『オーバーツーリズム』地域の本音とこれからの観光地を語る―北海道美瑛町とリクルートが対談
コロナ禍後、急速に高まりをみせている日本の観光需要。多くの観光地が賑わいを取り戻す一方で、観光客が集中する地域では、オーバーツーリズムによるマイナス影響が問題となっています。
このような背景を受け、国が「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取り組み」を進めるなか、リクルートの地域振興機関「じゃらんリサーチセンター」では、オーバーツーリズム解消に向けて必要な対策および課題点を明らかにすることを目的に、調査・研究を実施しました。
本来、観光とは地域を元気にするものであり、住民を苦しめるものであってはならない。オーバーツーリズムを警戒して歩みを止めるのではなく、正しく向き合い観光を地域の活性化につなげるためにはどんな対策ができるのでしょうか?
「農業と観光の両立」を掲げ、持続可能な観光地としての将来を見据えながら、オーバーツーリズム問題と向き合う北海道美瑛町から町長 角和浩幸氏を迎え、当調査を担当したリクルート じゃらんリサーチセンターの長野瑞樹研究員との対談が実現。当日の模様をレポートします。
1. 農業と観光のまち。北海道美瑛町の現状と住民の想い
美しい農村景観をみるために年間240万人を超える多くの観光客が訪れる、「丘のまち びえい」
美瑛町 町長 角和浩幸氏(以下 角和):美瑛町は北海道のほぼ中央部、旭川市と富良野市の中間に位置し、車であれば旭川空港から15分、新千歳空港からは2時間30分ほどの距離にある町です。空港からのアクセスの良さもあり、年間240万人以上の観光客が訪れます。
観光の魅力は、「白金青い池」や「クリスマスツリーの木」といった豊かな自然が生み出す絶景、そして町の基幹産業である農業の営みによって作り出された広大でなだらかな丘の景観などが挙げられます。
2005年には、「日本で最も美しい村」連合を全国の7つの自治体と共に立ち上げ、日本の農山村の景観や環境・文化を守り続けることで、観光地としての付加価値を高め、地域資源の保護と地域経済の発展を図るための取り組みも行っています。
美瑛町の町づくりの方針は、“主役は町民”であること。農業と観光どちらも大事であるという理念のもと「農業と観光の両立」をスローガンに掲げ、観光施策を進めているところです。
美瑛町の今。オーバーツーリズムによる住民への影響と課題
角和:近年では、観光客の増加や写真を撮影してSNSへ投稿するという旅行行動の変化に伴い、私有地への立ち入りや路上駐車、交通渋滞などのオーバーツーリズムが発生し、地域住民の生活に支障を来す状況になっています。
角和:例えば、冬期間の観光では、広い畑のなかに1本だけ大きな木が佇む「クリスマスツリーの木」が人気を博しておりますが、周辺には駐車場がないため、大型観光バスや一般車両の路上駐車によって、生活道路でもある道路の行き来ができないという状況が発生しています。
また、観光客が道路の脇ではなく道路の真ん中で写真撮影をするという場面が町のあちこちでみられ、交通事故発生への懸念の声も挙がっています。
角和:もう一つ、オーバーツーリズムの例として紹介するのは、畑・私有地への立ち入りです。
美瑛の丘陵地帯に点在する観光スポットの周辺には、小麦やじゃがいもなどを栽培する農地が広がっています。さらに言えば、観光客が目当てに訪れる美しい農業景観を作り上げているのは畑であり、全ては私有地=農地であることが、美瑛町ならではの観光のあり方でもあり観光の課題でもあります。
