Wワークでテントサウナを広めたSaunaCamp.と考える仕事と趣味のいいバランス
数年前までは知る人ぞ知る存在だった「テントサウナ」。ブームに火をつけたのは、サウナとキャンプをこよなく愛する保育園の理事長と広告会社のクリエイティブディレクターだった。
ここ数年、サウナが大流行している。それに関連して、多くのファンを生み出しているのがテントサウナだ。アウトドアな環境でプライベートなサウナを楽しめるため、老若男女問わず魅了されているという。このブームの中心にいるのが、大西洋(おおにし・ひろし)さんと兼康希望(かねやす・のぞみ)さんが立ち上げた「SaunaCamp.Inc(株式会社サウナキャンプ)」だ。数年前まではその存在を知る人は少なかったテントサウナ。その新しい価値、新しい文化はどのように広がり、定着してきたのか。2人の働き方や仕事に対する向き合い方なども含めて話を聞いた。
言葉にならないほどの“ととのい”で、人生が変わった
── まずはお二人のテントサウナとの出会いについて教えてください。
大西 そもそもサウナに興味を持ったのは、サウナブームの火付け役でもあるタナカカツキさんの『サ道』というマンガでした。
兼康 当時働いていたビルの隣にスパがあって、行ってみたら驚きました。もう、めちゃめちゃ気持ちよくて。サウナって日常がつらければつらいほど気持ちいいじゃないですか(笑)。必死に仕事をしている職場のそばに、こんな天国があった。それでサウナにハマっていきました。
大西 サウナに通いだしてしばらくすると、だんだんと本場フィンランドのスタイルに興味が出てきたんです。テレビやネットでは、フィンランドの人々がサウナのあとに、水風呂ではなく川や湖に飛び込む、開放的なスタイルが紹介されていました。キャンプ好きだったこともあり、絶対に気持ちがいいことはわかっていたけど、当時はまだ日本でそういった体験ができる場所はほとんどありませんでした。もっと違うサウナを体験したい欲求がどんどん大きくなり、ついには「自分でテントサウナを買っちゃえ」と決意したんです。でも、実際にやってみるのは1人では心細く、同じくサウナにハマっていた友人に声をかけました。
── その友人が、同時期にサウナにハマっていた兼康さんだったと。
兼康 そうです。大西とは大学時代から知り合いで、働きだしてからも共にキャンプにハマるなどよく遊ぶ仲間でした。大西がグランピングテントを買ったときは河原での試し張りに呼ばれたり、逆に僕が植物にハマったときは農家さんのところまで一緒に行ったりと、自分の趣味にお互いを巻き込みがちだったんですよ。
大西 兼康ともうひとり仲間を誘って向かったのは、目の前に富士山と湖が広がるキャンプ場。ロケーションは最高だったのですが、テントサウナを楽しむまでの道のりはなかなか大変でした。まずは説明書がフィンランド語だったので理解できない。テントを自立させるためのロープも弱々しく心もとない。どうにか準備ができた頃には日が暮れかけていました。急いで火を入れて、熱いテントに入り、汗をかいた後で湖に飛び込んだのですが…あまりの気持ちよさに打ちひしがれたというか、言葉にならないほど“ととのった”。あとから思い返してみれば、あれが人生が変わった瞬間でした。
兼康 お互いに目を見合わせて「これだ」って。テントサウナに関する情報発信やイベント企画のためにチームを作ろうという話になり、帰りの車で「SaunaCamp.」という名前を決めました。今使っているロゴも僕が帰宅して勢いのまま作ったものです。3つの屋根はあの日を体験した3人を表現しています。
大西 最初はテントサウナ関連の情報発信からはじめました。というのも、僕らがキャンプにハマった時に情報を得ていたのは、もっぱら個人が運営しているブログでした。新しいギアやオススメのキャンプ場など、熱心に情報発信している人たちがいて、とても有益な情報ばかりでした。次は自分たちも発信する側の役割を担おうと思ったんです。
兼康 SaunaCamp.のInstagramアカウントを作ったのが2017年5月。当時「テントサウナ」と検索しても100件も投稿がなかったと思います。それが今ではもう8万件を超えている。ほとんど誰も存在を知らなかったアクティビティが、この数年で爆発的に広がりました。
サウナ文化の広がりは、画一から多様へ
── リクルートでは大切にする価値観として「新しい価値の創造」を挙げています。 テントサウナという新しい価値の中心にいた2人は、どうしてこれだけテントサウナが広がったと考えますか。
