「仲間でありライバル」という学生起業家コンビが、医療・福祉交通のインフラ化に挑む理由

「仲間でありライバル」という学生起業家コンビが、医療・福祉交通のインフラ化に挑む理由
文:荘司結有 写真:小財 美香子

福祉タクシー・民間救急のマッチングサービスを開発するmairu tech。「負けず嫌い」な大学生ふたりが挑む移動の課題と、思い描く医療・福祉交通の未来とは

高齢化などを背景に、救急車の出動件数は年々増え続け、救急医療体制の逼迫が深刻化している(参考:総務省消防庁「令和5年中の救急出動件数等(速報値)」の公表)。緊急性の低い搬送については「民間救急」「福祉タクシー」の活用が推進されているが、現状は事業者ごとに対応できる搬送レベルが異なるなど、利用者が最適な事業者を見つけるのが難しいという課題もある。

そうした課題を解決するべく、利用者が条件に適した搬送事業者をウェブ上でスムーズに予約できる、福祉タクシー・民間救急のマッチングサービスがある。株式会社mairu techが開発・運営を手掛けるmairuシステムだ。

「福祉タクシー・民間救急を、救急車と双璧をなすようなインフラに引き上げたい」——そんな思いで同社を牽引するのは代表・大村 慧さんと取締役の田上 愛さん。ふたりは同じ大学で出会った同級生だという。「仲間であり、ライバル」というユニークな関係性の二人に、起業の経緯から目指す未来までを訊いた。

医療・福祉交通を浸透させ、移動をあらゆる人々に

― はじめに、『mairuシステム』がどのようなサービスか教えてください。

大村:mairuシステムは、年齢や病状・障がいなどによる身体的制約があり既存の交通手段を利用することが難しい方々にむけて、支援付きの移動サービスである「福祉タクシー・民間救急」を簡単に検索、予約できるプラットフォームです。

現状、福祉タクシーや民間救急は、事業者によって対応できる支援レベルや設備、支援内容が異なる上、一事業者あたりの保有台数も決して多くはありません。利用するには予約が必要なのですが、事業者に一件ずつ電話をかけて、利用者に適した事業者を探さなければならない。

そうした課題を解決するため、事業者と利用者の間で対応可能な時間帯や支援レベルなどの情報を共有し、スムーズに短時間でマッチングできるサービスが『mairuシステム』です。

事業者は車椅子やストレッチャーがあるか、酸素ボンベなどを使用した医療的な介助ができるのか、といった情報を登録する。利用者は乗りたい・向かいたい場所、時間、支援内容を入力し、絞り込みをかけて対応できる事業者をリストアップします。これでいくつもの事業者に電話をかけて確認しながら探す手間を解消できるのです。

『mairu システム』について話す株式会社mairu tech 代表取締役・CEO 大村慧さん
株式会社mairu tech 代表取締役・CEO 大村 慧さん

― そもそも、なぜ「医療・福祉交通」に着目したのでしょう?

大村:私は幼い頃から、新幹線や電車、車といった乗り物全般が大好きで。家族旅行に行く時も、新幹線が出発する2時間前には駅に着いて、全部の車両を前から後ろまで見ないと気が済まない(笑)。もはや、乗り物に乗りたいがために旅行に行くような子どもでした。

ところが、コロナ禍でどこにも出かけられない時間を過ごし、移動の意味を改めて考えるようになったんです。パンデミックが明けたら、私たちはまたいろんな場所に行けるけれど、病気だったり障がいがあったりで、身体的制約を理由に自由に移動できないままの人たちもいるのだなとあらためて気づきました。

コロナ禍を経て、タクシーの配車アプリの利用が広がり、シェアサイクルのポートが増えるなど、日本国内ではさまざまな移動手段を自由に選べるようになりました。一方、そうしたサービスが行き届かず、いまだに自家用車と車椅子しか移動の選択肢がない人もいます。そこに解決すべき課題を見出したんです。

田上:私は鹿児島県出身なのですが、色々なプログラムやイベントに参加するために地元から国内外に出かけるときの高揚感ってすごく大きくて。父親からも「移動した分だけ人は成長するよね」と言われていましたし、移動の大切さや楽しさを肌で感じてきました。ですので、モビリティや移動の可能性そのものに関心を持っていました。また、両親が医療の現場で働いていたこともあり、医療や福祉の領域は子どもの頃から身近にあるものでした。この領域に自分でサービスを作って関わることができるのは本当に面白いです。

互いに異なる強みを持つ「仲間でありライバル」

― ふたりは大学の同級生同士で起業されたと伺いました。どのようなきっかけで力を合わせることになったのでしょうか?

