地域のロス食材が焼き菓子に。サーキュラーエコノミーの専門家が京都で実践する、課題を可能性に変える方法

地域のロス食材が焼き菓子に。サーキュラーエコノミーの専門家が京都で実践する、課題を可能性に変える方法
文:森田 大理 写真:岡安 いつ美

生八ッ橋の切れ端、梅酒の梅の実、酒かす…。地域の“ロス食材”を活用するプロジェクト「八方良菓」を立ち上げた安居昭博さんに、サーキュラーエコノミー実践の秘訣を学ぶ

2022年、京都で新たなお菓子が誕生した。生八ッ橋の切れ端、おから、レモンの皮など、原材料の約30%に地域の人気店で廃棄されていた“ロス食材”を使用した焼き菓子「京シュトレン」。この製造・販売を手掛ける「八方良菓」を立ち上げたのは、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の専門家として知られる安居昭博(やすい・あきひろ)さんだ。

2020年まではオランダのアムステルダムに拠点を起き、日本と往復しながらサーキュラーエコノミーの研究や自治体・企業へのアドバイスを行ってきた安居さんが、現在は京都に軸足を置いて地域の方々と新たな活動に取り組むのはなぜだろうか。「八方良菓」立ち上げの経緯や、安居さんが見据えるサーキュラーエコノミーの未来について話を聞いた。

老舗企業が集まる街には、イノベーティブな風が吹いている

── 安居さんは、もともとアムステルダムを拠点に、サーキュラーエコノミー先進国オランダの取り組み発信や、企業向けの視察イベント、コンサルティングなどを行っていましたよね。なぜ日本に拠点を移されたのですか。

日本に戻ってきた一番の理由は、この国のサーキュラーエコノミーの可能性を信じているからです。確かにオランダはサーキュラーエコノミーを実践している企業事例も多く、この分野をリードしていると世界から見られている。それに比べて、日本は捨てることが前提のリニアエコノミーからなかなか脱却できずにいる——という話になりがちですよね。でも、本当にそうなのかという悔しさもあって。一度日本に戻り、じっくり腰を下ろして企業や地域に向き合ってみたいと考えたんです。

── 東京出身の安居さんが、あえて京都を選んだのはなぜですか。

日本の伝統文化を深く理解したかったのも理由の一つです。海外で暮らしていると、「お茶」や「漆」などについて聞かれることがあるのですが、少し突っ込んだ質問をされると上手く答えられなかったことが何度もあって。欧州の人たちの視点から、サーキュラーエコノミーに繋がる日本の文化や慣習に気づかされることも多く、歴史の深い地域に行こうと思っていたんです。また、京都は世界的に見ても知名度の高い都市。人によっては「Japan」よりも「Kyoto」という言葉に親しみがあるくらいですから、サーキュラーエコノミーの実践事例を世界に発信していく意味でも、京都はポテンシャルが高かったんです。

そして、何より私が注目したのは、イノベーションに意欲的な人や企業が多いこと。京都で数百年続くような老舗企業から、サーキュラーエコノミーの観点でご相談をいただくことが度々あり、この地域には既成概念にとらわれずチャレンジしていく素地があるのではないかと感じていました。

日本のサーキュラーエコノミーについて語る、八方良菓の安居昭博さん

── 他の地域からみると、京都は伝統を重んじ新しいものを受け入れづらいイメージがあるかもしれません。しかし、実際はそうではない、と。

私がお話をした人の多くが、先代から跡を継いだ30~40代の若手経営者や跡継ぎ候補の方々だったことも影響しているかもしれません。彼らは、200年300年と受け継いできたお店や会社を自分の代で潰してはならないと、子どもや孫の代のことまで考えたうえで、「時代の先を読んで変化すること」に前向きです。

