公立高校教師YouTuberムンディ先生の、学校と社会を分断しないキャリア論
現役で公立高校の教壇に立ちながら、YouTubeで老若男女に歴史や地理を教える。ひとつの役割に留まらない道を歩む生き方から、これからの時代に必要なキャリアの築き方を学ぶ
働き方改革やテレワークの広がりも影響し、柔軟な働き方をする人が増えている。複数の仕事を並行して行うパラレルワーカーも増加。ひとつの環境では得られない知識・スキルを習得する機会が豊富なこの働き方は、変化の激しい現代に即したキャリア形成のひとつと言っていいだろう。
こうしたパラレルワークを体現するのが、ムンディ先生こと山﨑圭一さん。公立高校の先生としてYouTubeへの動画投稿をはじめ、その授業動画が10代はもとより社会人からも人気を集め、『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書(SBクリエイティブ)』など動画をきっかけにいくつもの書籍も出されている。山﨑さんが、学校とYouTubeという一見すると対局にあるような環境に身を置き続けているのはなぜなのだろうか。
生徒宛のビデオレターのつもりではじめたら、見知らぬ人に喜ばれた
山﨑さんが授業動画を配信するYouTubeチャンネル「Historia Mundi」を開設したのは、2013年のこと。きっかけは、その年の春に学校を異動したことだった。
「3月までいた高校では2年生の世界史を担当していました。『3年生になったら近・現代史を教えるから、楽しいぞ』と予告していたので、異動することに申し訳なさがあったんです。生徒からも、『先生の授業の続きが聞きたい』と言われたのですが、私が継続して教えることは現実的に難しい。すると、『せめてYouTubeで配信してほしい』と言われ、その手があったかと。だから、最初は元教え子たちへのビデオレターのつもりではじめた感覚なんです」
山﨑さんは子どもの頃から歴史の本やゲームに熱中していた大の歴史好き。高校の地理歴史の教員になったのも、歴史の面白さを子どもたちに伝えたかったからだ。だからこそ、山﨑さんにとってのYouTubeは歴史へ興味が湧いた生徒の気持ちが嬉しくてはじめたことであり、あくまでも顔見知りの生徒に向けたものだった。ところが、動画の配信を続けるうちに見知らぬ人からのコメントが寄せられるようになり、自分の授業動画が様々な人に見られていることに気づく。
「何らかの理由で高校に行けない人。現在海外に留学中で、日本の大学進学のために独学で受検勉強をしている人。"学び直し"をしたい社会人...。年齢も住んでいる場所も実に多様な人たちが、私の授業を見てくれていることに驚きました。それと同時に、学校の教壇に立つだけでは出会えなかった人の学びにもなっていることにも気づいたんです。
今の学校教育は、85%の子どもたちには効果的だと思いますが、残りの1~2割の子どもたちには学校での教育がうまくフィットしていないのではないかと思います。また、様々な事情で学びの機会が得られない人もいます。動画配信であれば、そうした人たちにも学びを届けられる可能性を感じました」
こうして山﨑さんは、自らが受け持つ学校の生徒に教えるという枠を越え、広く世の中に歴史や地理の授業を発信する活動を広げていく。しかし、ここで気になるのは、山﨑さんが公立高校の教師であった点だ。そもそも教師といえば授業だけでなく部活・生徒指導・保護者対応...と、その多忙さがニュースなどでも度々話題に上がるほど。ましてや公立校の先生となれば、学校の外でYouTuberとして活動することに対して懸念はなかったのだろうか。ところが、意外にも山﨑さんはこの疑問に対して「YouTubeも公立高校教師の仕事の一環で、枠を越えている意識がない」と答える。
「公立校の本来の役割は、一部の人にのみ教育を提供するのではなく、社会全体に対して広く学びを届けること。誰でも聴講できる"教養講座"のような感覚で世の中に学びを発信していくのも、公立高校教師が担う役割のひとつなのではないかと思ったんです」
自分の指導技術を客観的に比較・評価できる、絶好の機会に
山﨑さんが"公立高校教師YouTuber"にこだわる背景には、他にも理由がある。それは、動画の視聴者の中に、他の学校で地理歴史を教える先生たちもいるからだ。
「先生方からいただけるご意見が本当にありがたいんです。参考になったと評価する意見もあれば、『その説明・解釈では理解しづらいのでは?』など、同じ教師の視点で細かなところまで指摘してもらえるので、私自身の学習指導スキルを高める意味でも、教室の外で授業をすることに意義を感じていますね。