観光客にとって観光スポットにみえる畑は、農家の生産者にとっては収入を得るための大切な仕事の場です。生産者は、「私有地だから入らないで欲しい」ということではなく、観光客が無断で農地に立ち入ることで「畑が踏み荒らされ、農作物の生育の妨げになってしまう」「外部から持ち込まれる細菌や病害虫によって土壌が汚染されてしまったら、もうその土地で農作物が栽培できなくなってしまう」ということに対して大きな脅威を感じているのです。
美瑛町で実施しているオーバーツーリズム対策
角和:美瑛町では、2023年より国からの支援・協力を受けながら、オーバーツーリズムへの対策を講じています。本日は、その一例として3つほど紹介したいと思います。
1つ目は、主要な観光地にカメラを設置して混雑状況を分かるようにすること。その情報をデジタルサイネージやWebページを通じて発信することで、「ここは混んでいるから先にこちらの観光地に行こう」というような観光客の行動を促し、混雑の平準化を図っています。現状では町内の観光スポット4か所にカメラを設置していますが、2025年度には8か所の観光スポットにカメラを増設する予定です。
2つ目は、私有地への立ち入りやゴミのポイ捨てなどを防止するため、観光案内を行う観光アドバイザーが町内を巡回し、人の目を介した観光パトロールを実施すること。例えば、畑への立ち入りなどを目撃した際は「美瑛観光ルールマナー110番」に情報を提供いただくような仕組みを作り、観光パトロールに活用しています。
3つ目は、多くの場所に4か国語の立入禁止の看板を立てること。いわゆる立入禁止を強く打ち出す看板だけでなく、農家の方が自ら「ここではこのような作物を作っています。だからこのような行為はしないよう気を付けて観てくださいね」という内容の看板を設置している場所もあります。
インバウンドをはじめ観光客の方は、悪気があるわけではなく「そこに立ち入ってはいけない」ということを知らないケースが多いと思います。WinWinな関係を築いていくために、観光客が誤って農地・私有地に立ち入ることがないよう啓発を行うことが大切だと考えています。
2. オーバーツーリズムは何が問題なのか?
オーバーツーリズムという言葉は幅広い問題を包含している。だからこそ、その地域ごとに「今何が起きているか」「住民への影響」をしっかりと捉えることが重要
リクルート長野瑞樹(以下 長野):美瑛町の現状について、分かりやすくご説明くださりありがとうございます。2023年、リクルート じゃらんリサーチセンターでは「オーバーツーリズムを防ぐために」という調査を実施しました。本調査は、東京観光財団・台東区・リクルートの三者共同研究で、東京の一大観光地である浅草を取り上げ、人流データのほか、住民・旅行者双方へのアンケートを行い、さまざまな側面からオーバーツーリズムを検証したものとなっています。
調査結果としては、大きく次の2つの結論を発表しています。一つは、発生する事象は地域によって全く異なるので、地域で何が起きているのか、しっかりと捉えることが重要であるということです。もう一つは、これからの観光推進を考えるうえで、大切なのは「観光者数」「地域への消費」といった旅行者だけに目を向けるのではなく、住民にも焦点を当て、「観光が住民の暮らしにどのような影響を与えるか」を考えていく必要があるということです。
長野:地域によって異なるものの、ある程度は地域性や発生している問題などで分類できるのではないか?ということで4つに分類したのがこちらの表です。研究対象だった台東区は「都市型」でしたが、アクセス手段が限定されるという点から、美瑛町はこの中では「アイランド型」に近いエリア特性を持っていると考えられます。角和町長からのお話にもあったように、自然環境や住民の生活といった美瑛の持つ大切な資源をいかに維持していくか、という点が今後も課題になっていくと思います。
引き続き注目を集めるオーバーツーリズム。地域住民はどう捉えている?
