選択肢を増やすだけでなく、自ら選び取る力が必要。25歳の“新卒副校長”が学校改革に挑む理由
学生時代から教育系YouTuberとして活動し、大学卒業と共に高校の副校長へ就任。広島桜が丘高校 桐原琢さんの生き方から、現代若者ならではのキャリア観を知る
1990年代中盤以降生まれの「Z世代」が、いよいよ社会で活躍をはじめている。彼らはどんな社会背景を持って育ち、どのような価値観を持っているのだろうか。今回話を聞いたのは、広島桜が丘高校の桐原琢(きりはら・たくま)副校長。1998年生まれで現在25歳の桐原さんは、新卒で今の立場に抜擢されるという異例のキャリアを歩んでいる。
学生時代は教育系YouTubeチャンネル「PASSLABO」の人気講師、「くまたん」としても活動していたものの、法学部卒の桐原さんはもともと教師を目指していたわけではないそうだ。そんな彼が新卒副校長という道を選んだのはなぜなのだろうか。桐原さんのこれまでの道のりや、社会に対して実現したいこと、自身のキャリア観などをうかがった。
東大を目指して2浪するまで気づかなかった、社会に潜む機会格差
── 桐原さんはどんな少年時代を過ごしてきましたか。
僕は茨城県水戸市の出身で、中学は私立に進み、高校は県立の進学校で過ごしました。当時の自分は、周りに流されやすい性格でしたね。良くも悪くも真面目なタイプで、「学校の先生がこう言っていたから」とあまり深く考えず従っていた。私立中から県立高へ進学したのも、優秀な先輩や同級生たちがその進路を選んでいたので、自分もそうした方が良いのかなと思ってのこと。そんな調子だったから、大学受験も自分の将来を真剣に考えた選択ではありませんでした。高校が県内トップレベルの進学校だったこともあり、同級生は東京大学や一橋大学などの国立難関大学を当たり前に志望する人が多く、それなら僕もと東大を目指したんです。しかし残念ながら現役では合格ならず、浪人しようと決めました。
── 浪人生活を選択し、諦めずまた挑戦したのはなぜですか。
自分は2浪しているのですが、1浪めはプライドもあったと思います。これまで「東大を目指している」=賢いという印象で見られてきたため、やすやすと進路を変えてそれを手放すことができなかった。それに、やっぱり周りに流されていたんです。東大を目指す人たちにとっては、1浪くらいは珍しくない。高校卒業後は、同級生複数人といっしょに高校の通学路にあった予備校に入ったこともあって、諦めなかったというよりは、焦っていなかったというのが正直なところかもしれません。
でも、2度目の受験も上手くいかず、もう1年挑戦させてほしいと親にお願いしたときに、これがラストチャンスだと母に告げられたんです。さらに「あなたはなぜ大学受験をしているの?どうして東大じゃなきゃいけないの?」と問いかけられ、ようやく自分が進路を真剣に考えていなかったことに気づきました。
── それが法学部の志望につながっている、と。
母からの言葉を受け止め、自分の将来について真剣に考えるとともに、小中高の友人たちになぜそれぞれの進路を選んだのか聞いてみました。すると、高卒で働いていた友人の中には、「きょうだいが多いので、自分は進学を諦めて家庭にお金を入れている」「今は家族の介護があるため、大学進学を先延ばしにした」といった人がいました。その話を聞いてはじめて、2浪させてもらえる自分がいかに恵まれた環境にいるのかを実感。教育を受けたくても経済的な事情で諦めざるを得ない人がいる社会の実態に、問題意識が芽生えたんです。
学びたい意欲のある人が、家庭環境に左右されず平等に機会を得られる社会にするためには、国の教育制度やシステムから変えた方が良いのではないか。そうした考えのもと、官僚になることを目指して法学部を志望するように。3度目の大学受験の結果は、東大で法学部に進める文科一類には1点差で不合格でしたが、明確な目標をもって挑んだからこそ納得もでき、中央大学の法学部に入学しています。
YouTuberとしての活動が縁となって、学校教育現場の窮状を知る
