CFO篠田真貴子氏が語る、社員の「動機」を起点にする糸井事務所のしくみ

CFO篠田真貴子氏が語る、社員の「動機」を起点にする糸井事務所のしくみ

写真/佐坂和也 文/小山和之

社員自らの気づきや問題意識を大事にし、そこからビジネスを生み出し続ける糸井事務所。その裏側にある仕組みや文化などをCFO篠田真貴子氏に伺う。

近年、多様性を許容する流れが加速している。この流れは私たちの働き方においても同様で、マルチキャリアやリモートワークの促進など、多様性は今後さらに増すことが予測される。この変化に対し、私たちは改めて「働き方」について考える必要があるのではないだろうか。

『ほぼ日刊イトイ新聞(以下・ほぼ日)』を運営する東京糸井重里事務所(以下・糸井事務所)では、ユニークな社内制度や独自の商品開発プロセスで知られている。その裏側にある、糸井事務所の働き方についてCFOの篠田真貴子氏に話を伺い、これからの働き方のヒントを探った。

本記事は『働き方変革プロジェクト』サイトに掲載された記事を転載したものです。(掲載日 2016年12月)
東京糸井重里事務所は、現在は株式会社ほぼ日に社名変更されています。

篠田真貴子

大企業で感じた難しさから、あえて選んだ「真逆の環境」

ー まず篠田さんのお話をお伺いできればと存じます。篠田さんはどの様な経歴で糸井事務所に入られたのですか?

糸井事務所は5社目になります。新卒で入った銀行を4年で退職し、MBAと国際関係論の修士号をとりました。そこから外資系の大手コンサル、製薬会社、食品会社を経て、2008年に糸井事務所に入社し、今年で8年目になります。それまでは大企業、外資系で、古くからある業態を渡り歩いてきました。

ー 正直、今までは糸井事務所と真逆の環境だったのではないでしょうか。なぜ全く異なる環境に身を置こうと考えたのでしょうか?

理由は2つあります。1つは出産し二人子供がいたことです。乳幼児を育児しながら、大企業で中間管理職をやることに日々の難しさを感じていました。もう1つは、大企業の中で昇進の階段を上っていくことが面白くないとはっきり自覚してしまったからです。

どちらも、自分の中で折り合いをつけていくことだと考えていましたが、そのタイミングで糸井事務所のお誘いいただき、全く違う環境だからこそやってみたいと思ったんです。幸い、私はかなり初期から『ほぼ日』を一読者として好きだったので、自分の好きと仕事が多少なりとも重なるという楽しみもありました。

ー 糸井事務所は『ほぼ日』が有名ですが、それ以外にも手帳やカレーの販売など、一見何を生業にされているのかわからない、不思議な会社にみえます。主な事業は何なのでしょうか?

シンプルに言うと、現状は物販です。ただ当初から糸井が意図しているのは、いわば「銀座通りをつくる」ようなことです。というのも、実際の銀座って様々な人がいますよね。デパートで買い物といった目的のある人もいれば、なんとなくぶらぶらしている人もいます。中には時間調整をしているだけの人もいます。でも、銀座は基本的には楽しい場所で、嫌なところではありません。だから人が集まっています。

そういった場所をウェブ上につくることを大事にしてきました。その場所を信頼して人が集っていれば、そこのトーンに合わせて物販も出来ますよね。無料で毎日更新する『ほぼ日』を中心にし、そこで物販をおこなうという手段が自分たちには合っていた。物販をおこなうのが中心目的ではなく、この場所をつくることが私たちの事業に関する基本的な考え方なのです。

篠田真貴子

動機を起点にビジネスへ

ー 商品などのアイデアは、基本的に糸井さんの発案なのでしょうか?

いえ、商品企画は社員が主導することが多くなっています。初期の頃は糸井の発案、主導でしたが、当時も全部を決めるということはありませんでした。糸井の役割は、プロデューサー的立場でクオリティのジャッジをすることです。

篠田真貴子

ー では、どのようにその企画を実現しているのでしょうか?

