25歳の茶道家 兼 実業家。TeaRoom岩本涼が文化とビジネスの垣根を越える理由

25歳の茶道家 兼 実業家。TeaRoom岩本涼が文化とビジネスの垣根を越える理由
文:森田 大理 写真:須古 恵

「お茶で対立のない優しい世界をつくる」。TeaRoom代表 岩本涼さんは、なぜ伝統文化の担い手とスタートアップ企業の経営者を両立するのか。Z世代起業家の価値観を探る

お茶の生産・販売・事業プロデュース等を手掛ける株式会社TeaRoomの代表取締役、岩本涼さん。大学在学時に21歳で創業した若手実業家には、もう一つの顔がある。それが、「裏千家 茶道家 岩本宗涼(そうりょう)」。幼少期から日本の伝統文化の一つである茶の湯を学び、23歳という異例の若さで相当の習熟をしている者の証である宗名を授けられている。茶人としての活動の傍ら、仲間と共に静岡県の茶畑・製造工場を承継するなど、文化とビジネスを両立する25歳だ。

また、岩本さんが特徴的なのは、企業理念に「対立のない優しい世界を目指して」を掲げていること。産業としてのお茶の発展だけでなく、事業を通して世界に寛容や調和を届けようとする彼の意思には、2000年代以降の激動の時代に育ったからこその理由が潜んでいるのではないだろうか。岩本さんの人生観や事業への想いに焦点を当てながら、現代の若者ならではの価値観を探るべく、東京 清澄白河にある茶室で話を聞いた。

複数の顔を使い分けることが、当たり前の時代に生まれて

―― 岩本さんはお茶とは全く縁がない家庭で育ったそうですね。なぜ茶道に入門したのですか。

きっかけは、たまたまテレビで茶人の姿を拝見したことです。その佇まいがカッコよくて自分もやってみたいと思ったんですよね。それまでは空手に熱中していて、親の買い物についてスーパーに行く時も、正拳突きをしながら売り場を歩いていたくらいの空手少年。テレビで観るまでは茶道のことはまったく知らなかったんです。

―― 空手少年が急に茶道をやりたいと言い出したら、ご家族はびっくりしませんでしたか。

子どものやりたいことを全面的に応援してくれる親だったので、そんなことは全くなかったです。母に相談すると、自宅から通いやすい茶道教室を調べてくれたくらい。むしろ小学生までは「学校の勉強ばかりしなくても良い」と言われていたほどでした。勉強はいずれやらなければならないから、小さいうちは興味や好奇心に従っていろんな経験をしておくことが、我が家の教育方針だったようです。だから、習い事は空手と茶道だけでなくサッカー、テニス、バイオリン、そろばん…と何でもやりましたよ。

――ちょうど岩本さんが少年時代を過ごした頃は、大人の世界でも仕事(本業)や家庭とは異なる「サードプレイス」を持つことの重要性が叫ばれはじめた時期と重なります。その意味で、たくさんの習い事は岩本さんにとってどんな存在でしたか。

たしかに、学校以外の場があることが私を救ってくれた側面はあると思います。というのも、学校に行く意味が良く分からなかったんです。親は勉強しなくても良いと言うし、不登校の時期もありました。でも、学校の外に熱中できる学びがたくさんあったから、それが自分の“拠り所”になった。

特にお茶の稽古に行くと先生は高齢の方が多いですから、小学生の私はあまり厳しいことも言われず“ゆるく”扱われたこともあって、楽しく通っていたんですよ。それが原体験となって、お茶を続けてきたところはある気がしますね。「自立とは多方面に依存すること」という言葉もありますが、私は学業一本ではなく茶道に励んでいたことが、受験勉強が大変なときの支えにもなりましたし、海外留学中に現地の裏千家の支部に通っていたことは、海外生活の中で自分の軸足を再確認する機会にもなっていました。

「TeaRoom」岩本涼さん

―― お茶以外の出来事で、少年時代の岩本さんが衝撃を受けた体験はありますか。

スマートフォンとSNSの登場が大きいですね。高校生のときはTwitterで友人グループごとに複数のアカウントを使い分けることが当たり前。同じ人がアカウントによって振る舞いを変えることを見てきました。

