失敗もエンタメになる? 吉藤オリィが語る「分身ロボットカフェ」スタートから2年の現在地

失敗もエンタメになる? 吉藤オリィが語る「分身ロボットカフェ」スタートから2年の現在地
文:森田大理 写真:須古 恵

外出困難者がロボットを遠隔操作してカフェスタッフとして働く『分身ロボットカフェDAWN ver.β』。常設店オープンから2年の成果や見えてきた兆しについて、代表の吉藤オリィさんに聞く

頸椎損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、様々な理由で外出困難な人たちが働いているカフェが東京の日本橋にあるのをご存じだろうか。彼らは自宅にいながらお店で稼働しているロボットを遠隔操作し、サービスの案内や飲み物の給仕などの業務を遂行。ロボットを通してお客様と交流している。そのカフェの名は、「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」。2021年に常設店としてオープンし、その年のグッドデザイン賞で大賞を受賞するなど、各方面から様々な期待と評価を集めてきたお店だ。

「寝たきりでも働ける実験店」として営業を開始し、はや2年以上が経過。連日たくさんのお客様で賑わうこのお店では、実験的運営を通してダイバーシティやコミュニケーションなどの様々な示唆を得られたのではないだろうか。そこで今回は、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」の生みの親であり、カフェの運営を手掛ける株式会社オリィ研究所 代表の吉藤オリィさんにインタビュー。分身ロボットカフェオープンから現在までの道のりを通して見えてきたことを伺った。

外出困難者が抱える孤独を解消するには、誰かに喜ばれる経験が必要

― カフェのお話を伺う前に、分身ロボット「OriHime」について教えてください。吉藤さんはそもそもなぜ「OriHime」を開発したのですか。

私は、17歳のときから「孤独の解消」を人生のテーマに掲げて、ロボットなどのテクノロジーを研究しています。このテーマにたどり着いた原点は、私自身が幼いころから体調を崩しがちで、中学生まで不登校を経験したこと。学校に行けず、自分の居場所や勉強する意味が見出せなくなった少年時代の私は強い孤独を感じ、自分はこの世にいない方が良いのではないかとさえ思った時期があります。

そこで、はじめは外出困難な人が移動する手段としての車いすに興味を持ったのですが、物理的に外出が可能になるだけでは、私のような人の孤独は解消されないことも分かってきました。なぜなら、私は人とのコミュニケーションも苦手だったからです。でも、人と対面して相手の顔を見て話すことはできなかった私でも、オンラインゲームで人と交流することや、SNS上でやり取りすることはできた。

それなら、あえて生身のコミュニケーション以外の手段をとれば、「コミュニケーション力」が低いと感じている人でも心理的なハードルを下げることができるのではないか。そうした発想も合わさって、カメラとマイクを搭載した遠隔操作の分身ロボット「OriHime」は誕生しています。

厨房のスタッフから飲み物を受け取り、お客様のテーブルに運ぶOriHime-D。外出困難なパイロットスタッフが遠隔操作で接客業務にあたっている。
厨房のスタッフから飲み物を受け取り、お客様のテーブルに運ぶOriHime-D。外出困難なパイロットスタッフが遠隔操作で接客業務にあたっている。

― OriHimeをコミュニケーションツールとして活用するだけでなく、OriHimeを操作してカフェで働くというアイデアはどのように生まれたのですか。

きっかけになったのは、研究を続ける中で頸椎損傷やALSで寝たきりの人たちと出会ったことです。それ以前のOriHimeは、「遠隔コミュニケーションを可能にするツール」という意味合いが強かったのですが、彼らが求めていたのは単にコミュニケーションを取ること以上に、「自分が肯定されていると感じられること」だった。自己肯定感を高めるには、人の世話になるばかりの存在ではなく、誰かの役に立って感謝されることが必要。つまり、働くことだったんです。

しかし、身体のほとんどを動かすことができない人たち、特に一度も働いた経験のない人が仕事をすることは容易なことではありません。例えば、4歳で交通事故にあって以来寝たきりだった、今は亡き親友の番田雄太は、様々なツールを駆使しながら私の秘書としてスケジュール管理やメール対応などをしていましたが、とてつもない努力と根性でそれを実現していた。番田が働く姿は、寝たきりの人たちの希望になっても、秘書として就職するというのは誰もが容易に真似できるものではありませんでした。

