生産性向上はファーストステップにすぎない。保育業界から学ぶDXの秘訣

生産性向上はファーストステップにすぎない。保育業界から学ぶDXの秘訣
文:森田 大理 写真:須古 恵

変革が遅れていた保育業界に向き合い、産業全体の付加価値の向上を目指し、DXを進めるユニファ株式会社の土岐CEOに、推進の道のりを訊く

厚生労働省の発表によると、令和3年10月時点の有効求人倍率(全国)は、全職種で1.16倍。それに対して2.66倍と平均より高い水準を記録する職種のひとつに、保育士がある。共働き家庭の増加と連動して保育ニーズは増え続けており、子どもを預けたくても入園できない“待機児童”が社会問題化。政府や自治体も状況改善に取り組んでいるが、解決はいまだ道半ばなのが実情だろう。

そんな保育業界を相手に、ICTプロダクトの導入を通してデジタルトランスフォーメーションに取り組んでいるのが、ユニファ株式会社だ。「子どもの安心・安全に関わる」「保護者や行政など、ステークホルダーが多い」など、ものごとを変えるにはハードルが高い印象のある保育業界で、全国47都道府県で累計13,000件以上(※2021年11月時点)の導入実績を持つ。同社が、このように力強くDXを推進できるのはなぜなのだろうか。代表取締役CEOの土岐泰之さんに、これまでの道のりを伺いながら、あらゆる産業に通じるDXの秘訣を紐解いた。

一人の“主夫”としての願いと、それに応えられない保育現場の実情を知って

ユニファの創業は2013年。創業者である土岐さんは、独立以前は総合商社でのスタートアップ投資や、コンサルティングファームでの経営戦略策定などを経験。いつかは起業することを見据えてキャリアを歩んでいたそうだが、実際にユニファを立ち上げたきっかけはプライベートでの出来事だった。

実は土岐さんには、妻のキャリアを優先して仕事をセーブしていた時期がある。妻の仕事に帯同する形で愛知県豊田市に居を移し、“主夫”として家事育児を引き受けたことが、大きな転機となったそうだ。

「第一子が誕生し、妻が仕事に復帰するタイミングのことでした。家族全体の幸せを考えると、今は彼女がキャリアのアクセルを踏むべき時期だと思えたので、その分私が家庭に軸足を置くことに。保育園とのやり取りも私が主体的に担っていると、いくつかの課題が見えたんです。

特に気になったのは、家庭と保育園の間の情報共有手段が脆弱なこと。手書きの連絡帳では必要最低限の連絡事項しかやり取りできません。そこで夕飯の時間に『今日は保育園で何が楽しかった?』と子どもに聞いても、未就学児ですから『忘れちゃった!』と上手く答えてはくれない。せめてピンぼけの写真一枚でもいいから、園での普段の様子を共有してもらえたら、親としてもっと子どものことが分かると思ったんです」

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また、保育施設と保護者との情報共有がアナログなことが、ジェンダー平等を阻害しているのではないかとも感じたという。

「紙の連絡帳だと、子どもの送り迎えを担当しない親はあまり目にする機会がありません。そのため、夫婦間で子どもに関する情報に分断が起きやすい。世のお父さんたちが育児に参加しないと批判を受けがちなのは、夫婦間の役割分担によって我が子に関する情報格差が生じ、何をすれば良いか分からないことも一因ではないでしょうか。だからこそ、デジタルなコミュニケーション手段があれば、仕事に軸足を置いている親でも簡単に子どもの情報にアクセスできるのではないかとも思いましたね」

そこで土岐さんがユニファの創業サービスとしてはじめたのが、保育施設と保護者をITでつなぐ写真共有サービス、『ルクミーフォト』だ。専用アプリで撮影すると、写真のアップロードや販売、決済、プリントまで自動化できるこのサービスは、AIによる顔認識技術が用いられており、クラス別・園児別に振り分けるような手間も削減できるのが特徴。このアイデアは保護者の視点だけで生まれたものではない。ある保育者からの忌憚のない意見も大いに参考になっている。

