チャレンジは「早めに」「小さく」はじめよう。21歳で事業を興した日本酒専門店オーナーのキャリア観

チャレンジは「早めに」「小さく」はじめよう。21歳で事業を興した日本酒専門店オーナーのキャリア観
文:森田大理 写真:須古 恵

大学を中退して仲間と起業。日本酒の魅力発信基地として酒屋を運営しているSakeBase代表 宍戸涼太郎さんの歩みから、現代らしいキャリアのあり方を考える

自らの意思でキャリアを切り拓き、社会で活躍する現代の若者は、どのような出来事に影響を受け、どのような価値観を持っているのだろうか。今回話を聞いたのは、SakeBase株式会社 代表取締役の宍戸涼太郎さん。千葉県千葉市、JR西千葉駅からすぐの場所で日本酒専門店を営む27歳だ。

宍戸さんは、大学時代に訪れた新潟で日本酒に魅了され、日本酒を一生の仕事にすると決意。大学を中退して友人と会社を立ち上げ、日本酒販売や情報発信を行っている。特筆すべきは、小売業ながら自分たちで酒米の生産から手掛け、酒蔵と提携したオリジナル日本酒の製造までを行っていること。裸一貫で乗り込んだ業界で大胆なチャレンジを続けられるのはなぜだろうか。宍戸さんが仲間と共に歩んできた挑戦の道のりを聞いた。

興味を抱いたことには、とことん熱中するタイプ

─ まずは宍戸さんのバックグラウンドについて教えてください。幼少期はどんな子どもでしたか。

小学校の頃は、生き物を観察したり、図鑑を読んだりして過ごすことが多かったですね。小説も好きで、『チャーリーとチョコレート工場』で有名なロアルド・ダールの作品に熱中していました。反面、好き嫌いがはっきりしていて、興味のあることしかやらないので、学校の勉強はつまずいてばかり。

カエルや魚の種類についてはクラスの誰よりも詳しいんですけど、それは教科書の外にある知識。ほとんどの教科の成績が悪くて親や親戚から心配されているような子どもでした。高学年になると、野球とサッカーに熱中。友達と打ち込むうちに、好きなことでは他の誰にも負けたくないという気持ちも芽生えました。

─ 影響を受けた人や出来事はありますか。

母方の祖父の影響が大きいですね。祖父は戦後の何もない時代に裸一貫で鳥取から大阪に出てきて、車の営業職を経て不動産会社を興した人。大阪と千葉で離れて暮らしていましたが、夏休みや冬休みになると長期で大阪に滞在していたので、祖父の事務所で商売の話を良く聞いていました。そのときは、憧れるというよりもビジネスの厳しさや難しさを教えられた感覚です。でも、身近な家族が経営者だったからこそ、早い段階から将来の選択肢のひとつとして起業を意識していたように思います。

あとは、家庭の教育方針にも救われました。いわゆる放任主義だったんですが、僕は自分で考えて納得しないと動けないタイプ。というより、人からの指示に従って動いても上手くいかないタイプだったので、親があれこれ口を出さず「自分で考えなさい」と言ってくれることがありがたかったんです。

身近な家族(祖父)が経営者だったからこそ、早い段階から将来の選択肢のひとつとして起業を意識していたように思うと話すSakeBaseの宍戸涼太郎さん

─ 大学では金融や起業について学んでいたそうですね。ここまで伺った宍戸さんのエピソードからすると、経営者になるためのステップとして大学進学をしているように感じられるのですが…。

いえ、むしろ逆で、大学進学時点では将来何をしたいのか全然見えていなかったんです。高校生のときにはこれ以上学校で勉強をする意味が分からなくて、大学には行かなくても良いかなと思っていた時期もあるくらい。かといって夢中になれるような業種・職種が見つかってもいなかった。ぼんやりと雑誌の編集にあこがれはあったものの、自分には無理だろうと諦めていたところもあって…。だから、自分が興味を持てるものを探す時間的猶予がほしくて大学に進学しました。

