ウルトラライトの先人に学ぶ、現代人が「身軽に生きる」技術

ウルトラライトの先人に学ぶ、現代人が「身軽に生きる」技術

文:紺谷 宏之 写真:佐坂 和也

ロングディスタンス・ハイキングで培われた「軽さ」を追求する思想から、「シンプル&スマート」なマインドセットを探る

アメリカのハイキングカルチャーの中で生まれた「ウルトラライト(UL)」という考え方がいま、時代の気分を追い風に日本でも認知されつつある。

このハイキング技術は、数百キロから数千キロにわたる長大なロングトレイルを歩くハイカーによって培われた。軽さを味方につけ、少ない負担で長い距離と時間を歩く手段として、世界中の自然志向のハイカーたちに浸透している。

生き方や暮らしに対する考えが多様化し、シンプルライフに注目が集まる今、この、「ウルトラライト」の考え方は、「身軽に生きる」ヒントとして、私たちにどんな気づきを与えてくれるのか。日本でウルトラライトを広めた立役者、ウルトラライトハイキングをテーマにした専門店「Hiker's Depot」のオーナー・土屋智哉さんに聞いた。

ウルトラライト思想との出合い

― はじめに、土屋さんと「ウルトラライト」との出合いからお聞かせください。

学生時代、探検部で泥臭い登山や洞窟探検に没頭し、重い荷物を背負って山や洞窟に籠っていた身としては、レイ・ジャーディンが提案するライトウェイトでシンプルな道具は、どれも目から鱗が落ちるほどに独創的なものでした。

― レイ・ジャーディンさんはなぜ、ライトウェイトでシンプルな道具を志向していたのでしょう?

帰国後に読んだ、著書『Beyond Backpacking』にその旨が書いてありました。彼が提唱するのは「自然とつながる感覚を尊ぶ」哲学。自分と自然の間にある道具を少なくしたほうが「自然とより深くコミットできる」と考えているんです。道具は自然を味わうための手段で、自然を楽しめるなら何を持っていこうとも構わない。大事なのは道具を軽くすることではなく、自然とつながる感覚を得ること。僕もこの考えに深く共感しました。

レイ・ジャーディンが行なっていた「ウルトラライトハイキング」は、必要最低限の道具だけを背負い、自然の中を長い期間にわたって歩きながら旅するスタイルです。しかも彼の場合、アメリカの南北に貫く3,500km~4,700kmの長大なトレイルを3~4ヵ月で縦断していました。

彼に共感するハイカーは時代と共に増え、軽さの向こうにある「シンプル」で「スマート」なハイキングは、スタイルとして好まれていくようになりました。

日本でも、アメリカの動向に敏感なハイカーたちが独創的なアイデアを形にするガレージブランドの商品をウェブサイトを中心に紹介。ウルトラライトの考え方は日本にも波及していったんです。

― 土屋さん自身も、考え方など影響を受けた部分はあるのでしょうか?

まず、道具との向き合い方が変わっていきました。この頃、クライミングやサーフィンにハマっていて、自然の中に身を置く中でウルトラライトの考え方をその中でも、実践していましたね。また、僕自身がもともと探検部で登山をしていたのもあり、レイ・ジャーディンのように山や野を歩くロングディスタンスハイキングにものめり込んでいきました。

その延長から、「ウルトラライトの店をやる!」という思いが日を増すごとに大きくなり、2008年には東京・三鷹にウルトラライトハイキングをテーマにした専門店「Hiker's Depot」をオープンしました。アウトドア業界からは「無謀だ」と言われていましたが、当時はロハスやエコロジー、ヨガブームなど、ナチュラルなライフスタイルに興味をもつ人が増えていく時期でもあったので、小商いなら勝負できるだろうと考え、少しずつですが事業を広げてきています。

Hiker's Depot店内。ウェアからギアまで多様なウルトラライトな商品が並ぶ

軽さの向こうにあるシンプル&スマート

― 最近は、生き方や暮らしに対する考えが多様化し、シンプルライフにも注目が集まっています。ウルトラライトの考え方も、認知され方に変化があったのではないでしょうか。

店をスタートした10年前と比べると、風向きが変わってきた実感はありますね。デザインやファッションの世界のキーパーソンの人たちがウルトラライトに興味をもち、多くのメディアで紹介し一般層にも広がっていった印象です。

― 日本でウルトラライトを広めた立役者として知られる土屋さんですが、いまの時流で見たときに、ウルトラライトの面白さ・魅力はどこにあるとお考えですか。

軽いって分かりやすい。このひと言に尽きると思います。僕自身がそうであったように、軽いことは、重さやそれにまとわりつくシリアスさから自由になれる。心身ともに嬉しいんです。本質的には「軽さの追求」は楽しいことで、僕は軽さを追求する中にあるシンプル&スマートに惹かれていますね。

― シンプル&スマート......?どういうことですか?