ただ、一歩引いて考えてみると、身体が自由に動かせる人でも、何の就業経験もなしにいきなりパソコンを駆使したオフィスワークができるかと言えば、そうではないですよね。学生が飲食店やコンビニ、軽作業スタッフなど、身体をつかったアルバイトを通して社会と接点を持ち、人との交流を通して成長していくように、寝たきりの人もまずはフィジカルな労働からはじめて徐々にステップアップできたら良いんじゃないか。「肉体労働をテレワークする」という発想で、分身ロボットカフェのアイデアは生まれました。

完璧すぎる接客は“AI”に間違われる。少しくらい拙い方が歓迎される

― 分身ロボットカフェは期間限定の実験営業を経て、2021年6月から東京日本橋に常設店としてオープンしています。常設の決め手は何だったのですか。

最初に期間限定で営業した際は、「ロボットに接客されることを怖がられるのではないか」「障がい者が頑張っているという見られ方は本意じゃない」という懸念もありました。でも、実際に10日間営業してみると、OriHimeを操作する「パイロット」のみんなや、来てくれたお客様の反応は想像以上でした。

パイロットが楽しそうにお客様と会話している声が聞こえてきましたし、お客様も純粋にロボットが働くカフェをエンターテインメントとして楽しんでいた。障がい者支援や社会貢献事業ではなく、一般のカフェでは得られない体験が提供できるのではないかという手応えを感じて、常設することに決めました。

― 常設店のオープンから約2年半が経ちました。日々営業していると、様々な気づきや想定外の出来事があったのではないですか。

そうですね。たくさんありすぎて、何をお伝えしたら良いのか迷ってしまうくらいです。技術的な想定外で思い浮かぶのは、オープン当初にマイクがお店の周囲の音まで拾ってしまって、お互いの話が聞き取りづらいトラブルも発生していたこと。そこで相手の声をいかにクリアに届けるかを考えて、マイクやスピーカーの設置位置はかなり試行錯誤しましたね。

また、個人的に意外だったのは、接客業に慣れている人やナレーターのように流暢に話せる人がお客様に人気とは限らなかったこと。というのも、ロボットであるOriHimeを介して、丁寧な言葉遣いでよどみなく話すと、お客様の中には「AIが話している」と勘違いする人がいました。ロボットを介したコミュニケーションは、完璧すぎると中の人の存在を消してしまう。むしろ、少し拙いくらいが人間味を感じられて人気があるんです。

『分身ロボットカフェDAWN ver.β』で接客中のOriHime。パイロットのさっちさんに声をかけると、カメラに向かってポーズをとって撮影に応じてくれた。
『分身ロボットカフェDAWN ver.β』で接客中のOriHime。パイロットのさっちさんに声をかけると、カメラに向かってポーズをとって撮影に応じてくれた。

― 一般的な顧客心理として、カフェで働く生身のスタッフには完璧なサービスを期待するものですが、ロボットに対してはそうとも限らないと。

これは、「実験店」と銘打って営業していることや、パイロットを応援する気持ちも大いに関係しているとは思います。ただ、そうした事実をあまり知らずに入店されたお客様であっても、ロボットの失敗やエラーに比較的寛容な印象がありますね。先日も、OriHimeの1体で手がくるくる回り続けるというエラーが起きたことがあったのですが、その場にいたお客様はトラブルをむしろ楽しんで受け入れてくれていましたし、エラーが解消したらスタッフと一緒に喜んでいました。挑戦というテーマを共有できる場合、失敗もエンタメのひとつとして楽しめるのかもしれません。

カフェの仕事で自信をつけて、他社で新たな仕事に挑戦する人も

― 多少不慣れな点があっても、お客様に温かく見守ってもらえるのは、はじめて仕事をする人にとって非常に良い環境ですね。

そうですね。パイロットたちの中には、最初は人前で上手く話せないと不安で一杯だった人もいますが、ここで働くうちに少しずつ自信がついてきて、接客だけでなくチームのリーダーになってマネジメントの仕事をはじめた人もいます。また、自分の更なる可能性を信じて他社に就職して在宅勤務の仕事に挑戦している人も。分身ロボットカフェでの接客業務をキャリアの入口としてステップアップする人が出はじめているのは、まさしくかつて私と番田が思い描いたような姿以上の形になっています。

