「ITの力で日本のタクシー業界を変革する」JapanTaxiが描く交通移動の未来

「ITの力で日本のタクシー業界を変革する」JapanTaxiが描く交通移動の未来

文:土屋智弘 写真:ripzinger

100年続いたビジネスモデルを変革し、ITの力で未来の交通移動を拓く。

日本でタクシーが生まれて約100年。これまで、基本のビジネスモデルが大きく揺らぐことはなかった。しかしIT化の波の中で業界全体のデジタルシフトが遅れていたという。

その中で業界の急先鋒としてIT化を推し進めているのが、老舗タクシー会社「日本交通」を母体に誕生した「JapanTaxi(ジャパンタクシー)」だ。ITとリアルを掛け合わせた取り組みで新たなフィールドを開拓している。

今回、同社でマーケティングの統括を担うCMO金高恩(Kim Goeun)さんに現在のタクシー業界が抱える課題や未来図について伺った。

このままではタクシー業界が衰退していくのではないか

JapanTaxiは1977年、日本交通の給与システムを開発する会社「日交計算センター」としてスタートした。タクシー乗務員の給与体系が歩合制であるため、一人ひとりごとに給与計算の方法が異なり、非常に複雑なシステムとなっていた。

「給与計算を始めとするタクシー周りのシステム開発業務の支援は、創業当初は自社向けに行っていたものでしたが、徐々に社外向けにも提供するようになりました。特に小さいタクシー会社では独自開発へのハードルは高く、弊社のシステムを利用頂いている会社も多かったのです。その結果、様々な会社との繋がりが生まれていき、現在の仕事にも活きています」

その後「日交データサービス」へ社名変更し、金さんがJapanTaxiへ入社したのは2015年。ちょうど「日交データサービス」から「JapanTaxi」へ社名が変更になるタイミングであった。スマホシフトが進み、消費者の生活も大きく変わり始めていたという背景もあり、タクシー業界のデジタルシフトを実施すべく数多くのIT業界の人材が集まり始めた時期だった。

「この業界は100年同じビジネスモデルでやってきているが、このままではタクシー業界は時代の変化に取り残されていくのではないか、と弊社の代表である川鍋一朗は感じていました。今の時代に合わせて、タクシー業界を変化させるべきだと考え、IT化を最大のテーマにしたのです。それがJapanTaxiの誕生に繋がりました。それまでの受身のシステム開発ではなく、攻めに転じ、アプリを軸にタクシー業界を活性化させようということになりました」

そんなタイミングで金さんはIT企業から転職。全く異なる業界への転職に戸惑いもあった。

「当初はタクシー業界の常識も分からず、乗務員やスタッフたちとぶつかることもありました。ただ、その分、常識にとらわれない提案もでき、議論もたくさん重ねて互いに歩み寄ることで、よい結果へつながっていったと思います」

タクシー配車アプリの開発で大事にした「日本らしさ」

IT化はアプリの開発から始まった。同社の主力アプリ「JapanTaxi」は現在550万ダウンロードを達成し、導入企業の一つである日本交通は、配車の7割がアプリ経由という成果を生んでいる。アプリを通じて同社が最初に目指したのは「タクシーに乗りたいお客様と、乗せたい乗務員のマッチング」だった。

「従来の方法では、乗車希望のお客様はタクシーのある場所へ自ら移動しなければなりませんでした。一方、お客様を乗せたい乗務員はタクシーを待つお客様を探して走りまわらなければいけません。互いに頑張ってマッチングしていた、という状態でした。この現状をITの力で解決できるのでは?と考え、スマホの位置情報システムを利用して、お客様と乗務員が適切に出会えるアプリを開発しました。また同じ方面に向かう人が、タクシー1台を相乗りできるシステムも実験的に運用しました」

その後「JapanTaxi」は日本最大級のタクシー配車アプリに成長し、現在は乗車場所を指定するだけでタクシーが迎えにくるサービスを実現した。他にも料金検索・ネット決済・予約機能が装備され、英語や中国語・韓国語などにも対応しているため、インバウンドで日本を訪れている外国人にも利便性が高く人気があるという。