「私の姉が保育士をしているので、率直に聞いてみました。『日常の写真を一枚送ってくれるだけで親はありがたいんだけど』、と。すると『そんな余裕が現場にあるわけないじゃない』と言われたんです。季節ごとの行事の写真ですら、デジカメで撮影してSDカードをパソコンに挿してデータを移し替えて、プリントして廊下に貼りだして…と大変なのに、これ以上負荷が上がることは難しいと。それならば、保育者の皆さんの業務負荷を下げられるサービスを提供すれば両者の悩みを解決できると考えました」

現場の強い痛みに向き合わなければ、これ以上前には進めない

このように、ユニファはフォトサービスからスタートしているが、その狙いは「子どもに関わる人たちの情報格差を解消すること」にある。保護者が子どもの保育施設の日常を知ることで、子どもが今何に興味関心を持っているかが分かり、家庭内の遊びや習い事に接続できること。日常の様子を小児科医やベビーシッターなど、子どもを取り巻く関係者に素早く伝達できること。情報が分断されず、蓄積されたデータを関係者が活用することで保育の質を上げていく姿を狙ったものだ。

そのため、フォトサービスのリリース後はアナログな情報共有の最たるもの「連絡帳」をアプリ化しようと次なるプロダクト開発を進めていたのだが、実は一度暗礁に乗り上げている。そこには、DXを推進する意味でもぶつかりやすい壁が待ち受けていたのだ。

「連絡帳をアプリで運用するには、保育者にタブレットやスマホでの操作を覚えてもらうだけでなく、保護者全員にも操作してもらう必要がある。当時の世の中のITリテラシーでは、連絡帳のやり取りをアプリでおこなうメリットよりも、運用を変えるデメリットの印象が強く、保育施設の反応はイマイチでした。

それならば、まずは現場で負担になっている主な課題を解消する方が先決ではないか。連絡帳は一旦立ち止まり、保育の現場にディープに入り込んでみることにしました」

その結果、次に辿り着いたサービスこそ『ルクミー午睡チェック』だ。午睡とは、いわゆる「お昼寝」のこと。ユニファのサービスは、乳児の肌着やパジャマ等に装着したセンサーで睡眠中の身体の向きを検出し、専用アプリで自動記録するものだ。

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「保育者の普段の業務を詳しく知るために、一週間エプロンをつけて保育施設に張り付いたんです。朝の散歩に同行して、子どもの事故を防ぐために配慮する大変さを感じたり、登園時の検温の手間を知ったり。実際に体験したことで発見したことはいくつもありますが、中でも一番課題に思ったのが午睡でした。

ゼロ歳児は、お昼寝中の事故を防ぐために、5分おきに園児の身体の向きをチェックする必要があります。監査項目になっているところも多く、実質的には必須の業務ですが、当時はその結果を手書きで記録していました。それ自体も手間ですし、合間の時間には連絡帳を書くなど他の業務に充てたり、子どもたちを横目に見ながら自分の昼食をさっと済ませたりと、とにかく気が休まる暇はない。保育者の大変さを実感すると共に、お昼寝中の事故防止に関わる部分を先生たちのホスピタリティだけで担保させる構造になっているのは精神的な負荷も高いと思いました。だからこそ、テクノロジーの活用で、業務負担軽減と見守り業務の質向上の両方が実現したいと考えたんです」

「子どもに向き合う以外の時間」が保育の質を向上させる

ユニファでは、2017年に『ルクミー午睡チェック』を発表し、2018年に正式導入がスタート。また、2019年にはICT活用による業務負荷削減と保育の質の向上を目指した『スマート保育園』の実証実験を埼玉県と実施。2020年4月からは福岡市との実証実験も進めている。現在は、様々な機能のプロダクトを展開する『ルクミー』シリーズをフル活用したスマート保育園・幼稚園・こども園のモデル園による実証実験が全国で進んでいる。しかし、保育はいわゆるホスピタリティ産業。テクノロジーを活用することへの抵抗感も少なくなかったはずだ。

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「もちろん、『手書きの温もりがなくなるのは寂しい』『子どもの安全を機械に任せて本当に大丈夫なのか』といった意見をいただくこともあります。でも、子どもたちのためにといろんな業務をアナログなまま積み上げてきた結果、現場の保育者も保護者も疲れ切っている。私たちはやみくもにデジタル化をしたいのではなく、大人たちがしっかりと子どもに向き合える時間をつくるためのDXをしたいのです。例えば午睡チェックも目視と機械のダブルチェックによって見守りの質を高められないか、『5分おきに紙に手書きをする必要は本当にあるのか?』という発想でした」

