【コレカラ会議】コロナ禍で生まれた「こころの故郷さがし」、旅から始まる、新しい地方創生の兆し
コロナ禍でリモートワークが浸透し、働き方の選択肢が広がるメリットを感じた人も多い反面、外食・旅行・帰省のしにくさに閉塞感を覚える方も増えているのではないでしょうか。
そんなコロナ禍で生まれた、旅から始まる新しい地方創生の兆し「こころの故郷さがし」の実態とその可能性について、『じゃらんリサーチセンター』センター長の沢登次彦、『SUUMOリサーチセンター』センター長の池本洋一がご紹介します。
※2022年2月に開催された社外向けイベント「コレカラ会議」のダイジェスト記事です
コロナ禍で生まれた「こころの故郷さがし」という潮流
沢登:『じゃらんリサーチセンター』センター長の沢登です。本日はコロナ禍で生まれた新しい旅行の兆し、「こころの故郷さがし」について調査データも交えてお話できればと思います。
コロナ禍の影響もあり、現在、開放感、地域への深い共感や貢献感など心が満たされる場所(=こころの故郷)を持ちたいというニーズが高まってきています。「こころの故郷」を探す旅というのは、従来の観光とは異なり、現地の暮らし体験・文化に触れる、現地の人と交流するなどを目的とした新しい旅の形です。
この潮流は、データからも読み取ることができます。
生まれ育った地元以外に「ふるさとを持ちたい」人が56%
「ふるさと」を持ちたいというニーズが高まっている
旅行情報アプリ『週刊じゃらん』の調査データ(対象数6000名弱)をみると、「生まれ育った地元以外にも、“帰省しているかのような感覚を感じられる場所”が欲しいと思いますか?」という質問に対し、「欲しい・やや欲しい」と回答した方は56%。さらにそのうちの約4割は、「その気持ちがコロナ禍で強まった・やや強まった」と回答しています。
続いて、帰省の状況についてもご紹介します。
3人に1人は帰省できる地元はない。
コロナ禍で、地元があっても帰省できない人が増えている
「あなたには現在、“帰省できる地元”がありますか?」という質問に対し、「帰省できる地元がない」と回答した方は35%。帰省できる地元はあるものの、コロナ禍で「全く帰省していない」という方が32%もいる状況です。
この2つを足し合わせると、約55%の方が帰省できる地元がない、あるいは地元があっても帰省できていないという状況にあることが分かります。
続いてコロナ禍で、どういった気持ちが高まったかというデータもご紹介します。
コロナ禍により、「日常・いつもの場所から離れたい」人が増加
半数以上の方が、「普段の日常から離れたい(53.9%)」、「いつもと違う場所で過ごしてみたい(52.5%)」と回答しています。また、他項目を見ると、「新しいコミュニティが欲しい(50.0%)」、「自分を受け入れてくれる居場所が欲しい(40.8%)」と、新しいつながりへのニーズも増加しました。
これらすべての回答が、「こころの故郷さがし」につながるニーズだと私たちは捉えています。では、どんな人が、なにを求めて「こころの故郷さがし」を行っているのか、そのイメージ像をまとめてみました。
まず人物像ですが、都心に住んでおり、ふるさとがないか、あっても帰省できない人、またコロナ禍で新たな出会いが減少していたり、旧知の人との親睦も減少しているような人。彼らは、不安や閉塞感を感じていたり、今の日常のままでいいのかという疑問を抱えています。
そんな彼らが求めているのは、リフレッシュできる地方の自然豊かでスローな時間や地方の温かな人たちとの交流。日常でも非日常でもなく、異日常(違った日常)を味わえる、自分の拠点となる場所がもうひとつ欲しいと感じているのです。
日常的に接する地域とは別の地域との接点をつくることによって、新しい自分の居場所をつくっていく。このように新しい居場所や愛すべき地域ができれば、その先にはその地域の役に立ちたい、その地域から必要とされたいという思いを持つ「関係人口(*)」につながる可能性も見えてきます。
