営業力を強みに海外で挑戦。連続起業家がいま中東・UAEを拠点に活動する理由
大学時代に起業し、続いて立ち上げた会社ではCOOとして活躍。海外で「出張鮨」を振る舞う職人としても活動する安田光希さんが、「きっかけは『人より少し得意』でいい」と考える理由
学生時代、AI関連の事業を展開する会社を設立し一部売却。2021年に同社創業メンバーとBLUEPRINT社を創業し、スタートアップファクトリー事業を展開。建材業に特化したArchi Village社、製造業に特化したFactbase社を設立する。2023年に退任すると、今度は世界で戦える武器を身につけるべく、都内の高級鮨店で鮨の修行を積む道へ……現在は中東のUAE(アラブ首長国連邦)を拠点に、日本の優れた技術や製品の展開に取り組む安田光希(やすだ・こうき)さんは、一見すると異色ともいえる経歴の持ち主だ。
連続起業家としての歩みから一転、海外の地での活動を選んだのはなぜなのか。その背景には、「仲間たちより少しだけ営業が得意だった」という些細なきっかけから会社の営業担当を始めたことなどがあるという。日本で培った「営業力」を武器に挑む、安田さんならではの考え方や価値観について訊いた。
海外の地で「営業力」を試してみたかった
── 安田さんがUAEに拠点を移す前のキャリアについて教えていただけますか?
2017年、AIを勉強するサークルの仲間2人と一緒に起業したのがスタートです。AIなど先端技術を活用してDX支援事業を展開する「STANDARD」という会社だったのですが、当時はちょうどAIが注目を集め始めた時期だったこともあり、大企業からの受注を中心として順調に仕事が増えていきました。
その後2021年に、創業メンバーだった2人と新たに「BLUEPRINT(現・BLUEPRINT Founders)」という会社を立ち上げました。同社の事業は、端的にいうと業界特化型のSaaSプロダクトを中心とする事業を次々と創出すること。私はCOOとして、新規事業の創出や営業戦略の構築に加え、特に自分が得意な大企業向けのセールスや交渉を担当していました。
── その後の挑戦として、国内ではなく海外での取り組みを選んだのはなぜでしょうか?
一度は海外で挑戦してみたかった、というのが正直なところです。
学生時代に入っていたあるサークルで、海外で働ける機会があったのですが、当時の自分はTOEICの点数が足りずに行けなくて。その時の心残りがあるのと、当時それで海外に行った友人たちが海外で活躍しているのを見て「かっこええな」と。言ってしまえば、そのくらいの動機です。
STANDARD社、BLUEPRINT社では、学生時代から働かせていただき、国内ではいろんな経験をしました。一定の実績を出させてもらったのもありますし、そこで培った経験を踏まえて海外で挑戦してみたらどうなるかなと。
また周りの先輩経営者の方々が、「30代後半、40代になってくると経営に加えて結婚や育児など家庭環境の変化も含めて、なかなか海外で実業をゼロからスタートするのは難しい」とおっしゃっていたのも影響しました。海外のインナーサークルに入ろうと思うと、早めに行ったほうがいいなと考えました。なんだかんだ「人生一回」なので、やり残して悔いが残らないように、やりたいと思ったことは思いついたうちにやっておこうと。
「出張鮨」の職人として、板前に立つ経験も
── 活動の舞台に中東・UAEを選んだのはなぜでしょうか?