また、一人で海外旅行や留学に行ける年齢になってくると、現地で知り合った人ともSNSでつながり、自分のタイムラインがグローバルになっていったのも面白かった。一つのニュースや配信動画に対して、人種・コミュニティによってリアクションは様々で、多様性を学びました。

―― そうした経験は、若くして起業したことにも繋がっていると思いますか。

大いにあると思います。というのも、高校は早稲田大学の付属校に進学したのですが、自分は必死に勉強してやっと入学できたのに、周囲は模試で全国上位の生徒がゴロゴロいるような環境で。学業の評価だけではクラスメイトたちに到底勝てないと早々に悟ってしまったんです。彼らと同じ土俵で競争するのではなく、違う軸で勝負するしかないと思った。だから、当時から教室の外にも自分のアイデンティティを求め、起業を夢見ていたところはありますね。そのときはお茶の事業にしようなんて考えてもいませんでしたけど。

業界の隔たりをなくすことで、お茶の世界にオープンイノベーションを

―― 岩本さんがパラレルな生き方に違和感の少ない世代ということは、良く分かりました。とはいえ、茶道家と実業家の両立はかなり極端な印象もあります。

一般にはそう思われるかもしれませんが、日本の歴史を振り返ってみると茶の湯は政治・経済と密接に関わっているんですよ。織田信長や豊臣秀吉の時代、茶の湯は政治と結びついていましたし、三井財閥の基礎を築いた益田孝は、「茶人 益田鈍翁」としても知られています。そうした先人たちがいるからこそ、茶道家として生きながら実業をおこなうのは特に違和感がありませんでした。

―― 岩本さんが創業した会社TeaRoomは、お茶の生産・販売・事業プロデュースを手掛けています。お茶の文化振興事業というニュアンスにとどまらず、産業そのものにアプローチしているのがユニークだと感じました。

茶道家としてお茶が身近だったからこそ、産業の衰退に危機感がありました。生産者をはじめ産業に関わる人が苦しい状態にあり、文化としての茶の湯人口も減っている。つまり、お茶が現代社会に認められていないのではないかと感じたんです。だからこそ、お茶の事業を通してこの産業に貢献したいという想いがありました。

「TeaRoom」岩本涼さん

―― TeaRoomの企業理念は「対立のない優しい世界を目指して」です。会社の存在意義ともいうべき企業理念で、お茶ではなくこの言葉を掲げているのはなぜですか。

お茶が世界に優しさをもたらす最高の手段だと信じているからです。国と国の衝突や、イデオロギーによる分断など、社会には様々な対立がありますが、そんなものはお茶を出して一息ついてもらえば良いんです。喫茶文化は世界中に存在するものですし、お茶を出すという行為は言葉が通じなくても理解される非言語コミュニケーション。私はかつて世界一周の旅をする中で、お茶で世界中の人とつながることができました。一緒にお茶を飲んでいるときに、国籍や人種やイデオロギーの違いは関係ない。人と人との隔たりをなくす力が、お茶にはあると思います。

―― 岩本さんが茶道家と実業家を両立しているのも、TeaRoomの企業理念に通じていますね。文化とビジネスを二項対立で捉えていないような印象です。

まさしくそうですね。「対立のない優しい世界を目指して」は、人と人の話だけではないんです。例えば、お茶マーケットのプレイヤーが生産・流通・販売で分断されていること。各々が同業同士で狭いパイを奪い合うのではなく、それぞれの役割を越えて一緒にマーケットを大きくしようとした方が良いはずです。だからTeaRoomでは、サプライチェーンの川上から川下までカバーできる体制をつくり、一体となって新しいお茶商品の開発に取り組んでいます。