糸井事務所の仕事の仕組みを説明する際に用いているのが、この『水路のモデル』です。中心にあるのは動機・実行・集合という仕事のタイプの塊です。起点となるのは動機で、それは嬉しかったことでもネガティブなものでも、何でも構いません。そこを起点にし、なぜ自分がそう感じたかを自問自答したり、社会を観察しながらその気づきを掘り下げていきます。可能ならば人の本質に触れるくらい深い要素に到達できたらいいですね。それがこの動機です。

集合というのは、まさに銀座。お客さんが集まっている場です。その企画を直接読むとか買うという人だけでなく、少しだけ興味がある人や無関心な人など、多様です。ここでは、自分も集合の一部であるという客観性も必要です。自分自身その企画をいいと思ったり、ひとりのお客さんとして嬉しいと思うか考える必要があります。これは動機にも繋がります。

そして一番イメージしやすいのが実行です。実際にデザインしたり仕様を決めたりといった、つくることです。実際の仕事の場面では、「動機・実行・集合」のすべてを、割と少人数の3人程度のチームでやるんです。これら3つはステップではないので、常に行ったり来たりします。スタートは動機ですが、その動機すらも別の企画の集合から見つけるものかも知れません。ここで忘れてはいけないのは、全てが外側にある社会に対して開かれていることです。自分たちが処理しなければいけない情報量や複雑性が格段に増すため簡単ではないのですが、開かないと独りよがりになってしまいますから。開くことを可能にする場所が『ほぼ日』です。インターネット上で毎日更新し、毎日お客さんが来て下さるので、そこでは常に動機も実行も試すこともできて、PDCAサイクルを非常に速くまわすことが可能になります。

ー なぜこのような会社の仕組みになったのでしょうか?

結果的にこうなっているんです。この仕組みに限らず、糸井事務所は事実が先、仕組みは後なんですね。この水路のモデルも、私が入社して1年位かけて、上手くいっている企画はなぜ上手くいっているのかという法則性を見出したいと思い出来たものなんです。

篠田真貴子

制度はみんなが作ってきたもの

ー 個人の動機を起点にするということは、個人の主体性が重要になってくるかと思います。ただその主体性をもった個人を、企業としてまとめるのは苦労されるのではないでしょうか?

そうですね。そのために社員の方向性を揃えるのが重要だと考えています。その土台として『水曜日ミーティング』という、糸井がそのとき考えていることを全員に話す機会を毎週約1〜2時間設けています。糸井は、その1週間で自分は社長としてどう成長したことを社員に見せるためにやっている、と話していました。そこに付随して『今日のダーリン』で毎日社長の考えに触れることもありますね。これらがベースになって、全員が同じ方向を向きやすくなっています。

また、社内のコミュニケーション量がとにかく多い風土です。うちはミーティングが非常に多いんですよ。世の中にはミーティングを減らし効率化する流れがありますが、真逆ですね。ミーティングの目的が真逆だからかもしれません。私たちのミーティングは考えを合わせる場ではなく生む場、より良くする場なんです。社内の雑談からアイデアが生まれ、そのままミーティングになだれ込むこともあります。また、自分のアイデアがいけるか、まずミーティングの中で多様な人から様々な意見を集めることで試すこともします。逆に動機やアイデアは、「企画会議です。さぁどうぞ」と言っても出るものではないので、貴重な動機をいつでもキャッチできるよう、おしゃべりしやすい風土は大切にしています。

篠田真貴子

ー そうした風土を保つ工夫はありますか?

具体的にやっていることは例えば『席替え』と『給食』でしょうか。でもそれ以上に大事なのは、自分が何かを面白いと思っているとか、相談したいことを気楽に言えるような普段の雑談量です。普段しーんとしていたら突然馬鹿話できないですから。

ー 席替えや給食といった制度は社員の方の発案なんでしょうか?

