「受刑者向け求人誌」を創刊した編集長と考える、再チャレンジ可能な社会
日本初、非行歴・犯罪歴のある人専用の求人誌『Chance!!』。事業を通して元受刑者と、彼らを採用する企業を見てきた編集長の三宅晶子さんに、再チャレンジを応援できる仕組み・環境づくりのコツを訊く
誰の人生にも、多少の挫折や方向転換はつきものだ。「仮に失敗したとしても、何度でもチャレンジできる社会の構築」は、かつて政府も重要政策の一つに掲げていた。しかし現在、私たちの社会は再チャレンジに寛容だろうか。「過去の過ちが何度も掘り起こされ、SNSで拡散される」「“失敗を犯した人”として負のレッテルを貼られる」など、まだまだ再チャレンジに厳しい場面も存在する。挑戦を応援できる社会・組織には何が必要なのだろう。
そこで今回話を伺ったのが、日本初となる受刑者等専用求人誌『Chance!!』の編集長、株式会社ヒューマン・コメディの三宅晶子さん。社会から最も厳しい目で見られるであろう人たちの再チャレンジを見てきた三宅さんの経験から、当事者はもとより再チャレンジを見守る側の組織や人に必要なことを語ってもらった。
不特定多数の誰かではなく、たった一人の少女のために
三宅さんが自身で会社を興して事業を始めたのは、いくつかのきっかけが重なっている。2014年に前職の商社を退職。当時は教育業界や人材育成関連の企業への転職を考えていた。ところが、ある友人からひきこもりや非行・犯罪歴がある人など、生きづらさを抱えた人向けの自立支援の学校をつくりたいという夢を聞き、もし実現したら講師にならないかと誘われたのだという。
「びっくりしたんですけど、これも『誰かの人生の背中を押す仕事』だと思って興味を持ちはじめました。人材育成の仕事がしたかったのは事実だし、一度“課題の多い人たち”に向き合って話を聞いておくのは勉強になるかなと思い、いくつかの施設・団体と接点を持ったんです」
親と暮らせない事情を抱えた子どものための自立支援施設や、元受刑者の社会復帰支援をおこなう団体でボランティアをした三宅さん。特に、後者で知ったある事実に愕然とした。それは、元受刑者の再犯率が非常に高く、やり直したくても社会復帰が難しい構造にあるという現実だった。
「受刑者は、出所時に刑務所内での刑務作業に対する“作業報奨金”を受け取るのですが、時給7.5円からスタートするため、最初の月給は1,000円程度。そこから歯ブラシや石鹸や下着といった日用品を購入するため、重罪などで刑期が長い場合を除き、出所時の所持金は、1~2万円程度ということもざらにあります。家族や更生保護施設の支援を受けられる人であればまだしも、所持金がこれだけでは身を寄せる場所がない人は新生活をはじめようがありません。とりあえずネットカフェや簡易宿泊所で寝泊りをしても長くは持たない。住所がなければまともに仕事にも就けず、スマートフォンが契約できなければ自分に必要な情報・サービスにもアクセスできない。あっという間にお金が尽きて、生きるために仕方なく自ら些細な軽犯罪を犯して塀の中に戻っていく人が非常に多いというのです」
法に則って罪を償っても、やり直しが難しい構造があることに憤りを感じた三宅さん。自分に何ができるだろうと考えていた矢先に、少年院から一通の手紙が届く。差出人には、かつて自立支援施設で出会ったある少女の名前があった。
「親元で暮らせない事情を抱えていた彼女は、かつて非行を繰り返していた場所に戻るしか選択肢がありませんでした。『ここしか行く場所がない』では、『できない言い訳』になってしまう。せめて、もう一つ選択肢があったら。そんな想いで身元引受人に名乗り出ました」
そして、この少女の存在が非行・犯罪歴のある人の支援事業をスタートさせる大きなきっかけになる。彼女の親代わりとなるにあたって、どんな環境で迎えるかを考えた三宅さんは、彼女の誕生日に会社を設立した。毎年この日は、これまで自分の誕生日が嫌いだったという少女に、生まれてきてくれてありがとうと、会社をつくるきっかけをくれてありがとうと言おう。不特定多数の誰かを救うために始めた会社というより、自分が本気で向き合うと決めた、たった一人のために始めた事業だった。
「自分で選んで決める」という経験が、責任感を育み、自立をうながす
設立当初の三宅さんは現在の求人誌ではなく、有料職業紹介事業(人材紹介)という形をとった。社会復帰のためには、まずは仕事に就いて生活基盤を整えることが大事だと考えたのだ。しかし、この人材紹介のビジネスモデルは、非行・犯罪歴のある人と企業のマッチングにおいては全く上手くいかなかった。