また、産業と産業の隔たりをなくすのも目指していることの一つ。お茶産業単体ではノウハウが足りなくても、視野を広く持って日本を見渡せば、たくさんの知見があります。「コーヒーの焙煎技術をお茶に応用したらどんなほうじ茶ができるんだろう」「味噌・醤油などの発酵技術をヒントに、新しいプーアル茶ができるかもしれない」…。そうしたアイデアを相互に取り入れ合ってオープンイノベーションを実現させたいです。

「短期的に儲けること」よりも、「中長期で何を成すか」が大事な世代

――20代前半で宗名をいただけるのは茶道では異例のことだと聞きますし、経営するTeaRoomでは大企業とのコラボも続々と進行中だそうですね。茶道家としても一人のビジネスパーソンとしても若くして評価されている印象ですが、周囲のみなさんは岩本さんの活動をどう見ていますか。

バランス感覚が良いと言ってもらえることは多いですね。それは、文化とビジネスのバランスという意味もあると感じていますし、「何のために何をするか」という手段と目的を指して言われることも良くあります。私、あまり欲がないんですよね。私益よりも公益や国益のことが気になるんです。「この激動の時代に自分は何を遺していけるのか」に興味があって、自分が一番得意なこと・価値を発揮できることで社会に貢献しようと考え続けたら、お茶の活動を発展させるのは自然なことでした。

―― 「利己<利他」という岩本さんの価値観は、どこから来るものだと感じますか。

一つ確実に言えるのは、やはり茶道を学んだからです。私が茶道で一番感銘を受けたのは、ギブ(give)の精神。例えばお茶会を開くとしたら、亭主は何日も前から茶釜の炭やお菓子や抹茶を選び準備をします。お客様に喜んでいただくために、どれだけギブできるか。今、社会は激しいスピードで変化を続けており、ものごとの価値基準は目まぐるしく変わっていますよね。でも、どれだけ社会が変わろうと、目の前にいる相手をもてなす行為や気持ちが間違いだと言われることはないでしょう。茶道が私に教えてくれたのは、普遍的な正しさなんです。

「TeaRoom」岩本涼さん

―― 茶道の経験を差し引いても、岩本さんや同世代のみなさんは自己の利益よりも人や社会に貢献する意識が強い印象があります。

全てのZ世代がそうなのかは私には分かりません。ただ、少なくとも仲の良い同世代の起業家は「短期的な儲けよりも、中長期的に社会で何を実現するか」を必死で考えている人たちばかりですね。

―― なぜみなさんにその価値観が定着しているのでしょうか。

それは明確な答えがあります。今の時代、「若くして儲ける」ことは昔よりも難しくないからです。お金を得ることだけが目的なら、SNSを駆使してインフルエンサーになったり、仮想通貨に投資をしたりと、若くても儲けられる手段がいろいろある。さらに、どうすればSNSのフォロワーが増えるか、動画の再生回数が伸びるかなど、やり方はネットを調べればいくらでも出てくるんです。だからただ儲けるだけならつまらないし、偉業でもない。もっと長期的な目線で世のためになることをしたいと私は思いますし、周囲も同じ気持ちだと感じます。

―― では、最後に岩本さんが長期的に成し遂げたいことを教えてください。

「対立のない優しい世界」にも通じるのですが、私たちのお茶が国と国を結ぶ手段になってほしいと思っています。社会が大きく分断されてしまった今、世界は調和に向けて努力をすべき時です。日本はもともと調和を尊ぶ文化の国。その象徴たるお茶を通して、和の考えを世界のスタンダードにしていくことが、私の目標です。

「TeaRoom」岩本涼さん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

岩本 涼(いわもと・りょう)

1997年生まれ。幼少期より裏千家で茶道経験を積み、21歳で株式会社TeaRoomを創業。静岡県本山地域に日本茶工場を承継し、農地所有適格法人の株式会社THE CRAFT FARMを設立。循環経済を意識した生産や日本茶の製法をもとにした嗜好品の開発及び販売、茶の湯関連の事業プロデュースなど、お茶の需要創造を展開。 裏千家より茶名を拝命し、岩本宗涼として "茶の湯の思想 × 日本茶産業"に対する独自の視点で活動。「UC Davis Global Tea Initiative」最年少登壇、「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2022」など。

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