長野:2024年2月に調査結果を公表した後も、富士山の絶景が撮れるコンビニに観光客が殺到した“コンビニ富士山”が流行語にノミネートされたり、インバウンド向けの二重価格が物議を醸したりと、引き続きオーバーツーリズムは国内で関心の高い話題として注目を集めています。
そのようななかで、実際に混雑地域で暮らす人々はどう感じているのか?を知るために、改めて調査した結果が下記のグラフです。暮らしている地域周辺が混雑している場合と、観光業従事者がお仕事をしている地域周辺が混雑している場合に分けて、混雑の影響を聞きました。
もちろん「良い影響・悪い影響どちらもある」という意見が多いのですが、観光業従事者のビジネス的には混雑による良い影響が出ているけれど、生活にはあまり良い影響は出ていないという見方ができるかと思います。
角和:美瑛町の場合、観光業に従事する方にとっては良い影響がある一方で、先ほど申し上げたような「畑」が仕事と生活の場である農村地帯、あるいは市街地に暮らす方にとっては、「生活が変わってしまった」という悪い影響のほうを感じているのが現状ですね。
しかし、観光業に従事していない人が日々の生活のなかで、観光のメリットを感じられるようにすることがものすごく大事であると考えています。逆に、住民が観光のメリットを感じられていないことが、本質的な問題であるとも言えると思います。
長野:どうしても悪い影響のほうがイメージしやすいというのもあるのでしょうね。2023年の研究では、実際に集めた混雑エリアの住民の声を不安・不快・不利益の3つに分類して、対策の方向性について考えました。
例えば、「風情ある観光地が観光客だらけになり、本来の良さを感じにくくなってしまう」という声は、地域資源が観光地として消費されることで自分たちの住む地域のアイデンティティが損なわれてしまうという“不安”に分類されます。
また、「夜中に騒ぐ声が聞こえる」「買い物をして戻ったら自転車のカゴにゴミが捨てられていた」などは、より日常的な場面で感じる“不快”につながり、「観光客で混雑して電車・バスに乗れないことがある」ならば、観光客の行動によって従来通りの生活が送れなくなる“不利益”となります。
当然全てをこの3分類に当てはめるのは難しいですが、この研究データが「何から手を付ければいいか分からない」という地域がオーバーツーリズム対策を考える際の一助になれば嬉しいですね。
3. オーバーツーリズムを問題視するのではなく発展させるために
第三者からみた町の評価が、住民の自信と町のブランド力を高めてくれる
長野:住民の声を聞いていると「もう観光客なんか呼ばなくてもいいじゃないか」と考えてしまう人がいてもおかしくないと感じてしまうのですが、美瑛町が観光も大事にしている背景にはどのような想いがあるのでしょうか?
角和:観光産業のためだけではなく、町そして住民の生活に良い影響を与えてくれるのが適度な観光なのですよね。国内外の多くの方が訪れて楽しんでくださることで、その体験を持ち帰り美瑛の素晴らしさを広めてくれる。そして、住民にとっては「こんなに多くの人に愛されているんだ」と自分たちの住む町の良さを知るきっかけとなり、それが自信につながっていく。こうして育っていくブランド力というものは、数値では表すことのできない大きなメリットです。そのためにも美瑛としては、一時的な消費する観光ではなく持続可能な観光を目指していく必要があると思っています。
長野:確かに住民の立場になって考えてみると住んでいるだけでは気づけないその町の良さもあるのかも知れないですね。観光客という外から来た人が美瑛に感動して帰っていく、その客観的な評価を受けて初めて「ああ、美瑛に住んでいて良かったな」と思うことも往々にしてあるのかな、と。
角和:そうですね。私自身、観光客として美瑛に来て「ここに住みたい」と思って移住したひとりです。そういった移住者によって人口が増えていくという影響もありますので、観光産業は町にとって非常に意味を持つものであると考えています。
観光と快適な日常生活の共存のために。オーバーツーリズム対策の好事例
長野:角和町長のお話を聞いて、より良い地域づくりのためにはオーバーツーリズムを「観光公害」と問題視して観光客を減らそうとするのではなく、観光と住民の生活どちらも守っていくことが大事だということを改めて実感しました。
では、ここからはオーバーツーリズムに対して各地でどのような対策がされているのか、事例をいくつかみていきたいと思います。
長野:1つ目に紹介するのは、リクルートが提供する『Airウェイト』という受付管理アプリを用いた、混雑解消事例です。
『Airウェイト』は、混雑する店や観光施設の入り口に設置したタブレットで受付をすると、順番が来たらスマホに呼び出し通知が届くため、その場で待つ必要がなくなり、行列解消に役立つツールです。列の整備をする店・施設側の人手不足や観光の循環にも効果が期待できます。