いえ、これはどちらも糸井の発案です。ただ、前述の通り事実が先で仕組みは後なので、糸井が提案しても社員が乗ってこない制度は終わるんですよ。なので、続いているということは結果的にみんなで作った企画と言えるでしょう。

席替えは、糸井が会社を立ち上げる前、ゲーム会社に常駐していたときに感じた、別部署同士で起こる互いの仕事に対する理解のなさ、という問題意識が起点でした。そうしないために作ったのが席替えです。例えば、経理の人がデザイナーの仕事を理解するのは無理でしょう。でも、同僚として隣り合わせに座っていたら、「大変そうだな」とか「こういうときに嬉しいんだ」というのは分かりますよね。そういう最低限の共感があればチームとしてギスギスすることが防げるのではと考えたんです。

給食は歴史が短く、2011年にはじめました。意図は2つありまして、1つ目は組織の規模が大きくなり、自然な雑談だけでは混じり方が弱いと直感的に感じたことでした。2つ目は、乗組員が週1回はちゃんとした家庭料理を食べ、その感覚を通して、一人一人が自分がふだん食べるもの、使う者をちょっと考えるようになったらいいな、という意図です。ほぼ日は広い意味で生活提案をしていますから、どこかで私たちのコンテンツの質につながると思うんです。

ー 今までで失敗した制度はありますか?

休みの制度は紆余曲折がありました。かつて社内には『トラネバ』という仕組みがありました。『休みを取らねば』というのが由来で、有給休暇と別で5日休みをとって下さいという仕組みです。そもそも『トラネバ』ができたのは、会社の立ち上げ初期、休みを全然取れない状況だったところから脱しようと、休む習慣をつけてほしいことが動機でした。その後、動機は達成されていたのに、実行だけが続いていたんです。

休むことは本質的には一人一人の自己管理の範疇です。ただチームとして動いている以上、この個人の話である休むことをどう考えるか、お互いに共有するところから仕切りなおそうと考え、社員に話し合ってもらいました。そこで出てきたのは、みんな共通して、同僚が休むことはとてもいいことだと思っているのに、自分が休むことに対して罪悪感を持っていることです。また、それぞれの前職の経験に影響を受けているため、休むことと働くことに対してのイメージに差があることも分かりました。ですので、そこに単一の仕組みを作ること自体無理があるし、それを揃えるのも違うとの結論に至り、『トラネバ』はなくなりました。

篠田真貴子

ー ここまでお伺いしたところですと、社会と会社や、会社と従業員など、互いを知るといったことが文化としてあるのでしょうか?

互いをというよりも、人はどういうことで喜ぶか、人ってどういうものなのかという本質的な問いに興味があるんだと思います。全てのコンテンツの起点もその問いに行き着きます。だから仲間もある種のサンプルといいますか、興味の対象なのかも知れません。全てにおいて、本当は何が面白いか。本質は何か。ということを問われるんです。ごまかしがきかない職場です。

ー 今後、働き方はますます多様化していくと思われます。その中で篠田さんは働くことをどういうことだと考えますか?

私が不変だと考えているのは、仕事の価値は自分ではなく周りが決めるということです。仕事は、他者にいいねといってもらうことでしか成立しません。ただ、他者に魂を売れということではありません。それと同時に、自分の楽しみや励みをみつけることとの組み合わせではないでしょうか。対外的な評価は他者が決めるものですが、自分がどうありたいかを決めるのは自己責任です。

ー その中で、よりよく働いていくためにはどうすればいいと思われますか?

自身の動機はどこにあるのだろうか、という疑問は常に持ち続けることです。そこは常に自分の責任ですから、自分は何を喜びにして働くか。周りにとってどの様に役に立つか。どうすれば自分はやりがいを感じてやっていけるかという問いを、常に手放さないようにして下さい。

その答えは時々で変わるし、その答えが出ても実現しないこともたくさんあると思います。簡単なことではないので、一生かけても答えが出ないかもしれません。働くことは生きると同じですから。

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