NEWSKOOL鎌田頼人さんと考える、次なる観光の可能性「ナイトタイムエコノミー」

NEWSKOOL鎌田頼人さんと考える、次なる観光の可能性「ナイトタイムエコノミー」
文:葛原信太郎 写真:須古恵(写真は左からNEWSKOOL鎌田頼人さん、リクルート松本百加里)

国内外で人の往来が再び増え始めてきた昨今。元に戻るのではなく、新たに考え直す「ナイトタイム」の価値と可能性

観光産業において、この数年「ナイトタイムエコノミー」がキーワードになっている。レストランのディナータイム、バーなどの飲食やコンサートホールやクラブなど音楽、夜景やライトアップなど、昼間とは異なる夜の経済圏のことを指すものだ。観光はもちろん、街づくりや文化芸術など、多様な価値が注目されているという。

少しずつ街に人が戻る中、この「ナイトタイムエコノミー」は今後どのような可能性を提示してくれるのだろうか。その問いを投げかけるべく話を聞いたのは、ナイトタイムの事業コンサルティングや設計、開発を「ナイトデザイン」と表現し、さまざまな企画を手掛ける合同会社NEWSKOOLの鎌田頼人(かまだ・よしひと)さんだ。ナイトタイムの重要性など提言してきたじゃらんリサーチセンターの松本百加里(まつもと・ゆかり)との対談で、その現在地と展望を聞いた。

誰もが楽しめる夜をつくるために

鎌田 まずは僕たちの事業について紹介させてください。NEWSKOOLは「誰もが楽しめる夜をつくる。」 というミッションにむけて事業を展開しています。ナイトタイムエコノミーに関わるのは観光や文化などにかかる事業者が多いと思うのですが、僕らは産業振興もまちづくりも文化も手掛けます。ナイトタイムをテーマに、さまざまな領域の課題解決や事業開発に取り組んでいるんです。

松本 おもしろい着眼点ですよね。どういったきっかけでスタートしたんですか。

鎌田 NEWSKOOLの原点は街の空間活用です。僕は大学の頃から「煩悩 #BornNow」というDJイベントをお寺で開催してきました。多くの神社仏閣は、夜の時間帯には活用されていません。ですが歴史を振り返ってみると、神社仏閣は古来からコミュニティの中心のような役割を果たしてきた。夜だって人をつなげる役割を持っていてもいいと考え、企画をしました。他にも、公園や商業施設なども夜の活用はあまり進んでいません。そういった場所に焦点を当てて、事業開発や提案などを行い続けてきています。

夜間遊休資産である「寺」に今までにない世界観を出現させ、新たな感覚を楽しんでもらう「煩悩 #BornNow」
夜間遊休資産である「寺」に今までにない世界観を出現させ、新たな感覚を楽しんでもらう「煩悩 #BornNow」

松本 ナイトタイムにイベントを開催する美術館や博物館、動物園などもありますね。昼間に見える景色とはまったく違うだけでも新鮮だし、人数を絞ったラグジュアリーな体験を提供したり、特別チケットとして販売したり、さまざまな可能性があると思います。

鎌田 夜の楽しみ方は、もっと広げていけると思うんです。例えば、これまでの価値観で言えば、夜とお酒は切っても切れないものでした。でも、最近の若者はお酒を飲まない人も少なくない。それでも、夜の街歩きが楽しくなるように、ノンアルコール中心の飲食を考えてみるのも必要でしょう。

ただ、ここで大事なのは、若者に訴求したいからノンアルコールを提供すればいいというわけではないこと。人が「飲み会」的な場に求めているものは、純粋にお酒と言うよりもコミュニケーションだったりします。こうした本質的な部分を見極めていくことは、ナイトタイムエコノミーを考える上でとても重要です。

松本 世代間で夜の時間帯の過ごし方が違うのはもちろん、コロナ禍を経て、夜の過ごし方が変化した人も多いでしょうね。

鎌田 まさに。僕自身もそうです。昔は週に5〜6回はクラブに遊びに行っていたのですが、最近は2週に1回ほどになりました(笑)。僕の周りをみても、結婚や出産で夜の過ごし方が変化していく人も多いですね。年齢や社会情勢、国や地域などによって、夜の価値や楽しみ方は変わっていきます。そういったことを丁寧にまとめるリサーチ事業も僕らNEWSKOOLが得意とするところです。

ナイトタイムエコノミーについて語るNEWSKOOL鎌田頼人さん

今の観光のキーワードは「泊食分離」

鎌田 松本さんが属するじゃらんリサーチセンターはどんなことをされているんですか。

松本 じゃらんリサーチセンターは旅行に関する調査・研究と地域誘客支援をするリクルートの組織です。シンクタンクからアクトタンクへという姿勢のもと調査分析だけでなく、さまざまな地域で実証実験を実施しています。『じゃらん』には膨大なマーケットデータがあり、研究・調査ノウハウも蓄積していますが、それだけでは不十分。課題を見つけ、資源を再発見し、ワークショップなどを通じて仮説を立て、実際にやってみる。またやって終わりではなく、フィードバックから改善する。といったサイクルを事業者のみなさんと一緒にやっています。その中でも特に私は「インバウンド」をテーマにしています。海外からの旅行者が、どうしたら日本を楽しめるか、どうしたら海外旅行者の消費が適切に地域に還元されるかなどを考えてきました。

