日本財団に訊く、時代とともに変化する社会課題と、そこに向き合う私たちのこれから
ソーシャルイノベーション創出の必要性が叫ばれる現代日本。社会課題に対する「あるべき向き合い方」について、公益・福祉活動のリーディングプレイヤーに学ぶ。
自然災害からの復興、格差の解消、マイノリティとの共生、環境保護...。今、日本では様々な社会課題が浮き彫りになっている。その一方、これらの課題に対し、個人・団体問わず、あらゆる枠組みでその解決に取り組む動きも活発化している。
これら社会課題に対し、1960年代から様々な支援活動を行ってきたのが公益財団法人 日本財団だ。同財団は、ボートレースの交付金や一般からの寄付金を財源に「子どもサポートプロジェクト」「障がい者支援」「災害復興支援」や海洋分野の事業などを進めており、その規模は日本最大。業界のリーディングプレイヤーともいえる。
そんな日本財団は、昨今の日本が抱えている課題やその解決に取り組むプレイヤーの変化をどう捉えているのだろうか。これからの社会課題との向きあい方についてヒントを探るべく、経営企画広報部の橋本朋幸さんにお話を訊いた。
相次ぐ自然災害と少子高齢化が、世の中全体の社会貢献意識を高めた
― はじめに、社会貢献活動や社会課題と向き合う文化が、どのように醸成されてきたのかを聞かせてください。日本で社会貢献活動が活発化したのはいつ頃からなのでしょうか。
民間の非営利組織は戦前から活動しており、小規模な市民活動は1980年代から盛んになっていました。その中で、いわゆる"NPO"が一気に増えたのは、1995年に起きた阪神淡路大震災の復興支援活動がきっかけだといわれています。当時は多くのボランティアが法的な後ろ盾なく活動していた中、1998年に"NPO法"が施行されました。
「特定非営利活動法人(NPO法人)」という法人格が生まれたことで、法人として契約を結んだり、補助金や助成金が受けやすくなるなど、公益活動が行いやすい環境が整備され、団体が増加していきました。
― NPO法施行後は、どのような変化がありましたか。
2000年代初頭から目立ってきたのは、大企業を中心とした一般企業における「CSR活動」です。それ以前もCSR活動自体は存在しましたが、「企業は事業活動を通して利益を得るだけでなく、その活動が社会に与える影響に責任を持つ」という考えが世界的潮流になるにつれ、日本も追随する形でCSRに取り組む企業が増えていったのだと思います。
2000年代はそれぞれがCSRのあり方を模索しながら活動していた印象ですが、現在は2015年9月の国連サミットで採択された国際目標である『SDGs』の考え方に則って、企業活動を通じて持続可能な世界を目指す「サステナビリティ活動」に取り組むところが増えていますね。
そして、2010年代に相次いで起こった災害が更なる意識変化を与えました。2011年の東日本大震災をはじめ、全国各地で大規模な自然災害が起きており、これらの経験から一段と社会貢献意識が高まっていると感じます。復興支援に取り組むうちに社会全体で教訓を得て、有事の際にすぐ動けるように支援のあり方も徐々に確立されつつあるように感じます。
同時に、災害以外の課題に対する意識も変化が強くなってきています。日本の大きな社会課題である「少子高齢化」については、以前から誰もが認識していたものの、具体的な取り組みが社会全体で増えたのは、2010年代以降のことです。
少子高齢化の影響を受けて人手不足が顕在化するなど、「近い将来の話」から「今ここにある危機」だと認識が変わってきたことが要因。シニアや障がい者の雇用・就労支援が活発になり、これまで社会から守られる立場だと思われていた人たちも、それぞれの能力をいかして社会を支える側に回るような社会構造の変化を迫られている時代だとも言えますね。
また、子どもの貧困や不登校の問題など、これまであまり見えていなかったような課題が顕在化してきたのも2010年以降です。このような社会課題は複雑な問題が絡み合っている場合が多く、たとえば子どもの問題は親の経済的格差・「学校」という教育システムの限界・地域との繋がりの欠如など様々な問題が絡んでいて単に家庭環境だけの話ではないと思います。
「引きこもり」も、今や若者だけの話ではなく、8050問題(引きこもりの子どもと、その親の高齢化)という新たな問題が注目されているように、日本を取り巻く社会課題はますます複雑化・多様化しています。社会が成熟し、戦後の高度成長期を前提とした制度や考えでは対応し切れない課題が次々と現れてきました。
NPO、一般企業、社会起業家...。立場や垣根を越えた協働が増加
― 様々な社会課題が表面化してきたなかで、取り組みのあり方にはどのような変化があるのでしょうか。
一番大きな変化は、取り組む人たちの立場が多様化していることですね。現代の社会貢献活動は、NPOやボランティアだけではなく、社会課題の解決を目的にビジネスを興す社会起業家も現れており、「社会貢献」=「非営利活動」とは言えなくなってきました。
しかも、非営利団体、企業のサステナビリティ活動、ソーシャルビジネス、行政、地域のボランティア...と、それぞれが個別に動くだけでなく、協力しあって一つの大きな活動にしていくような取り組みも一般的になりつつあります。同じ課題意識を持つ者同士、セクターの垣根を越えて解決していこうという動きですね。
