完成がないから学び続ける。札幌でデジタル人材育成に挑む22歳が「実践」を選ぶ理由
札幌を拠点に、エンジニア育成とキャリア支援を行う「未完」を立ち上げたZ世代 種市慎太郎さんに訊く、実践から学び、学びを実践し続けるための考え方
1990年代中盤以降生まれの「Z世代」が、いよいよ社会で活躍をはじめている。彼らはどんな社会背景を持って育ち、どのような価値観を持っているのだろうか。今回話を聞いたのは、札幌を拠点に、一般社団法人未完(以下、未完)の代表理事を務める種市慎太郎(たねいち・しんたろう)さん。エンジニアの発掘・育成を目的として運営する学習コミュニティ「未完Labo」には、25歳以下の若い世代を中心に、現在約300名が参加している。未完で力をつけ、事業会社やコンサルティングファームなどで活躍する人材も複数いるという。
「実践を通して主体的に学び続けることを大切に、コミュニティを運営し続けている」と話す種市さん。自らもまた、高校時代から数多くの実践を続けてきた同氏に、根底にある想いや価値観について訊いた。
実践を尊重するからこそ、学びのプロセスを委ねる
── 種市さんが代表理事を務める一般社団法人未完の活動の中心には、エンジニアの学習コミュニティ「未完Labo」の運営があるとお聞きしました。どんな特徴を持つコミュニティなのか教えてください。
未完Laboとは、一言でいえば「エンジニアが学び合うためのコミュニティ」です。Discordでのコミュニケーションを土台にしながら、週に1回以上のペースで勉強会やカンファレンス、ハッカソンなどのイベントも開催しています。
2021年の立ち上げ当初から、「実践を通して学び続けること」を何よりも大切に、運営を続けてきました。
そのために力を注いでいるのが、コミュニティに参加する一人ひとりが、“絶えず学び続けられる”環境をつくること。とくに座学ではなく、実際に自分の手を動かして経験する環境づくりに注力しています。実践から学び、学んだことを実践する。参加する一人ひとりが、主体的にそのサイクルを回し続けるためのサポートを、コミュニティ運営を通じて行っています。
── 未完の活動の中で種市さんが「実践を通した学び」を重視されているのはなぜでしょうか?
私がこれまで、身をもって「実践の大切さ」を感じてきたからこそ、そうした価値観が生まれているのだと思います。
未完を立ち上げる以前、学生時代の頃からさまざまな活動を行ってきました。クリエイター支援の学生団体の立ち上げや高校生向け起業教育事業の運営、自治体の新規事業開発支援など、色々な実践を自分なりに重ねてきたんです。その実践の中で得た学びは、未完の活動でも大きく活かされています。
たとえば「ビジネスモデルを確立し、収益安定化の仕組みをつくることの重要性」は、クリエイター支援の活動から学びました。地元の大手企業をはじめ多くのスポンサーを集めていたのですが、団体メンバーによる営業活動に頼る形には限界があり、長い時間軸で継続できるモデルとはとても言えない状態でした。
どれだけ意義がある活動も、収益基盤が安定しなければ続けるのは難しい。理屈ではわかっていたものの、実際に活動してみたからこそ、その大切さを肌身で痛感できたのだと思います。この学びは、未完が少しずつ規模を拡大させながら活動を続けられていることにも、少なからず影響しています。
── 参加者にとっての実践や主体性を尊重する思想は、未完のコミュニティ運営の方針にどのように反映されているのでしょうか。
一番大切にしているのは、何をどう学んでいくかの設計も含めて、参加者の一人ひとりが主体的に考えて取り組める状態を作ることです。未完には決まった教育カリキュラムはなく、どのイベントにも参加義務はありません。いわゆるプログラミングスクールのような「ここまでたどり着いたら修了証がもらえる」といった制度もない。何を学ぶかを自分の意志で選ぶこともまた、実践であり学びの一部だと考えているからです。そのため、参加してから卒業までの学びのプロセスは文字通り十人十色ですね。
── 参加者に委ねられている部分が多いからこそ、運営における難しさもあるのではないかと想像します。方針を実行に移すうえで、意識していることや工夫していることはありますか?
