どんな境遇でもその人らしく美しく。一生涯顧客の美容を支える福祉理美容
美容と福祉・医療の業界を繋ぎ、『福祉理美容』という美容のありかたを広めているNPO法人がある。高齢や病気などで、美容室に行くことが困難になった方々にスポットを当てる活動だ。 おしゃれや身だしなみは人間の尊厳に関わること。美容師の仕事の本質を問う活動は、今の時代にマッチし、全国に広がっている。
ある防災のウェブサイトに、ニット帽を防災袋に入れておくといいということが書いてあった。お風呂にも入れず、髪の毛も洗えない状態が続く避難生活において、油っぽくなった髪の毛を人にみられるのは意外なほど苦痛だからという理由からだ。非常事態でも、身だしなみが気になり、精神的な苦痛にもなりうる。まさに身だしなみが尊厳に関わることを表す良い例だろう。
『NPO法人全国福祉理美容師養成協会(以下・ふくりび)』は、「誰もがその人らしく、美しく過ごせる社会の実現を目指して。」という理念のもと、高齢者・障がいを持つ方の施設や自宅への訪問理美容、がん患者・脱毛症患者向け医療用ウィッグの製造と販売、知的障がいを持つ方への身だしなみ支援などを行っている。
今回は、理事長の赤木勝幸さんに、福祉理美容のこれまでとこれから、そして未来の美容業界に必要なことなどを伺った。
ボランティアからはじまった福祉理美容に、時代が追いついた
今から30年近く前になる。赤木さんの美容師としてのキャリアはボランティア活動と共に始まった。
赤木 勝幸(以下・赤木) 「美容師をはじめた15歳から、私は途上国からきた農業研修生を受け入れているNGOでヘアカットボランティアを経験しました。自分の技術を提供して感謝してもらえる。その関係に、美容師としての誇りを感じていました」
ボランティア活動の中で、店舗に来る人以外にも美容のニーズがあることを知った赤木さん。その幅が、地域の高齢者や障がいを持つ方まで広がったのは27歳で独立開業してからだったという。
赤木「店舗には、大人も子どもも障がいを持つ方も、いろいろな方がいらっしゃいます。さまざまなお客様に接し話を聞く中で、介護施設に入っている方や、障がいを持つ方などは、店舗に来られないことを知りました。そこでサロンの休業日にはボランティアでさまざまな施設へ通うようになりました」
赤木さんの行動は、あくまで美容を多くの人に届けたいという想いからだった。しかし当時の美容業界は『カリスマ美容師』 がもてはやされていた時代。周りとのギャップも少なくはなかった。
赤木「美容師ならどんな状況にあるお客様でも、目の前に髪の悩みを抱えている人がいれば切るのは当たり前。私は単純にそう思っていただけでした。ただ時代もあり、周りには雑誌やテレビに出ることを目標にしている人は多かったですね」
赤木さんは、自分のやるべきと思う活動と、周囲が目指す華やかな世界、双方の価値観を理解した上で自分がやるべきと思う活動をより広げられないかと考えた。その答えのひとつが『ふくりび』だった。
赤木「考え方を押し付けても意味はありません。ただ、サロンワーク以外にも、例えば介護・福祉や医療の現場でも、美容師がもっと活躍し、価値を産むことができる場があるということをも伝えたかった。そのために介護・福祉、医療の専門家とともにNPO法人を設立し、、理念を広めるため地道な努力を行いました。気がつけば日本は高齢化社会。なおさら丁寧に伝えなければならないと思いました」
時代的にも福祉理美容の活動は社会に求められはじめていた。ただ、赤木さんはふくりびの活動を行う上で決して商業性だけを重視してはいけないという意識を強く持っている。
赤木「高齢化社会で儲かるからお年寄りを対象にする、ということではありません。綺麗な話をしたいわけではなく、儲かることを意識しすぎると、いつしか儲けるための方法論が重要視されてしまう。美容とはなんなのか、美容師の仕事とは何なのか、そういった原点に立ち戻り、目の前のお客様一人ひとりが大切にしていることに寄り添いながら、何ができるのかを考えるよう常に意識しています」
三方良しの福祉理美容は、美容師の働き方も変える
目の前の流行りが目まぐるしく変わる業界にいながら、美容の本質を考え、ビジョンを描いてきた赤木さん。それにはご本人のある後悔も関係している。
赤木「私は20代で父を亡くしました。でも当時の私は準備も覚悟も足りず、気が動転して死化粧をしてあげられなかった。活動を続けていく源泉として、この後悔の思いがあります」
赤木さんにとってこの後悔の念が強い決意に変わったのは、お客様に死化粧を依頼されたときだった。
赤木「自分のお客様が亡くなったとき、ご遺族から死化粧を依頼されました。最期のお顔をいつものように美しくしてあげたいと思い、ご遺族は担当していた美容師にメイクを依頼する。最期を見送る仕事をさせてもらえる。美容師としてこれほど尊い仕事はありません。はじめて死化粧をさせていただいたとき、父の死化粧をできなかった後悔が、大きな力に変わりました」