アプリによる配車サービスは海外が先行していたが「JapanTaxi」はそのシステムをそっくりそのまま取り入れようとはせず、あえて「日本らしさ」を考慮した独自の路線を採用。日本を訪れた外国人にもアプリの使用やタクシーの乗車体験を通じて、「日本らしさ」を感じてもらいたいと日本が持つ良い面はIT化の中でも残した。

「日本では「他人への信用・信頼」がベースにあります。たとえば日本では初見のタクシー乗務員にも躊躇なくクレジットカードを出しますよね。これは外国では考えられない危険な行為とも考えられます。乗務員がタイミングを見て後部座席のドア開閉を手動で行うのも日本ならではのサービスです。JapanTaxiでは、日本らしい良い面はIT化の中でも残していくべきだと考えています」

デジタル化が進まなかった現場で、予想外の展開で広まったタクシーのIT化

「タクシーのIT化」と一口に言ってもその道のりは容易ではなかった。一般企業よりも就業者の平均年齢が高いタクシー業界*1で当然デジタル化がなかなか進まないという状況だった。その乖離をどう埋めていったのだろうか。

「IT業界からJapanTaxiに参加したスタッフと、従来のタクシー会社のスタッフとは、最初は温度感が違いました。例えば、弊社は2016年3月まで日本交通の赤羽営業所の一角に本社があったのですが、当初は日本交通のスタッフにメールを送っても一向にレスがなく、電話をしないと見てもらえないような感じでした。さらに『ファイルをダウンロードして下さい』と伝えても、何をしたらよいのかよく分からないといった状態。基本的に連絡事項や資料は紙で配りますし、会議でも書類の束、ファイリングされたものが一式ドスンと机に置かれるような光景が日常でした。そこでFace to Face、まず会ってから話を始めるという風に我々も歩みより距離を縮めていきました」

乗務員たちへシステムを理解させるのも当初は苦労したという。

「乗務員の平均年齢は一般企業よりもはるかに高く、デジタルに対し抵抗感のある世代も多い状況です。例えばお客様が支払い時にアプリを使用し『QRによる決済が終了』と車内の端末にディスプレーされても『本当に終わったのか?俺は何もしていないぞ』と感じる乗務員も多かったです」

この状況を変えたのは、なんとユーザー側、つまり乗客だった。乗務員よりも乗客のほうが「このシステムを使いたい」という欲求が高く、自ら積極的に活用し、時には使い方に戸惑う乗務員に乗客が教えるという予想外のサイクルが生まれていた。

「乗務員も何度かお客様からやり方を教わるうちに、余計な機械も通さないし、お釣りの間違いもない、自分たちにとっても便利でラクなシステムだということを認識しました。そうなると積極的に活用するようになり、今度は乗務員からお客様に『これは便利ですよ』とアプリの使用を促すという流れができました。予想外でしたが、我々としては非常にうれしい展開でしたね」

JapanTaxiオフィスの一角

乗客と乗務員のよいスパイラルが生まれたこともあり広まっていった配車アプリであったが、100万ダウンロードを越えたあたりで一度停滞した。そこを打開したのはターゲットを細かく考えた丁寧なコミュニケーションだった。

「当初、IT業界から集まった人材でプロモーションをやっていたので、当然我々の得意なデジタル広告を活用しました。ITへの情報感度が高いタクシーのヘビーユーザーにはすぐに受け入られ、100万ダウンロードまではお客様同士の口コミで広がったのですが、その後は伸び悩みました。その中、先ほどお話しした乗務員からの宣伝があったのはもちろん、他には一般ユーザーのストーリーを大事に、プロモーションの考え直しを図りました」

地域によって、タクシーの利用方法は異なる。地方、都市部、都心でも鉄道の沿線によっても状況は変わる。そこでユーザーストーリーを考える際、極端にいえば47都道府県×地域で異なるストーリーを考えていったという。