まずは、自分の人間としての幅を広げるためにも、今まで住み慣れてきた日本から文化・慣習・生活環境などが異なるところに行きたかったというのがあります。実際に来てみて現地のエミラティの方々とお話ししたり、一緒に海外旅行に行ったり。もちろん同じ人間なので共通項もありながら、戸惑うことも多々あります。自身の価値観にも大きく影響を与えました。
その上で、中東は地政学的にも要衝にあるためヨーロッパ・アジア・北アフリカなどの各国とも近く交流も多く、近年のサウジアラビアの開国も含めて、今後の人口増加も見込まれ、より世界的にも重要な地域になっていくのではないかという仮説をたてました。
また、長年石油や天然ガスを購入してきたという意味で、日本としても外交的にも欠かせない地です。近年特にサウジアラビアで日本のアニメが流行していたり、UAEの首都アブダビにチームラボの美術館が建てられたりするなど、日本の文化や作品に対して「需要」があり、今後伸びていく可能性が高い。一方で、北米・欧州・中国・東南アジアではそれぞれ数十万人単位で日本人がいるのに対して、中東では計1−2万人程度しかいないため「供給」が足りておらず、ギャップがあるのではと考えました。
さらに、自分がこれまで法人営業で培ってきた能力は、少人数で大きな影響力をもつ地域でより活きるのではと考え、中東のハブであるUAEにまずはやってきた次第です。
── UAEではビジネスパーソンとしてだけでなく、鮨職人としても活動されているとのことですが、その理由を教えてください。
ええ、そのつもりだったのですが、実は今一旦様子見をしています。
鮨が大好きだったこともあり、もともとは海外に行くための武器の一つとして、世界のVIPと繋がるために和食を自分自身で提供できるとチャンスが広がるのではという観点から、都内の高級店で鮨の修行をさせていただいたんです。
もちろん教えていただいた師匠方はじめ、何十年も鮨を握ってこられた方からすると職人を名乗れるレベルではありません。ですが、それでも業界のトップレベルの方々に教えていただきながら、皿洗いからはじめて、朝から夜中まで自宅での修行も含めて数千の魚を捌き、数万貫分握り、一定の数をこなした上で、人前でも握り「美味しい」と言っていただけるようになりました。
そこで意気揚々とUAEに乗り込み、友人づたいに何度か家で提供したのですが、特に欧州の方々には反応がすこぶるいいものの、食べる前にそもそもアラブ人の反応がいまいちで。一部のグルメな方々や海外旅行に多く行く富裕層は食すのですが、そもそも生食をほぼしない文化なので、多くの方はお肉もレアでは食べません。ある有名な鮨職人の方が今やレベルが相当あがっているニューヨークやシンガポールでも『こはだ』の啓蒙に5−10年かかった」とおっしゃっていたので、中東でもそのくらいかかるかもしれません。
幸い、鮨の提供なしにも、本業の方でかなり現地エミラティの方々とのネットワークができてきたので、当面はそちらに注力していこうと思っています。ただ彼らの中にはグルメな方々やレストランオーナーなども多数いるので、タイミングを見ながら和食の浸透にも貢献できればと考えています。
普段から、事業を作る際には顧客の需要を見極めてからモノを作るということを口酸っぱくいいながらやってきました。ですが、今回は見事にリサーチ不足で外しました。それでも、どこかでこの点が何か他の点にコネクトする気もしています。
自信のきっかけは「人より少し得意」でもいい
── 安田さんにとって、「営業力」とはいかなるものなのでしょうか?
対象となる商材を一番欲しいと思う方々に届けて、購入の意思決定をもらう力かと思います。もちろん商材の出来も寄与しますが、それの総和が高い方が、営業力が高いということかと。
それを実現するためには、様々なやるべきことがあります。まず商材を理解し、誰にもっていくと一番喜んでもらえるのか、喜んでもらったとして対価をもらえるのか、その想定顧客数がどの程度いるのかなど考える必要があります。そしてそのお客さん候補を見つけ出し、何かのつてを辿りながら連絡をとって商談をセットし、なぜ先方に有効なのかを正確かつ魅力的に伝えます。
先方がその魅力に気づいていない場合は、事前に課題感をすりあわせ、共感をもらわなければなりません。また個人と違い、法人では特に大きな企業だと意思決定に絡む方々が多くいる場合もある。なので一人だけではなく、多くの方に順序を考えながら話を進めていく必要があります。
さらに購入の意思決定をもらったあとも、先方の満足度を気にしながら、また次の顧客課題を見つけてさらなる提案をしていくことになります。
── 安田さんが営業力を身につけることができたのは、どのような理由からだと感じますか?
