サントリー新浪剛史氏と語る、転職市場の動向と、今後求められる人材像とは
少子高齢化による労働力人口の減少が進む日本において、現在の労働市場・転職市場はどのような状況になっているのか。そのなかで私たちはどのようにキャリアを展望していけばよいか――。ビジネス映像メディア「PIVOT」と『リクルートダイレクトスカウト』の共催による、これからの時代の人材をテーマにした対談イベント「人材超予測~新浪剛史、人材を語る~」を11月28日に開催しました。サントリーホールディングス 代表取締役社長の新浪剛史さんと、リクルートホールディングス COOの瀬名波文野が登壇。PIVOT株式会社代表取締役社長の佐々木紀彦さんをファシリテーターに迎え、前半はデータを基に現在の労働市場・転職市場について意見交換し、後半はそれぞれのキャリアのターニングポイントを語り合いました。その模様をダイジェストでレポートします。
データから読み取れる、かつてない売り手市場の到来
― 経済同友会 代表幹事をはじめ国内外の重要会議の委員を歴任されている新浪さんは、現在の労働・転職市場をどのように捉えていらっしゃいますか。
新浪剛史さん(以下新浪):人手不足が深刻化しており、徐々に良い方向に向かっている日本経済の急所となりかねないと考えています。問題は、人が足りないことより、人が一定のところに滞っていること。その流動化を図り、経済を活性化させていくことが急務だと考えています。
― 主要先進国の労働市場の流動性と労働生産性をプロットした図表からは、流動性と生産性の相関関係が見えてきます。諸外国に比べると、日本は流動性の低さが目立ち、また労働生産性も極めて低い状況です。
新浪:今後、労働力人口が減少するなか、日本全体で経済成長を実現していくには生産性の向上が重要です。そのカギとなるのは人材の流動性であり、その促進が必須だと考えます。
― 人材サービス企業としては、現状をどのように見ているのでしょうか。
瀬名波文野(以下瀬名波):転職市場の活性化を感じています。いくつかの調査結果をご紹介しましょう。
まず、今年のリクルートワークス研究所の調査では、次年度に「中途(キャリア採用)割合を増やす」企業の割合が「新卒(新卒採用)割合を増やす」企業の割合を初めて上回りました。(リクルートワークス研究所「中途採用実態調査」※2025年4月新卒採用と2024年度中途採用の割合について)
また、キャリア採用活動を実施している企業の割合は右肩上がりで、2023年度下半期では8割近くの企業が実施しています。これは比較可能な期間で最高値です。
瀬名波:『リクルートエージェント』における求人数も、コロナ禍以降は過去最高水準で推移しています。こうしたさまざまなデータから売り手市場の到来が読み取れます。
― 求人数が大幅に増えている一方で、個人の転職に対する意識はそこまで盛り上がっていないようにも感じますが、いかがでしょうか。
瀬名波:確かに、日本には転職に慣れていない人も多いかもしれません。さまざまな国の転職経験者への調査によると、日本は「自分のキャリアについて考えたことがない」という人が約30%と、他国に比べて顕著に高いのです。既に企業側の受け入れ意欲が高まっているので、転職者側の意識がもう少し変われば、一気に人材の流動化は進むと考えています。
新浪:この30年間、デフレと戦うなかで、働く人々が将来に夢をもちにくくなってしまっているのかもしれません。その根っこに流れているものをどう変えていくか、ここからが大切だと思います。
― 中途を含めて採用に意欲的な企業の増加を示すデータがある一方で、AIが人の仕事を代替していくという意見もあります。本当に売り手市場と言ってよいのでしょうか。
新浪:AIは活用するべきですが、そのAIをどう使うかを考えるのは人間です。人間のもつ想いや温かみを活かす仕事はなくならないでしょう。まさにサントリーの「やってみなはれ」精神のように、失敗を恐れることなく挑み、失敗から学ぶ人間のすごさは、決してばかにできたものではないと思っています。
瀬名波:私も、テクノロジーによって全て代替されてしまう仕事は意外に少ないという意見です。ただ、テクノロジーに代替されない仕事であっても、テクノロジーを使いこなせる人のほうが転職市場で有利になる可能性はあるでしょう。つまり、テクノロジーと上手に付き合い、自分の価値を高めていくことが重要だと思っています。
自ら飛び込んだアウェーでの経験が今に活きている
― ここからは、おふたりのキャリアのターニングポイントについて伺っていきたいと思います。新浪さんのキャリアは三菱商事に始まりますね。
新浪:はい。当初の配属先はあまり活気のある部署ではなく、「これでいいのかな」「何か面白そうなことを自分でやりたい」と思っていたんです。そこで社外に学びを求め、ダイエー創業者の中内 功さんが主催する勉強会に参加させていただきました。当時のメンバーには竹中平蔵さん(経済学者)、茂木敏充さん(自民党)、中尾武彦さん(元アジア開発銀行総裁)らがいて、大きな刺激をいただきましたね。そこで出席者の多くが海外留学経験者だったことから、自分も海外に目を向けるように。それでハーバード大学経営大学院に留学し、MBAを取得しました。
大きな会社に所属していると自分で決められない要素が多く、大きなうねりに巻き込まれがちです。しかし、その中においても、自分の人生を自分で決めるということが重要だと思っています。
― 30代で、社内ベンチャーで会社を立ち上げられました。
新浪:34歳の時、会社から与えられた仕事ではなく自分で何かやってみようと、病院給食を手掛ける事業を企画し、自ら社長に就きました。その仕事で痛感したのは、「自分は世の中を全く分かっていなかった」ということです。現場に飛び込んでみて、わかりやすく伝えないと人は動いてくれないのだと学びました。そうして学び、少しずつ経営のあるべき姿を求めていったように思います。
― 瀬名波さんは入社前「3年で辞めて主婦になりたい」と思っていたそうですね。それが30代でリクルートHD取締役に就任されたわけですが、ターニングポイントはどこだったのでしょうか。