この経験から赤木さんが導き出したのが、美容師が顧客と伴走する「一生涯顧客」という考え方だった。この「一生涯顧客」という姿勢が赤木さんの美容への向き合い方を表している。
赤木「一生涯顧客は、高齢になろうと病気になろうと、お客様に美容のサービスを一生涯提供すること。それこそが福祉理美容なのです。福祉理美容を提供するためには、お客様のさまざまな事情を深く知らなければいけません。障がいを持つ方の髪を切るなら障がいについて学ばなければいけませんし、介護施設で髪を切るためには、作法や技術的な課題を知る必要がある。これらを広め、学ぶ場をつくっているのが、私たちの役割です」
2007年にふくりびを設立してから、10年。一生涯顧客、そのための福祉理美容の拡大のために活動を行ってきた赤木さんだが、近年ではあらためて「生活の質」という観点で美容の価値を感じる機会が多くなっているという。
赤木「名古屋大学の『老年学』 の先生と共同研究を行い、身だしなみを整えることがお年寄りの『生活の質』を上げることに効果を生むことがわかっています。日本では高齢になってまでおしゃれをしなくてもいいと家族が勝手に決めつけてしまいますが、今まで通りの日常こそが、『生活の質』に直結するのです」
施設や病院に入ると、洋服に季節感はないし、ハレの日もない。だからこそ、メイクをするととても笑顔になる。赤木さんは、遊びに来たご家族に「きれいになったね」と声をかけられ、恥ずかしそうだけどまんざらでもない入居者さんや患者さんの笑顔に出会うことは少なくないという。
赤木「メイクをしたときに撮影した写真を遺影に使っていただくことも多いそうです。また施設で働く職員さんたちも、入居者さんへ寄り添えていないと日々感じている方が多く、メイクをしてあげて喜ぶ姿を見ていると、感激して涙する方もいらっしゃる。本人もご家族も職員さんにもポジティブな効果を生み出せていると思うと、私自身とても力になります」
いつ病気になっても、美容の相談ができる人と場所をつくる
ふくりびでは訪問理美容のほかにも、がん患者などへの医療用ウィッグ製作やネイルケアなどを行うアピアランス(外見)サポートセンターの運営など、あらゆる人に美容を提供するための活動を行っている。2018年、東京の御茶ノ水駅の近くにアピアランスセンターのオープンを予定しているそうだ。
一人ひとりの状況や症状に合わせる必要がある福祉理美容。赤木さんは、積極的に勉強会などを企画し、美容師が福祉理美容をスタートしやすい環境を整えている。リクルートライフスタイルが運営する「HOT PEPPER Beauty Academy(ホットペッパービューティーアカデミー)」でも、ふくりびとともに訪問美容の活動を広げるセミナーなどを開講している。
赤木「今は、まだ業界を育てていく段階です。そのためにも、ノウハウをどんどんシェアし、知見を広げて、成長させていかなくてはいけません。すでに活動している美容師を支援し、コミュニティを作って助け合い、活動が広がる仕組み作りを目指しています」
赤木さんが活動をはじめた頃とは、業界も大きく変わりはじめている。若い世代の中に、切ること自体に価値を置くのではなく、何のために切るかを考える人も少なくないという。
赤木「今は時代も変わりました。若いスタッフたちは福祉理美容について積極的に考えています。オーナー世代も、できるなら一生涯顧客としてお客様とお付き合いしたいという人が増えている。美容師みんながしっかりとしたノウハウや、知識を身につけていけば、美容師とお客様の関係は、もっともっと深くなっていくはずです」
人生の中で、一生必要になる事柄というのは、そこまで多くない。しかも、外見は内面の活力にも繋がっていて、人のモチベーションや意識に大きく影響を与える。福祉理美容は、人生のどんな場面においても自分のありたい姿をサポートしてくれる、人間の尊厳を守る仕事といっていいかもしれない。
高齢になっても、病気になっても、おしゃれに人生を楽しみ続ける文化が築ければ、社会はもっと豊かになるはずだ。
プロフィール/敬称略
- 赤木 勝幸(あかぎ・かつゆき)
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1995年より訪問理美容活動を開始。「誰もがその人らしく美しく過ごせる社会の実現」を目指し、全国の「訪問理美容サービス」の質の向上、訪問理美容師の育成や高齢者・介護者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上などに尽力する同協会を2007年に設立、理事長に就任。2008年社会貢献支援財団社会貢献賞受賞。著書に、「訪問理美容スタートBOOK(女性モード社)」「がん闘病中の髪・肌・爪のサポートブック(英治出版)」など。