地域一帯で一括導入し、町内の店・施設の入場待ち時間を可視化し混雑の分散を促しながら、観光客にとっても便利なデジタルツールとして活用している自治体もあります。
長野:次に紹介するのは、アンケート調査の回答者の方に教えていただいた事例です。広島県宮島では、事業者数社が共同して「宮島清掃活動」というゴミ拾いの活動をしています。落ちているゴミを拾うだけでなく、ゴミを持っている観光客の方に「捨てましょうか」と声をかけることで、ゴミを拾ってきれいになるというだけでなく、対面で接することにより来訪客のマナー意識の向上にも効果が表れているそうです。
やはり、地域住民と観光客の間にコミュニケーションが生まれることで、「ポイ捨てして地域の人の迷惑になるようなことはしてはいけないな」という意識が芽生えるのですよね。報道などでは“スマートゴミ箱”などデジタルツールの導入が取り上げられることが多いですが、新しい技術の活用ももちろん大事ではあるものの、人と人とのつながりや対話から生み出されるパワーには計り知れない価値があると思いました。
長野:こちらは京都の一部地域に集中する観光客の地域分散を目的に、京都府とその近隣エリアである福井県・兵庫県・三重県の1府3県が一体となって取り組んだ関西の広域連携の事例です。御食国とは、かつて皇室や朝廷に食材を献上したと言われていた若狭・淡路・志摩の3つの地域の総称で、現在も豊かな食文化を誇る食材の宝庫として知られています。こういった歴史的なストーリーを活かしてブランディングを行い、リクルートが運営する『じゃらんnet』でもプロモーションのお手伝いをさせていただきました。
この事例が特徴的なのは、これまで多くみられた各地域が独立して「観光客を呼ぶ」「混雑問題と向き合う」という既存の発想を取り払い、混雑している地域が中心となって広域で協力し合いながら意図的に分散させていくという新しい視点が活きた取り組みだと思います。
4. 観光立国を目指すこれからの日本。地域の未来に思うこと
角和:宮島の清掃活動も京都を中心とした広域連携も、大変素晴らしい事例ですね。美瑛では「まちづくりの主役は町民」とした町づくり方針を打ち出しており、周辺地域と連携しながら観光施策を牽引していく立場にありますので非常に勉強になりました。
ゴミ問題を例にすると、少し前までは「観光地にはゴミ箱を置かない」「ゴミは観光客が自分で持ち帰ってね」という流れが主流でありました。しかし、「それでもゴミは出てきてしまう。それならどうする?」ということを観光客にマナーに押し付けるのではなく、受け入れる地域が一緒に考えていく流れに時代が変化してきていると感じています。宮島の事例をみて、ハード面での対策だけでなく、人と人とのふれあいのなかで解決できる問題もあるのではないかという気づきになりました。
長野:事業者から動きがあるというのも、行政としては嬉しいのではないですか?
角和:嬉しいですね。事業者の方から「こういったことがやりたい」という声があれば、さまざまな形で行政も支援できますので、地域一丸となって協同しながら問題解決に向き合っていきたいと考えています。
長野:今回、真摯に町と向き合っている角和町長と対談させていただいて、オーバーツーリズムという言葉で解釈をするのではなく、実際にその地域で何が起きているのかを見極めて変化に対応していくことが非常に重要であると改めて認識する良い機会になりました。
「変わる地域の力になります」というスローガンを掲げるじゃらんリサーチセンターの一員として、これからの観光を地域の皆さまと一緒に考えながら創っていきたいと心から感じました。そのなかで、事例で紹介させていただいた『Airウェイト』のようなリクルートが提供するソリューションが地域課題の解決に役立つのであれば幸いです。
角和:オーバーツーリズム問題に対して、これまではそれぞれの地域が独自の課題に対して孤軍奮闘するというような悩みもあったのですが、少しずつ広域で考えていこうという気運が国レベルでも盛り上がってきています。
観光客の増加によって不便を感じることがあったとしても、それは転換期を迎えているからこそ起こることなのだと思います。この環境の変化をチャンスと捉えて、デジタルツールの導入や新しい対策への取り組み方、調査データの活用をしながら美瑛町ならではの観光を築いていきたいですね。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 長野瑞樹(ながの・みずき)
- じゃらんリサーチセンター 研究員
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大手自動車メーカーを経て、2019年に株式会社リクルート入社。人事部門で人材戦略、人材開発、組織開発などを経験後、2021年にじゃらんリサーチセンターへ異動。岩手県のエリアプロデューサーとして多くの観光・地域振興支援に携わる。2023年に研究員として着任。地域消費額の向上をキーワードに、まち歩き、体験アクティビティ、オーバーツーリズムなどの研究を担当