辺境ノンフィクション作家に聞く、「人生100年時代」を豊かにするヒント

辺境ノンフィクション作家に聞く、「人生100年時代」を豊かにするヒント

文:紺谷 宏之 写真:斎藤 隆悟

2017年、政府主導の一億総活躍社会実現へ向けた「人生100年時代構想推進室」が発足。本格的な「人生100年時代」を我々はどう生きるべきか。

「人生100年時代」の生き方を説く『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/東洋経済新報社)出版以来、多くの人たちが「人生100年時代」というキーワードを意識するようになった。一方で「そうは言っても...」と、戸惑いを隠せない人も多いだろう。

今回話を聞いたのは、ノンフィクション作家の高野秀行氏。彼のモットーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」こと。

旅(取材)した国は数知れず。早稲田大学探検部在籍時に文筆活動をスタートし、これまでアジアやアフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションを多く手がけ、日本に住む外国人との交流を描いたエッセイや小説も発表。対象に近いところに身を置き、相手の懐に深く入り込んでいくルポルタージュが評価され、多くの文学賞を受賞している。

"辺境ノンフィクション作家"と称され、"外国語習得の達人"としても知られる高野氏に「人生100年時代」を豊かにするヒントを聞いた。

強みはモットーがずっと変わらないこと

― 高野さんは、人生100年時代をどのように考えていますか?

僕に限って話すと、一年後さえどこで何をしているのか分かりません。自分のことなのに想像がつかない。だから、先のことは考えてもしょうがないと思っています。こういう人生観でずっと生きてきたので、長期的な視点で人生プランを考えたことってじつはほとんどありません。

だから最初に話しちゃうと「人生100年時代」と聞いても、あまりピンとこないんです。暮らしのイマジネーションを膨らませるのは大切なことだけど、「人生100年時代」というテーマは難しいですね。「人生、成り行きまかせ」----僕の場合は、こんな表現がしっくりきます。

でもだからこそ、自分がいまやっていることはできる限り長く続けたい。その覚悟もあります。

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― 「できるだけ長く続けたい」のは、具体的にはどんなことですか?

「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」ことですね。これが僕のモットーでもあります。

中国の山奥へ野人を探しに行ったり(『怪しいシンドバッド』)、アフリカに怪獣を探しに行ったり(『幻獣ムベンベを追え』共に現・集英社文庫)、アヘン栽培をする少数民族と生活するためにミャンマーに潜入したり(『ビルマ・アヘン王国潜入記』草思社)、幻のシルクロードがどこで消えていくのかを探るために中国・西都からインドのカルカッタまでを横断したり(『西南シルクロードは密林に消える』講談社)......。

これまで僕は、辺境と言われる場所を旅し、その土地で築いた人との関係や出来事を旅行記や滞在記としてまとめてきました。こういうスタンスで本を出版してきた人はおそらく、世界中探してもいないはずです。僕にしか書けないという点では、希少な存在だと思います(笑)。

― 高野さんは、なぜその希少な存在になれたのでしょうか?

モットーがずっと変わらないからでしょう。これが僕の強みでもあると思っています。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやる」って、実はハードル高い。この縛りを課している時点で、希少な存在になるには都合がいいんです。

さらに、現地でのエピソードが冒険の名に値するようなものであったとしても、冒険家が書く骨太な文体ではなく「面白おかしく書きたい」と思うタイプなので、他の誰とも違う作風になりました。

外国に旅に出ると、いろいろとユニークな人に出会うんです。親切だけど頼りにならない人だったり、頭も性格もいいんだけど現地の標準からズレまくってる人だったり。こういう人たちの「飾らない普段の姿」が好きで、そこに見え隠れする物語を描きたくなり今のスタイルに落ち着きました。

― この、高野さんのモットーに「人生100年時代」を豊かにするヒントがあるとしたら、どんなことだと思いますか?

そんな大袈裟なことを考えたことがなかったな(笑)。でも、強いて言うなら、「誰もやらないことをやる」という考え方は誰にでも応用できると思いますね。僕でいうなら、テーマと作風にこだわり、誰にも書けない作品を目指すという姿勢。どんなことでも大切なのは「オリジナルの視点」です。当たり前のことだけど、頭を捻らせ、自分らしさを追求すると、オリジナリティって出てくると思うんです。

ただ、能力的にも時間的にも、一人の人間がもつ興味や関心事には限りがある。「視野を広げる」のには限界があると感じ、何かについて考える時は「少しだけ視点をズラして考える」という方法を編み出しました。この習慣が身についていると、誰もやらないこと、つまり、オリジナルの視点を見つける近道になると思いますね。

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ストロングポイントへの投資が、人生を豊かにする

― 高野さんは"語学習得の達人"としても知られています。ここにも人生を豊かにするヒントがありそうですね。

若い頃に自分のストロングポイントを見つけられたのは、ラッキーだったと思います。僕の場合は外国語に対する熱い愛でした。きっかけは、早稲田大学の探検部時代、アフリカのコンゴにいるムベンベという謎の怪獣を探しに行くために、フランス語を勉強したことでした。

はじめから外国語に熱い愛があったわけではなく、正確には「なんとしてもフランス語を勉強しなければいけない」という切迫した状況でした。 コンゴの公用語はフランス語。公用語ができないと政府にさまざまな許可申請もできず、もちろん現地の人と会話もできない。怪獣探検のために言語習得はやむを得ない状況でした。

ただ調べていくと、現地の人とやりとりするにはフランス語だけでなく現地の言葉リンガラ語も必要だと判明。せっかくだから、コンゴの人たちと仲良くなりたいと思い、こちらも平行して学んでいきました。

― 2つの言語を平行して学んだわけですよね。その意気込みがスゴいです!