「大変な仕事でしたが、デジタルだけではなく、車体にラッピングを施したり、乗務員がお客様にお渡しするポケットティッシュを作成したり、リアルとつなげたプロモーションをした結果が550万ダウンロードを生みました。さらにタクシーのことがあまり詳しくない新メンバーもマーケティング部の中へ積極的に加え、普段タクシーを使わないユーザーにも届くプロモーションを考えてもらいました。それぞれのターゲットユーザーに寄り添った等身大の施策ができたのも勝因の一つだと思います」

タクシー業界が日本の交通移動の未来を変えていくと信じて

配車アプリは日本でも普及しつつあるが、それはまだ序章にすぎない。今後のタクシー業界はどこを目指しているのか。自動運転もその一つのキーとなる。

「昨今話題の自動運転はタクシー業界から浸透が始まると確信しています。しかし自動運転が確立されると、なくなる職業トップ10にタクシードライバーが入ると言われていますが、我々はそうは考えず、やることが変わっていくだけだと思っています。私は先ほどからドライバーとは呼ばず乗務員と言っておりますが、それには理由があります。自動運転が普及していき、それこそ運転すること自体に向ける注意や走行ルートを考えるという仕事がほぼなくなるとしても、利用するお客様はいるわけですから、運転以外の色々なサービスができるようになると思っています」

例えば、お酒を飲んだ後のタクシー利用客はコンビニに立ち寄ることが多いということをヒントに、そのサービスを車内で行ってしまう「移動するコンビニ」のようなサービスを考えているという。乗客は移動中に途中下車して買物をしたり、本来の目的地から離れた場所で降りたりする必要がなくなり、飲み物を車内ですぐに買えるなど、需要はありそうだ。

「他にもA地点、B地点、C地点とお客様を乗せて走行する際に、宅配運送的にモノを一緒に乗せて走ることもできると考えています。そして車内での買物や運ぶ荷物の並び替えの判断、サービスの質の面でも、人を介在させる方が良いと思っています。サービスを施す人と捉えれば、将来も乗務員の存在は不可欠なのです」

この壮大な発想は「JapanTaxi」一社の力だけではなし得ない。業界全体での取り組みが必須になるが、その萌芽はすでにあるという。

「私がこの会社に入って感じたことは、自分たちの会社だけ良くなればいいという一般的な考え方が薄いということです。その思想は、日本交通の初代である川鍋秋蔵氏の時代から綿々と続いています」

初代が自分のタクシー会社を興し経営が安定すると、全国的な業界団体の立ち上げにも尽力し、最初の協会長に就任したという。タクシーという産業全体を盛り上げていこうという想いが当時からあり、その想いは2代目、3代目へと流れ現在に到った。他社も含め共に発展しないと、日本のタクシーの未来は変わってしまうという想いがある。

「もちろん営利組織なので、自社の利益は大事です。ただ、自分たちの目先の小さな儲けを取るよりも、将来の業界の発展につながることを優先しようという気風があります。会社としては『移動で人を幸せに』というビジョンを持っていますが、それは業界全体さらには日本の移動の未来を勝手に背負っていることだと捉えています」

JapanTaxi株式会社 エントランスにて

プロフィール/敬称略

金高恩(きむ・ごおん)

JapanTaxi株式会社
取締役 常務執行役員CMO
父の仕事で日本に来て26年。Cyberagent、netprice、Yahoo!JAPAN、FashionWalkerで新規事業や会社の立ち上げ、プロデュース業務を担当。
その後、独立して多業種の企業の事業立ち上げをお手伝いした後、ファウンダーとして会社を立ち上げる。2015年、人々の生活に浸透している社会インフラを、ITの力を加えて進化させたいという思いからJapanTaxiへ入社。現在はJapanTaxiのCMOとして、プロモーション全般および新規事業の立ち上げを担当するほか、タクシー車両搭載の広告タブレットを展開する株式会社IRISの代表取締役社長を兼務。

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