── 大学入学後まもなく仲間と共にYouTubeチャンネル「PASSLABO」を立ち上げ、大学受験生向けの動画配信をスタートしていますよね。なぜこの活動をはじめたのですか。
一番の動機は地方と都会に生じている教育格差(情報格差)を解消したかったからです。例えば様々な学びの機会は都市部に集中しており、地方の学生がその機会にアクセスするためには物理的・金銭的負担が大きい。それなら世界中どこにいてもアクセスできるYouTubeという手段が解決の一助になるのではないかと考えました。
── 教育系YouTuberとして教育サービスを提供する立場になったからこそ、見えてきたものもあるのではないでしょうか。
動画の再生回数が伸び、ユーザーから支持を得られてくると、高校からの講演依頼や“校内予備校”の相談が舞い込むようになりました。そうやって学校や教育関係者との接点を持つうちに、生徒の立場では見えていなかった教育現場の実態が分かってきたんです。例えば、先生たちが忙しすぎてクラス全員をフォローしきれていないこと。目立つ子やちゃんと意見が言える子がどうしても優先され、人知れず悩んでいる子や、自分の悩みにすら気づいていない子がいる。そうした現状を知るにつれ、大学受験対策だけではなく多様な生徒のニーズに応えたいという気持ちが芽生え、新たに学校運営を支援する事業(学校事業)を立ち上げたんです。
── その延長線上に現在勤務する広島桜が丘高校があったのでしょうか。
直接的に繋がっているわけではないんです。ただ、僕はいろんな教育関係者にお会いする度に「生徒一人ひとりに寄りそって多様な機会を提供できる学校をつくりたい」という自分の夢を話していました。すると、校内予備校を運営するRGBサリヴァンの土岐靖社長が、ちょうど学校改革に取り組もうとしていた広島桜が丘高校の理事長に僕を紹介してくれたんです。理事長は「PASSLABO」のこともご存じで、話してみると意気投合。大学4年時の2022年度は教育アドバイザーという形で学校改革のための校内ヒアリングや改革委員会の運営、改革案の提言などを手掛けていました。そうやって提案したプランを、実行するところまでやってみないかと打診いただいたのが、今年度からの副校長という肩書きです。
── 新卒でいきなり副校長という立場を務めることに迷いはなかったですか。もっとも、学生時代から事業運営に携わってきた桐原さんは、一般的な新卒の就職活動は選択肢になかったようにも見えますが…。
いえいえ、そんなことはないんです。むしろ理事長と出会うまでの僕は、同級生より2年遅れで大学生になったことを気にして、早くみんなに追いつかなきゃという気持ちすらありました。自分は人よりも時間がかかるタイプなのだから、せめて早めに行動しようと大学2年時には文部科学省の座談会を聴講したり、教育業界の大手企業で働いている人にも話を聞きに行ったりと、典型的な“就活”をしていたんですよ。
ただ、実際にその仕事をしている人のリアルな話を聞いたことで、教育業界全体の制度や仕組みを変えていくのはそれなりに時間がかかることも分かりました。それなら僕は、現場で兆しをつくって世の中に波及させるようなアプローチを取りたい。そう思いはじめた頃にいただいたのが副校長のお話。もちろん自分に務まるだろうかという不安はゼロではなかったですが、このチャンスを断る選択肢はないなと、二つ返事で了承したんです。
自らの好奇心を原動力にして、学ぶ楽しさを味わってほしい
── 副校長就任後、どんなことを実行してきたのですか。
まず、校訓を変えました。新しい校訓は、自ら考え自ら創るという意味を込めた「自考自創」。文科省の指導要領では週1コマ以上と定められている「探究」の授業数を週5コマ取って、各自が自らの意思・興味で学ぶことや、対話を中心とした授業に力を入れています。
また、その場限りの試験勉強は本質的な学びになりづらいという方針のもと、定期テストを廃止。単元ごとのテストは実施していますが、生徒は自分がこの単元を十分に理解したと納得いくまで繰り返しテストを受けることができ、最後に受けたテストの結果が成績に反映されるようになっています。もしつまずいたり失敗したりしても、諦めずに何度でも再チャレンジするうちに成長していくという成功体験を積んでほしいのです。