まずは場数ですね。これまで累計数千社との商談を経験させていただいたのですが、はじめはうまくいかなくとも、そこまでやれば徐々にうまくなっていきます。実際私も学生時代、ある学生団体の法人営業をしていた際、隣の友人が1件目の電話でアポをとれたのに対し、私は144件目でようやく1件目がとれました。そこからでもできるようになったのは、一定期間必死にやった経験があるからだと思います。
同時に、振り返りをすることも大切です。失敗した商談に関してはなぜうまくいかなかったのかを考えて、次に活かす。そもそも失敗しそうな商談というのは、想定の顧客ターゲットが間違っていたり、先方に有効なロジックが詰めきれていなかったり、初回の会い方や紹介のされ方がおかしかったりすることから生じます。なので、そういう商談をセットしないようにするだとか。あとはそもそもHP/LP/プレスリリース/営業資料などのメッセージの一貫性がなかったり、プロダクトの構造的な優位性が乏しかったり、単価が適切でなかったり、営業以外の方々の力が必要なところは彼らにフィードバックして改善するなどですね。
ただ数をたくさんこなしていると、振り返りをしないと我慢できなくなっていくのが普通です。なので、数をこなすということだけ意識するのでもいいと思います。実際、数を相当こなしているのに全く振り返りしてないという人にはほとんど会ったことないですから。
── 起業した際には、すでに仲間から「安田さんは営業が得意だ」と思われていたのでしょうか。
いいえ、そんなことはなかったかと思います。
当初は創業メンバー3名の中で、相対的に自分が「少しだけ得意かな」という程度でした。実際私が営業を担うことになったのはその程度の理由だったわけですが、それが一つの契機となり、とはいえ数年間で定型サービス・コンサルティング・受託開発・SaaSなどの様々な形式・価格帯の商材を、超大企業から数人程度の小さな会社さんまで直販、ときにはパートナーセールスも活用しながら提供させていただいたことで、場面ごとによる様々な営業活動を経験することができました。今では、初見の商材でもある程度効果的な営業戦略や営業活動がパッと見いだせるようになってきました。
なので、「ちょっとした得意」を誰かの役に立つように地道に磨いていくことが重要だと思います。
── ちょっとした「得意」を明確な「強み」へと変えていく過程で、特に意識したことはありましたか?
ありきたりですが、とにかく数をこなしました。自分も最前線で活動していたときは、大企業の役員方を中心に、月100件ほど商談をさせていただいていました。最初は不慣れだったとしても、さすがにそのペースで継続していくと、企業様の目指したい方向性や課題感、成功事例や失敗事例もどんどん集まってきて商談時の話題に事欠かなくなりますし、自分が役に立てている実感がもて自信もうまれてきます。そうなってくるとさらに役に立ちたいと思い、様々な情報収集や研究もし、お届けすることで喜ばれ、好循環がうまれていきます。
また、得意なことを掛け合わせることを意識しました。
最終的には、お客様に満足していただければいいわけですから、何も自分の得意領域を1つに絞る必要もありません。自分の場合は、投資の勉強もして企業の財務諸表を読み込むことも趣味の1つでした。なので、単にデジタルを導入するという話だけではなく、それがどういうふうに売上・利益を生み出し、中長期での時価総額にどうヒットするのかという観点まで含めてお話できると、喜んでいただけることが多かったです。そうやって得意領域を組み合わせていくことで、より唯一性が強まり、周囲から「強み」として認識されるのではないかと思います。
── ご自身の強みを活かしながら、今後はどのようなことに挑戦していきたいと考えていますか?安田さんのこれからの展望について教えてください。
まずはせっかく中東・UAEという未知の土地に来たので、ゆっくりと時間をかけてこの土地・文化・人を知り理解していこうと考えています。中東とひとくくりにしてもそれぞれの地域で特色があるので、それぞれに対しての解像度を高めていければと思います。
そしてその中での交流で日本を好きになってもらえるよう努めながら、一方でさらに日本のプレゼンスをあげるべく、日本に存在する優れた製品や技術などを発掘し、まずその良さを知ってもらう活動を進めていきたいと考えています。
またUAEに来て気づいたことがあります。現地の人々が日本車を筆頭に日本の製品や技術に対して厚い信頼を抱いている一方で、20−30年前に比べてUAE内での特に中国・韓国企業に対しての日本企業のプレゼンスが落ちてきたことです。
理由としては中国・韓国企業が製品力を伸ばしてきたとともに、政府含めて販売網を強力にしている一方で、日本企業の多くが、UAEで自分たちの製品や技術が高く評価されていること、潜在的なチャンスが眠っていることにまだ気づいていません。そもそも北米・中国・東南アジア市場に比べて優先度が低く手が回せない状況にあるためです。
確かにUAE一国では市場は小さいのですが、UAEにある企業の多くは他の中東諸国やインド・アフリカなどにも販路を多くもっていたり、オイルマネーを背景として世界中に投資対象をもっていたりします。また世界中の富裕層が集まるハブであるがゆえに、ここで日本の製品や技術が取り上げられるということは、UAE市民に広まる以上の価値を持っていると考えています。
そこで自分が先陣を切って、ある種、日本の民間の外交官になるんだという気概で、日本の製品や技術などをUAEを起点に中東一帯、世界へ広げていければと思っています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 安田光希(やすだ・こうき)
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1995年兵庫県生まれ。灘高校、慶應義塾大学を経て、在学中に大企業向けのDX推進支援を行うSTANDARD、BLUEPRINTを共同創業者として起業。退任後、鮨職人として修業し、現在はUAEに拠点をおき活動中。