多様な出会いが人を育てる。10代向けの学び舎「GAKU」が仕掛ける、新しい学びの形
中高生向けのクリエイティブスクール「GAKU」。10代に新たな学びの機会を提供するGAKUの活動を通して、若者たちの可能性を広げる学びのあり方を考える
長きにわたってクリエイティブの発信地としての役割を果たしてきた街、渋谷。そんな渋谷の象徴ともいえる場所の一つ、渋谷PARCOで2020年に開校した新たな学び舎がある。その名は「GAKU」。中高生が放課後や休日に参加できるクリエイティブスクールとして運営しているGAKUは、アート、映像、音楽、建築、料理など、各界の第一線で活躍する専門家が講師を務めるのが特徴。10代の若者たちに、本格的なクリエイティブ教育を提供している。
今、社会では多様な学びの機会が求められているが、GAKUはどのような想いで誕生したのだろうか。また、GAKUでの学びを通して若者たちは何を得ているのだろうか。事務局長の熊井晃史さんと、スタッフの佐藤 海さんに話を聞いた。
一方通行の教育ではなく、共に成長する場
── まずはGAKUが誕生した背景について教えてください。
熊井 いくつかの想いが重なってGAKUは始動しています。渋谷PARCOという立地という視点から言うと、当時は2019年のリニューアルを機に商業施設としての新たな形を目指していたと思うんです。昔から担ってきた「流行の発信地として若い才能を発掘する」という役割を、時代に合わせてどう継承していくか。そうした問いに対する一つのアプローチが「若者向けの学びの場」だったと感じています。
── 熊井さんはどのような経緯でGAKUの事務局長を務めているのですか。
熊井 僕自身はもともとNPO法人で子供たち向けのワークショップのプロデュースといった活動を行ってきました。15年くらいそういった活動に携わり、2017年に独立。個人として地元である東京の多摩地区でじっくり活動していこうかなと思っていたところに、GAKUのファウンダーである武田悠太から打診されました。ただ、実は最初は断っていたんですね。
若者向けの取り組みの必要性は感じてはいたものの、ビジネスという視点で考えると茨の道。高額なスクールにしてしまうと一部の人しか来られない。一方で、大人数を一挙に受け入れようとすると一人ひとりと向き合えない。経営を安定させていくための筋道を見つける難しさを感じていたからです。
それに、渋谷の街でやるということの意味や意義も捉え直す必要がありました。僕自身90年代から2000年代初頭に青春時代を過ごしたのですが、渋谷公園通りにかつてあった「Kurara Audio Arts」という膨大なレコードや書籍に囲まれたミュージアムのようなショップに緊張しながら通ったり、路上でラッパーが集まってサイファーをしている様子に心が動かされていたり、街から何かが生まれているという熱気のようなものを感じていました。しかし、現在その熱気のようなものは、都心部よりも地方の方に感じてしまう自分の気持ちがありました。
ただ、武田と議論を重ねていたら、まず武田という人間が面白くなっちゃったんですね。最近ですと、「EASTEAST_」という日本のアーティストやギャラリーが集まりフラットに交差するアートフェアを立ち上げていましたが、彼は本当に真剣に文化のことを考えている。それが成り立つための基盤のようなものを構築しようとしているんです。
既に出来上がった果実をどうするか?みたいな議論が多い中で、その果実が生まれるための土壌を耕したり、水をあげたりってやっぱり誰かがやらないといけないはずなんですよね。縁の下の力持ち的にわりと地道で地味なんですが、そこのリスクをしっかりと背負おうとしている姿になんだかこちらも感化されてしまったというか。独立前に働きすぎていて疲れ切っていたんですけども、ついついまた腰をあげてしまったというか。ただ、やるにあたってこだわりたかったのが、当事者に近い若い方に仲間に入ってもらうことでした。
── そこで、佐藤さんのような若手の事務局メンバーを招集されたんですね。
佐藤 声をかけてもらった当時、私は18歳。美術系の高校を卒業してギャラリーで働いていました。自分が教育に携わるなんて考えてもいなかったのですが、私自身もまだまだクリエイティブの勉強をしたい気持ちはあったし、働きながら生徒たちと一緒に学べたら良いなという感覚で別の仕事と並行する形で参加しました。スタッフは全員、私のように別の活動をしながらGAKUに参加しているんです。
── GAKUの学びは、どんな特徴がありますか。
熊井 音楽、建築、料理、ファッション、デザイン、アートなど。GAKUのクラスは様々な領域の第一線で活動をしているクリエイターの方々が担ってくださっています。そして、そこでの授業は、それぞれのクリエイターの方々のカラーが色濃く反映されていますし、それが大切であるとも考えています。とはいえ共通しているのが、最終的には何かしらのクリエーション(創作活動)に向かっていくということです。そして、であるからこそ講師となるクリエイターの方々は、「何かを教え込みたい」というスタンスだけで授業に臨んでいる方はおらず、「良いものを共に創っていきたい」「10代の生徒の新しい発想に触れてみたい」という気持ちであることが特徴だと思います。そして、それが結果的に「教える」ということにも、「学び」ということにもなっているというものだと考えています。
