複雑さを捉え、もやもやと共に生きる。食の自律分散を目指すZ世代 ポケマル石川凜

複雑さを捉え、もやもやと共に生きる。食の自律分散を目指すZ世代 ポケマル石川凜
文:葛原 信太郎 写真:須古 恵

システムは中央集権から自律分散へ。思考は二項対立から簡単には割り切れない複雑性へ。「食」を切り口に社会を俯瞰することで得たポケットマルシェ石川 凜さんの気づきを、その時代背景と共に聞いた。

1990年中盤以降生まれの「Z世代」が、いよいよ社会で活躍をはじめている。彼らはどんな社会背景を持って育ち、どのような価値観を持っているのだろうか。今回話を聞いたのは1996年生まれの石川 凜(いしかわ・りん)さん。世界の食料問題の解決を志して日米の大学で学びを深め、現在は株式会社雨風太陽で、企画推進部部長を勤める。同社は、全国の農家・漁師から直接食材を買えるオンラインサービス「ポケットマルシェ」の運営母体だ。東日本大震災という社会的事象をきっかけにした石川さんの探究は、今も社会的な動きと連動しているようだ。

食を取り巻く「システム」を学ぶ

── はじめに、「食」に興味を持つようになったきっかけを教えてください。

まずは食にこだわりの強い母の影響があります。「こういうものは食べてはいけない」「口にするものはこういう店で買おう」などと小さいころから言われていたので「どんな食べ物を選ぶか」ということを意識しながら育ちました。その母に紹介された食育プログラムの影響もあります。田んぼの生き物を調査したり、ソーセージをつくってみたり、イカを捌いたり。そもそも食べることが好きでしたが、食べること以外の食への興味が増したのはこのプログラムのおかげだと思います。ただ一方で、食というよりももっと社会全般にも関心がありました。家に届いた新聞は隅から隅まで読んでいたし、中学生の時は政治家になりたいと思っていたくらいです。

そんなとき、東日本大震災が起きます。中学校の卒業式前日のことでした。私は生まれも育ちも仙台で、当時も仙台に住んでいました。あらゆるライフラインが止まると同時に、食べ物も街からすっかりなくなってしまった。街中を走り回りましたが、そもそもお店が開いていないんです。かろうじて開いていたスーパーには長蛇の列ができていました。

しかし、しばらくして、近所の八百屋さんが営業を再開したときに、たくさんの野菜が入荷されていたんです。その光景を見て、食べ物は誰かがつくらなければ生まれないし、誰かが運ばなければ店に並ばないことに改めて気づきました。自分にとって当たり前になっていた「食べ物がどこかで買える」状態は複雑なシステムが支えており、それ実現させるのは簡単なことではないんだと。それもあって、高校に進学してからも食への興味は消えず、大学も食を切り口に進学先を決めましました。

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── 「食を切り口」といっても、「食材をつくること」から「食の仕組み」まで捉えどころはさまざまあるかと思います。その中でどう決められたのでしょう?

その頃には関心領域の解像度がより上がっていました。政治家になりたかったことにもつながりますが、私が興味を持ったのは、食べ物をつくる方法や技術などのミクロな視点よりも、仕組みやシステムなどのマクロな視点でした。世界の食糧問題や飢餓がなぜ生まれてしまうのかなどを学びたいと、農学部の食料・環境経済学科に進学し、農村社会学を研究しました。

大学に入ってからは、とにかく活動的に食に関するあらゆることに首を突っ込みました。農業に関する学生団体に複数所属して、代表も経験しました。京野菜を販売する農業ベンチャーでインターンをするなど、ビジネスも経験。とにかくさまざまな切り口から食のことを考えていました。

── 大学自体も明確に学びたいテーマから選んだにも関わらず、なぜそこまで色々なご経験を?

生産、流通、消費と、食を取り巻くことをすべて知ろうと思ったんです。そうやって食の現場を一つひとつ回ってみると、それぞれでより良い形を目指しさまざまな努力がなされていることが見えてきました。それ自体はとても素晴らしいはずなのに、俯瞰して見ると、世界の食糧問題もフードロスも一向に改善されていません。システムや仕組みなどのマクロ視点から、物事を変えていかなければならないという確信は強まりました。

そこで、食についてさらに広く学ぶためにアメリカの大学に留学し、農学部で、持続可能なフードシステムについて研究したんです。私がとくに力を入れて勉強したのがCSA(Community Supported Agriculture)でした。「消費者との関係を大事にしたい生産者」と「特定の生産者を会員として応援したい消費者」が直接つながる仕組みで、一定期間の代金を消費者が生産者に前払いしコミュニティで生産物をシェアします。生産量が不作なら不作なりに、豊作なら豊作なりに、生産物を得る。生産者と消費者が互いに支えないながら、食のシステムを健全に維持しようとする取り組みです。