そしてきっと先代たちも、イノベーティブなマインドを持っていたからこそ数百年にわたり時代の変化を乗り切ってきたのではないでしょうか。実は、世界に存在する200年以上続く老舗企業のうち7割は日本にあり、その多くが京都に集中していると言います。変化を繰り返しながら事業を継続してきたプレイヤーが多い京都なら、地域のみなさんと一緒にサーキュラーエコノミーを実践できると思ったんです。

課題や出来ていないことを明るく開示して、みんなの知恵で解決する

── 生八ッ橋の切れ端や酒かすなど、京都の名産品の製造工程で廃棄されていたロス食材を新しい商品に生まれ変わらせる、「八方良菓」を立ち上げたのはなぜでしょうか。

起点は先ほどお伝えしたような老舗企業の課題です。京都で300年以上続く酒蔵の山本本家さんや京都土産の王道ともいえる聖護院八ッ橋総本店さんから、食品ロス問題に取り組みたいとご相談をいただいたことがきっかけになりました。興味を持って調べてみると、製造工程で出てしまう副産物や売り物にできない食材を、1日に何十kgと廃棄せざるを得ない現状に悩んでいるお店は他にもあった。それなら、上手く組み合わせて新たな商品にできないかと考えたんです。

京都のロス食材を使って作られる八方良菓の「京シュトレン」
写真提供:八方良菓

── 「八方良菓」が地域のお店で廃棄されていた食材を活用しているように、サーキュラーエコノミーは事業者単体で完結できるものではなく、原料の調達先や製造・販売先といったステークホルダーと一体で廃棄物を出さない仕組みを作り上げないと意味がありませんよね。どのように協業の輪を広げているのでしょうか。

もちろん、サーキュラーエコノミーのコンセプトに共感してご協力いただいているところも多いです。ただ、循環型経済の必要性を訴えるだけではなんだか難しそうだし分かりにくさがあるのも事実。それだけでは取り組みの輪はなかなか広がりません。だからこそ、まずは「美味しそう」「楽しそう」で興味を持ってもらい、仲間になってもらうことが先決だと考えます。京都の名産品の原料を集めてお菓子をつくろうと思ったのも、地元のお客様にサーキュラーエコノミーを端的に伝える分かりやすさがあったから。同じような取り組みが地域に広がってほしいからこそ、仕組みのシンプルさも大事にしました。

── これまではサーキュラーエコノミーの研究家・コンサルタントという立ち位置だった安居さんが、自らの事業として実践したことで新たに見えたことはありますか。

やはり、現場で実際にやってみないと見えてこない細かな課題は山ほどあります。例えば、梱包資材の脱プラスチックを実現する難しさ。コストや製品との相性などの観点から、現状は残念ながら完全な脱プラとは言えません。でも私はむしろ、できていないことも包み隠さず開示したい。「サーキュラーエコノミーを謳いながら、なんで脱プラじゃないの?」と突っ込まれるくらいで良いと思っています。

下手にコストや品質を度外視していきなり完璧なものを作り上げるよりも、「今はこういう理由で脱プラではありません。プラスチックを減らす・なくす良い方法を知っていたら教えてください」と言った方が、ヒントを教えてくれる人や、私たちの課題に興味を持って新たな素材を開発してくれる人が出てくるかもしれない。実践の中で見えてきた課題をどんどん社会に発信することに意義があると思います。

単独で短期利益を追うよりも、みんなで中長期の幸せを目指す時代へ

── 「八方良菓」の活動実績と今後の予定について教えてください。

2022年のクリスマスシーズンに合わせて製造した京シュトレン250本は大反響のうちに完売。もう少し製造量を増やしていきたいですが、極端な拡大は考えていません。というのも、京シュトレンは京都の福祉作業所で働く方々の手でつくられており、コロナ禍で仕事が減っていた彼らの雇用を守る意味ではじまった取り組みでもあるからです。それに、そもそも地域で出されるロス食材の量を超えた生産計画になるのは本末転倒。サーキュラーエコノミーに共感いただけるお店での販売やイベントの出店など、求められるところに無理をしない範囲で適切な量を届けていきたいです。