開業初期はあえて店舗を構えず、フットワークや機動性を重視

─ 日本酒に出会ったのはどんなきっかけなのでしょうか。

原点は、元サッカー日本代表の中田英寿さんです。現役時代からのファンで、2006年のW杯後に29歳で現役を引退してからも、日本中を巡って日本の伝統産業に触れ、世界に発信している姿に憧れていました。その後、中田さんが日本酒の会社を立ち上げたことを知り、日本酒の存在もなんとなく気になっていました。

日本酒の魅力に気づいたのは、自動車免許合宿で新潟に滞在したのがきっかけ。自由時間に新潟市内の酒蔵を見学させてもらったんです。そこで酒造りの現場を見て、原料や製法や作り手の思いを聞くうちに、日本酒ってめちゃくちゃ面白いなと思いました。

僕が特に惹かれたのは、日本酒の情報量の多さ。例えば原料である水・米そして発酵を促す微生物の組み合わせが味や風味を左右するからこそ、日本酒は地域の自然や農業などを表現することができます。また、地域の風土や文化、酒蔵ごとのこだわりや思いも詰まっている。それらは酒そのもので伝えるのはもちろん、瓶やラベルでも表現できます。広く日本の伝統産業の中でも、日本酒ほどいろんな情報が詰まった“メディア”はない。むしろ、僕が憧れていた雑誌よりも表現が豊かなのではないか。そう感じ、このメディアをたくさんの人に届ける仕事がしたいと思うようになりました。

─ 大学中退という決断をして起業を選んだのはなぜですか。卒業後ではいけなかったのでしょうか。

もともとやりたいことを探すために大学へ進学したこともあり、自分が心から熱中できるテーマに出会えたなら、“猶予期間”を終わらせることに迷いはありませんでした。また、企業に就職するよりも険しい道だと理解していたので、同級生が就職する前にできるだけ早く始めたかったんです。

立ち上げから1~2年は収入的にも厳しいだろうし、上手くいかないこともたくさんあるはず。そんなとき、就職して安定収入のある同級生と自分たちをつい比較してしまい、劣等感で挫けてしまうような気がしたんですよね。だから、同級生が社会に出るよりも先に始めて、早く事業を軌道に乗せたかった。早いうちにトライした方が、失敗してもやり直しが効きますし。

─ 宍戸さんが仲間とSakeBaseを立ち上げたのは2017年ですが、日本酒販売+角打ちができる実店舗を構えたのは2018年の12月です。約2年のタイムラグは意図的なものなのでしょうか。

一般論として、飲食店の閉店率は開業から1年で3割、2年で5割、3年で7割と言われています。主な要因は、固定費(家賃)が収支を圧迫していること。それなら、最初は店舗を構えなければ良いと考えました。屋台スタイルで、週末のイベント営業に注力。固定費が掛からないからこそ集客しづらい平日は無理に営業せず、全国の酒蔵を巡って取引のための関係構築に時間を費やしました。あわせて、酒蔵を見学・取材させてもらいSNSで情報発信。それは自分がやりたかった、情報を編集して届けるためのメディア運営でもあり、SakeBaseの存在を広く知ってもらうプロモーション活動にもなりました。

もしお店を構えることを絶対条件にしていたら、開業資金を用意するための時間がかかっただろうし、その間にお金は貯まっても、自分たちへの信頼や期待は貯まらない。小さくはじめて、フットワーク軽く動ける体制だったから、遠くの酒蔵にも何度も通って信頼関係を築くことができたと思います。

単なる酒販業ではなく、地域や地球に貢献できる事業者でありたい

─ SakeBaseでは、全国の酒蔵から仕入れた日本酒を販売するだけでなく、自分たちで原料の米づくりから手掛け、提携先の酒蔵でオリジナルの銘柄(プライベートブランド)を製造して販売しています。日本酒ビジネスのより手前から取り組むこの挑戦はなぜはじまったのですか。

