通常の10倍買うファン株主はなぜ生まれるのか?カゴメ式ファンづくりの極意
多くのファンから長く愛される企業の秘訣とは——。長期的なリレーションづくりの先駆者に、つながりを深めるコミュニケーションを訊く
消費動向の変化やSNSの台頭などにより、企業と個人の関係性は着実に変化している。「カスタマーリレーションシップ」や「ファンマーケティング」に注目が集まるのもその一環だ。それは企業と顧客の関係だけでなく、企業と従業員、上司と部下といったさまざまな関係も同様。リレーションシップのあり方が今、問われている。
そこで今回は、株主とのリレーションづくりで名を知られるカゴメ株式会社にインタビュー。約18万6000人の株主のうち、実に99.5%が個人株主(2018年12月末時点)だという同社では、個人株主を「ファン株主」と呼び、2000年頃から様々な施策を通じてファン株主の拡大および長期的な関係構築に注力している。この取り組みからリレーションづくりのヒントを学ぶべく、財務経理部 IRグループの仲村亮さんに話を伺った。
株主優待は特典ではなく「コミュニケーションツール」のひとつと考えた
カゴメが個人株主の拡大にシフトしはじめたのは、2000年頃のこと。発端は企業理念を刷新したことにある。新たに策定された理念のうち「開かれた企業」を実践する一環としてIRにどう向き合うべきか議論されたという。
「当社はトマトケチャップや野菜ジュースのようにトマトや野菜の会社。お客様は一般消費者のみなさんですから、株式も当社商品を好きでいてくださる"ファン"のみなさんに持っていただくべきではないかと、方針が決まったのです」
金融機関との株式持ち合いを解消、個人投資家の売買を促進するために単元を1000株から100株へと切り下げた。この動きは、約20年前の日本の大企業ではかなり異例のことだったという。なおかつ、自社商品の詰め合わせを「株主優待品」として届けたことでも個人投資家から注目された。今でこそ多くの企業が実践するメジャーな手法だが、当時としては他社に先駆けた取り組みだったのだ。
「株主優待は、ファン株主のみなさんへの還元というよりも"ファン株主とコミュニケーションをするためのツール"として企画しています。たとえば、優待品には必ず新商品を入れてその年のカゴメのトレンドを発信するなど、カゴメの取り組みや考えを知ってもらうための"仕掛け"にこだわりますね。そのおかげか、優待品をお送りすると約2万件のアンケートが戻ってくる。まさしく、双方向のコミュニケーションを通じた『開かれた企業』の実践が優待の一番の目的であり、工場見学会や料理教室など他のファン株主向けイベントも同じ考えです」
アンケートの回答には株式投資に関連した意見はもちろん、商品への感想やアイデア、事業展開についての質問など、様々なメッセージがびっしりと書かれているという。これは、株主自身が消費者としてカゴメ商品を良く知る立場でもあり、商品や会社に愛着を持っているからこそのリアクション。単に優待品を配布して終わりではなく、優待品をきっかけに対話がはじまるからこそ、より一層ファンになってもらえる効果もあるのかもしれない。
長くお付き合いしていくからこそ、相手の変化と向き合う姿勢を
カゴメがファン株主とのコミュニケーションを大切にしてきたのは、株主数の拡大だけでなく購入した株を長期保有してもらう意味合いもある。なぜなら株価の安定という側面はもちろん、売上への影響もあるからだ。「野菜生活」など誰もが知る商品を数多く持つ印象のカゴメだが、実はファン株主と一般の消費者では、商品購入金額に10倍以上も開きがあるそうだ。つまり、株主との長期的で良好な関係の構築は、同社の業績を支えているヘビーカスタマー兼ロイヤルカスタマーへのアプローチ戦略でもあるのだ。
では、長く関係を継続していくためには、どのようなコミュニケーションが必要なのだろうか。仲村さんは、「長いお付き合いをしていくからこそ、相手の変化に敏感でなければならない」と語る。
「私たちとしては10年、20年と長期保有していただきたいと考えています。今は各社が株主優待に工夫を凝らしていますし、NISAのような政策も後押しして20年前と比べるとより一般の人にまで投資の裾野が広がっています。時代とともに、株主自身の状況や社会は変わり続けているんです。こうした状況に気づかず同じことを続けていては、ファン株主が私たちに何を期待しているのかを見誤りかねない。私達が対話を続けているのは、日々刻々と変わっていく"今の株主像"を正しくとらえたいからなんです」