大西 おそらく社会の動きと連動していると思います。ベースにあるのは、サウナブームとキャンプブームです。特に複数の著名人がテレビやYouTubeでサウナやキャンプを自分の趣味として紹介してきたことの影響は大きいですね。しかしサウナに限って言えば、新型コロナウイルスの感染拡大で、サウナ施設の休業や利用停止が相次ぎ、一気にブレーキが掛かりました。サウナ好きにとってのサウナは生活の一部。「サウナに行くな」とは「歯を磨くな」と言われるようなものです。多くの人が戸惑い、考え、テントサウナを求めました。
── 屋外で身近な人しかいない環境で入るサウナなら安心感がありますよね。
大西 加えてサウナが本来持っていた「多様性」に気づいた人が増えたこともあると思うんです。サウナにはロウリュ、アウフグース、ウィスキングなど、さまざまな楽しみ方があり、それぞれに魅力がある。最近は少しずつこうした本場スタイルを楽しめるサウナ施設も増えてきましたが、街の公衆サウナに定着するにはまだまだ時間が必要です。
日本の昔ながらのサウナって、世界的にはちょっと独特なんですよね。日本では高い湿度や気温に合わせてカラカラに乾燥したサウナが好まれ、また昭和という時代背景によっていわゆるサラリーマンを主な顧客として想定された日本独自のスタイルが主流となって広まっていった。ぼくは日本のオールドスクールなサウナも1つのスタイルとして大好きですけど、本場のスタイルがもっとあっていいよなとは感じていました。
── 日本のサウナにもガラパゴス問題があったんですね。
大西 でも今はインターネットを使えば簡単に世界のことを知ることができます。サウナが好きな人たちは「日本のサウナと海外のサウナは全然違うらしい」ということを知った。その多様さを楽しみたいけど、各サウナ施設を変えていくのは個人には難しい。しかしテントサウナがあれば個人でいろんな体験できるんです。そういった背景があって、テントサウナがどんどん広がっていったのだと思います。
兼康 2019年には「森、道、市場」という数万人規模の野外フェスにアーティストのサカナクションさんとコラボレーションしてテントサウナを大規模に展開しました。これも大きな転換点でしたね。
大西 2019年はいろんな人がテントサウナを含めたサウナ全体のリブランディングをやっている時期だったんです。固定化された旧来のイメージから「楽しい」「ウェルビーイング」「チルアウト」といった方向への移行するタイミング。この時期に、感度の高いアーティストとそのファンにテントサウナのことを伝えられたのは、僕たちにとってもテントサウナ市場にとっても、大きなインパクトだったと思います。毎年「今年がテントサウナ元年だ」と思ってきたけど、2019年こそが元年でした。
兼康 SaunaCamp.をはじめて間もない2017年に開催したテントサウナの体験イベントに来てくれた人はせいぜい20人ほど。わずか2年の間に本当に多くの人に知ってもらうことができました。法人化したのも2019年ですね。
── ここまで来ると「好きだからやっている」という一言では片付けられないような大変さが伴ってくるのではないでしょうか。
大西 そうですね。最近は特に、大変さと向き合う機会も増えてきました。特に趣味の領域で一気に愛好家が増えるといろいろ弊害が出てくるんです。テントサウナはテントの中を火で扱うわけですから、一酸化炭素中毒や火事の危険性がある。ルールやマナーを守らなければ、多くの人を事故に巻き込みかねません。こうした問題は、新しい文化が急速に流行るときにはいつだって起きてきたと思うんです。例えば登山とランニングをかけ合わせた「トレイルランニング」が流行った時期は、登山者とのトラブルがありましたし、ロードバイクが流行った時期にも、車のドライバーとのトラブルが発生しました。新しい文化を発信するときは、同時にルールや周囲への配慮も発信しなければ、最終的に抑圧が厳しくなりその文化を楽しめなくなってしまう。ブームが大きくなればなるほど、責任も重くなります。
兼康 ここまでブームになると、お金もうけや業界で成り上がるためにテントサウナを利用しようとする人たちも増えてきてしまうんですよね。テントサウナが盛り上がることは嬉しいんですが、未来をあまり考えていない活動を危惧しています。僕たちの活動目的は、純粋に「テントサウナが最高だからもっと多くの人に知ってほしい」という自分たちの感動に基づいています。だからこそ、文化が潰えぬように啓発活動もしなければならないと考えています。
お金に囚われすぎない働き方だから選べる選択肢がある
── イベント運営や情報発信だけでなく、テントサウナや関連グッズの販売なども展開し、事業は徐々に大きくなっていると思います。SaunaCamp.はこれからも拡大を目指すのでしょうか。