フランス語は高校生の頃から第二外国語の授業でかじってはいたんですが、少しだけ文法が分かるレベル。スピーキング力はゼロでした。どうしたら話せるようになるのか、考えた末、個人教授に依頼するという学習方法を編みだしました。学びたい言語があれば、まずネイティブスピーカーを探し出せという戦法です。

フランス語は電車の中でフランス語の本を読んでいた人に声をかけ、リンガラ語はコンゴ人留学生に声をかけ、先生になってもらいました。ただし、ネイティブスピーカー(個人教授)が見つかったとしても、その人が言語を教えるプロである可能性は極めて低い。2つの言語ともにそうでした。

そこで考えたのは、自ら個人教授に対して学習方法を提案すること。例えばリンガラ語の場合、いろいろな日本語の文をリンガラ語に翻訳してもらい、リンガラ語の文法構造を自ら探って学んだり、怪獣探しに必要な文をリンガラ語に翻訳してテープレコーダーに吹き込んでもらい、それを真似して何度も発話して身につけていったり......。創意工夫しながら学んだ結果、日常会話ができるレベルになりました。

― 苦労は報われましたか?

コンゴではリンガラ語をちょっと喋るだけでバカ受け。地味な人生を歩んできた僕に突然スポットライトが当たり、筆舌に尽くしがたい感動を覚えました。

― この一連の体験がきっかけとなり、外国語に対する熱い愛が生まれたわけですね。

次第に、次の旅のためにどんな言語を習うのかを考えることがこの上ない楽しみになっていきました。これまでにかじった言語は20以上はあると思います。ヒンディー語とかブルシャスキー語とかボミタバ語とかワ語とか、旅や取材に役立つからというよりも、言語自体の魅力にとりつかれていきました。

ただ、今でもある程度コミュニケーションできるのは英語、フランス語、スペイン語、中国語、ビルマ語ぐらい。その時期にある程度話すことができても言語って使わないとあっという間に忘れてしまうんです。

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― ストロングポイントを伸ばすプロセスには、人生を豊かにするヒントはありそうでしょうか?

「ストロングポイントの把握」は、とても大事なことだと思います。僕の場合は、それが"外国語に対する熱い愛"でした。ただ、単に把握するだけではなく、そのストロングポイントに対する「投資」が大切です。僕は、いまでも外国語習得のため、時間もお金も投資していますよ。イマジネーションを働かせ、未来の自分に対して投資ができない人は、気づかないうちにどんどん枯渇していってしまいます。

誰にでも「ストロングポイントはある」

― では、自分のストロングポイントをまだ自覚できていない人に向けて、アドバイスできることはありますか?

絵を描ける人であれば絵を描けばいいし、歌を唄える人は歌えばいい。言葉で自分の想いを伝えることが苦手な人でも、先天的に仲良くなれる人もいます。

子供が好きで子供あしらいがうまい人は、どこの国のどんな地域に行っても、大抵の場合はうまくコミュニケーションを図れるものです。子供が好きというだけでストロングポイントになるわけです。

「自分のストロングポイントってなんだろう?」と、いまはっきりと自覚できていない人でも大丈夫。誰にでも自分らしい強みはあるものです。

― どうすれば、自分の強みに気づき、どそれを伸ばしていけると思いますか?

頭の中で考えているだけでは「何も起こらない」ので、少しでも気になることがあったら、実際に手をつけて動き出してみてください。動きながら考えると、面白くないことはすぐに気づくものだし、期待していなかったことが意外に面白かったりするものです。その「面白い」と感じたことを続け、深掘りしていく過程で「自分らしい強みになっている」と気づけるはず。

この「気づく」感覚は大切な気がします。自分の強みに気づくと、さらにそのストロングポイントを伸ばしていけますから。

― 自ら「ストロングポイントを意識する」ってことですね。

意識した上で、深掘りも大切です。僕の場合、何か気になるテーマがあったら、まずその道に詳しい人にアポイントを取り、聞きにいくんです。実際に会って話を聞くと、その話が役に立つかはさておき、そのうちひとつでも自分に引っかかるものがあると、それをきっかけに次の展開が生まれる。

自分ひとりで深掘りするには限界がありますが、その道に詳しい人を巻き込めばより深いところまでいける。僕は、こんな風にして取材を進めていくタイプです。また、深掘りをすると、時に最初に掲げたテーマが変化していくこともあります。思いもしなかった事実を発見できたときの方が嬉しいし、楽しい。新たな視点と出合いたい人は、枠からはみ出してみるという意識をもつこともおすすめします。社会の枠よりも、自分で設定した枠の方が強固でタチが悪いものなので。

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

高野秀行(たかの・ひでゆき)

1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。アジアやアフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションのほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も発表。1992~1993年にはタイ国立チェンマイ大学日本語化科で、2008~2009年には上智大学外国語学部で、それぞれ講師を務める。主な著書に『巨流アマゾンを遡れ』『ミャンマーの柳生一族』『異国トーキョー漂流記』(以上、集英社文庫)、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)など。『ワセダ三畳青春期』(集英社文庫)で第一回酒飲み書店員大賞、『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞。

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