大村:田上とは推薦入試の同期です。入学後に大学院生向けの講義にこっそり参加していたら、自分以外にもう一人新入生が紛れ込んでいて……それが田上でした。その後一緒に帰ったときに、高校時代の話とかを色々聞いたんです。

彼女は生まれ育った場所にとらわれず、全国、海外のプロジェクトにも盛んに参加していた。それを聞いて、環境的なハードルを自分の意志で飛び越えて行ける人だと感じ、「この人面白い!」と思ったんですよね。すでにmairu techの原型となるプロジェクトチームを立ち上げていたので「一緒にやらない?」と誘いました。

― 大村さんからプロジェクトに誘われたとき、田上さんはどう思いましたか?

同級生同士で起業したきっかけについて話す株式会社mairu tech 取締役・COO 田上愛さん
株式会社mairu tech 取締役・COO 田上 愛さん

田上:「この人と一緒に仕事をしたい。けれど同時に、負けたくもない」と思っていました。私は高校時代、模擬国連やディベートを通じて社会課題を考える活動をしていたので、プレゼンやスピーチといった「表現」に関するものには得意意識があったんです。でもある時、大村のプレゼンを聞いたら、人生初くらいに「あ、この人には負けた」と思って。だからこそ一緒に取り組んで、負けないくらいに成長したいという感覚でした。

大村:お互いに、そうした競争意識というか、危機感みたいなものは持っているんです。それぞれ強みは違うところにあるので役割分担はできているけれど、自分も田上には負けたくないという気持ちがあって(笑)。彼女よりも強みだと感じているところはさらに磨かなきゃいけないと思っています。

田上:確かに。仲間でありライバルみたいな関係性かもしれません。

― 強みが異なり役割分担ができているとのことですが、それぞれどこが強みなのでしょうか。

田上:大村は何かを決断するとき、さまざまな選択肢を並べてそれらをしっかりと比較検討する能力が高いと思っています。学生起業であるがゆえに知見や情報量が足りないこともありますが、それを自ら掴みに行き、とにかく思考して一つの結論を出せる。その思考量や情報収集能力は、私には真似できないですし、純粋に「強い」と尊敬しています。

大村:なんだか照れますね(笑)。私からみた田上は「失敗する力」が高いと思います。誤解を恐れずに言えば、スタートアップは失敗しないことなんてないんです。基本的には1回の成功を掴むために100回くらいジタバタするしかない。

そう頭では分かっていても、自分は失敗に弱くて、上手くいかないとすぐ心にダメージを受けてしまう。どうしても、PDCAサイクルを回すときに「落ち込み(O)」というワンクッションを挟んでPDC“O”Aになってしまうんです。でも田上は失敗を反省しながらも「仕方ない!次!やろう!」ってすぐに思考を切り替えられる。その力があるか否かで、組織の動くスピードはまったく変わるなと感じています。

田上:私は未来志向が強いんです。例えば10年後、30年後のプロダクトの未来を考えていたら、今日の失敗なんて誤差の範囲なんじゃない?って。くよくよ同じことを考えるよりはパッと切り替えて、新しい方向に進むほうが将来的にはいいのかなと思うんですよね。

互いに異なる強みを持つ仲間でありライバルのような関係性だと話す、mairu techの大村慧さんと田上愛さん

同じ方向を見る未来視点で変化を乗りこなす

― おふたりは大学2年時に株式会社mairu techを立ち上げました。いちプロジェクトだったサービスを世に届けるにあたり、なぜ「起業」という手段を選んだのでしょうか。

大村:自分たちの性質として、目の前の人を幸せにするというだけでは満足できないからです。もちろんそうした活動も大切ですし、心から尊敬する一方で、我々は世の中の仕組みを変えて、「その問題を取り払ってしまうこと」を目指したかった。だから指数関数的に成長しなければならず、それにはスタートアップという道が最適だったんです。

― 起業から1年が経ちますが、難しさを感じる場面はありますか?

