自分の意思で人生を切り拓く力を──起業家 山川咲と考える、アントレプレナーシップ
「CRAZY WEDDING」の創業者であり、2023年開校の「神山まるごと高専」創業メンバー。山川咲さんと、現代を生きるすべての人に身に着けてほしい力、「アントレプレナーシップ」を語る
様々な課題が山積みの現代日本では、混迷から抜け出すようなイノベーションの必要性が叫ばれて久しい。その中で、注目を集めているアプローチのひとつが「アントレプレナーシップ教育」だ。政府は、日本でスタートアップ企業を増やす一手という意図も含め、小中高校でのアントレプレナーシップ教育の導入を検討。リクルートでも、2021年から高校生向けのアントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』に取り組んでいる。
そして、2023年にはアントレプレナーシップを教育の柱の一つとする高等専門学校が開校する。それが「神山まるごと高専」だ。今回は同校のクリエイティブディレクターである山川咲さんにインタビューを実施。山川さんは、完全オーダーメイドのウェディングブランド「CRAZY WEDDING」の創業者であり、2020年に独立し、翌年より神山まるごと高専の創設に携わっている。会社と学校、二つの立ち上げを経験している山川さんは、アントレプレナーシップをどう捉えているのだろうか。
「モノをつくる力で、コトを起こす人」を育む高等専門学校
── まずは山川さんが現在クリエイティブディレクターを務める「神山まるごと高専」についてご紹介をお願いします。
神山まるごと高専は、2023年4月に開校する私立の高等専門学校です。学校が位置する徳島県神山町は、自然豊かな町の中に企業のサテライトオフィスが集積する「奇跡の田舎」と称されている地域。この町で15歳から20歳までの5年間を過ごし、テクノロジー×デザイン×起業家精神を一度に学ぶのが、神山まるごと高専が目指す新しい学びのあり方です。
育てる学生像は、「モノをつくる力で、コトを起こす人」。自ら課題を発見しモノを作る力で解決していくプロセスを通して、社会に変化を生み出すことができる人材を育てていきたいです。卒業後の進路は高専の一般的な進路である「就職」「(大学への)編入」に加えて、「起業」も選択肢の一つにできるようにサポートします。
── ウェディング業界で活躍されていた山川さんが、教育の世界に飛び込まれたのはなぜですか。
創業メンバーの一人である寺田親弘さん(働き方を変えるDXサービスを提供するSansanの創業者)に参加しないかと口説かれたのがきっかけです。ただ、最初はお断りしようと思っていたんですよ。教育に携わりたい想いはゼロではなかったけれど、私の人生計画ではあと10年は先の話でした。でも、高専という仕組みの中で学生が主体的に学びを広げていく教育構想や、神山町という恵まれた環境について話を聞くうちに、「こんな最高の条件が揃うタイミングが再び来ることはないな」、と。自分の人生の予定からは外れるけど、今飛び込むしかないと思いましたね。
それに、創業メンバーの教育に対する想いが、私が「CRAZY WEDDING」を立ち上げたときの想いに非常に近かったんです。サービスを通して本質的に提供したかったことは、「自分の意思で自由に決められる」という価値。神山まるごと高専が学生に提供したい学びも同じです。学生一人ひとりの様々な可能性を伸ばし、意思を持って自分の人生を切り拓ける人を増やしていくこと。全員が起業家になる必要はないけれど、自分で考え、信じた道を進み、良い結果も悪い結果も受け止めて生きるダイナミズムを味わえる人を増やしていきたいという想いに共感しました。
業界の常識や世間の評価を鵜呑みにせず、信じることをやりぬく力
── 神山まるごと高専は山川さんや寺田さんなど、社会に一石を投じてきた起業家たちが手掛けていることでも注目されています。山川さんは、会社創りと学校創りにどんな共通点・相違点を感じますか。
会社創りと学校創りは似て非なるもの。今回の学校創りを会社に例えるなら、創業と上場を同じタイミングでやらなきゃいけないくらい、桁違いのハードさがありますね。極端な話、スタートアップ企業は「とりあえずやってみよう」でも成立します。どこで何をやろうがその会社の責任だし、多少粗削りでもサービスをローンチして社会に投じて意見を聞きながら磨き上げていくことが可能。それが起業で味わえる醍醐味の一つだとも思います。
でも、学校は第一に学生の人生に対する責任があるし、地域や行政からの承認や賛同がなければ本当に提供したい学びは実現できません。それだけ関わる人が多いため中途半端な状態では物事は進まない。失敗できないからこそ、30年以上国内外から様々な人たちを受け入れてきた神山町のみなさんですら、教育の素人である私たちが学校をつくることには賛否両論がありました。ただ、それでも私たちは自分たちが信じる道を突き進んだ。業界の当たり前や慣習に従うのではなく、私たちが心から欲しいと思う学びを社会に提示し、オセロがひっくり返るように社会が変わるきっかけをつくりたい。そうした想いの強さは、会社を立ち上げたときと同じかもしれません。
── 起業家のみなさんは、失敗を恐れないチャレンジ精神が鍛えられている人が多いと感じます。山川さんの場合はどうですか。
実は私、割と慎重派なんです。重要なプレゼンテーションやイベント登壇があるときは、事前に声に出して練習しているくらい。石橋を叩いて渡るタイプです。私がそうなんですから、失敗が怖い人は起業家に向いてないとか、アントレプレナーシップがないとは必ずしも言えないと思います。
