運ではなく選択が勝敗を分ける。世界一のバックギャモン選手が考える人生100年時代
2017年、政府主導の一億総活躍社会実現へ向けた「人生100年時代構想推進室」が発足。本格的な「人生100年時代」を我々はどう生きるべきか。
「人生100年時代」の生き方を説く『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/東洋経済新報社)出版以来、多くの人たちが「人生100年時代」というキーワードを意識するようになった。一方で「そうは言っても...」と、戸惑いを隠せない人も多いだろう。
今回お話を聞いたのは、世界4大ゲームのひとつ『バックギャモン』のプロプレイヤーで、2014年、2018年と2度の世界一に輝いた矢澤亜希子さん。「最後まで諦めなければ、大逆転の可能性があるバックギャモンは、まるで人生のようだ」と矢澤さんは言う。バックギャモンから矢澤さんが学んだ人生哲学を聞きながら、人生100年時代を生きるための学びを紐解く。
パソコンに入っていたバックギャモンが、世界一への入り口に
――はじめに、バックギャモンがどのようなゲームなのか教えてください。
「西洋すごろく」とも呼ばれる、2人で遊ぶボードゲームの一種です。簡単に言うと、2つのサイコロで複数の駒を進め、先にすべての駒をゴールさせた方が勝ち。駒は15個ずつ、ボードの上に描かれた24個の三角形のマスにそって駒を動かします。自分の駒を有利に進めるため、また相手の駒を思いどおりに進ませないために、駒をうまく動かして自分の陣地を固めていくのがコツです。
――矢澤さんはなぜバックギャモンを始めたのでしょうか?
最初は、「毎年10個、人生初のことに挑戦する」という目標を達成するために始めたんです。
私は昔から、物事の興味が狭く深いタイプでした。そのため、小さいころは自分の好きなことにしか興味がなく、他のことは大人の言うことを忠実に守る子どもだったそうです。母親がダメと言えば絶対にやらない。悪く言えば、自分の頭で考えていなかったのだと思います。
でも、思春期に入ったころに、それではバランスが悪いと思ったんです。狭く深く物事を追求することは、長所にも短所にもなりうる。そこに広さを足すべきではないかと考え、中学1年生から「毎年10個、人生初のことに挑戦する」と決めました。その繰り返しの中で、大学3年生の時に、バックギャモンと出会いました。
――ゲーム自体に元々関心を持たれていたのではないんですね。
興味がないどころか、旅行先のエジプトでたまたま目にするまで全く知りませんでした。現地の人が道端でプレイしていたり、サーファーがビーチでプレイしていたり、多くの人が日常的に楽しんでいたゲームがバックギャモンだったんです。
そのときは「たくさんの人が遊んでいるゲームなんだな」くらいの認識で帰国したのですが、その年の年末に「今年の初挑戦」を数えてみると、すこしだけ足りないことに気づいた。そこで思い出して、はじめて遊んでみたんです。ちょうど持っていたパソコンにバックギャモンのフリーゲームソフトが入っていたのもあり、その場で簡単に挑戦できたのが後押ししてくれました。
そうしたらすっかりハマってしまって(笑)。インターネット対戦や解析ソフト相手に独学で学びながら、初出場した中級の大会で優勝。最終的には、日本タイトルも獲得しました。あくまで趣味として続けていたのですが、今ではプロとして日々プレイするようになりました。
最後まで逆転の可能性があり、想定する力が試される
――バックギャモンのどのようなところに面白さを感じたんでしょうか?