田上:一番は常に変化を続けなければいけないことでしょうか。昨日まではこれでいいと思っていても、新しい知見や視点が入ってきて、「やっぱりこう変えたほうがいいんじゃない」と、どうしても今までの方向性や考えを否定しなきゃいけないこともある。各々が本気で考えて動かしていることだからこそ、それによって意見が対立したりすることだってある。それを乗り越えるのは未だに難しいと感じることが多いですね。

― それぞれが本気で事業と向き合っているからこその難しさですね。そうした意見の対立をどのように乗り越えようとしているのでしょう。

田上:最近、先輩起業家とお話しして腹落ちしたのが、「未来から考えること」です。チーム内で意見の対立が起きると「AさんとBさん、どちらの意見がいいか?」となりがちですが、実はそうではない。意見の優劣をつけるのではなく、自分たちが目指す未来に沿うのはどちらか?と議論するといい、と言われたんです。

それまでは自分の考えを論理立てて伝えるよう尽力していましたが、そうではなく未来に視点を飛ばして話す必要があるんです。

意見が対立したら、意見の優劣をつけるのではなく「未来から考えること」が大事だと話すmairu techの田上愛さんと大村慧さん

大村:意見の対立って、人の対立ではないはずですし、同じことを目指していてもすれ違うことはある。だからこそ「同じ方向を見ている」という前提を確認しつつすりあわせるのがすごく大切で。どれだけ意見が食い違っても、「目指す未来を作るためにお互い言っているんだ」というリスペクトは忘れないようにしています。

すべての人が当たり前に移動できる社会を目指して

― 昨年秋から兵庫県神戸市で「mairuシステム」の試験運用を行っています。その経験から見えてきたことを教えてください。

大村:とてもありがたかったのは、「そんなシステムはいらない」という声がまったく出てこなかったことです。病院や福祉施設などからも「本当に予約が大変だったので助かる」という感想がほとんどで、やはりこのサービスが社会に必要なんだという確信を持てました。

もちろんプロダクト開発の面では解決したい課題や目標は多々ありますが「このサービスが求められている」と分かった今は、乗り越えるだけの壁だと思っています。今春からは神戸市で本格運用も始まりました。今後はより幅広い地域の医療・福祉施設、搬送事業者、一般の方々にもサービスを広げていくつもりです。

田上:同時に、しっかりとした支援が必要な方の搬送を行う「mairuモビリティ」の展開も進めています。これまでハイレベルな支援が必要な利用者は、なかなか対応できる移動支援サービスを見つけられない状況がありました。

mairuモビリティでは、そうした方たちに特化し、医療資格を持ったクルーが同乗する形での搬送サービスを提供します。福祉搬送の課題に対する打ち手としても、より幅を広げていきたいと考えています。

mairu techが展開する「mairu モビリティ」の車両。医療資格を持ったクルーが同乗する形で、しっかりとした支援が必要な方の搬送サービスを提供する
写真提供:mairu tech

― 最後に、おふたりが描く医療・福祉交通の未来図を教えていただけますか。

大村:私たちが目指すのは「医療と福祉を支えるモビリティのインフラを作る」ことです。現状、福祉交通は認知度も低く、十分に整備されているとは言えません。私たちの使命は、そんな福祉交通を救急車と双璧をなすようなインフラにまで引き上げていくこと。あらゆる人々がパッと移動できるような社会を作ることが、担うべきミッションだと考えています。

田上:モビリティに限らず、多くのサービスは基本的にいわゆる健常者のために作られて、それを後から障がいや病気のある人にむけてチューニングしていくという感覚があって……でも、私たちの取り組みはそれとは少し違うんです。私たちの事業を紹介するとよく「タクシーの福祉版ね」と言われますが、発想の起点が異なっているように感じます。医療・福祉交通は、これまでの交通サービスが届かない人々の移動の基盤になる存在だと考えています。この取り組みを通じて、身体的制約の有無に関わらず、誰もが行きたい場所へ移動できる社会を目指したいです。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

大村 慧(おおむら・けい)
株式会社mairu tech 代表取締役・CEO

「テクノロジーを活用した人の生活の変革」をテーマとし、事業開発の世界に飛び込む。介護施設におけるストレスの可視化や防災観点での海中防波堤の開発などの複数プロジェクト立ち上げ、またその失敗経験を経て、モビリティ分野での挑戦を決意。mairu techを立ち上げる。あらゆる人が安心して使うことのできる移動のインフラを構築することを目指し、次世代の医療・福祉搬送サービスの開発・展開を推進。

田上 愛(たのうえ・あい)
株式会社mairu tech 取締役・COO

活火山のある鹿児島で育ち、ユース国連大使や模擬国連、ディベートの活動を通して世界の問題について考える。環境問題やまちづくりに向き合い奮闘する人々との出会いをきっかけに、技術を使って大きく世界を変えにいくスタートアップという選択肢に惹かれる。多様なステークホルダーとの協働・開発経験を活かし、サービスのコンセプト開発・戦略・組織づくりを統括。️

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