「有料職業紹介事業は、成果報酬型のモデルです。しかし、1年半で当社を訪れたのはたったの20人。そのうち内定が出たのは5人。その5人も仕事が長続きせず、次から次へと“飛ぶ”(=行方不明になること)んです。事業が成り立たないのはもちろんですが、ただ仕事を紹介するだけでは十分な再チャレンジのきっかけにならないことを痛感させられました」
あっという間に資金がショート寸前となってしまうが、そのおかげでできたものこそ、日本初の受刑者等専用求人誌『Chance!!』だ。求人誌という構想はあったものの、雑誌など作ったこともなければ自社には自分しかおらず、なかなか実現できずにいた。だが、資金が尽きても、求人募集をおこなう企業から広告掲載料を取るモデルであれば、事業を継続できる。また、求人誌という形態こそ刑務所や少年院にいる人に最適だと考えていた。
「そもそも塀の中ではインターネットが使えず、仕事探しの手段がほとんどありません。出所後の仕事探しのために、ハローワークの求人票が掲示されている施設もありますが、勤務条件や待遇などの文字情報が羅列してあるだけ。『どんな仕事・職場か良く分からなかったので、真剣に見なかった』という元受刑者も多くいます。だからこそ、写真やメッセージの多い求人誌という形態が、彼らに情報を伝えるには適していると考えたんです」
また、三宅さんは、求人誌で仕事を選ぶという行為自体が社会復帰の助けになっている側面があるとも語る。なぜなら、非行・犯罪に走ってしまった人たちは、三宅さんが身元引受人となった少女のように、それ以外の選択肢がなかった(知らなかった)場合も多いからだ。
「誰だって、人に強制されてやったことや自分の意思で選んでいないことが上手くいかなければ、言い訳をしたり逃げ出したくなります。でも、『2つのうちどちらか』でも良いから自分で選ぶことができれば、その決断には意思が宿り、責任感が生まれる。困難に直面したときも誰かのせいにするのではなく、自分の力で解決しようと努力できる。人に仕事を紹介されるのではなく自分で仕事を選んでもらった方が、彼らの自立を促す効果があると感じました」
「リスク」より「強み」に注目して雇ってくれる会社が上手く行く
一方、再チャレンジを受け入れる側の企業や個人は、どんなスタンスや対応をしていくと良いのだろうか。この疑問に、三宅さんは編集長としての誌面のこだわりからヒントをくれた。
「『Chance!!』では、求人企業の雰囲気をいかに伝えるかを大切にしています。そもそも受刑者は一般社会の求職者と違い、求人企業に興味を持っても“ネットで調べる”ような追加の情報収集が気軽にできません。『Chance!!』に掲載されている情報だけを手がかりに応募をしなければいけない。もちろん待遇や仕事内容も決断の決め手にはなるけれど、それ以上に『ここなら自分は上手くやっていける』と安心できることが重要なんです。
だから、社長の顔写真付きメッセージや飲み会の写真など、職場の仲間の様子が分かることを重視していますね。『社長が手料理を振る舞う』とか『身よりのない従業員のために、万が一のときはお墓まで面倒を見る』とか、単なる“雇用”以上の関係性が滲み出ている会社ほど応募が集まる傾向にあるんですよ」
これは、一般の求職者や従業員でも同じことが言える。仕事だけでなく、プライベートも含めた人生を共有できるようなチームになれること。心理的安全性の高い組織こそ、人が再起をする環境としても最適なのではないだろうか。
また、元受刑者の受け入れを検討・実施している企業と多数接点を持ってきた三宅さんは、出所者雇用に成功する企業と、出所者雇用をおすすめしない企業にはそれぞれ特徴的な傾向があるという。
「企業から掲載のご相談をいただいた時には、私が事前に代表者と面談をしています。その際、『何かあったらどうするんですか』『リスクはありますか』といった質問をされる場合は、『リスクは高いに決まっています。無理しない方がいいと思います』と掲載をおすすめしないんです。
逆に、元受刑者が活躍している企業の場合、リスクよりも彼らの強みに注目しているケースが多い。『“もう二度と戻らない”という覚悟を持って来ている分、一生懸命働いてくれる』と評価しているんです。過去の失敗は取り消せないけれど、そこから何を学び、これからどうするかに注目してくれる環境の方が、前向きに再チャレンジしやすいのだと思います」