― 分身ロボットカフェとしては今後どのような展開を考えていますか。

インバウンドの規制が解除されたこともあり、ここ1年で海外からのお客様がかなり増えています。ダイバーシティやサステナビリティの観点で日本の事例を視察するための来店もありますが、純粋にロボットが働いているお店に興味を持って楽しまれているお客様が多い印象です。分身ロボットカフェでの体験そのものにエンターテイメントとしての価値があることを再認識しました。

そこで、2023年にはより体験に重きを置いたサービスへとお店をリニューアル。来店の受付からOriHimeによる遠隔接客を受けられたり、入場料制に変更することでお食事を注文しない方でもOriHimeの接客・案内を体験できるようにしたりと、お客様がより能動的にロボットやパイロットと交流できるような進化を目指しています。

『分身ロボットカフェDAWN ver.β』受付カウンター。外出困難なパイロットスタッフが遠隔で接客している。

― 吉藤さんが実現したいのは、どんな世界なのでしょうか。

分身ロボットカフェが掲げているのは、「寝たきりの、先へ行く。」という言葉です。私は研究を通して様々な外出困難者に出会ってきました。自分には何の過失もないのに、偶然の事故や原因不明の難病で、突然社会から分断されてしまった人も少なくありません。だからこそ、寝たきりでも社会と関わり誰かの役に立てる世界を実現したい。

そのために私が取り組んできた方法が、自宅から全く別の場所にあるロボットにダイブし、意識を瞬間移動させることです。物理的な移動はできなくても、ロボットを媒介として瞬間移動ができれば、その社会や組織の一員として自他ともに認められるのではないか。私はこれからも、テクノロジーを介した人と人との関係性の進化を追求していきたいです。

― 最後に、吉藤さん自身が、分身ロボットカフェの運営を通してアップデートされたことがあれば教えてください。

私自身は、ロボットをはじめとしたものづくりに没頭してきた人間です。細部にまでこだわって良いものをつくりたいという思いが強かったからこそ、これまでは沢山の人を巻き込んでチームでやるよりも、ひとりでやり遂げることを選んできました。でも、カフェを常設で運営していくことは、パイロットや現場のスタッフをはじめ、たくさんの人の協力なしには絶対に成立できません。この事業をはじめたからこそ、自分自身もチームでより大きな価値を生み出そうという意識に変わっていった気がします。

また、人は誰しも老いていくもので、いつかは私も寝たきりになる日が訪れるのだから、パイロットは私にとって「寝たきりの先輩」なんです。“障がい者”ではなく“人生の先輩”たちと一緒に、寝たきりのその先をつくっていけることが、私の今のモチベーションにもなっています。

分身ロボットOriHimeと株式会社オリィ研究所 代表の吉藤オリィさん

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

吉藤 オリィ(よしふじ・おりぃ)

小学5年~中学3年まで不登校を経験。高校時代に電動車椅子の新機構の発明を行い、世界最大の科学コンテストISEFにてGrand Award 3rd を受賞。早稲田大学在学中、孤独解消を目的とした分身ロボット「OriHime」を開発し、2012年株式会社オリィ研究所を設立。
分身ロボット「OriHime」、ALS等の患者さん向けの意思伝達装置「OriHime eye+ switch」、全国の車椅子ユーザに利用される車椅子アプリ「WheeLog!」、寝たきりでも働けるカフェ「分身ロボットカフェ」等を開発。寝たきりでも社会参加できる世界を推進している。
グッドデザイン賞2021全作品の中から1位のグッドデザイン大賞やメディア芸術祭、コンピューター界のオスカーとも言われるPrix Ars Electronica-golden nica他、国内外で受賞多数。書籍「孤独は消せる」「サイボーグ時代」「ミライの武器」。

関連リンク

最新記事

この記事をシェアする

シェアする

この記事のURLとタイトルをコピーする

コピーする

(c) Recruit Co., Ltd.