おかえり! 「帰る旅」でもう一つのふるさと探し

おかえり! 「帰る旅」でもう一つのふるさと探し

2022年4月20日、観光庁は「何度も地域に通う旅、帰る旅」という新たな旅のスタイルの普及・定着を図るべく、「第2のふるさとづくりプロジェクト」を本格始動させた。その一環として、新潟県、群馬県、長野県の7市町村※による広域観光圏で地域活性化を目指している一般社団法人雪国観光圏『じゃらんリサーチセンター』が協働し、「帰る旅」の循環モデルを作る実証実験に取り組んでいる。なぜ、今、「帰る旅」なのか? 実証実験でどんな取り組みをしているのか? 『じゃらんリサーチセンター』客員研究員の北嶋緒里恵に話を聞いた。
※新潟県魚沼市、南魚沼市、湯沢町、十日町市、津南町、群馬県みなかみ町、長野県栄村

家でも職場でもない第3の居場所づくり

―「帰る旅」は、どのような旅か教えてください。

北嶋:旅先に居場所をつくる、何度も、ある地域へ、ある場所へ通う旅を「帰る旅」と呼んでいます。旅行先の人たちと一方通行の関係性ではなく、相思相愛の関係性を築くことで、「帰る場所」ができ「帰る旅」となる。「帰る場所」のイメージはこんな感じです。「役割があるから居場所になる」「拠り所、居場所と思える場所」「いつでも離脱可能、ゆるくつながった関係性」「肩書きではなく、素の自分でOKな場所」…。「行く旅(いらっしゃいませ)」から「帰る旅(おかえりなさい)」へ、新しい旅のスタイルを打ち出すことで、旅の多様性を広げたいと思っています。

―なぜ、今、「帰る旅」に着目したのですか?

北嶋:背景には、旅行マーケットや人々のライフスタイルの変化があります。旅行マーケットでは、2005年度から2019年度にかけ国内宿泊旅行実施率が低迷傾向※にあるなか、コロナ禍の影響を受け、この2年間、インバウンドがストップ。国も事業者の方も、不測の時代を踏まえ、日本国内の旅行需要創出のために新たな旅を開拓する重要性を改めて感じておられました。また、ライフスタイルの変化では、テレワークが増え他者との交流や関係性が限定的になるとともに、ワーケーションという概念が出現。「WORK」「LIFE」「TRAVEL」の境界線があいまいになり、定住する家を持たずに移動しながら生活するアドレスホッパー向けサービスも生まれ、定着しつつありました。

新たな旅行需要のポテンシャルを感じるなかで、家でもなく、職場でもない、心の拠り所となる第3の居場所を求める層が、実は一定層いるのではないか? そういった層に、旅行先の人と相思相愛の関係性を築く「帰る旅」でアプローチできないか? 観光庁が推進する「第2のふるさとづくりプロジェクト」と連携しながら、一般社団法人雪国観光圏と協働で、「帰る旅」の循環モデルを作る実証実験をスタートさせました。
※『じゃらんリサーチセンター』の「じゃらん宿泊旅行調査」より

「旅マエ」から地域との交流をスタート

―「帰る旅」の循環モデルとはどのようなものですか?

北嶋:図1のようなサイクルを作りたいと思っています。例えば、従来型の旅において、旅行者は「旅マエ」に情報収集するのが一般的。でも、「帰る旅」では、情報収集だけではなく、来訪前からオンラインイベントなどに参加し、旅先である地域の人たちとの交流をスタートさせます。そして訪問した「旅ナカ」での体験コンテンツやさまざまな地域交流を通じて、地域課題に触れ関係性を深める。「旅アト」も、体験後にライブ配信される地域の様子を見る機会などを通じて地域への愛着を醸成し、再来訪=帰る場所化につなげていく。この関係性を持続させる仕組みとして、会員制度の運営や情報発信などを行うCRM(Customer Relationship Management)基盤についても検討していく予定です。

図1 「帰る旅」循環モデル

―実証実験での具体的な取り組みとは?

北嶋:実証実験の主なメンバーは、雪国観光圏 代表理事 井口智裕さん、雪国観光圏のエリア内南魚沼市の旅館の支配人・スタッフの方2名、専門性を活かしたボランティアメンバー、いわゆるプロボノの方2名(都内勤務のITエンジニアと、コワーキングスペース事業に関わる方)、その他にリクルートのメンバー2名、外部の調査会社リサーチャーと私です。第一歩として、現在、地域課題と旅行者のニーズをかけ合わせ、関係性作りの最初のきっかけとなる継続的な参加型コンテンツの開発に取り組んでいます。

ひとつ目は「南魚沼ryugonの森プロジェクト『帰る森』」。新潟県南魚沼市には大きな杉林があるのですが、低価格の輸入建材の需要が高まり、建材として売れなくなっていました。でも、杉林は間伐などをして管理しなければならず、地域の悩みの種だったことから、杉の新たな活用方法の議論をスタート。例えば、域外の方に杉の間伐を手伝ってもらいながら、「杉の新芽をつけた杉酒」や「杉のアロマ」の製造を体験してもらうアイデアが出てきています。杉をハードリカーにつけるのも、アロマを抽出するのも時間がかります。でも、その時間を楽しむなかで、継続的に地域の人とのつながりを深められないかと考えています。