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石川さん提供

── なるほど。日本ではまだあまり耳馴染みのない仕組みのように感じます。

そうですね、日本と比べるとアメリカは経済格差による食糧問題が深刻で、その解決についての研究も進んでいました。共に学んでいた学生も「世界のための私たちが食糧生産の仕組みを変えねばならない」「持続可能で環境負荷の小さな農業の仕組みを世界に広めねばならない」と高い視座で食の問題に取り組んでいたり、政策や法律などの面から食を考えたりしている人が多かったように思います。さまざまな切り口が同時多発的に動いており、そのダイナミズムは日本にないと感じました。

アメリカだからこそ起きている問題もありました。課題を解決しうるオルタナティブな方式も、社会で一般化すると合理化や巨大化に向かってしまう。CSAも、コミュニティが大きくなりすぎて顔の見えない関係になったり、環境負荷の低い農業は消費を促すためのラベルに過ぎなくなってしまったり。本質的なことが失われていく現実も目の当たりにしました。

帰国後は「株式会社ポケットマルシェ」(現在は株式会社雨風太陽)と「株式会社坂ノ途中」でインターンをはじめました。坂ノ途中は環境負荷の小さい農業を広げるために、有機野菜の宅配サービスなどを手掛ける企業です。そのまま就職したので、パラレルワークという形で2社に新卒入社しました。今はポケットマルシェに比重は移っていますが、坂ノ途中でも担当業務を持っています。クックパッド株式会社でもパラレルで仕事をしていた時期がありました。

中央集権から自律分散へ

── 学校を卒業後は、企業に就職されたんですね。学生時代の精力的な活動を聞いていると、「企業への就職」という進路は意外にも思えます。

確かに「卒業後は起業するんだよね?」とよく聞かれました。でも自分が新たなに事業を立ち上げたところで、社会への影響力は微々たるもの。社会を変えることを目的とするなら、すでに社会への影響力を持っている企業で、自分のやりたいことを実現したり、やるべきことをやっている人をサポートすることに自分の力を使いたいと思ったんです。

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特にポケットマルシェは、私のやりたいことそのものでした。食のシステムについて学び続けてわかったことは、中央集権的な仕組みから自律分散へと移行する必要があるということ。生産も流通も消費も、中央集権的に全体をカバーしようとするルールや仕組みからこぼれ落ちている部分に課題があった。これを解決するには、例えば、生産者と消費者が直接つながったり、地産地消だったり、自律分散的な仕組みが必要だと考えました。

ポケットマルシェで、日常的に生産者さんとつながり、彼ら・彼女らの思いを知り、コミュニケーションが生まれて、経済も回る。この自律分散的な仕組みを広めることで、日常から食の仕組みがアップデートされていく実感があります。

── 実際にはどのような業務を担当されているのでしょうか。

最初は生産者さんのサポートを担当していましたが、今は事業開発というなんでも屋さんです(笑)。例えば、ポケットマルシェのプラットフォームを使って自治体とコラボする。漁師さんにオンライン販売についての研修をする。企業のプレゼントキャンペーンに、私たちのサービスを使ってもらえるように企画を考えて提案するなど、さまざまです。

他にも食や農業など一次産業について学ぶ有志のメンバーを対象に、「食と農のもやもやゼミ」という勉強会をやっています。これは、知って学んですっきりという勉強会とは違って、もやもやしてもらうことをゴールにしているんです。大切にしているのは正解を提示しない、学問的な視点を提示する、みんなで学ぶ参加型であること。テーマには「当たり前と思われているけど、よく考えたらちょっとおかしくない?」といった事柄を取り上げます。例えば「魚の未来は?」というテーマで魚の漁獲量が減ると言われつつも魚を食べることをやめられない私たちについて考えたり、「有機ってなに?」を題材に有機農法の定義や歴史、実例などを学んだりしてきました。これがとても好評で、参加者の方から「今日のもやもやは史上最強です」なんてコメントをいただくほど、もやもやすることを楽しんでくれています。

── 勉強会なのに、答えを出さないんですか…?それ自体が、ちょっともやもやしますね。

小さい頃は、絶対的な正解や正義があると思っていました。例えば、小さい頃の私であれば、遺伝子組み換え食品なんて絶対にノーだったんです。でも、遺伝子組み換えを研究している人と話してみると、そこにはその人なりの考えがあった。研究者の皆さんは、世界の食糧問題をどうにかしたいと懸命に研究を重ねています。そんな現実を知ったときに、私は一つの答えを持った時点で思考停止しているだけだった、と気づきました。