煩雑な業務がICTによって効率化され、保育士が本来やりたかった子どもとの時間に集中できる。それはユニファがプロダクトを通して提供したい本質的な価値の一つだろう。一方で土岐さんは、保育業務のDXによって生み出された時間は子どもと接する以外にも使われるべきだという。

「DXが進んだ園では、これまでゆっくりと休憩時間を取るのも難しかった先生同士が一緒に昼食を取るなどの余裕ができ、雑談する時間が生まれています。すると、子どもたちの写真を見ながら子ども達の姿について対話をしたり仕事の振り返りができたり、『こんな保育はできないかな』とアイデアを出し合ったりする機会が増えたそうです。つまり、目の前の子どもたちのために使う時間だけでなく、大人同士のコミュニケーションを増やすことが、保育の質を高めることにつながっている。

さらに言えば、保育者同士の関係性を深めることは、保育者の離職防止にも効果があります。目の前の業務に追われている状態では、職場の人間関係やコミュニケーションのすれ違いを改善する余裕もない。DXを推進することは、組織内のコミュニケーションをスムーズにする意義もあるのだと思います」

時間のゆとりが心のゆとりを呼び、大人は子どもにやさしくなれる

フォトサービスを出発点に午睡チェックや体温計などのヘルスケア領域にも進出。保育の様々な業務にリーチするプロダクトを生み出し続けるユニファだが、同社が会社の存在意義(Purpose)として掲げるのは「家族の幸せを生み出すあたらしい社会インフラを世界中で創り出す」。その言葉通り、写真情報を起点とした保育施設の業務基幹システムの実現を目指している。

「DXで提供する価値は、業務の効率化が本質ではありません。例えば連絡帳に手書きで文章を10行書くよりも、その日の象徴的な出来事を収めた写真を2~3枚共有した方が、伝わる情報量は圧倒的に多い。テクノロジーを使えばお父さんやお母さんだけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんに共有するのも簡単ですし、子どものことをより深く理解できれば周囲の大人も保育・育児に参加しやすくなります。『保育・育児は大変』というネガティブなイメージを払拭し、みんなで喜びや楽しさを分かちあえるチーム体制に変えて行くことが目標です」

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土岐さんは、ユニファのこれまでの道のりを振り返りながら、「DXの本質は生産性ではないが、生産性抜きにいきなり本来の目的を実現するのは難易度が高い」と語る。まずは当事者が抱える圧倒的な課題を解決し、自社の取り組みに共感を得ること。そこから少しずつ階段を上っていくことが大切だということだろう。

「私は創業のきっかけが自分の家族ですし、子どもたちを含む世界中の家族を幸せにしたい。でも、いきなり『子どもの幸せのためにもっと保育の質を上げましょう』と訴えても、保育者のみなさんはギリギリの毎日で余裕がありません。だから、まずは生産性を上げて時間のゆとりをつくるのが第一歩。時間に余裕が生まれれば、心にもゆとりが生まれます。そうすれば、大人は子どもたちにもっと目を向けられるようになる。そんなステップの上り方を丁寧に設計することがDXの推進には必要なのかもしれません」

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

土岐 泰之(とき・やすゆき)

ユニファ株式会社 代表取締役CEO。2003年に、住友商事に入社。リテール・ネット領域におけるスタートアップへの投資及び事業開発支援に従事。その後、外資系戦略コンサルティングファームであるローランドベルガーやデロイトトーマツにて、経営戦略・組織戦略の策定及び実行支援に関与。2013年にユニファを創業。全世界から1万社以上が参加したスタートアップ・ワールドカップにて優勝したことに加え、採用率が全世界で2.5%未満であるEndeavor(エンデバー)起業家に満場一致で選出されるなど、国内外で高い評価を受ける社会起業家。

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『保育施設の未来地図~選ばれる園創りのためのスマート保育園・幼稚園・こども園構想』(クロスメディア・パブリッシング)

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コロナ禍におけるライフスタイルの変化や少子化の加速等により、保育業界は今、大きな転換期を迎えています。子ども達のために保育や保育施設はどうあるべきか。日本を代表する幼児教育の専門家である汐見稔幸先生を始め「選ばれる園創り」を実践されている複数の保育施設の事例を交えながら、共に考えるきっかけをご提供します。

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