ふたつ目は「越後ワイナリーの収穫体験『帰る農園ランチ』」。ぶどう栽培を行うワイナリーさんは、収穫期の9~10月はいつも猫の手も借りたいくらい忙しい。そこで、まず域外の方に収穫体験に来てもらいます。実ったぶどうをスタッフの皆さんと摘む楽しい収穫体験をきっかけに、定期的に雑草を抜きに来てもらったり、収穫後の加工を体験してもらうなどして、年間を通してワイナリーに手伝いに来てくれる人たちのネットワークを作れないかと検討中です。

三つ目は「アップサイクルイベント『雪国 帰る市』」。宿『古民家ホテル ryugon』(新潟県南魚沼市)の倉庫には、ものすごい数の食器や調理器具などがあって。それを売るガレージセールをしながら、地域内の伝統工芸の事業者の方やモノづくりのスキルがある一般の方にも出展してもらい、のみの市のようなイベントを夏から秋頃に開催する予定です。お手伝い参加者も募集中で、宿をパブリックな場所として使い、地元の方々と域外の方々との交流が目的です。

こういったイベントを楽しんでくれた人のなかから数名でも、プロボノとしてミッションや役割を少し持ちながら、今後の地域イベント企画などに関わってくれるようなサイクルが生まれることを目指しています。また、「帰る旅研究会」noteで、これら実証実験での取り組みを随時発信しています。

果実や野草を漬け込んだ山野草酒

まだ埋もれている新しい旅の需要を掘り起こす

―リピートしてくれる旅行者を増やすことと「帰る旅」との違いはありますか?

北嶋:これまでも新潟県湯沢町など雪国観光圏のエリアでは、スノーシーズンの旅行客を閑散期のグリーンシーズンにも呼び込む施策などを実施していたと思います。今回、新たな取り組みとして「帰る旅」でチャレンジしているのは、地域に何度もリピートすることで帰る場所化をし、第2のふるさとに感じられるような一段深い関係性づくり。閑散期も含め年間を通して旅行者と地域の人がコンスタントにつながり、仲間のような関係性を育む新しい旅の形を模索しています。

実は、実証実験が始まる前から、雪国観光圏の井口さんと月1回くらいのペースで、現状・これからの旅行のあり方についてずっと議論していました。そのなかで、旅慣れた人たちのなかには、すでに現状でも、期待通りの完璧なサービスやおもてなしを受ける従来型の旅に満足していないのではないか、また求めているのは従来型旅行ではないから旅行に行かない人・行かなくなってしまった人たちも一定層いるのでは、と議論していました。従来型の旅行をしたい方々がマスであることは変わらない。でも、埋もれてしまっている、主流ではないけれど新しい旅の需要があるのではないか? 井口さんとしても、雪国文化の奥深さを知り、地域のなかで人と人が交流を重ねることで帰る場所となるような、小さなニーズを大きく育てるような一歩踏み込んだ挑戦をしたいという思いを持っていらっしゃいました。

今、この実証実験を進めるなかで、自分とは生活習慣も育ってきた環境も全く違う皆さんと関わっていますが、これが本当に面白い。雪の時期は毎朝必須の雪かきの手伝いをして旅の途中で気持ちいい汗を流してみたり、杉林の間伐現場ではチェーンソーを使うと知って、都会暮らしの人にとっては楽しい体験になるかもと気づいたり。また、プロボノのITエンジニアの方がイベント開催にあたり工程管理のガントチャートを作ってくれたり。多様な人たちが集まり、ちょっとした好奇心と何かお手伝いしたいという気持ちをうまくマッチさせることができれば、新しい旅が山ほど生まれてくる可能性を感じています。

郷土料理を作るお手伝いも雪国文化を知る機会に

地域を集合体として見ずに、個の集まりと考える

―最後に、地域活性にかける思いを聞かせてください。

北嶋:旅行業界に長く携わってきて改めて大事にしているのは、「地域を集合体として、ステレオタイプ的に見ない」ということ。最初は、「地域を観光で元気にするぞ!」という意気込みで、地域を「集合体」と捉えて何とかしようと思って動いていました。でも、そういう見方で取り組んでいけばいくほど、何も答えがないなあと思うようになって。集合体って、結局、「個」の集まりでしかなく、抱えている課題も一人ひとり実際は微妙に違う。「地域の課題はこれです」という集約された最大公約数的な課題を見すぎると、実は誰の課題でもないのでは?と感じることも度々ありました。

だから、今回の実証実験でも、雪国観光圏の井口さん自身が強く体感している課題や、関わる皆さんそれぞれのインサイトと向き合うことを通じて、個から地域の課題や解決策を見出していくプロセスを大事にしています。参加型のコンテンツづくりも、最初から完璧に仕上げることにこだわっていません。さまざまな人が関与できる余白を残しつつ、皆で協力しながら、誰もが自分のふるさとのような感覚で自分ごととして地域と関わり続けられるサイクルを育みたいと思っています。

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

20220725_v005北嶋緒里恵(きたじま・おりえ)

株式会社リクルート じゃらんリサーチセンター 客員研究員

2003年リクルートに入社。旅行情報誌等の編集デスクを担当。09年より『じゃらんリサーチセンター』に配属、観光による地域活性プランニングを担当。14年研究員に着任し、17年より研究部門のグループマネジャーを兼務。22年3月末に退職し、客員研究員に就任。研究テーマは、新たな旅行需要の活性。旅行・宿泊マーケットなどをフィールドに活動しており、各種外部委員としても活躍中

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