*関係人口
「関係人口」とは、移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す
引用:総務省ホームページ
調査でも、「帰省しているかのような感覚を感じられる場所を探すために、今後(も)今まで訪れたことのない場所へ行ってみたいと思いますか?」という問いに対して、「行ってみたい/やや行ってみたい」と回答した方が過半数を超えました。
帰省しているような感覚が得られる場所に行ってみたい人が過半数
また、「“帰省しているかのような感覚を感じられる場所を訪れること”をテーマにした旅行プランや場所、集まりがあった場合、その内容に興味がありますか?」という問いに対しても、「興味がある/やや興味がある」という方が47%もいました。
このような具体的なニーズが既に顕在化しているため、プランを用意できればニーズを持った人々を動かせる可能性が高いことが分かります。
人、宿・地域、リクルート、観光庁が取り組む「こころの故郷さがし」
では実際に、「こころの故郷」を持つ人や、受け入れ側としてプランを用意している宿の動きをご紹介します。
CASE1 人の動き
「こころの故郷」は「素の自分に戻れる場所」:Sさん
『箱根本箱』に6回リピート滞在し、3泊4日ほど長期滞在することもあるというSさん。箱根は「素の自分に戻れる場所」だと感じていらっしゃいます。
「こころの故郷」で過ごす時間によって、コロナ禍のフラストレーションを解消できたり、思いもよらないアイデアが得られたり、日常では解放できない自分が表現できるなどのメリットを感じているというお話を伺えました。
CASE2 地域・宿の動き
異日常体験のアクティビティでブランディングに成功:古民家ホテルryugon(新潟県南魚沼市)
新潟県南魚沼市にある古民家ホテルryugonさまは南魚沼市=「観光地」ではない場所だからこそ、非日常ではなく「異日常(異なる日常)」を体験できる場所を創ろうと、2019年にリニューアルされました。
ガイドと共に山に入って山菜やきのこを収穫し食材を持ち帰って料理する「きのこ狩り」や、雪国の郷土料理名人のおばあちゃんと一緒に郷土料理をつくる、「土間クッキング」などのアクティビティを行っています。
こうしたアクティビティ体験で地域文化の魅力を掘り下げ、訪れた方に異日常を感じてもらうことができている良い事例です。
参加された方からは、「現地の生活を味わえる魅力が最高」「地域の食文化を守ってきたおばあちゃんと一緒に料理をする体験や会話を通じて地域の温かさに触れ、雪国に馴染めたようで嬉しかった」などの声が挙がっており、リピート滞在につながっています。
CASE4 リクルートとしての取り組み
新たな「こころの故郷」を見つける、「はじめまして帰省」
このような兆しを盛り上げる取り組みは、リクルートでもスタートしています。『週刊じゃらん』が2021年10月から行っている「はじめまして帰省」は、「帰省」を新しい旅行のひとつの形として発信するという企画です。帰省を感じるためには5つの要素「人」「五感」「時間」「縁/記憶」「安心感」が重要という仮説を元に各地の魅力を紹介しています。
具体的には「ただいまライター」を「お帰りコーディネーター」が迎えるという仕立てで各土地の魅力を紹介しており、若い方を中心にSNSで共感のコメントやシェアを多数いただきました。
参考:https://www.jalan.net/jalanweekly/kisei/
CASE5 国としての取り組み
「第2のふるさと」をつくり、新しい観光需要を掘り起こして地域活性化へ:観光庁
国も同じ方向を向いています。
観光庁ではふるさとを持たない都市部の若者をターゲットに、「第2のふるさと」として「何度も地域に通う旅、帰る旅」を推進しています。これが定着すれば国内観光の新たな需要の掘り起こしにつながり、地域が一体となって「稼げる地域」に変化すれば地域の活性化を図ることができます。
