけました。そのときに「プライベートで英語を話せるガイド」を予約したんですが、いざ登山となるとスペイン語しか話せないガイドが率いるグループツアーに放り込まれていました。希望とは違いましたが、会社の休暇の日程も決まっていて日程変更もできないので、とりあえず行きました。

低地から一気に高い場所に行ったので高山病にかかって、他の登山者よりもかなり遅れながら進んで行ったんですが、5000メートル地点でもうこれは無理だと思って引き返そうと思って。「あきらめる」とガイドに言ったら、「ノーノー」と。ガイドはガイドで、上まで行って仲間と話したかったみたいなんです。登って行くしかない状況に追い込まれましたが、5500メートルのハイキャンプで苦しんでいるところを他の登山者に見つけてもらって、彼にもたれかかるようにして降りて行きました。本当に危なかったんですよ。

佐藤勇志

ー 大変な経験をされたんですね。

そのあとにツアーオフィスに行ったら、よく分からない言い訳をされました。すると、そのオフィスにゲストブックがあって、ツアーに参加した登山者のコメントがいろいろな言語で書かれていて、8割ぐらいはネガティブなコメントでした。そのとき、これをオンライン上で事前に見ることができていたら、絶対に予約しなかったと思いました。

一方で、僕が登山にのめり込むようになったきっかけも、日本で良い登山ガイドに巡り会えたからでもあるんです。良いガイドさんもいれば、自分とは合わないガイドさんもいる。だから、もっとマッチングをうまくできる方法があったらいいのに、オンラインでそのプロセスを簡単にできるものがあればいいのに、とずっと思っていました。

ー 起業をするにあたって、ベルリンを選んだのはなぜですか?

理由はいくつかありましたが、まずベルリンはスタートアップのハブとして盛り上がっていて、投資家もいるし、フリーランスのエンジニアやデザイナーもたくさん集まっていて、彼らと出会えるようなイベントもたくさんあるという点があります。

もう一つは、アルプスに近いということ。アルプスは登山のメッカで大きな市場でもあるので、その近くに身を置きたいと思いました。

ー 起業の場所として東京は考えなかったんですね。

実は最後まで東京とベルリンで迷っていたんです。東京は友達も多いし、居心地もいい。

でも、東京で起業したくないなと思ったんです。なぜなら、東京でサラリーマンをやっている仲の良い友達に、こういうことをやろうと思っているといったら、すぐに話をそらされて。励ましの言葉が返ってくると思っていたんですけど、予想外のリアクションが返ってきて......なんだか、そういう雰囲気を社会全体に感じてしまったんです。

日本は、安定を捨てて夢を目指すというようなことを嫌う人が多いんじゃないかと感じました。「アディダスを辞めてまで追いかけるほどの面白そうなプロジェクトに聞こえない」とか言われたりもして、夢を持つ人への風当たりが強いと思いました。

ー ちなみに、辞めるといったときのアディダスの反応はどうだったんですか?

一部の人にしか話す機会はありませんでしたが、話を聞いてくれた人達は皆、好意的に応援してくれました。アディダス本社は新しい挑戦を励ましてくれる人の方が圧倒的に多いです。

だから、あのとき感じた日本のネガティブな空気感が、ベルリンを最終的に選んだ一番の理由です。夢を抱いて、それに邁進していくことに対しての風当たりの強さ。

失敗したら「ほらみたことか」と言う人も多いような気がするし。仮に成功しても「あいつは若いくせに」とか「あいつは特別だから」と言うような人もいるんじゃないかと想像してしまったんです。

「アディダスを辞めて、起業するためにベルリンに来た」と言ったら大喝采をあびた

ー ベルリンの空気感はどんな感じですか?

ベルリンに半年いた中で感じた僕の印象は、いい意味で他人のやっていることに無関心。ただ、自分の興味のある分野のコミュニティが必ずあって、そのコミュニティの中にいれば孤独を感じることもない。コミュニティ外の人はそれに対して関心をもたない。お前はお前のことをがんばれ、俺は俺が幸せになることをやっているというような感じですかね。

今でも覚えているんですが、コワーキングスペースBetahausのミートアップで30秒ピッチみたいなものがあって、そこで僕が「アディダスを辞めてBerguideというプロジェクトを始めた。これをやるためにベルリンに来たんだ」と言ったんです。そしたら大喝采をあびて、それまでは淡々と自己紹介が続いてたのに突然すごく盛り上がりました。

佐藤勇志

ー スタートアップコミュニティが大きいところでやるメリットは?

投資家と簡単に出会えたり、出資を得て次のステージに行きたいときにデザイナーやエンジニアを集めたりしやすいという点ですね。

ベルリンのクリエイターコミュニティはすごく大きいですね。物価が安い、住みやすい、昔からアーティストが多くて何かをつくりたい人が集まっていますから。

ー 実際に起業してみて半年。思い描いていたイメージとの違いはありますか?

起業は大変です。アディダスにいた頃は戦略系の部署にいたので、小さいスタートアップを見てなんでこんな簡単なことをやらないのか、とか、日本にいる起業家の先輩に対しても「もっとこれをやった方がいい」なんて口出ししていたこともありました。でも、いざ自分が起業してみると、できていないことの方が圧倒的に多すぎて、もうあの時の自分を殴ってやりたい。お前だって、全然できていないじゃないかと。

起業ってやってみると、理論と実践はまったくの別物だということがよく分かりました。理論の方が簡単ですよ。巷には知識や誰かの経験談があふれていますから。そういうものを読んで、起業ってこんな感じなんだなというのはちょっと掴めますけど、実際に中に入ると全然違います。

ー 起業を目指す日本人にも、ベルリンを起業の場としてすすめますか?

起業する場所はサービスや目標ありきで選ぶべきで、なんとなくベルリンで起業しようというのはやめておいた方がいい。何を達成したいかによって、それに適した場所を選ぶ。それに尽きます。

東京にいながらでも、世界的なサービスはつくれます。ただ、日本にいると日本の文化をベースにした発想になりがちなので、いかに発想を飛躍させられるかというチャレンジは常につきまとうと思います。普段接している人も日本人ばかりになるから、国内的な発想が多くなると思うし。ベルリンにいると、はじめから世界的なサービスにしようという人の方が多いから、いい発想が得られやすいと思います。

ー 最後に、「グローバル人材」という言葉についてはどう思いますか?

グローバル人材という言葉を使うこと自体がドメスティックな発想だから、今すぐやめた方がいいと思います。その言葉を使うこと自体をやめて、「人材=グローバル」が当然の状態にするべき。あらゆる人材はグローバルに活躍できるべきだと考えなきゃいけない。そういう人はアメリカ、欧州、中国、インドにたくさんいます。

言葉にとらわれると本質的なことを見失うんじゃないかと思います。英語やスキルにフォーカスするのではなく、グローバルな発想を持たなければいけない、というマインドセットや危機感のようなものが必要だと思います。世界はどんどんつながっています。欧州の金融危機や難民問題だって巡り巡ってどこかで日本に関係するものですから、そういう発想を持っておくことが必要だと思います。

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