もともと生き物が好きだったので農業にも興味があり、原料からこだわりたいという思いではじめました。でも、最初は農家さんに生産を依頼してもなかなか首を縦に振ってくれなかった。農業の経験もなく、ましてや酒造メーカーでもない20代の自分たちは、相手にもされませんでした。そこで、耕作放棄されている谷間の土地を借りて、ゼロからはじめることに。土地を耕し、水を引き、稲を植えて田んぼに戻しました。

すると、田んぼに生息するプランクトンをミジンコが食べ、ミジンコをメダカや水生昆虫が食べ…という水田の生態系が復活。昆虫が住みやすい環境になった結果、夏に観られるホタルの数が増えたんです。もともとは自分の好奇心や事業のためという思いではじめたことでしたが、地域の環境にとっても意味があると実感しました。同時に、自分たちの活動に共感してくれ、応援してくれる酒蔵やファンになってくれる方々も増えてきたんです。

SakeBaseオリジナルの酒に使う米を栽培している、千葉市緑区土気(とけ)地区の水田の様子
千葉市緑区土気(とけ)地区で、オリジナルの酒に使う米を栽培している(写真提供:SakeBase)

─ 宍戸さんが日本酒に魅了されたきっかけと同じように、SakeBaseオリジナル日本酒にも、ストーリーが詰まっているわけですね。

僕は、効率重視でストーリーがない酒には魅力を感じないですし、それはSakeBaseが届けたいものではないんです。酒販業をやってわかったのは、単に生産者から消費者へと商品を流すだけだと、私たちは商品の一時的な“倉庫”でしかないということ。大手小売や通販サイトの進出により、地域から酒販店が急速に姿を消してしまった理由も、なんとなく察しがつきました。だからこそ、SakeBaseは小売の常識にとらわれない挑戦をしていきたいです。

─ では、SakeBaseが目指していることを教えてください。

日本酒の魅力を発信することはもちろんですが、僕が事業を興した原点は、日本の伝統産業や農業に対する興味です。だからこそ、事業で得た利益を環境保全や伝統産業に還元していくことが目標ですね。2024年秋にJR西千葉駅構内で新たなお店をオープンさせるのですが、そこでは日本酒を1本購入いただくごとに、売上の一部を寄付金として積み立てていく予定です。例えば野生動物の保護活動など、応援したいテーマの団体に寄付をしていきます。そうした活動をお客様にも知っていただき、私たちと一緒になって楽しみながら社会に貢献できる仕組みを広げていきたいですね。

─ 宍戸さんやSakeBaseのみなさんが、様々な酒蔵やお客様を惹き付けているのはなぜだと思いますか。

一言でいえば、反骨心だと思います。自分たちは酒蔵や酒屋の家で育った訳でもなく日本酒との接点は学生時代のアルバイトくらい。農業だって同じようなものでした。でも、そんな立場だったからこそ、この産業で当たり前になっていることに対して「もっとこうすれば良いのに」と感じることがたくさんあって、それが原動力になったんです。

僕としては、戦前までは作り手に脈々と受け継がれてきた地域ごとの歴史や伝統が、戦後の社会が効率重視に偏ったことで、均一化・平準化・同一化していったことが残念でなりません。地域に昔から根付いている文化や製法、農産物を深く知り、追求していくことで、日本酒の可能性はまだまだ広がっていくと信じていますし、日本を世界に発信していく商材としても魅力的。だからこそ、SakeBaseはこれからも地域を色濃く表現する日本酒にこだわり、お客様に届けていきたいです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

宍戸 涼太郎(ししど・りょうたろう)

大学時代に新潟で出会った日本酒に魅了され、小学校からの友人と日本酒の魅力を伝える団体「SakeBase」を設立。2017年に友人と揃って大学を中退し、SakeBaseの活動を本格化。2018年に酒販店を地元西千葉に開店。現在は店舗運営を軸にしながら、イベント開催、酒蔵のレポートなどを通じて日本酒の魅力を発信している。

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