その一方で、それぞれの現場で多くの人が努力し課題を解決しようとしても、全体のシステムで見たときにその努力が世界をいい方向に変えているとは限らない。複雑な要素が絡み合う課題を、もやもやしながらもみんなで考えたいと思い、ゼミを立ち上げたんです。複雑なテーマをじっくりと考えたいという感覚は、同世代で共通している傾向があると感じています。実際、Z世代の人からは特に反応がいいんですよ。

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複雑さがわかるからこそ、断定できない

── 「もやもやしたい」というのが、同世代に共通している、と。

前提として、同世代だとしても価値観や考え方は人それぞれだと思っています。でも、私の周囲にいる同世代の傾向として「絶対にこっちだ!」という断定をしない人や、二項対立で物事を考えない人が多い気がします。むしろ、さまざまな意見の間で揺れ動いたり、問いの背景を探ろうとするような人が多いと思うんです。

例えば、凄惨な事件が起きたときに、でもその犯人の行動の背景には社会問題や構造があるんじゃないかと考える。映画やドラマも、単純な善と悪の二項対立を描かなくなってきていますよね。

イエスかノーか、はっきりさせられることばかりではないと思うんです。例えば、私は環境負荷のことを考えてできるだけお肉を食べないようにしています。でも、人が肉を食べることに誠実に向き合い、情熱を注でいる生産者さんがいることも知っていますから、そのお肉の背景によっては美味しくいただくこともあるんです。

小さい頃から「これは食べちゃだめ」「こういうものを食べましょう」と親に言われて育ちましたが、今の私は「果たして本当にそうなのか」とも思う。誰かに言われたことをそのまま鵜呑みにはしたくないんです。

── 一方で、スマートフォンですぐに検索できたり、短尺動画がZ世代に支持されていることを考えると「最短で答えを知りたい世代」だとも感じるんです。なるべく無駄なことをせず、答えを得たいんじゃないかと。

確かに知りたい対象によっては、できるだけ効率よく無駄を省きたい思考にも共感します。とは言え、それだけじゃ物足りなさを感じているのかもしれないですね…。うーん…もやもやしてきました(笑)。

──「最短で答えを知りたい」と「答えがでないことを、もやもやと考えたい」が共存している、ということでしょうか?

すっきり解決できないことがあることも知っている、ということでしょうか。例えば、気候変動へのアクションって、一昔前は「こまめに電気を消しましょう」というシンプルな行動でした。でも、今はあらゆる側面から、その対策が求められています。ことはそれほどシンプルではないとわかってきてしまったし、複雑さの規模がとても大きい。まずは手っ取り早く全体を把握したいという人もいれば、複雑さに唖然とし全体把握を諦めてしまう人もいるのかもしれません。

もやもやゼミでも、前半はテーマ全体を私たちがサマリーしてお伝えするんです。全体把握は効率的に届けてから、もやもやしながら考えを深める構造です。もやもやすることをしっかりと考えるのは、一人でやろうとするととても大変。だからこそ、ゼミに来て誰かの力を借りながら学ぶ形態が支持されているのかもしれない。

私たちの世代は、自分とは異なる価値観と人とつながり、その考えを知ることができることが当たり前の時代に生まれました。だからこそ、自分の中で絶対だと思っていたものは常に揺らぎ続けています。こうした傾向は、私たちの世代で共通している要素です。きっとこれからも、私はもやもやしながらいろんな考えを深めていくんだと思います。

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

石川 凜(いしかわ・りん)
株式会社雨風太陽 事業開発部門 企画推進部 部長

1996年宮城県仙台市生まれ。東日本大震災直後の食料難をきっかけに世界の食料問題の解決を志す。京都大学農学部食料・環境経済学科在学中、アメリカに留学しSustainable Agriculture and Community Food Systemsを専攻。帰国後は株式会社坂ノ途中 海外事業部にて東南アジア地域の小規模コーヒー生産者とのダイレクトトレードを推進。クックパッド株式会社の新規事業で地産品の新たな物流構築に携わるなど新卒でパラレルワークを実践したのち、現職。個人活動として、坂ノ途中の編集室連載エッセイ「考える食卓・おいしい未来」執筆、公開勉強会「食と農のもやもやゼミ」主催。生産者・消費者のいずれもが食料主権を取り戻した状態である「自律分散型フードシステム」を提唱し、その社会実装を人生のミッションとする。

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