鎌田 ナイトタイムに関してはどんなことを手掛けているんですか。

松本 コロナ禍もあり最近の事例はそれほど多くないのですが、例えば、秋田県仙北市の田沢湖の観光企画に関わりました。観光事業者さんたちと一緒にアイデアを出し合いましたが、最終的に実施したアクティビティのひとつに「水上テント」があります。湖の上に浮かべた大きなボートの上にテントを張ってゆったりとした時間を過ごせる。とくにサンセットタイムは、夕日が沈む時間帯が幻想的で、本当に美しいんです。プロジェクトの途中で新型コロナウイルスが世界的に蔓延し、さまざまな困難がありましたが、田沢湖の事業者のみなさんの挑戦的な姿勢のおかげで、なんとか実現できました。

秋田県仙北市の田沢湖での新しいアクティビティとして定着した「水上テント」
秋田県仙北市の田沢湖での新しいアクティビティとして定着した「水上テント」。湖の上に浮かべた大きなボートにテントを張ってゆったりとした時間を過ごすことができる。

鎌田 松本さんの調査研究の中で、ナイトタイムエコノミーにおける注目すべき傾向があれば教えてほしいです。

松本 コロナ禍以前より顕著な傾向として現れていたのは「泊食分離」です。旅行の個人化が進み、旅行先での過ごし方のニーズは多様化しています。特に宿泊場所には宿泊の機能のみを期待し、食事やアクティビティは、その土地ならでの体験、つまり「オーセンティシティ(authenticity / 本物らしさ)」な体験をしたいという人が増えてきました。

これは日本人の国内旅行ではもちろん、インバウンドでも同じ傾向でした。海外からの旅行者も、宿泊場所での食事を楽しむだけでなく街の飲食店を渡り歩きたいというニーズが高まっています。さらに自分たちだけでは行けないようなローカルなお店に地元の人に連れていってもらいたいという人も少なくない。しかしそもそも日本では、団体旅行で大型旅館に泊まり、旅館の中で食事やお酒、温泉を楽しむというスタイルが定番でした。こうした旅行の形を受け入れてきた場所では、夜のアクティビティがなかったり、ローカルなお店の閉店時間が早かったりして、今のニーズに対応できていないんです。

ナイトタイムエコノミーについて語るリクルート 松本百加里

鎌田 僕もバックパッカーだったので経験があるのですが、ローカルの人と1人でも繋がれたら、その旅行はとても濃密なものになりますよね。いわゆる観光地を自分たちだけで回っても、表層部分しか体験できない。現地の人にアテンドしてもらうだけで、何倍にも増幅された体験ができる。インバウンドの視点で言えば言語の壁がありますが、意外と英語を話せる人は日本全国にいるし、そもそも言語の壁も夜の時間なら突破できる可能性がある。大阪の飲み屋に行ったときで、ずっと関西弁で話しているおじいさんと、ずっと英語で話している海外からの旅行者が、最終的にものすごく仲良くなっていく光景をみたことがあるんです(笑)。夜の観光資源というとライトアップや光を使ったショーなどもありますが、こうした旅先での体験にこそオーセンティシティが宿るのだと思います。

アイデアから実装へ。現実的に考える

松本 地域の事業者や行政のみなさんもオーセンティシティが求められていることをよくご存知だし、ワークショップをやるとアイデアがたくさん出てくるんです。しかし、それを実行するには大きなハードルがあることが多い。というのも、採算性のイメージを持てないんです。

体験型のコンテンツには、その体験をガイドするコミュニケーターなどが必要な場合が多く、人件費がかかります。どのくらいの利益があがるか見えない中で、実行まで踏み切れず、アイデアから先に進みづらい。特に昨今は、コロナ禍の影響で人手不足に困っているところも多く躊躇してしまいがちです。

鎌田 人手不足は深刻ですよね。いま、僕らが新しく始めようとしているサービスに、ビールの量り売りのシステムがあります。そこでは、通常はカウンターの中にあるビールサーバーをフロアに持っていって、お客さんがビールを注ぐようにしました。これがあれば、お店側はオペレーションコストを下げ、お客さんとのコミュニケーションに注力できます。また、決済をデジタルにすることで、これまで取れなかったデータが取れたり、接点がつくれたりする。人手不足をきっかけに、あらたな仕組みを作れないかと試行錯誤中です。