参考:https://www.mlit.go.jp/kankocho/dai2nofurusato.html
ここまで、人・宿・リクルート・国がそれぞれ取り組んでいる事例を紹介させていただきました。次のパートでは、『SUUMOリサーチセンター』の池本より「こころの故郷さがし」を地域活性化につなげていくヒントを詳しく紹介させていただきます。
「こころの故郷さがし」は地方活性化の起爆剤になる可能性を秘めている
池本:『SUUMOリサーチセンター』センター長の池本洋一です。私からは旅が本当に二拠点居住・移住につながるのか、そのプロセスに必要なことを紹介させていただきます。
「こころの故郷さがし」のような旅は、旅行者・街、それぞれに変化を生じさせる可能性があると私たちは考えています。
旅行者の変化としては、自分が満たされる時間を過ごすことによって「自分を取り戻す・見つめ直す・リフレッシュできる」などのメリットが得られ、そこで過ごす時間を定期的に求めるようになります。
そして街の変化としては、名の知れた観光地ではない地域でも「交流人口(観光に来る人)」の獲得が可能となり、定期的にその地を訪れる「ロイヤルカスタマー」に発展する、などが考えられます。さらにその先には「これまでは単なる旅行客(ゲスト)だった人が、いつかこの街を良くしてくれるホスト(関係人口・二拠点居住者・移住者)になる」という可能性も見えてくるでしょう。
こういった旅行から移住につながるプロセスを、もう少し詳しくご紹介します。
旅行・二拠点居住・移住のプロセス
地域への愛着が地方活性の入り口になる
「こころの故郷さがし」のような旅をするなかで、地域での体験・交流によってその地域への愛着が形成されるという流れがあります。例えばあの人に会いたい、あの場所で過ごしたいなどの思いですね。それがリピートにつながり、もっと関わりを持ちたくなるというサイクルに入っていきます。
さらにそれが続いていけば、「地域のために何かしたい」という気持ちが高まり、プロボノや副業として地域貢献に関わったり、二拠点居住、さらには「移住したい」という気持ちにつながることも。それが地域づくりの担い手不足という地方の課題解決にもつながるのです。
旅行客が「こころの故郷旅」で度々訪れるロイヤルカスタマーになってくれるだけでも、地域にとっては経済的価値が高いですし、そこで「もっと関わりたい」という良いサイクルに入ってくれれば地域に新たな提案や付加価値をもたらしてくれる可能性もあり、取り組む価値は非常に高いといえるでしょう。
「こころの故郷」に興味がある人を動かすことで、
二拠点居住・地方移住の可能性も広がる
実際、『じゃらん』の調査でも、「二拠点居住や地方移住という生活スタイルに興味がありますか?」という質問に対して、「こころの故郷旅」に興味がある人はそうでない人に比べて31.7~37.3ptも二拠点居住や地方移住に関心を持っていることがわかりました。こうしたデータからも、「こころの故郷さがし」が地方の活性化につながる可能性を感じられます。
「こころの故郷さがし」の実践者を関係人口につなげるために、さまざまな打ち手が考えられますが、そのうち3つを成功事例とともに紹介させていただきます。
PLAN1 「宿」から「街」へ、「景観を楽しむ旅」から「地域との交流体験」へ
PLAN2 生活・産業体験型の滞在プログラム
PLAN3 観光地魅力化の先にある「働き手としての関係人口」
PLAN1 「宿」から「街」へ、「景観を楽しむ旅」から「地域との交流」体験へ
~事例 山口県 長門湯本温泉~
街歩きを通じて地域との交流体験を作る
まずは、“PLAN1”を体現されている山口県 長門湯本温泉の事例です。