── 「八方良菓」の活動を通して安居さんが感じる、サーキュラーエコノミーの秘訣があれば教えてください。

実際の商売を立ち上げる過程で、私は改めてアムステルダムと京都の共通点を感じました。それがサーキュラーエコノミーの秘訣と言えるかもしれません。一つは、どちらの都市も個性豊かな個人商店が溢れていて、多様性に富んでいること。商売のバリエーションが豊富だからこそ、ある商売で廃棄されるものが、別の商売では良質な原料になるような組み合わせが生まれやすい。これはちょうど、自然界の循環が多様な生物の営みが影響しあって成立していることと似ています。そうした多様なプレイヤーが10km圏内にコンパクトに収まっているのも、循環型のビジネスモデルが成立しやすい理由だと思います。

もう一つの秘訣は、まずはやってみること。やりながら学ぶ「Learning by Doing」の精神で新しい取り組みにチャレンジしようとする人が多いのも、京都とアムステルダムの共通点です。こうした条件があると、サーキュラーエコノミーの実現はもちろん、地域の課題を可能性に変えるようなイノベーションが生まれやすいと感じました。

サーキュラーエコノミーを実現する上での日本の可能性や課題について語る安居昭博さん

── では、サーキュラーエコノミーを実現するうえで、安居さんが感じている日本の可能性を教えてください。

海外と比較すると、日本は圧倒的に自然と歴史が豊富です。だからこそ、改めて自分の地域を見渡してみてほしい。そこには良質な資源が眠っているかもしれません。ましてやパンデミックや戦争によって、グローバルサプライチェーンが不安定化するリスクが顕在化した今こそ、もっと地域の資源にスポットを当てても良いのではないでしょうか。

── 逆に、日本の課題は何でしょうか。

短期利益を追求するあまり、中長期の視点を重視した意思決定がされにくいところですね。これまでご相談いただいた企業でも、「サーキュラーエコノミーの概念はとても素晴らしくて実践していきたいが、今期中に一定の利益が見込めないと稟議が下りない」という話を良く聞きます。

サーキュラーエコノミーは短期で一気に利益を上げる仕組みではなく、中長期で継続的に繁栄していくためのビジネスの仕組みです。京都の老舗企業が孫の代のことまで考えて今から挑戦しているように、中長期の視点で取り組んでほしいです。

── 最後に、安居さんがサーキュラーエコノミーの活動家として大切にしていることを教えてください。

「八方良菓」のように新しいプロジェクトをはじめたり、誰かの取り組みに参加したりするときは、3つの指針を判断基準にしています。それは、「誰もやっていないこと」「インパクトが大きいこと」「自分がワクワクすること」の3つ。自分自身の心が動くことが前提ですが、必ずしも自分が主役でなくて良いんです。「八方良菓」も私は仕組みをつくっただけで、原料も製造も販売も担い手は地域のみなさん。むしろ自分は引き立て役で構いません。人と人をつないで新しい価値を協創するような“コレクティブインパクト”を実現することに、私はワクワクしています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

安居 昭博(やすい・あきひろ)

1988年12月12日生まれ。東京都練馬区出身。Circular Initiatives&Partners代表。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。ドイツ・キール大学「Sustainability, Society and the Environment」修士課程卒業。2021年日本各地でのサーキュラーエコノミー実践と理論の普及が高く評価され、「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。2015年~2020年までオランダ・ドイツを拠点に企業向けにサーキュラーエコノミーの視察イベントやセミナーを開催した後、2021年より京都市在住。京都市委嘱 成長戦略推進アドバイザー。2022年、梅酒の梅の実、生八ッ橋、酒かす、おから、レモンの皮など、京都の副産物・規格外品を活用し、福祉作業所と製造連携し「京シュトレン」を開発するお菓子屋「八方良菓」を創業。著書に「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」。

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