瀬名波:20代後半で、買収した海外子会社の社長補佐に手を挙げた時でしょうか。
それまでの私は管理職に全く興味がなく、ただ現場で楽しく働いていました。しかし、ある経営者の話を聞いて雷に打たれたようになり、「経営者ってかっこいい!」と(笑)。その憧れから、たまたま社内公募されていた海外子会社の社長補佐に応募したところ、何一つ要件を満たしてなかったのに面白がってくれたのか選んでいただき、日本からひとりで乗り込むことになったのです。
赴任後の日々は壮絶でした。現地企業にとっては、業績の悪化によって極東の会社に買収され、20代の女性が乗り込んできて、面白いはずもありません。社長にいろんな提案をしましたが、ほとんど何も通らない。そのうち必要なデータも共有してもらえなくなる。「嫌いな人に正論を言われると腹が立つ」という状態だったのだと思います。
しかし、赴任1年後、その社長が後任に指名したのは、かつてからの部下ではなく、私でした。
― どうやって信頼を獲得したのですか。
瀬名波:風向きが変わったのは、赴任から半年後、従業員全員と危機感を共有する「キックオフミーティング」を実施した時です。当初、社長は「会社が危機だとわかれば優秀な人材から辞めてしまう」と猛反対していましたが、なんとか説得して開催にこぎつけました。私は舞台袖で会場を見ていて、社長が全従業員を前に会社の収益や利益が激減していることがわかるスライドを示した時、その場にいた全員がハッと息をのむ音が聞こえたんです。ようやく一仕事できた、と思いました。その日を境に本格的な業績改善に踏み出すことができ、私も仲間として受け入れてもらえるようになった気がします。
― サントリーホールディングスは2014年にアメリカの留酒大手ビーム社を買収。その数カ月後、新浪さんがサントリーホールディングス社長に就任し、その統合・発展に貢献されました。
新浪:酒類業界を全く知らないなかでの社長就任となりました。あまり知識がなかったのはむしろ良かったのかもしれません。知っていることが逆にバリアになったかもしれませんから。新しい仕事に飛び込む際、知識や経験より、自分が興味をもち情熱を燃やせるかが重要だと思います。
― おふたりは海外企業においてアウェーを経験されていますが、転職もまたアウェー環境に飛び込むことと言えます。大変さがあっても、自分から積極的にアウェーな場所に行ったほうがいいのでしょうか。
新浪:岐路においてはきついほうを選ぶと、自身の能力開発につながるでしょう。自分を振り返ってみても、逡巡しつつ、きついほうを選んできて良かったと思いますね。
瀬名波:私は、アウェーだった場所がホームになる感覚を大切にしたいですね。私自身、先ほどお話ししたような経緯で、目の色もカルチャーも違う人たちと仲間になり、ホームだと感じることができました。アウェーだと思っていると見えなくなることもあるでしょう。ですから、転職したばかりの方によく言うのは、最初から慌てていろいろ変えようとしなくていいということ。アウェーがホームになってからで遅くはないのです。
― 最後に、これからの時代を担う人材について、考えをお聞かせください。
瀬名波:自分で考えて、自分で行動できる。それが大事になっていくと思います。自分の心の向くほうへ行けば、たとえ失敗しても学びが多いはずです。
新浪:ひとつ皆さんにお奨めしたいのは、歴史や哲学などのリベラルアーツを学ぶことです。過去に起こったことや先人の考え方を礎にして、自分のやりたいことをやるための意思決定を行っていくのが重要ではないでしょうか。
― 本日はありがとうございました。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 新浪剛史(にいなみ・たけし)
- サントリーホールディングス 代表取締役社長
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ハーバード大学経営大学院を修了。三菱商事入社、その後、ローソン代表取締役社長CEOを経て、2014年より現職であるサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長を務める。公職では、2014年から経済財政諮問会議の民間議員、2019-2020年に全世代型社会保障検討会議、2020年に未来投資会議、そして2023年4月からこども未来戦略会議、2023年5月から新しい資本主義実現会議に参画。2023年4月より経済同友会代表幹事を務める。Asia Business Council Chairman、三極委員会アジア太平洋委員長、米日財団副理事長に加えて、世界経済フォーラムInternational Business Council、米国外交問題評議会Global Board of Advisors、米国The Business Councilのメンバーとして、グローバルに活躍
- 瀬名波文野(せなは・あやの)
- 株式会社リクルートホールディングス 取締役 常務執行役員 兼 COO
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リクルートホールディングス入社。経営企画室を経て、2008年HR領域にて大手企業の営業を担当。2012年ロンドンに赴任、2014年買収直後の人材派遣会社ADVANTAGE GROUP LIMITEDのManaging Directorに就任。2018年よりリクルートホールディングス執行役員、Indeed, Inc.のChief of Staffを歴任し、グループのグローバル化を牽引。2020年取締役就任、2021年より取締役兼常務執行役員兼COOとして人事・総務本部、ファイナンス本部、リスクマネジメント本部、経営企画本部を担当し、グループ全体のガバナンスや、サステナビリティ推進をリード。Georg Fischer社外取締役、AIガバナンス協会 (AIGA)の理事を務める。
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