── では、山川さんが新しい挑戦をするかどうかの判断をするポイントは、どこにありますか。
自分が何かにためらっているときは、「やりたくない理由」に注目するようにしています。そのチャレンジにあまり意義を感じられなくて迷っているなら、やらない方が良い。反対に、興味はあるのに「(失敗が)怖くてやりたくない」のなら、むしろやるべき。やりたいけど、いろんな不安で迷っているときは、それが怖くてもやりたいことなのだ、という自分のサインに、キャリアを重ねるうちに気づきました。
もちろん、失敗は怖いんですよ。私は世の中から「ウェディングで結果を出した人」として認知されている以上、正直に言えば、世間の目を気にして次のチャレンジを失敗したくない気持ちも心の片隅にはあります。でも、自分の人生は自分だけのものじゃないですか。世の中的に評価されることよりも、自分が後悔しない生き方をすることの方が、よっぽどよいと思うんです。
アントレプレナーシップは、誰かに言われて学ぶのでは意味がない
── リクルートでは、高校生向けのアントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』に取り組んでいます。神山まるごと高専でも起業家精神=アントレプレナーシップが教育の柱の一つとなっていますが、今の10代はどんな学びに取り組むと良いと思いますか。
小さなことでも構わないので、自分がやりたいと思ったことを実際の行動に移してみること。そうやって自ら考えて行動する力の基礎を築いてほしいです。私自身の10代を振り返ってみると、例えば文化祭の実行委員に手を挙げて経験したことは、今ビジネスでやっていることとそう変わらないんです。企画を立てて、仲間を募って、関係者の承認を得て…。そんな風に自分で考えて・決断して・行動することをたくさん経験してください。その際、自己満足で終わらせず人からフィードバックをもらうことも大切。ダイレクトにリアクションが返ってくるイベントごとの企画をやってみるのがおすすめです。
また、主体的に何かを成し遂げようとするときって、知識や論理も大切なんですけど、それ以上に「人との出会い」や「誰かとの約束」のようなエモーショナルな部分が原動力になっています。それは教室で授業を聞いているだけでは身につかない。だから、意識的に自分の世界を広げて、いろんな人と出会うことも大切だと思います。
── 山川さん自身が学生時代に学びたかった(経験しておきたかった)ことはありますか。
特定の学びというより、味方がもっといてくれたら良かったとは思います。私、幼少期から基本的に“異端”な道を歩んでいるんです。物心つく前から父が突然会社を辞めて日本全国をワゴンカーで旅するような暮らしをしていましたし、基本的に自給自足の生活。そのため、学校という狭い世界に行くと、周囲の友達との違いが際立っていたんですよね。今でこそ、それも自分のアイデンティティを形成してくれたものだと認められますが、20代後半くらいまではずっと“人と違う自分”を恥じていました。もし子どものころ、身近な大人が私の個性を認めて応援してくれていたら、こんなに悩む必要はなかったのかもしれません。
母親となった今、娘を見ていても思うんです。子どもは何にも邪魔されなければ自分のやりたいことを突き詰めてすくすくと伸びていく。でも、周囲から “普通”を押し付けられることで、可能性に蓋をされてしまうんじゃないかって。違いを恥じるのではなく誇りに思えるようなカルチャーが、学びの場には必要だと思っています。
── 子どもたちだけでなく、ビジネスパーソンがこれからアントレプレナーシップを養うにはどうしたら良いでしょうか。
知識としてただ学んでも意味がないと思うんです。それよりも、「自分がどのような人生を生きたいか」という目的を明確にすることからはじめてほしいですね。その目的を実現するための手段が、アントレプレナーシップなのですから。
アントレプレナーシップって、人から言われて学ぶとか、“そういう時代”だから学ぶといった受け身で身につくものではないと思います。私を含めていま世に出ている起業家は、先に「どうしても実現したいこと」があって、その衝動に突き動かされているうちに、後追いで必要なスキルを会得していった人が少なくありません。だからこそ、まずは会社とか世間とかは気にせず無責任に自分の実現したい人生を考えてみてください。それが決まれば、自分自身のために主体的に仕事やキャリアに向き合えるはず。それがアントレプレナーシップの第一歩だと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 山川 咲(やまかわ・さき)
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1983年東京生まれ。大学卒業後、ベンチャーのコンサルティング会社へ入社。退職後に単身オーストラリアへ。「意志をもって生きる人を増やしたい」と考え、2012年にウェディングブランド「CRAZY WEDDING」 を立ち上げた。2016年5月には毎日放送「情熱大陸」に出演。その後、産休・育休を経てIWAI OMOTESANDOの立ち上げに携わる。2020年3月27日にCRAZYを退任し独立。2020年12月にホテル&レジデンスブランド「SANU」の非常勤取締役及びCreative Boardに就任。著書に「幸せをつくるシゴト」(講談社)