── カリキュラムを変え、定期テストも廃止。生徒や先生たちにかなり影響のある改革を行っていますが、新任1年目でここまで踏み込むことにためらいはなかったですか。
いきなり外部からやってきて改革プランを実行しているのではなく、教育アドバイザーだった昨年に先生方と丁寧に対話を重ねてきたことが土台にはなっていると思います。また、理事長や校長が全力で応援してくれていることも大きいですね。「初めてやることだから、上手くいかないこともあるかもしれない。もし生徒や保護者から不満や指摘をいただくことがあったら責任は私が取るから」と言ってくださった。だから僕は大胆な改革に踏み込めたんです。
1学期の終わりに評価の基準を変更してはじめての成績表を渡しましたが、幸いなことにネガティブな意見は届いていません。むしろ、「こんなに良い成績はこれまでに見たことがない」と話してくれた生徒や保護者もいました。旧来の詰め込み型学習や1回勝負のテストではあまり力を発揮できなかった生徒が、学び方を変えることで隠れていた自分の才能や、勉強の楽しさに気づくきっかけにもなっているようです。そうやって一人ひとりが自分にとってワクワクできることや、情熱を傾けられる学習テーマに出会ってほしい。それが学びの原動力になるはずですから。
── 校訓の「自考自創」や「ワクワクを原動力にしてほしい」という桐原さんの想いは、リクルートのビジョンである「Follow Your Heart」や、バリューズの一つである「個の尊重(Bet on Passion)」とも共通点が多く、大変共感します。では、桐原さんは教育現場での活動を通して何を実現したいのでしょうか。
一つは、生徒たちに多様な進路の選択肢を見せること。人は幼いころほど無邪気に夢を語りますが、年齢が上がるにつれ現実的に妥協をする人や、身の回りの限られた大人に倣った進路選択をする人が多いです。僕自身も周りに流されてなんとなく大学受験をして失敗した苦い過去があるからこそ、世の中には幅広い選択肢があることを提示したいですね。ただし選択肢が沢山あるだけでは、人は選べない。自分が本当にやりたいこと・得意なことは何かを考え、探究していく機会が必要。だからこその「自考自創」であり、生徒一人ひとりが心からワクワクするような進路を選び取る力を身につけてほしいです。
── そうした広島桜が丘高校の取り組みは、他校からも注目されているのではないですか。
ありがたいことに“新卒副校長”の肩書きで注目をいただき、これまで全国各地の先生方に本校の取り組みを知ってもらい、接点を持つことができました。他校の先生方と話してみて感じるのは、みなさんと想いは同じであること。生徒にもっと向き合いたい、日本の教育を良くしたいと真剣に考えている人たちばかりです。
だからこそ、私たち広島桜が丘高校が率先してチャレンジした結果を事例として全国の学校に発信することも、私は大切だと思っています。上手くいった取り組みはどんどん真似してほしいですし、私たちがやってみて上手くいかなかったこともオープンにして「これは真似しない方が良いですよ」とお伝えしたい。あとに続きやすい道をつくることで、現場から日本の教育をより良くしていきたいです。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 桐原 琢(きりはら・たくま)
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1998年生まれ、茨城県出身。茨城県立水戸第一高等学校卒業。東京大学合格を目指し2浪するも、1点差で不合格に。中央大学法学部へ進学。両親のサポートがあった受験生時代がいかに恵まれた環境だったかを実感。「置かれた環境によらず、受けたいと思う教育を受けられる環境づくり」を目指し、PASSLABOを立ち上げ、高校時代と2浪生活での受験経験をいかした動画を配信する。現在は、広島桜が丘高等学校の副校長に就任し、学校改革に取り組んでいる。