長門湯本温泉はもともと観光バスで大型旅館に直接来て、そのまま旅館内で食事・お土産の購入までを行えるような、旅行客の動きが宿内で完結する街でした。しかし、時代の変化とともに観光客は減少、廃業する老舗旅館もでてきてしまいました。そこで、宿で過ごすだけではなく街歩きを楽しんでもらえるような温泉街の再生計画を立て、温泉街をリニューアルされました。
長門市役所が誘致したリゾートホテルと提携して全体のランドプランを作り、歩いて楽しい街づくりを進めるなかで街の人と協力した社会実験(季節性のイベントや川床の設置など)もたくさん実施されました。実際に社会実験を行うと、そのイベントのたびに関係人口が増えるので、街が変わる、そんな期待感を持った人たちが集まりやすくなるというメリットも生まれました。
実際にこれらの取り組みを通じて旅行客から移住に至ったYさんの事例を紹介します。
【長門湯本温泉の変化】旅行客から移住というステップを踏んだ、Yさんの事例
Yさんは、もともとは山口市から週に2~3回通っていた旅行客でした。旅行中に街の人と交流するなかで、子どもの面倒をみてくれるなどの優しさに触れ、心地よく感じたことをきっかけに街への愛着を感じるように。
「街のために何かしたい」と考え、社会実験に出展者として参加。何度か参加を繰り返すなかで、街の方から「カフェを手伝ってくれないかな」と話をもちかけられたそうです。「いきなりは無理です」ということで、最初は通いながら手伝っていたのですが、コロナ禍をきっかけに本格移住を決断されました。
まさに旅行客からホストへという変化が見られた良い事例です。
~事例 長野県 松本市 松本十帖~
地域の日常生活を観光資源に
次の事例は、「地域の日常生活こそが観光資源」という発想の転換をされて成功された、長野県松本市 松本十帖の事例です。松本十帖には「湯仲間(共同湯を管理している人たちで、お湯に入り合う・会話するという交流のある仲間)」という地域特有の文化があります。
旅行客に湯仲間文化を知って興味を持ってもらうことを目的に、宿の外にある温泉街の湯仲間用の外湯の2階をチェックイン場所に。宿内に宿泊者向けの湯仲間体験ができる浴場を作ったりと、自然な流れで湯仲間文化を知り関心を持ってもらえるような仕掛けをしました。
その他にも敷地外にカフェを作って街歩きを促したり、敷地内のブックストア・ベーカリーショップでは、地域文化に触れ、美味しい地域食材を使った食事が楽しめる空間を設計。宿泊客以外も利用できるようにすることで、自然と旅行客と地元民が交流するように工夫されたそうです。
こうした取り組みにより地域レストランのレベルが上がるなどの波及効果も生まれ、リピーター獲得に寄与するような取り組みとなりました。
PLAN2 生活・産業体験型の滞在プログラム
~事例 広島県 大崎上島町~
民泊修学旅行・地域留学で関係人口を育む
次の事例は、生活・産業体験型の滞在プログラムを用意し、関係人口の拡大に成功した広島県 大崎上島町です。
大崎上島町では、中学生を対象に、地域の魅力を知ってもらう機会を創るために修学旅行の宿泊先を旅館ではなく、民泊にすることで地域の方と交流ができるというプログラムと、高校生を対象に「地域みらい留学」といった島外の生徒でも進学の機会を得ることができるプログラムのふたつを導入しています。
【大崎上島町の変化】修学旅行をきっかけに関係人口候補となった、大阪府在住の大学生Sさんの事例
まさにそのふたつのプログラムを体験されて関係人口候補になっているのが、大阪府在住の大学生Sさんです。
Sさんは修学旅行で民泊した際、自然の魅力と島の人の温かさに触れ、感動されたそうです。その後「地域みらい留学」を利用し、島の高校に進学しました。
卒業後は関西の大学に通っているものの、今でも定期的に島に通って母校へのOB活動・民泊先のご夫婦との交流などを継続されており、将来的にも島に貢献したいという思いを持たれています。
PLAN3 観光地魅力化の先にある「働き手としての関係人口」
~事例 熊本県 上天草~
観光地の魅力化から関係人口を獲得