公立高校の先生は、他の先生の授業を見学することや自分の授業を見てもらう機会が非常に少ないんです。学校の規模によっては担当教科の先生が自分一人だけの場合もありますし、特に地理歴史の先生は、"専門は日本史だけど世界史の授業も受け持つ"ようなケースが多々あります。授業の各論については自分なりに試行錯誤しながらやっていくしかなかった先生たちがほとんどで、そういうときに私の動画がひとつの参考になればいいと思います。つい先日も年配の先生から"あなたの動画を比較対象にすることで、自分の授業の良い点・悪い点が客観的に見えた"と感謝していただいたほどなんですよ」
自分自身のスキル向上に結び付いているとともに、他校の先生も含めた教師全体の指導技術向上に貢献できればと語る山﨑さん。そう願うのは、公立高校の先生が持つ指導技術に、学校の外にも出すべき価値があるのではないかと考えるからだ。
「公立高校の先生は、その地域のあらゆる学校に赴任する可能性があり、実に色んなタイプの生徒に接しています。事実、私の赴任先には様々な学校があり、中には勉強が不得意な生徒が多い学校もありました。『歴史なんて大嫌い』と面と向かって言う生徒や、授業中に堂々と寝てしまう生徒にも、何とかして学ぶ意義や面白みを伝えていくのが教師の腕の見せ所。だからこそ公立校の先生は、やる気ゼロの状態を1にする授業に力を入れている人が多く、そのノウハウはもっと広く共有した方が良いんじゃないかと思うんです」
社会の風を感じることで、生徒に様々な学びを届けていきたい
このように、YouTubeで学校の外と繋がることは授業のスキルを高められる意味がある一方、学校の先生の仕事は授業だけではない。そのひとつ、子どもたちの人生を導く役割としても、"公立高校教師YouTuber"であることは役立っているという。
「他のYouTuberと交流することもありますし、動画の影響で出版・IT関係の人たちと話す機会やメディアの取材など、学校にはいなかった立場の人たちとの繋がりが強くなりました。すると、現代社会の仕組みについてこれまでより実感を持って話せるようになり、生徒たちに伝えられることが増えましたね。
たとえば、私自身はYouTubeで広告収入を得ていませんが、知り合いのYouTuberには動画配信で生計を立てている人もいますので、現代の新たな生き方について実際の苦労も交えながら具体的に話すことができます。また、この活動をしているからこそ、今は発信力が大事な時代であることや、一つの興味を突き詰めることがプラスに働きやすい時代であることも説得力をもって話せる。私は自分自身が社会の風を感じることで、生徒にも学校の外に広がる世界のリアルを伝えていきたいんです」
自らの役割を自組織の外にも広げ、そこで得た知識を自組織に還元していく。山﨑さんの活動の広げ方は、学校の先生に限らず、あらゆる職業で効果的なパラレルワークの方法だと言えるだろう。また、"学校と社会"、"ネットとリアル"のように、二元論で捉えないのも山﨑さん流のキャリアの考え方だ。
「学校と社会を分断されたもののように考えるのには違和感がありますし、対面の集団授業とオンライン動画にはどちらにもメリット・デメリットがあって当然。高校教師としては、対面で顔を見ながら授業をするのが一番良いとは思うものの、集団授業でクラスの約40人一人ひとりのニーズを満たすには限界もあります。だからこそ、それぞれの良さを活用するためにシームレスに行き来して活用できれば良い。究極を言えば、私は歴史好きの歴史オタクですから、学校の中も外も学生も社会人も関係なく、みんなで歴史をネタにワイワイやりたいんです。そんな楽しみ方を提示できる先生でありたいですね」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 山﨑圭一(やまさき・けいいち)
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早稲田大学教育学部卒業後、埼玉県立高校教諭を経て、地元福岡の公立高校で地理・歴史を教える。2013年頃より昔の教え子の要望を受けてYouTubeで世界史授業の動画配信をスタートすると、授業の分かりやすさが評判になり"ムンディ先生"の愛称で呼ばれるように。これまでに配信した動画は500本以上。チャンネル登録数は9万人を突破(2020年8月末現在)。著書に『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』などがある。
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