量ではなく質を求める。The HEADLINE編集長 石田健があえて「ニュースは読むな」と言う理由

量ではなく質を求める。The HEADLINE編集長 石田健があえて「ニュースは読むな」と言う理由
文:葛原 信太郎 写真提供:株式会社リバースタジオ

あまりにも多くの情報を得られる時代に「知る・理解する」と、どう付き合っていけばよいのか。ニュース解説メディア「The HEADLINE」編集長の石田健さんと考える反直感的な思考。

ひとつの事柄にあらゆる意見が可視化され、「正しい情報」をめぐりさまざまな主義や価値観が対立する現代において、どのように「情報」を扱えばよいのだろうか。

今回は、政治や経済、テクノロジー、社会問題などのニュースをわかりやすく解説するメディア「The HEADLINE」編集長で、ニュース解説者としても活躍する石田健(いしだ・けん)さんに話を聞き、前後編に分けてお届けする。後編は「反直感」的に情報を取り扱うために大切なことを石田さんの実践から学ぶ。

ニュースは読むな

── 前編では「反直感的」というキーワードができました。反直感的であることの大切さはわかるのですが、センセーショナルなニュースを見たときは、どうしても直感的に反応をしてしまうこともあります。

前編でも言及しましたが、ニュースをみんなが読むべきだとは考えていないんです。あえて厳しく「ニュースは読まないほうが良い」くらい言ってしまっていいかもしれない。それくらい言わないと「どうやってニュースを追えばいいですか」「効率の良い情報収集方法を教えてください」といったライフハックを求められてしまうので。

それが仕事の役に立つなら良いかもしれませんが、意外に役に立つ場面は少ないと思うんです。例えば政治家や官僚、コンサルタントなどがつくるペーパーはかなり丁寧に情報の構造化されています。これを作るためには、問題の所在を明らかにし、それに対して適切なリサーチをかけ、専門家までといわずとも、そこに近しいところまで知識を持っていく必要がある。仕事って基本的にはこういった作業が多いのではないでしょうか。

このときに必要なのは、トレンドを大まかに掴む能力ではありません。若い頃は世の中全体の流れをキャッチアップすることが求められることもあると思いますが、立場の変化がすればもっと「仕事」が求められていくのではないかと。

正しさは乱立していない

── ニュースを構造的に理解することなく直感的な反応がSNSで広まっていく事象は、あらゆる場面で起きています。さらに難しいなと思うのは、それぞれの正しさが対立していることです。何が「正しい」情報なのか、誰が言っていることを「信頼」していいのか、わかりづらくなってきています。

ポイントは、人ではなくて制度を信頼することだと思います。例えば、研究の世界には強固な制度があります。論文を書いて、その論文が妥当だと然るべき機関に認められれば、学術誌に載る。載るレベルに達していない論文が日の目を見ることはないとは言いませんが、本やネットの記事よりは相対的にマシであることは間違いないでしょう。こうした制度は、さまざまな領域にあります。

ここ数年、世界的なパンデミックで、WHOがさまざまな情報を出しています。批判されることもありますが、WHOにはその専門性が十分に認められた研究者が集まり、その合意に基づき、メッセージが決められている。制度としてさまざまな制約をパスした情報が公表されているわけです。同じように、メディアという軸で言うとTVなどの公共の電波に載せた放送であれば、いわゆる報道機関の中でもより強固な制度が法律で定められています。情報の中立性や不偏不党みたいなものが法律という制度によって定められているから、なるべくニュートラルなものを出す必要に迫られています。ネットではマスメディア不信が強いですが、こちらも相対的には有象無象の情報が飛び交うネット空間よりは、相対的に ”ふるいにかけられた” 情報が提供されていると言えるでしょう。

── 一見、横並びで重要そうに見えている意見や情報も、その背景にある制度をふまえれば自動的に選別されていく、と。

近年「いろんな正義がある」「いろんな正しさがある」ともよく言われますが、実際にはそれほどないのでは、と思っています。いろんな意見を丁寧に見てみると、実は同じ土俵にあがっていない意見もある。

まず前提として確認しなくはいけないのは、そもそも事実に基づかない「誤った」意見でないかどうか。その次に「価値観」の違いを正しさの対立と捉えていていないか。例えば「僕はオレンジジュースのほうが好き」「私はりんごジュースのほうが好き」という話であれば、個人の趣味嗜好の話ですから、どちらに正しさがあるわけではありません。

その上で、社会全体としてどうあるのが望ましいのか、という判断もあります。例えば、新型コロナのワクチン接種は、多くの人が摂取したほうがパンデミックの収束が早まる可能性があるとわかっているから、WHOなどがメッセージを出している。もちろん、一人ひとりの体質や条件を切り分けて考えなければならないのは言うまでもありませんが、それでも全体を考えたときに望ましい行動はあると考えられているわけです。

こうして切り分けて考えないと、いろんな正しさがあるように見えてしまいます。

── ですが、その切り分けこそ難しそうな印象があります。意見を切り分けて考えるために、私たちはどうすればよいのでしょうか。

そここそがメディアが果たせる役割がやるべき点だと思っています。社会にはさまざまな意見があって、それを個人がリサーチして判断していくのは難しい。それを肩代わりし、適切に整理することにこそメディアや報道機関の価値があるのではないでしょうか。

反直感的思考と直感的思考のバランスをとるには

── ここまで「反直感的」な思考の大切さについてお話しいただきましたが、実際、直感や心に従うことが大切になる場面もあるかと思います。反直感的な思考と直感的な思考を両立していくためには、どんなことに気をつけるべきだと思われますか。

なるべく質の良い情報を得るということでしょうか。前述した「効率よく」「手っ取り早く」という話は、量を重視している考え方だと思うんです。 量が多いものをなるべくさばきたいから、効率性が大事になる。だけど、質の悪いものを効率的にさばいても、あまり意味がないんじゃないかと。それどころか、情報がありすぎて袋小路に陥ってしまう。

量ではなく質を重視したらいいと思うんです。質の良い情報とは、例えば先ほどもあげたように制度として質が担保されている情報です。例えば研究者と呼ばれる人たちは、論文などを発表し、専門分野については人よりも詳しい人だと制度からお墨付きを得ている。その人たちが書いた書籍なら専門書でなくとも、新書でもいい。分量はそれほど多くないので、効率の観点でも悪くないはずです。

もうひとつ情報の質という意味で大事なのは「検証可能性」です。何かの記述が出てきたときに「それって本当かな?」と確かめられること。だからこそデータの参照先や情報の引用元を明確にするのも大事です。大学のレポートで引用元を書かないと教授から怒られますよね。メディアの世界でも、ビシネスパーソンが資料を作成する上でも大事な点だと思います。

質の高い「読むに値するもの」を見極めて、選択していく。そうした先に初めて「自分らしい意思決定は何だろう」「自分らしい選択って何だろう」というところにたどり着けるんじゃないかなという気がしています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

石田健(いしだ・けん)
ニュース解説者/The HEADLINE 編集長

1989年東京都生まれ。2015年、起業した会社を東証一部上場企業に売却後、2020年に本誌立ち上げ。早稲田大学政治学研究科 修士課程修了(政治学)。日テレ系『スッキリ』月曜日コメンテーターの他、Abema TV『ABEMAヒルズ』、現代ビジネス、TBS系『サンデー・ジャポン』などでもニュース解説をおこなう。関心領域は、メディアや政治思想、近代東アジア、テクノロジー時代の倫理と政治など。わかりやすいニュース解説者として好評。

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