続いてご紹介するのは、古さを感じるイルカ見学船の観光地を13年かけて九州有数のリゾート地にまで進化させた、熊本県 上天草の事例です。
地元の民間企業が、公共交通機関を軸にJR九州と協業して観光列車の導入を実現し、行政・地場企業群と連携して遊休市有地の再開発を行った結果、九州でもトップクラスのリゾート地に発展しました。
具体的には、2011年の九州新幹線全線開業に合わせ九州新幹線・観光列車特急A列車で行こう(高級感あふれるBAR付専用車)・定期航路を一本の路線捉え交通アクセスの改善を行った結果、全国的に高い注目を浴びました。それに伴い、受け皿の整備を進め1泊2食つきの旅館スタイル中心の宿泊施設しかなかった地域に、リノベーションを活用した洗練されたゲストハウスやグランピング施設を開業し多様性を持たせました。また、船着き場を核として物販飲食店からなるリゾート観光施設を誘致。その他にもボルダリングなどのアクティビティの体験拠点と交通ターミナルを兼ね備えた複合施設を建設。旅行のバリエーション増強に取り組みました。
このような取り組みを継続していった結果、旅行客だけでなく全国から働きたい人が集まるようになるなど、大きな変化を遂げています。
【上天草の変化】働き手として関係人口になったMさんの事例
上天草の事例では、新たな関係人口が生まれるという変化が起きました。それが上天草の発展を間近で見ていたMさんです。
Mさんは、もともと福岡で銀行員をされていたのですが、コロナ禍をきっかけに仕事を通じて地域との関わり方を見直したいと感じるようになったそうです。そして上天草が活性化していく過程を見て感銘を受け、その一員になりたいと転職を決意されました。現在は家族が住む福岡との二拠点居住をしながら、上天草の開発を進める企業の社長の右腕として働いていらっしゃいます。
Mさんを採用したシークルーズの社長がおっしゃるように、多くの地方企業は経営人材の不足によって「経営者ひとりVS従業員」という構図が生まれてしまうことに悩まれています。
Mさんのように、関係人口として経営を一緒に考え、動いてくれる方が来てくれれば会社はもちろん、地域の持続発展性にとっても非常に良い影響をもたらすことが分かります。
PLAN4 関係人口が地域を支援する仕組みづくり
~事例 島根県 海士町~
持続可能な地域支援の仕組みづくりに成功
最後はPLAN3のさらに先にある、地方創生に成功した後、持続可能な地域支援の仕組みづくりに成功した、島根県 海士町の事例です。
海士町は地方創生の先駆者として非常に有名ですが、近年では町長・役場の課長・影響力ある移住者たちだけが主導(負担)する街づくりからの脱却が課題となっていました。
そこで、持続可能な交流力を高めるために世代交代を見据えた「明日の海士をつくる会」を設置。若手島民オーナーシップ型の街づくりに転換していっています。具体的には町外の経営者やビジネスリーダーと住民とのワークショップを実施し、地域住民や若手の主体性を引き出し、地元リーダーや町外の経営者が支えるという形を作りました。
【海士町の変化】関係人口となって地域を支援した、町外経営者の原田さんの事例
もともと海士町に移住して会社を設立していた阿部さんに、親子島留学で来られた町外経営者の原田さんがアドバイスし、経営を好転させたという事例です。
阿部さんは海士町に来てから経営を始めたものの、自身がバーンアウト状態であることや会社の運営に無理がある状態にワークショップで気づかされたそうです。そのワークショップで英治出版の社長である原田さんに出会ったことをきっかけに、アドバイスをもらって出版事業を立ち上げ、本も出版し、経営も安定しました。
これは関係人口の方が町を担う方に、勇気と技術を提供したことが成功につながった良い事例といえます。この事例からもしかすると単純に移住してくれる方を探すより、テクニカルな部分を伝えられる関係人口を誘致するレバレッジのほうが大きいのかもしれないと感じることができます。