大事にしているのは「数を打つこと」です。何を学ぶかの決定も含めて委ねているからこそ、選択肢の数は可能な限り多く用意したい。その考えから、イベントは最低でも週に一回のペースで開催しています。「どれか一つでも刺さってくれたら嬉しい」と思いながら、あらゆる企画をリリースし続けています。
若くして、いち早く実践する道を選んだ理由
── 未完の活動もまた、種市さんにとっては 「実践と学びの繰り返し」そのものであると言えるかもしれませんね。そもそも学びのための場や環境をつくることに関心を持つようになったのは、どのような経験や背景からだと思いますか。
子供の頃から社会の仕組みや制度に興味を持ち、社会学を学んだ経験は、自分の活動の軸になっていると感じます。なかでも大好きなのが、塩野七生さんの著書『ローマ人の物語』がきっかけで中学1年生の時に出会った、古代ローマの歴史です。一時代を築いた背景にあった、法整備を中心とした優れた社会設計は、知れば知るほど魅力を感じるばかりでした。
ローマに魅せられたことも影響し、高校に入ると社会学という学問に強い興味を持つようになりました。学べば学ぶほど、社会をより良い方向性へ進めるための研究成果や理論がたくさんあることを知った。その流れから、自分もいち早く社会の仕組みやエコシステムを作ることに取り組みたい、実践したいと思うようになったんです。
── そのエピソードを聞くと、研究者として社会学をより深く究める道も選択肢としてあったのではないかと感じますが、なぜ事業活動などの実践に取り組む道を選んだのでしょうか?
社会学を学んでいくにつれて生まれた、ある違和感が大きく影響しています。それは優れた理論が数多く存在するにもかかわらず、理論の社会実装が圧倒的に足りていないことです。
たとえば、いま国内で大きな問題になっていることの一つとして、少子高齢化がありますよね。歴史に目を向けると、1960年代にはその可能性について警鐘が鳴らされ始めており、この問題を解決するためのさまざまな研究がこれまでに行われています。にもかかわらず、日本国内ではその成果や理論を実装するために行われた取り組みの有力な事例が、ほとんど見つからないんです。
せっかく素晴らしい理論の数々があるのに、圧倒的に実践が足りていないのはなぜなのか。その状況がある限り、社会はなかなかより良い方向へ進まないのではないか…そう考え始めた頃から、自分はこのまま学び続けて研究者や教師になりたいのだろうか、本当にやりたいことはなんだろうか、と自問自答するようになりました。その葛藤が、いち早く実践する道を選んだことにつながっています。
── ここまでのお話から、種市さんが未完を立ち上げる以前からさまざまな形で「実践」を続けてきたことが想像できます。未完の立ち上げや構想に影響していると感じる経験を聞かせてください。
一つは19歳の頃から2年間ほど「STARTUP CITY SAPPORO」というスタートアップの成長を支援する活動に事務局の一員として携わった経験です。
そこでは、なかなか思い通りにスタートアップが成長しない、成果を出せないという状況に直面しました。なぜうまくいかないのかを考えた先に、たどり着いた結論の一つが「技術者不足」という課題です。
起業家と活動を共にし、社会課題の解決を実現できる技術者が圧倒的に足りない。経営や事業の上流、つまり「何のためにそのコードを書くか」までを理解したうえで、技術選定も含めた貢献ができる人材が必要だと考えました。そこで、いわゆるCTOの役割を担えるような、私たちが「メイカー」と呼んでいる人材の発掘や育成に関心を持ったんです。
もう一つは、私が18歳のときに立ち上げ、今も経営を続けるSocial Change Lab(SCL)という会社での経験です。
設立してまず取り組んだのが教育事業。学校や家庭以外における「社会教育」を実践するために、教育機関や自治体と連携しながら、オンラインを中心とした学びの場作りなどを行っていました。
その過程で痛感したのが、座学を中心に学ぶことの限界でした。有識者や実務家が「講師となって教える」だけでは、目指していた「受講生が社会で必要な能力を、社会に出る前に身に着ける」という状態までには至りませんでした。その経験から、自分の頭や体を使って、受動的ではなく主体的に学ぶことこそが必要なのではないかと深く考えるようになったんです。
これらの気づきが、未完の立ち上げへとつながっていきました。
社会を変える取り組みこそ、終わりのない学びの連続
── ここまでのお話も踏まえ、種市さん自身が実践と学びを継続するために心がけていること、意識していることはありますか?