講師のクリエイターの方々は、それぞれの領域における課題や可能性に対して、その一線で活動をしているからこそ、強く自覚的であるように思います。その意味で言ってもGAKUでの学びというのは、なにも生徒に限った話ではなくて、事務局の私たちも、クリエイターの方々にとっても、それぞれの学びが生まれているということなのだと思います。
佐藤は「教育に携わるなんて考えてもいなかった」と言いますが、そういう「教え込むつもりはなかったけど、教えちゃっていた、学んじゃっていた」くらいのスタンスに可能性を感じたりもしています。
日常とは異なる出会い、偶然の出会いを誘発したい
── 中高生が著名なクリエイターたちから話を聞くだけでなく、一緒に創作活動を行うのは、なかなかない機会ですよね。
熊井 そうですね。講師陣の懐の広さがあってのものかもしれません。生徒たちの質問や相談に、親身になってくれる人たちばかりで。授業後に生徒と話しているうちに1時間以上経ってしまう、なんてこともあります。授業中の時間はもちろんそうですが、授業外でのそういった会話も、それがたとえ雑談めいたものであっても、とても貴重なものですよね。そして、それは狙ってつくろうと思ってもなかなか生み出せない機会であったりもします。
基本的には、人間って人と人の関係のなかで育まれていくものだと思うんです。なので、そういった会話をこそ育んでいきながら、生徒と講師、生徒と事務局スタッフ、生徒と生徒……と、ここでいろんな人と出会って関係を育んでほしいんです。
── リクルートには、「まだ、ここにない、出会い。」というブランドメッセージがあるのですが、GAKUはまさに若者たちがまだ経験していないような多様な出会いを提供している場なのですね。その意味では、熊井さんが懸念していた渋谷という場所の価値も案外大きいのではないですか。
熊井 渋谷というのもありますが、PARCOというのも大きいです。例えばGAKUの隣にはライブストリーミングスタジオの『DOMMUNE』が入っているんです。主宰の宇川直宏さんがお隣同士のゆるやかな繋がりの中で、若者たちにライブを見学させてくれたこともありましたし、GAKUの「東京芸術中学」というクラスでは、生徒が『DOMMUNE』に出演したりも、DJを披露したりもしています。
あるときは、ロックバンド「ギターウルフ」のライブに10代の子たちがよく分からないまま連れていかれて、「なんかすげぇ」と感銘を受けていた。そういう偶然の出会いが次々に生まれやすい環境だと思います。
渋谷PARCOには、他にも劇場やギャラリーもありますから、この場所ならではの学びというのをつくっていきたいと考えています。例えば今度、PARCO劇場の協力の下、10代とともに作品を観劇し対話するというプログラムを実施する予定していて、演出家や俳優の方も来ていただけるという有り難いコラボレーションが生まれています。
渋谷ということで言えば、そもそもGAKUファウンダーの武田と僕を引き合わせてくれたのは、日本のシェアオフィスの草分け的存在であるco-labの代表の田中陽明さんでした。渋谷のco-labの会議室がまさに「まだ、ここにない、出会い。」の場になりました。
── 講師陣はどうやって招いているのですか。
佐藤 スタッフの人脈でお願いしている人が半分、ゼロから関係性を築いて引き受けていただいた方が半分ですね。前者は、私たちスタッフ全員がGAKU以外の活動を行っているから可能なアプローチかもしれません。それぞれ異なるネットワークを持っているからこそ、いろんなジャンルで講師をお呼びしやすいんです。
一方、後者の場合は、自分が尊敬している人や影響を受けたクリエイターに思い切って連絡しています。熊井さんたちからは、「自分自身がやってみたい授業をやろう!佐藤さんが呼びたい人にお願いしようよ」と言われていますね。私が心から慕っている人が、今の10代に何かの学びを提供してくれるなんて、すごく“尊い”じゃないですか。自分が出会えて良かったものを、次の世代にも伝えたいというモチベーションで授業を企画しています。
多様性に溢れた環境で、自分の興味に従って縦横無尽に学ぶ
── GAKUに参加している中高生は、どんな人たちが多いのでしょうか。クリエイティブスクールという性質上、芸術志向の強い若者が多いような印象を抱いたのですが。
佐藤 たしかに美術系の高校・大学を目指す生徒もいますが、あくまでも一部です。むしろ見事にバラバラですね。例えば講師を務めるクリエイターにもともと憧れていたのがきっかけで参加している人もいれば、「独学で作曲をしてきたが、プロにも教えてもらいたい」と応募して来た人も。そして「やりたいことを見つけるために飛び込んでみた」という人もいます。