不寛容の本質は、相手を知らない、想像できないこと
『Chance!!』の取り組みが注目され、現在の三宅さんは講演活動なども行っている。しかし事業が順調かと言えば、決して余裕はない。「経営者としては0点」と明るく語る三宅さんだが、それでもこだわってきたのは、あくまでもビジネスとして事業を成立させること。批判も覚悟ではじめたことだった。
「はじめたときは、『絶対に上手くいかない』『なんで茨の道を進むのか』『あいつには無理だ』と風当たりは強かったですよ。あえて株式会社にしたから、『この分野で儲けようとするなんて』と批判する人もいた。でもね、私たちが人の善意や国の補助金に頼り切って運営していたら、何か起きたときに支援が途切れてしまうじゃないですか。まずは自分たちが自立しないと、非行や犯罪歴のある人たちを自立させることもできないと思います。私の選んだことが断然難しいのは承知の上。でも私、困難が多いほど燃えるタイプなんですよね(笑)」
社会から厳しい目で見られる立場にある人たちが身近なため、自身の活動に批判の矛先が向かってくることも珍しくない三宅さん。彼女の目には、現代社会がどんどん失敗に不寛容に傾いていくように映っているという。
「犯罪か否かに関わらず、個人の失敗を社会全体で“総叩き”する風潮が強くなっているように感じます。もちろん、間違いを犯したのであれば一定の責任を取らなければならない。けれど、二度と戻って来られない状態まで追い込み、再チャレンジの機会すらも奪うことがある種の“エンタメ”化している。一度貼られた負のレッテルをなかなか剥がすことができない、冷たい社会になっているのではないでしょうか」
では、私たちが他人の失敗を許し、再起を見守るにはどうすれば良いのだろうか。そのヒントとして、三宅さんがなぜ罪を犯した人たちの再チャレンジを応援できるのか、聞いてみた。
「実際に相手と接点を持ち、その人を知っているからですね。実は、起業前に自立支援施設へボランティアに行ったとき、私も最初は怖かったんです。罪状を聞いてドン引きしました。かかわりたくないと思った。でも、実際に会って話を聞いたり何度か接したりしているうちに、印象が変わった。貧困や虐待が背景にある場合が非常に多いこともわかりました。環境の影響もあって罪を犯してしまったけれど、中身は普通の人だなと。悪いことをしたからといって、“悪い人”というわけじゃないって思ったんです。
私だって安定した生活がこの先もずっと続くとも限らないし、もし事故や病気や災害などがきっかけで仕事ができなくなり、お金もなくなって住むところも奪われたら、間違いを犯すかもしれない。私と彼らを隔てる違いは、全くありません。明日は我が身だと思っています」
社会の不寛容の原因は、想像力の欠如なのではないかと三宅さんは語る。自分とは一見立場の異なる人たちを知るほど、他人事ではないことに気づかされ、相手を応援できるという。そうやって罪を犯した人たちと接点を持ってきた三宅さんが今目指すのは、『Chance!!』に全国の求人を掲載すること。地元で働く、生きたい場所で働くという、多くの人にとっては当たり前の選択肢を提供することだ。
「現状の掲載企業は関東の都心が中心なんです。でも、縁もゆかりもない場所で働くより地元に戻った方が頑張れる人もいる。都心の大きな会社よりも、地方の小さな会社の方が向いている人もいる。日本中に働く選択肢があることを希望に感じてほしいんです。だからこそ、今年は47都道府県の求人を掲載して、塀の中の読者に選択肢を届けたいです」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 三宅 晶子(みやけ・あきこ)
-
1971年新潟県生まれ。中学時代から非行を繰り返し、高校を1年で退学。地元のお好み焼き屋に就職していた時に大学進学を志す。早稲田大学第二文学部卒業。貿易事務、中国・カナダ留学を経て、商社に入社。2014年退職後、人材育成関係の職に就きたいと思い、生きづらさを抱える人を知るため受刑者支援の団体等でボランティアをおこなう。そこで非行歴や犯罪歴のある人の社会復帰が困難な現状を知る。2015年7月、株式会社ヒューマン・コメディ設立。2018年3月、日本初の受刑者等専用求人誌『Chance!!』 創刊。アンガーマネジメントファシリテーター。依存予防教育アドバイザー。「心のスポンジプログラム」指導者。