2018年にはじめて開催した個人投資家向けの決算説明会も、株主の変化にあわせたもの。これまでは優待品の感想や商品への意見が多かった株主の声だが、財務面への質問や投資に関する積極的な意見、老後資金の話題に触れる人などが目立ちはじめたことを受けての開催だったという。
また、株主との対話・協創により株主限定品が誕生し、人気を博していることも象徴的だ。カゴメでは、トマトの会社から野菜の会社を目指す中で2014年にベビーリーフの販売を開始したが、株主からは「ベビーリーフを知らない」との声が寄せられたため、2018年に株主限定で「ベビーリーフ栽培キット」を開発。プレゼント企画として限定500セットを用意したところ、2万件を超える応募が殺到した。当選者はもちろん、当選に漏れた多数の人たちからも、「カゴメの新しい取り組みの理解が深まった」と企画を支持する声があがり、この限定品は株主向けの定例企画となっている。
「当社のビジネスの起点は農業。トマトの加工品も野菜ジュースも、カゴメのものづくりはすべて原料の生産者である契約農家さんに良いものをつくっていただかないと成り立ちません。つまり、カゴメの"おいしい"や"安全"は私たちだけでは生まれない。農家さんたちと繰り返し対話をしながら一緒に価値をつくってきた歴史があるからこそ、株主やお客様とも一緒にブランドをつくっていきたいのです」
株主を増やすためでなく、相手を想い、知りたいという気持ちと覚悟を
仲村さんが語るように、カゴメのリレーションシップ術は近年注目されている「カスタマーリレーションシップ」や「ファンマーケティング」のような手法論ではない。企業文化として脈々と受け継がれてきた基本姿勢と、その上での個々と向き合う姿勢の双方があったからこそなしえたものだ。これこそが、多くの個人株主に応援されてきた理由なのではないだろうか。
「ありがたいことに、当社の取り組みを参考にしたいとIRの相談をいただく企業もいらっしゃいます。ですが、株主とのコミュニケーション手法を形だけ取り入れるのではなく、企業それぞれが持つ理念と合わせて考える必要があると思います。というのも、カゴメの取り組みは『株主を増やすこと』を目的にスタートしてはいないから。先に申し上げた通り、出発点は『開かれた企業』の実践です。結果的に株主は飛躍的に増えましたし事業戦略上も重要なテーマですが、もしそれが目的であったら、株主の話に真剣に耳を傾けることはできていなかったと思います」
"何のためのリレーション構築なのか"という目的が小手先の戦術ではなく、経営理念に通じるものだからこそ、約20年にわたって一貫した方針を貫くことができた。仲村さん個人にとっても、経営が意思を持って決定した筋の通った活動だったことは大きな意味があり、IR担当として本気で向き合う覚悟を持てたのだという。
「私自身のIR活動の原動力は、"相手の考えや想いを知りたいという気持ち"ですね。ファン株主のみなさんが今何を考えていらっしゃるのか、常に意識しています。2万件のアンケートに目を通すのははもちろん、株主説明会の質疑や意見も追いますし、時には電話でいただいたお話にもすべて耳を傾けます。その言葉の背景にはどんな想いがあるのかを、とにかく考えるんです。自分が能動的に知ろうとしない限り、相手の本音にはたどり着けない。そこをはき違えると、間違った対応をしかねないですから」
こうしたスタンスの重要性は、何も企業と株主との繋がりだけの話ではない。自らの実利を取ることを優先しては一方的なコミュニケーションになってしまい、相手との長期的な信頼関係は生まれない。双方向のコミュニケーションを通じてお互いを知ることは、すべての関係構築に通じるものだ。では、どうすれば相手を正しく知ることができるのだろうか。最後に仲村さんが実践していることを教えてくれた。
「全体をざっと見て分かった気にならないことです。"株主"や"購買層"のように、ある集団の全体傾向を掴むことはもちろん大切なのですが、その中の一人ひとりを見てみると、とても一括りにはできないほど色んな人がいるもの。森を見た上でその中にある木々の一本一本も見るような向き合い方を意識していますね」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 仲村亮(なかむら・りょう)
-
カゴメ株式会社 財務経理部 IRグループ 主任。2000年に同社へ新卒入社し、九州支店および東京支社にて小売等への営業を経験。2010年より広報・IRを担当。2015年よりIR専任で主に個人株主とのコミュニケーションを担当している。