熊井 芸術志向という意味では、もちろんそういう傾向はあるんでしょうが、佐藤が言う通り何かしら方向性が定まっている人もいれば、何かしらに熱中したり創造したりすることに興味があるからこそ色んなことを試してみたいという人もいますよね。いずれにしても、何かしら切実な想いを携えている人が多いような気もします。だからこそ、みんなが素直に自分の考えをシェアしやすいという側面もあるのかもしれません。というか、そういう場でありたいと思っています。でも本当にカラーはバラバラです。生徒たちが普段聞いている音楽をシェアする機会があったのですが、ボカロ曲からジミ・ヘンドリックスまでと振れ幅がすごかったです。
── 生徒はGAKUの授業を通してどんな気づきを得ているのでしょうか。
佐藤 運営側から見て特徴的だなと思うのは、一人の生徒がいろんなジャンルのクラスに参加しているケースが多いことです。例えば、建築に興味があって建築クラスに参加していた子が、今度はメイクアップのクラスに参加したいと申し込んでくる。ジャンルの垣根を越えて飛び込んでいく様子から、GAKUでの出会いを通じていろんなテーマに興味を持ってくれ、クリエイションや学ぶことそのものの楽しさに気付いてくれたのではないかと感じます。
熊井 複数のクラスにまたがって参加してもらえるのは事務局としてはとても嬉しいことです。どのクラスでも、クリエイターの方々が、クリエーションや社会や未来にどのような姿勢で向き合っているのかということを、その息遣いや眼差しや背中を目の前で感じることができるので。生徒のみなさんはクリエーションの技術的な側面はもちろんありつつも、そういった生きる姿勢のようなものを感じているのだと思います。
── 出会いによる化学反応は、若者たちだけでなく運営側にも起きているのではないでしょうか。
佐藤 おっしゃる通りですね。生徒と接するなかではじめた、私がMCを務めるポッドキャスト番組「ガクジン」もそのひとつだと思います。GAKUがスタートしたのは、コロナ禍の影響で芸術が不要不急と言われ、強い制限がかかっていた時期。生徒たちの中には、自分が熱中しているものが社会に拒絶されたように感じていた子もいました。そうした不安にクリエイティブを学ぶ場としてちゃんと応えてあげたい。GAKUのある渋谷まで通える子たちだけじゃなく、より広い範囲で届けたい。そう思ってはじめたら多くの方々に聞いてもらえるようになり、番組は70回を超えているんです(2023年3月現在)。
私と他者と社会。現代の若者は、3者全員が幸せな着地点を探る
── 10代と身近に接しているおふたりは、彼らが社会をどう捉えていると感じられますか。
佐藤 あんまり社会に期待していないんだろうなと感じてしまう瞬間があります。それは大人も一緒なのかもしれませんが、10代の場合は心の拠り所になるものが大人より少ないじゃないですか。社会がどうであろうと周囲から何を言われようと、自分が揺らぐことなく夢中になれるものが必要。それを見つける場所としてGAKUを活用してくれたら良いなと思っています。
── 変化の激しい時代に育ってきたからこそ、今の10代には頼もしい部分もあるのではないでしょうか。
熊井 頼もしさは日々感じています。やりたいことを実現するための手段に対しては柔軟なような気もします。写真も撮れば、イラストも描くし、デザインもするし、一つのスキルに変に固執していないような印象を持ちます。
あと、一つの物事を多様な視点で考えてみる意識が強いことも、今の10代の特徴だと思います。自分を活かしたり自分が楽しんだりしつつも、それを他者や社会と共有できる道筋をさがしている。つまり「自分」と「他者」と「社会」の3者を主語にして考え、全員の幸せが重なるような結論を出す努力を惜しまない人が多いと感じます。
── クリエイターだけでなく、これからの時代を生きるすべての人に欠かせない観点かもしれないですね。
熊井 そうですね。未来を若者に丸投げするのではなくって、生きるに値すると思える社会をつくっていくのは大人が腕まくりをするべきところでもあるんで、若者も大人も一緒に成長だったり成熟だったりをしていけたらいいですよね。それが、きっと地域や社会のそれとつながっていくのだと思います。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 熊井晃史(くまい・あきふみ)
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GAKU・事務局長。その他、学芸大こども未来研究所・教育支援フェローやギャラリーとをが・共同主宰も務める。過去に、NPO法人CANVAS・プロデューサーを経て、2017年に独立し現在に至る。一貫して子供たちの創造性教育の現場に携わっている。社会教育の可能性を探る書籍「公民館のしあさって」(ボーダーインク)を2021年に編集発行。
- 佐藤 海(さとう・かい)
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GAKU・事務局。2000年生まれ。都立工芸高等学校グラフィックアーツ科卒業。事務局スタッフとして各授業のサポートを行う傍ら、ポッドキャスト『ガクジン』ではMCを務める。外部では、街を舞台にしたZINEやイベントの企画・制作に携わっている。東京都墨田区のZINE『SHOE MEAN DUCK』、小金井市のZINE『流ローカル』主宰。「omoomocity」メンバー。