先にご紹介した海士町のワークショップも、実はリクルートが行っている「コクリ!プロジェクト」の一環で行ったものです。「コクリ!プロジェクト」は、コ・クリエーション(共創)プロセスを使って地域や社会に大転換を興そうとする研究コミュニティです。
最後に、これまでにご紹介した事例から見えてきた旅をきっかけに関係人口に昇華させていくための大切な要素を3つのステップにまとめてご紹介します。
旅をきっかけとして関係人口に昇華させる、3つのステップ
まずSTEPのひとつ目は「行ってみたいにつながる視覚・体験・味覚のデザイン」。街を含めた周辺デザインの設計がカギとなります。昔ながらの温泉宿が昔ながらの温泉宿のままだったら、皆が行きたいと思ってくれる状況は生まれにくいでしょう。そのため、長門湯本温泉のような形で、歩きたくなる視覚・街の体験・胃袋を掴む味覚などのデザイン設計が必要です。
次のSTEPとなる「また来たいにつながる偶発性のデザイン」は、旅行客が街を歩いた時に店舗の人や地元のお客さんと「まるで偶然かのような交流」をさせるようなデザインが重要です。
例えば、地域の人も来るお店に行ってもらえるようにすれば、地域の会話が聞こえてきたり、お店の人との交流ができたりします。他にも、チェックインの時などに目に触れる場所に地域の本を置いておき、地域文化に興味を持ってもらうきっかけをつくるなど、さまざまな仕掛けをしておくことが重要です。
最後のSTEP、「関係を持ち続けるための機会のデザイン」は、海士町の方がおっしゃっていた、役割をお願いすることが一番だと思います。例えば「次に来るときはぜひここを手伝って欲しい」という形で街の側から働きかける。それが旅行客の「役に立ちたい」という欲求を刺激することとなり、「私にできるなら」と関わりを深め、関係人口へとつながる可能性を高めることができます。
このようにお金ではなく「ありがとう」という気持ちの交換、心のふれあいができるプログラムがあると、関係人口に発展していく可能性を広げられるのではないでしょうか。
コロナ禍で生まれた「異日常」というニーズをつかみ、三方良しの地方創生を
沢登:ここまでの話をまとめていきますと、コロナ禍の現在は、「こころのゆとりが欲しい」「異日常を味わいたい」「癒やされる時間が欲しい」「温かい人々とふれあいたい」「自分の興味に合った〝本質的な価値〟にふれたい」というニーズが高まっています。
そして、このニーズはアフターコロナでも間違いなく続いていくはずです。実際、私自身も東京生まれ東京育ちですが、コロナ禍でもうひとつの居場所が欲しいという思いを強くしていますし、周囲でも異日常を求めて既に動いた人から「生活が豊かになった」「人生により前向きになれた」などの声を多く聞いています。
旅行をきっかけにした関係人口や移住は、これまでの非日常の観光・交流からでは、もうひとつの日常(二拠点居住)や新日常(移住)に進むことが難しく、積年の課題でありました。
しかし、この越えられなかった川に「異日常」という橋を架けられれば、プロボノ・副業、二拠点生活や移住が一気に現実化する。そんなチャンスがコロナ禍の今だからこそあると私たちは考えています。
異日常という橋を架けるのに欠かせないのは、地域にしかない価値です。地域にしかない価値というのは、これまで大事に育ててきた文化遺産(歴史・愛着・誇り)。人を通じてその価値を伝えていくことが、旅行客の変化につながります。
地域文化に根ざした深い体験を磨き込んで伝えること、それを提供できる仕組み化に取り組むこと。それが訪れる人・地域の人・観光事業者、三方良しの地方創生になる可能性を秘めていると考えています。
こうした新しい日常を皆さんと共に実証実験を続けるなかで見つけ、コロナ禍で生まれた「こころの故郷さがし」の兆しを一緒に育てていきたいと考えています。本日はご清聴ありがとうございました。