兼康 お金を目標にするつもりはないですが、大きくしたいという思いはあります。誰かがお金を払ってくれるというのは、誰かにとってお金に見合うだけの価値があるということ。それだけ多くの人にテントサウナの価値が伝わっている証拠でもありますから。それを資本に、もっとやりたいことを実現したいですね。
大西 いろいろやりたいこともあるんです。例えば、テントサウナ自体が新しい文化すぎて関連するルールが追いついていないので、業界団体をつくり法律や仕組みを整備する。テントサウナを楽しめるキャンプ場を作ってコミュニティ形成に力を入れる、など。
でも、今のスタイルだと限界もあると思っています。そもそも僕らはSaunaCamp.以外にもそれぞれ仕事を持っている。僕は家業である保育園で理事長ですし、兼康は面白法人カヤックでクリエイティブディレクターとして働いています。このWワークは、正直に本当に大変なんですよ。いわゆる「仕事」が終わったあとに、まったく別の業務が待っているようなものなので。だから一緒に文化をつくっていく仲間が欲しいですね。
兼康 僕は会社に副業申請を出してSaunaCamp.の活動をしています。便宜上「副業」ですが、想いとしては主・副の区別はなく、どちらも同じ重さ。ちゃんとシナジーもあるんです。広告の仕事でSaunaCamp.が活きることもあれば、逆も然りですから。
── お2人にとってSaunaCamp.は「仕事」ですか。
大西 仕事と趣味の間で揺れ動く不思議なバランス感を見極めながらやっています。僕は家業の保育園を継ぐ前に、趣味系の雑誌をつくる出版社にいたんです。そこで働く人たちは、趣味も仕事も一緒になっている人が多かった。ただ、みんな楽しそうではあるけれど、同時に苦しそうでもありました。仕事にする以上、制約もあるし、締切もありますから。僕にとっては、そこまでいくとちょっとやりすぎかなという感覚があります。あくまで純粋な一人の愛好家であり続けたいし、「楽しいからやっている」状態をキープしたいと思ってます。
兼康 僕は逆に趣味を仕事にしても全然苦にならず、むしろ一緒のほうが生活が充実していくと感じています。ただしいわゆる「仕事」とSaunaCamp.が違うのは、売上ではなく、どれだけ多く人にテントサウナの良さを伝えることができるかが、何かを選択するときの判断材料になっていることです。
大西 自分たちがSaunaCamp.だけで生計を立てていたら、選べない選択肢を選べるというのはとても重要だと思っています。テントサウナという文化を守るため・広めるために、ユーザーがより楽しめるために、僕たちがとるべき行動を選べる。もちろん採算にシビアになる局面もありますが、ベースとなる行動理念においては、お金に囚われすぎることがないようにしています。
兼康 誰よりも自分たちがテントサウナが好きなんですよ。文化のためにやることが、回り回って自分たちのためにもなっているんです。
── なんだか羨ましいです。そんなに好きになれるものに出会えるなんて。
大西 圧倒的に好きなことを持つことは、世界との接点を持つことでもあると思っています。テントサウナが好きだからこそ、サカナクションのみなさんと協業できた。最近は、本を読んでいてもニュースを見ていても、テントサウナとの接点を見つけて、一気に身近な話題として捉えることができる。強烈に好きな何かと出会えるだけで、こんなに人生が楽しく変わるなんて、本当に驚いています。
兼康 会社の友人をSaunaCamp.のイベントに誘ったとき「兼康さんってこんなに思いっきり笑うんですね」って言われたんです(笑)。きっと自分が思っている以上に、とても幸せなんだと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 大西洋(おおにし・ひろし)
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サウナ文化研究、記事執筆、イベント企画、広報などを担当。24時間サウナのことばかり考えているサウナマニア。部屋がキャンプギアだらけで居場所がないためサウナによく泊まる。サウナの入りすぎでリフレッシュ過多になっているため、いつも上機嫌。
- 兼康希望(かねやす・のぞみ)
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サウナキャンプの企画、クリエイティブディレクションを担当。釣り、SUP、シュノーケリング、ラフティング、ダイビング、スノボ、登山など、「アウトドアアクティビティ × サウナ」の可能性を模索している。多肉植物マニアで常に100鉢以上を育てている。夢は鎌倉のサウナハウスオーナー。