2022年は“スタートアップ創出元年”。スタディサプリ教育AI研究所 小宮山利恵子が語る、アントレプレナーシップ教育の現場と課題とは?

2022年は“スタートアップ創出元年”。スタディサプリ教育AI研究所 小宮山利恵子が語る、アントレプレナーシップ教育の現場と課題とは?

首相官邸からの発信によると、政府は成長戦略の柱として、2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、スタートアップ企業を育成する「スタートアップ育成5か年計画」を年内にも策定予定。そのなかで、アントレプレナーシップ(起業家精神)教育の小中学校や高等学校への導入も検討され、大きな注目を集めています。アントレプレナーシップ教育の重要性とは何か。今、横たわっている問題は何なのか。オンライン学習支援サービス『スタディサプリ』の事業を通して初等・中等教育の現場に飛び込み、その現状と課題を体感し、改めてアントレプレナーシップ教育の重要さを実感したという『スタディサプリ教育AI研究所』(以下、AI研究所)所長・小宮山利恵子。東京学芸大学大学院でも准教授として、実際にアントレプレナーシップ教育に携わる小宮山に、その意義や課題、今後の「スタートアップ創出」支援におけるリクルートの役割と使命について話を聞きました。

政府が掲げる「スタートアップ創出元年」。その成功のカギを握るアントレプレナーシップ教育とは?

─『AI研究所』では、具体的にどのようなことを手がけているのでしょうか?

小宮山:小中学・高校生の学習に関する研究を軸に活動しています。その他、学習習慣の身に付け方や、不登校の子どもたちへの学習支援なども手がけています。また、国内の学校教育のデジタル化推進などについて、省庁や経団連の各種検討委員会などにも参加しています。広報活動として、小中学校、高等学校や大学などで「未来の学び」やアントレプレナーシップなどについて講演させていただくこともありますね。

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─東京学芸大学大学院でも教壇に立たれているそうですね。実際に、学生に教えているアントレプレナーシップ教育とは、どんな内容ですか?

小宮山:私が学生の皆さんに教えているのは、「アントレプレナーシップ論」です。まさに、起業家精神をどうやって醸成していくか、という内容ですが、起業家としてのマインドだけでなく、マーケティングや経理など実務的なことも含め、起業に関する知識をひと通り学ぶ構成となっています。

─アントレプレナーシップ教育について、リクルートとして支援する意義をどのように考えていますか?

小宮山:実は、東京学芸大学にお話をいただく前から、私は「アントレプレナーシップが重視される時代がやってくる」と考えていました。理由は大きくふたつあります。ひとつは世界の潮流です。リクルートに入社する前の2014年に、東洋経済オンラインのライターとして教育テクノロジーについて追究を始めた時、既に世界では教育領域にテクノロジーが導入されつつありました。日本の教育現場でも、諸外国から遅れを取るものの、いずれ確実にテクノロジーが導入され、講義形式の一方通行の授業は個人がオンラインで進め、学校での授業時間を短縮できるようになる。実際に、スタディサプリを導入いただいている学校では、生徒一人ひとりの進度に合わせた学習プログラムを提供することにより、授業時間の効率化が実現できた事例も出ているとうかがっています。学校ではその余剰時間を使って、お金の教育、アントレプレナーシップ教育、政治教育などが始まるだろうと考えていたんです。

もうひとつ、日本は海外と比べると、スタートアップ企業の数が非常に少ないんです。短期間で急成長した、未上場で評価額10億ドル以上を指す「ユニコーン企業」も10社しかありません。経済活性化のためにも、政府はいずれスタートアップ企業の創出に力を注ぐようになると思いました。

その時に、自分たちには何ができるのか。近い将来、リクルートが創業以来大切にしてきたアントレプレナーシップで、社会に貢献できるようになるかもしれない。まさに今、そのタイミングがやってきていると感じます。

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アントレプレナーシップ教育が果たす役割とは? 早いうちから「知の探索」を経験すれば、子どもたちの選択肢は大きく拡がる

─アントレプレナーシップ教育の重要性について、どのように考えていますか?

小宮山:アントレプレナーシップ教育とは、「両利きの学び」の軸のひとつになってくると私は表現しています。「両利きの経営」でいわれている「深化」と「探索」が、学びにも当てはまると思うんです。というのも、理想的な学びとは“知の深化”と“知の探索”のふたつがあって、初めて実現できると考えているからです。

従来の学校教育は、カリキュラム重視で、正解がひとつしかない教育です。具体的には、効率的に学ぶ方法やドリル学習のような、知の「深化」の部分が多かった。でも、アントレプレナーシップ教育は、知の「探索」なんですよ。一見、無駄に見えるところや、失敗を多く経験することにも意味がある。そこに価値を見出していかなければなりません。

─アントレプレナーシップ教育のゴールは起業に限らず、マインドセットが重要ということでしょうか?