僕がよく話すのは「モノを軽くする時、2つの方法がある」という話です。1つ目は「素材を変える」、2つ目は「削ぎ落とす」です。

例えば自転車のロードバイクを軽くする場合、1つ目はパーツを全てチタンやカーボンなどの超軽量高級素材に置き換える方法があります。これは何も削ぎ落とすことなく、1個1個のパーツを高級素材にし、劇的に軽量化するパターン。2つ目の方法は、素材をいじらない。競輪のピストバイクのようにブレーキから何から全部外し、フレームとホイールと駆動系のチェーンだけにする。つまり、削ぎ落とす。

僕はどちらも正解だと思っています。個人的には「削ぎ落とす」=「シンプルにする」ほうに惹かれるけれど、1つ目の「素材を変える」ことも作り手の視点に立つと、イノベイティブな素材や技術の誕生に繋がるので、あってしかるべきことです。

― なるほど、手法論になると少し理解ができます。

ウルトラライトは軽量化の話になりがちですが、軽さの向こうにあるシンプル&スマートに目を向けられるようになると、生き方や暮らしの選択肢の幅が広がっていくと思っています。

道具はシンプルになるほど、何もしてくれない。店に来たお客さんによく伝えるメッセージなんですが、炊飯器を例にするとこういう話です。全自動炊飯器はボタンを押すだけで米を炊いてくれるけど、土鍋の場合はどうか。土鍋で米を炊くときは、水や火加減などすべての工程を自分でやることになる。この場合、便利なのは全自動炊飯器で、人間力が高まるのは土鍋です。土鍋は炊飯以外にも使えますよね。シンプルな道具をどう使いこなすかはその人の人間力次第ともいえる。

世の中の主流は、便利なほう、楽なほうに流れがちです。でもだからこそ、ひとつの選択肢として「道具は使いこなしたほうが楽しい」と提示したいし、「道具はシンプルにしたほうが創意工夫できて楽しい」って言いたいんです。

日常生活でも実践できるウルトラライトな考え方

― ここまで「ウルトラライトの本質」について話を聞いてきました。私たちの日常生活の中でウルトラライトの考え方はどのように活かしていけると思いますか?

とてもいい質問ですね。

ウルトラライトの考え方は、すでにお話したように何百キロ、何千キロを歩き続けるハイカーたちの日常の中で作り上げられ、熟成されてきたものです。視点を変えて、都市での生活を送っている我々にとっての日常のひとつ、ビジネスシーンを想定してみましょうか。

例えば、いま使っている通勤カバンを見直してみるのはどうですか?普段カバンに入れているモノの中で何を削れるか、シンプルな道具に変えられないか、など、あらためて考えてみる。日々使っているものだと検証しやすく、ウルトラライトの考え方を活かしやすいと思います。

持ち運びの負荷を減らし、かつ仕事をスムーズに回していくためには「荷物が重くてだるい」「あの資料どこに入れたっけ?」でなく、身軽な状態で何がどこにあるかすぐ分かったほうがいいですよね。些細なことかもしれないけど、今一度自分のカバンの中身についてをロジカルに考えることをお勧めしたいです。自分なりのルールを作れると、物理的な軽さの向こうにあるシンプル&スマートに目を向けられるようになっていけるはずです。

― 通勤カバンの見直し、これなら誰でもすぐにできそうですね。具体的にどんなテクニックが使えそうですか?

まずは、カバンの中身を全部出して、この1週間でどのくらい使ったかを基準に「(1)毎日使ったもの」「(2)週の半分くらい使ったもの」「(3)週に1度使ったか、全く使わなかったもの」に分類します。

(1)は自分にとって無くてはならない「必需品」なので、持ち歩くべきものだと言えますね。カバンに戻しましょう。

(3)は家に置いて行っても大丈夫なものだと思います。いったん持ち歩かずにすごしてみましょう。いざという場面で持っていなくても、何とかしてみる工夫をする。実際のところ大抵はなんとかなるもんですよ(笑)。

(2)は、次の段階でさらに分類してみる。使うシーンによっては、わざわざ持ち歩かずに会社に置いておくという手もありますよね。使い方を考えて他のもので代用できないか?とか、それがなくても大丈夫にする方法はないか?とか、知恵を絞ってみましょう。

ここまでで、だいぶカバンが軽くなったんじゃないでしょうか?「なくてもいけるじゃん」っていう体験があると、安心感が生まれ、潔く置いていけるものです。やっぱり必要なものだった、となったらカバンに戻せばいいんです。

― それであれば、誰でもすぐに実践できそうですね。

ウルトラライトの考え方には「これが正解」というものはなく、それぞれの人が置かれている状況やスキルセットを考えながら、見直しを進めていったらいいと思います。だから、いま僕が話した通勤カバンの見直しの手順の話も一例にすぎません。

大事なのは、自分なりのルールを作れるか。ルールづくりができるようになると、日常生活のさまざまなシーンでウルトラライトの考え方を活かせるようになると思います。

― ウルトラライトの考え方を自分のものにできると、今よりも快適な暮らしが待っているような気がします。

お店に来るハイカーたちにも話すことがあるんですが、とくに初心者の場合、バックパックに荷物を詰める際、とにかく荷物を減らすことを目的にしがちです。もちろん、物理的な軽さも大切なこと。でもそれ以上に大切な視点は、軽量化する過程で自分なりの工夫をどれだけできているか、だと思います。

試行錯誤の末にたどり着いた"軽さ"は、物理的な軽さとは違うベクトルで、自分を今よりも一歩前に進めてくれるはずです。

重さやシリアスから解放され、身軽に生きてみるのも楽しいですよ。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

土屋智哉(つちや・ともよし)

1971年生まれ、埼玉県出身。東京・三鷹にあるウルトラライト・ハイキングをテーマにした専門店「Hiker's Depot」(ハイカーズデポ)のオーナー。古書店で手にした『バックパッキング入門』(山と渓谷社)に魅了され、大学探検部で山を始める。のちに洞窟探検に没頭する。アウトドアショップのバイヤー時代にアメリカでウルトラライト・ハイキングに出合う。このムーブメントに傾倒し、自らの原点である「山歩き」のすばらしさを再発見。2008年、ジョン・ミューア・トレイルをスルーハイクした後、幼少期を過ごした三鷹で同店をオープン。現在、ショップ経営の傍ら、雑誌やウェブなど様々なメディアで、ハイキングの楽しみ方やカルチャーを発信中。著書に『ウルトラライトハイキング』(山と渓谷社)がある。

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