松本 それはとてもおもしろいですね。お客さんも楽しんで手を貸してくれそう。私達も旅行者のターゲットイメージを明確にして響く体験の提供や、口コミを蓄積して訪問を誘導する仕組みをサポートするなど、実際に予約の獲得や売上に貢献することがとても大事だと考えています。事業者さんが自力でステップ設計を描ければいいのですが、新しいことをはじめようと思うとそう簡単にもいかない。私たちのような企業や行政などアドバイザー的な立場にいる人が率先してリードしていかなくてはなりません。

鎌田 おっしゃる通りですね。僕らの場合、どうしても動き出せないときは「1回目は僕らが事業オーナーとなり、金銭的なリスクを取ります」と手を上げることもあります。瀬戸内海の江田島で2022年の5月に開催したリトリート旅では、特別なディナーと音楽、お寺での星空バー、フロントオーシャンビューのホテルへの宿泊、朝食のあとは瀬戸内海を舞台にした落語などを盛り込んだ10組限定の企画をお手伝いしました。現地の観光協会さんが主催ですが、主管事業者として事業にかかる費用はぼくらがリスクを取ったんです。

松本 スタートアップならでは、ですね。素晴らしいと思います。

経済以外の夜の価値に目を向ける

鎌田 2022年の秋以降、海外からの観光客も増え、観光業界では徐々に明るい兆しが見えてきました。改めて、ナイトタイムの価値について、どのようなお考えですか。

松本 今後の観光を考えるときにはナイトタイムは非常に重要になります。過去に「観光客が宿泊を決める要因」について調査したことがあるんです。もちろん、その宿泊施設の情報は大事なんですが、それに加えて、夜景、レストランやバー、夜も活気あるストリート、たき火、心や身体を癒すものなど、多様な夜の過ごし方があること・それがSNSに投稿されていることも重要な指標でした。とはいえ、コロナ禍によって可能性が一時的にもしぼんでしまったことは否定できない。これまでとは違う形で復活していくのではないでしょうか。

鎌田 ヨーロッパには「ナイト・メイヤー(夜の市長)」と呼ばれている人たちがいます。昼の市長とは別に、夜の行政を専門に担当する責任者のことです。アムステルダムの元ナイト・メイヤーであるミリク・ミランさんは「夜の価値」を3つに定義しています。夜間の経済活動である「ナイトタイムエコノミー」。 新しい実験的な文化が生まれる機会である「ナイトカルチャー」。さらに昼の肩書を忘れて交流を深める夜独特のコミュニティを「ナイトソーシャライジング」と名付けました。経済的な側面がフォーカスされがちですが、別の側面も意識していきたいですね。

松本 海外の観光トレンドで言えば「サステナビリティ」の視点も欠かせません。その観光が自然や文化の保全につながっているか。過剰な廃棄物やCO2を生み出していないかなどです。日本の観光においてはまだこれからといった状況かもしれませんが、ヨーロッパではサステナビリティという言葉を出すのがかっこ悪いほど、当たり前になっています。ナイトタイムもそういった視点でアップデートできるかもしれません。

鎌田 さきほどおっしゃっていたとおりSNSの投稿が大事であると思う一方で、SNSですべてがわかってしまうような観光には飽きてしまった自分もいます。どうしても、SNSを超えるクリエイションを求めてしまう。

夜のコンテンツはもっとカオスでいいと思うんです。夜の価値である3つを念頭におけばいろんな可能性が広がります。この3年ほど、観光業もナイトタイムもかなりの痛手を負ってきました。2023年こそ、新しい価値を生み出すべく、僕たちも加速していきたいと思っています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

鎌田頼人(かまだ・よしひと)

合同会社NEWSKOOL 代表取締役CEO。北海道出身。幼い頃から海外を旅することが多かった中で、日本の夜の楽しみ方の選択肢が少ないことに不満をもっていました。東京大学時代に建築や都市工学に触れる過程でナイトタイムという時間から人の暮らしを豊かにしていくことに興味を持ち、2018年に合同会社NEWSKOOLを創業。夜という創造性が生まれやすい時間を切り口に、次の10年をつくる持続可能な仕組みを設計するプロジェクトデザインをおこなっている。

松本百加里(まつもと・ゆかり)

じゃらんリサーチセンター研究員。2011年から旅行領域の自治体におけるプロモーション設計、イベント企画、クリエイティブ制作などディレクターとして活動。その後、宿泊事業社向け業務支援サービスの調査、着地型旅行体験や飲食店のインバウンド領域における商品開発を経て、2018年4月より現職。主にインバウンドに対する研究を担当。「海外旅行ニーズ調査」「インバウンド旅行者の需要創造メカニズム研究」「インバウンド回復期に向けたデジタルマーケティング研究」など。上級ウェブ解析士。各地域での講演や書籍の執筆活動も行う。また2022年7月より観光庁専門家派遣事業に専門家として登録。

関連リンク

最新記事

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする

(c) Recruit Co., Ltd.