「『完成はない』という状態に慣れる」という考え方は、いつも大切にしていますね。どんな物事でも、突き詰めれば「完成」などなく、終わりやゴールのない実践と学びの連続です。一方で、実践と学びを続けない限りは、目指すゴールや本質的な成果にはたどり着けない。だからこそ、エンジニアに限らず誰もが「完成のない状態」と向き合えるようになること、そのうえで諦めず実践と学びを続けていけることが大切だと思っています。
── 実践と学びの継続の先には、どのような目標を見据えていますか?種市さんが今後の人生のなかで目指したいこと、実現したいことを教えてください。
既にある制度や仕組みをより良くするための活動に、私たち一人ひとりが主体的に参加できる社会を実現したい。さまざまな活動を行うなかで、根底には一貫してその想いを持ち続けています。
「社会」という一見して得体のしれない巨大な存在も、突き詰めれば一つひとつの仕組みや制度、それらを構成する人と人の関係性やコミュニケーションによって成り立っています。だからこそ、私たち一人ひとりの行動が積み重なることで、世の中をより良い方向へどれだけでも変えていけると信じているんです。
人がためらいなく行動するためには、それぞれにとって必要な能力や知識を身につけることが欠かせません。だからこそ、意志を持った人々が自分にとって必要な能力や知識を身につけやすくなるために、環境やエコシステムの整備をはじめとした取り組みを続けていきたいです。
── 未完の活動や、「完成はない」「終わりやゴールのない実践と学びの連続」といった種市さんの考え方には、リクルートの掲げるメッセージ「まだ、ここにない、出会い。」とも共通点を感じました。
そうですね。社会をより良い方向へ進めるということ自体、まさに終わりのない道のりであり、「完成のない」取り組みだと思うんです。だからこそ、より良くしていくためには実践して学んでまた実践して…を諦めずに繰り返していくしかない。
私自身もこれまでと変わらず、この先もさまざまな実践を継続していきたいです。その先にこそ、自分なりのビジョンの結実があり、自分がこうあって欲しいと願う社会の実現があるはずだと信じています。
── そうした展望も踏まえて、種市さんはこれからの未完をどのようなコミュニティへ育てていきたいと考えていますか?
一言でいえば、より自律したエンジニアの集団へと成長させていきたいと思っています。
ロールモデルの一つは、世界初のシビックテックの民間研究所とも言われている、オランダのワーグ・フューチャーラボという団体です。3Dモデリングを活かしてアムステルダムの都市計画に協力するなど、技術をさまざまな形で活用しながら、研究と実践を通じた地域の課題解決に取り組んでいます。それに近い役割を果たす組織を、未完のなかでも作りたいんです。
北海道には179もの市町村があり、人口分布や基幹産業もそれぞれ異なります。地域ごとの課題が数多くある一方で、自治体ごとにさまざまなデータが蓄えられているんです。それらを「メイカー」たちが活かしながら、技術を通して北海道にある地域課題、ひいては日本中のさまざまな課題を解決していきたい。そのための組織づくりを進めていきたいと考えています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 種市 慎太郎(たねいち・しんたろう)
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一般社団法人未完共同代表理事、Social Change Lab LLC CEO。社会システムを変えていくための機関を構想し、自身の会社も含め社会を現場から変化させていくための仕組みの実験と実装をテーマに活動。地元北海道でエンジニアを育てていくためのコミュニティとして一般社団法人未完を設立。行政と連携した自治体課題解決ハッカソンやエンジニアコミュニティの運営を行う。Social Change Labではベンチャースタジオとして複数の事業を自社で立ち上げ運営するほか、他社の事業開発の支援をコンサルティングとして提供。NHK札幌放送局やアクセンチュア等の大手企業と協働した新規事業の開発を支援するなど、ビジネスの現場での活動を続けている。