サイコロの目によって、思いがけない逆転をされたり、逆転したり、最後の瞬間までドキドキ楽しめるところです。油断していると痛い目を見ますし、諦めずに逆転のための準備をしていれば絶体絶命のピンチからでも勝てることがある。逆に、準備を怠っているとせっかくのチャンスも活かせない。不確定要素と自分の選択の掛け合わせでゲームが進んでいくバックギャモンは、まるで人生みたいだな、と感じています。
――サイコロの目のように、運要素も大きそうですね。
それが、そうでもないんですよ。確かにバックギャモンは、2つのサイコロを使い、そこで出た目をもとに駒を動かします。当然、サイコロの目は何が出るか分かりませんから、運が重要になるゲームだとイメージするかもしれません。
しかし、最も重要なのはサイコロの目ではなく駒の動かし方です。出目のパターンは6×6、つまり36通りです。その36通りの中でどんな目が出るかよりも、どんな目が出ても活かせるように駒を進めることが大切なんです。
――運以外に、勝つための策が重要になってくると。
その場しのぎではなく、常に先のことを考えながら駒を進めていくんです。例えば、こっちに動かせば、次の一手では11/36の目で有利に動かせる。一方あっちに動かした場合、5/36の目しか有利に動かせない。ならば、こっちに駒を進めよう、といった判断を一手ごとに重ねています。つまり、次に出る36通りの目をすべて想定して、自分に都合のよい出目が増えるようにベストな選択肢を選び取っていくんです。
よい出目が少ないと、それこそ運だけに頼るしかなくなります。自分に都合のよい出目が多ければ、次の一手、さらに次の一手を有利に進めることができるので、よい出目の選択肢を増やせる道を選ぶことが重要です。このような技術の精度は、テクニックを学んだり経験を積むことで高まりますし、努力次第で自分の勝ちパターンを切りひらくこともできる。こうした観点も人生みたいですよね。
――たしかに、生き方でもキャリアの積み方でも同じことが言えそうです。
バックギャモン初心者の方は、よく勝つ人はいつも運が良くみえたり、自分の出したい目を出せる振り方があるんじゃないかなどと思ったりするかもしれません。でも、そうではないんです。
もちろん運に左右される部分もありますが、勝敗の鍵は幸運を待つことではなく、どんな目が出ても対応できるような自分に有利な戦局を作ること。そのために、最善の場合も、最悪の場合も想定して、駒を動かします。
また、バックギャモンでは大抵の場合に最善手は一つですが、まれに複数の正解手がある場合があります。さらに対戦相手のプレースタイルの特徴なども考慮にいれると、必ずしも正解が一つであるとは言えません。状況や相手によって、柔軟に対処することが勝利への近道なのです。
バックギャモンから学んだ「想定し、可能性を広げる力」
――先ほどバックギャモンを「人生のようだ」とおっしゃいました。そうしたゲームの特性には、人生100年時代を生きるためにヒントはありますか?
そうですね......。人生や仕事においても、あらゆる可能性を想定して準備することは大事だと感じます。運が良いように見える人は、実は影で努力をしている。チャンスが来たときに活かせるだけの準備やシミュレーションをしているのだと思います。逆に言えば、人は想定外のことが起こると慌ててしまい、普段通りのパフォーマンスは出せないものです。
バックギャモンでも、最悪の展開を想定し「その場合、こう動く」とあらかじめイメージできれば対応できます。想定外の出来事がおこってしまうと、動揺して精神的に崩れ、ゲームを有利に進めることができなくなってしまいますから。
とはいっても、必ずしもそれだけでカバーするのは難しいこともありますけどね。人生には想定できないことも起こりますから。
――ご自身も、想定できなかった経験があったのでしょうか?
そもそも、今バックギャモンを仕事にしていることすら、想定していませんでした。私は大学卒業後、一般企業に就職し、バックギャモンは趣味として続けていました。
ただ、2008年ごろから体調を崩し、原因不明のまま2010年には通勤困難となり仕事を辞めました。2012年に子宮体がんと発覚したのですが、その時には医師から「手術をしなければ1年もたない」と言われました。仕事もできず、手術をすれば子どもも産めない。自分に何の価値があるのか、何のために生きるのかと思い詰めることもありました。
でも、人生は続いていきます。例え自分に価値がないように思えても、自分の価値を新しく見つけたり、つくったりできる。そう考えてから、新しい価値に目を向けるようになりました。
――矢澤さんにとっての新しい価値が、バックギャモンだった。
そうです。人生100年もあれば、いろいろなピンチがあります。人と比べてつらくなることも、諦めなければいけないこともあるかもしれない。でも、泣いていても状況は変わりません。状況を少しでも良くしていけるよう行動し、次のチャンスと出会えたときに逆転できるよう準備を積み重ねていくことで道はひらけます。
私は、可能性を狭めないように意識しています。新しいことに挑戦したり、好きなことを見つける努力をしたり。それが今につながっていると思っています。
私がバックギャモンに出会ったのは20歳過ぎ、世界チャンピオンを目指そうと思ったのは、30歳のときですから。いつからだって、新しい扉を開くことはできると思っています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 矢澤亜希子(やざわ・あきこ)
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1980年生まれ。プロバックギャモンプレイヤー。大学在学中にバックギャモンと出会う。国内タイトル戦優勝、海外大会でも活躍していた。2012年子宮体がんがわかり、手術、化学療法などの治療を受ける。2014年第39回世界選手権(モンテカルロ)で日本人女性として初めての優勝。2014年、2015年LAS VEGAS OPEN CHAMPIONSHIPを2連覇。2014-15年Giants of Backgammon(バックギャモンで最も権威あるランキング)世界ランキングNo.3。2016年UK BACKGAMMON OPEN INTERNATIONAL PLAYER OF THE YEAR 受賞。2018年第43回世界選手権(モンテカルロ)で2度目の優勝を果たす。日本国内でも盤聖など多数タイトル獲得。世界中の大会で活躍するとともに、バックギャモンの普及活動に尽力。またがんサポートの社会貢献活動も行っている。新聞、テレビ等メディア出演多数。