小宮山:現代のような先行きの見えない時代には、まさに“知の探索”が必要だと思います。失敗と改善を繰り返すこと。PDCAという言葉がよく使われていますけど、Planはそこそこにして、Doから始めてみる、やってみることが重要なんです。これからは、失敗を恐れずにトライして、自分で正解を創り出す教育、0から1を創り出す教育をしていかなければ、生き抜いていくのは難しいと思います。

アントレプレナーシップ教育といっても、実際に起業しなくてもいいんですよ。0から1を創り出すマインドを持つことが大切です。これがあれば、終身雇用制度が崩壊してプロジェクト型のジョブ雇用が社会の主流になってきても、活躍できます。

─大学よりも早い段階、小中学校や高等学校で、アントレプレナーシップ教育に取り組む意義は何でしょう。

小宮山:早い時期からアントレプレナーシップ教育を受けた子どもたちは、視野の拡がり方に違いが出ていると思います。もし、小学生からアントレプレナーシップ教育を受け始めると、「やりたいことを実現するために、起業という選択肢もあるんだ」と分かって、準備ができます。すると、中学生で起業する子も出てくるかもしれません。

今までは、キャリアに関する教育は家庭に依存していたんです。だから、身近に起業している人がいない子どもは、そういった選択肢を知ることができない。どうしても個人差が出てしまっていました。これから、起業やビジネスとはどういうものかを学校で教えていくことで、子どもたちの将来の選択肢は大きく拡がると思いますね。

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─小宮山さんは、実際に小中学校や高等学校でも授業をされていますが、アントレプレナーシップ教育を受けた子どもたちの反応はいかがですか?

小宮山:もう、目が輝くんですよ! これまで子どもたちに対する評価軸は、偏差値やテストの点数が主でした。でも、アントレプレナーシップ教育では、誰も気づいていない視点に気づけたとか、周りの意見にちゃんと耳を傾けたとか、ほめるポイントがたくさんある。一人ひとりが主役になれるんです。

アントレプレナーシップ教育はすぐに結果が可視化されるわけではありませんが、大学入試だけでなく、生涯学習者となるためにもおおいに役立ちます。2017年に総務省が発表した調査結果によると、日本の社会人は1日6分しか勉強しないそうです。でも、幼少期から“知の探索”を経験しておけば、自分の好きなものや得意なものを追求しながら、勉強する習慣が自然に身に付くと思います。

─アントレプレナーシップ教育を行う先生方を支援することも重要になりそうですね。

小宮山:はい。私は、そこは民間企業も一緒になって取り組めたらいいと考えています。アントレプレナーシップ教育ができる人材は現状限られていますし、日本の学校の先生方には起業を経験している人は少ないかもしれないですから。

この点では、リクルートの従業員も協力できることはあるかもしれません。実際に経営を担う立場ではなくても、お客様の事業立案を目の当たりにしてきた営業担当や、社内の事業に携わっている事業企画、販売戦略などの経験があれば、事業をゼロから生み出す重要性や、失敗を恐れない精神を伝えることができるはずです。

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アントレプレナーシップ教育推進の課題とは? 「起業家精神」に触れる機会を創り出すために

─現在のアントレプレナーシップ教育において、どのような課題があると思いますか?

小宮山:私は大学院での最初の授業で必ず、学生に向けて「起業について考えたことはありますか」とアンケートを取るんです。すると、9割9分が「ない」と答えます。なぜかというと、彼らの周りに起業した大人がいなかったからです。

自分の将来像ややりたいことは、周囲の大人に大きく影響されるのです。私はこの結果を受けて、親や学校の先生以外の「第三の大人」、家庭や学校以外の「第三の文化」に触れることが重要だと考えました。では、どのようにしてその機会を創出していけばいいのか。ここに課題があると思います。

リクルートでは、毎年社内で新規事業を提案する『Ring』というビジネスプランコンテストを実施しているんですが、昨年は実証的に、高校生向けのRingを実施しました。起業を考えたことのなかった高校生たちが、リクルートの社員のサポートを受けながらビジネスプランを考え、プレゼンまでを行う企画です。私は最終審査員を務めたのですが、すごくいいアイデアが出てきたり、プレゼンが上手な人がいたりして、驚きました。機会さえあれば、やってみたい人はたくさんいるんじゃないかと思いましたね。

─アントレプレナーシップ教育を推進するなかで、リクルートができることは何だと思いますか?

小宮山:リクルートは創業以来、アントレプレナーシップを大切にしてきた会社です。私が所属する『スタディサプリ』、中古車情報メディア『カーセンサー』、結婚情報メディア『ゼクシィ』の他、いくつもの事業が新規事業提案制度『Ring』から生まれています。毎年社内から1,000件ほどの提案が集まるところを見ても、アントレプレナーシップを持つ人が多いと感じますね。

だからこそ、子どもたちや先生方と伴走しながら何かを始めることが得意な人が多いと思うんです。今後、アントレプレナーシップ教育を実施していかなければならない先生方へのご支援も求められることがあるかもしれません。例えば、アントレプレナーシップ教育のカリキュラムを一緒に作ったり、先にも触れましたが、高校生向けのRingのような企画を通じて、リクルートがこれまで培ってきたナレッジやノウハウを子どもたちに提供していったりすることができるかもしれません。

リクルートだからこそできることを、使命としてとらえて、一つひとつ社会に還元していけたら素晴らしいと思っています。

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プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

小宮山利恵子(こみやま・りえこ)

リクルート教育AI研究所 所長

1977年、東京都生まれ。早稲田大学大学院修了。国会議員秘書、ベネッセコーポレーション、グリーなどを経て、2015年にリクルート入社。『スタディサプリ教育AI研究所』所長の他、東京学芸大学大学院育学研究科准教授、東京工業大学アドバイザー、超党派国会議員連盟「教育におけるICT利活用促進をめざす議員連盟」有識者アドバイザー、経団連EdTech戦略検討委員会座長などを兼務する。中学生のひとり息子の子育て中

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