協働する一番の意義は、それぞれが持つ視点・アイデア・リソースを掛け合わせて、より有効な施策を実行していくこと。私たち日本財団にも、「この課題を解決するための協働先を探している」と相談をいただく機会が増えています。
― まさしく社会全体で取り組むような動きが生まれつつあると。
そうですね。個々で活動していた時代から、多様なステークホルダーを巻き込んで協働する時代へと移り変わるにつれ、「自分がどんな役割を果たすか」が意識されるようになったとも感じます。だからこそ、最近は本業で培ってきた強みを活かして社会貢献活動に参加されるケースも増えていますね。
たとえば、本業でWebデザイナーをされている個人の方が、ご自身のスキルを活かしてNPOのWebサイト制作を手伝い、広報活動を支援しているケース。近年、NPOは活動財源を確保するためにも「活動を社会にPRする力」が求められており、こうした支援はPRやクリエイティブの知見が薄いNPOの弱点を補う一つの協働のかたちです。
― 本業のスキルや経験、アセットをうまく活用した支援ですね。
営利企業のみなさんも、事業で得られたノウハウやリソースを提供されることが増えていますね。例えば、東日本大震災発生時にリクルートさんのカーセンサーが取り組んだ中古車寄贈プロジェクトもその一つです。当時の被災地では様々な問題が起きるなかで、「現地で活動するNPOに輸送手段(自動車)がないことが結果として復興活動を妨げている」という課題に着目できたのは、中古車情報をサービスとして扱ってきた企業だからこその視点。カーセンサーからご提供いただいた40台以上の車両が岩手・宮城・福島で活動するNPOによって活用されました。
日本財団にも特に災害発生時などは「自社のリソースを活かして、どんな社会貢献ができそうか?」と企業から相談いただくケースが増えました。CSRや社会貢献を特別視するのではなく、本業の延長にある活動として捉えるようになってきたのかもしれません。
自分にあった社会貢献のかたちを、自分自身で選べる時代
― 今後の社会貢献活動は、どうなっていくと思われますか。
この30年の間に活動する人や組織の数は増え、支援のあり方も多様化してきました。この動きは今後も続き、社会貢献活動はますます活発になっていくのではないでしょうか。
世の中の働き方が変化していることも公益活動の活性化を後押ししています。働き方改革の影響で、仕事一辺倒だった人たちが社外にも目を向け始めていますし、政府が副業を推進する中でパラレルキャリアを実践する人も増加しています。一般企業に勤めながらNPOでも活動する、といった人が今後はさらに増えていくでしょう。
また、価値観の変化も社会課題の解決に取り組むきっかけになるように思います。特に最近の10~20代の皆さんは、右肩上がりの経済成長を知らない世代でもあり、終身雇用なんてはじめから信じていません。社会不安を目の当たりに育って危機意識が強いからなのか、多くの若者が社会課題の解決を当たり前に語ることに驚かされます。
― 社会課題が多様化・複雑化するとともに、社会貢献活動も拡大していく。とすると、私たちはどのように向き合っていくとよいのでしょうか。
活動が拡大し多様化すれば、それだけ世の中に選択肢が生まれます。選択肢が増えれば、ある社会課題に気づいて「何か手伝いたい」と思ったとき、「今の自分にできるやり方」に出会える確率は上がる。それこそ、自分の仕事で培ったノウハウやリソースを携えて、趣旨・内容に賛同できる活動に参加するのも一つのやり方ですよね。
自分が課題の現場に足を運ぶことや、直接手を動かすことだけが社会貢献のかたちでもありません。たとえば、自分が応援したい活動団体に寄付をするという支援のあり方。日本における寄付に対する意識は確実に変化してきており、東日本大震災の被災地に対しては、国民の70%がなんらかの形で寄付をしたと言われています。信頼できる団体に自分の想いを託すという方法も、選択肢の一つとして存在感を増していくでしょう。
日本財団では、NPOに"お墨付き"を出す評価機関「非営利組織評価センター」の活動に助成していますが、きちんとしたNPOの存在を知ってもらい、彼らに寄付や支援がもっと集まるようにしたい、という思いからこの活動を支援しています。
取り組み方やプレイヤーが増え、社会課題にアプローチする方法の幅が広がることはよい側面もありますが、その中から本当に最適な解を見つけ出す難易度も上がります。ある活動に参加・支援するにしろ、協働先として依頼するにしろ、相手の強みや取り組みの実態をきちんと知り、見極めることがより大切な時代になるのかもしれませんね。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 橋本朋幸(はしもと・ともゆき)
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1977年大阪市生まれ。日本財団 経営企画広報部 広報チーム チームリーダー。上智大学経済学部卒業後、家電量販店の販売員、テニススクールのインストラクターなどを経て、米国南フロリダ大学に留学し、環境科学・政治学修士号を取得。2005年より日本財団に入会し、海に関わるプロジェクトを中心に国内外の助成事業を担当。2011年、東日本大震災の被災地で活動するNPO・ボランティアへの「支援金」審査に携わったことをきっかけに、信頼できるNPOを応援する評価・認証制度の必要性を感じ、「非営利組織評価センター」の設立プロジェクトにも参画。現在は日本財団の広報事業を担当する、2児の父親。