入場料のある本屋『文喫』を手掛けたブックディレクターが考える「出会いのリデザイン」
これまでにない本の楽しみ方や、本と人との出会い方を社会に提案している、「YOURS BOOK STORE」有地和毅。その発想の源泉をたどり、新たな価値のつくり方を学ぶ
本屋×宿泊という発想で箱根にオープンしたホテル「箱根本箱」、入場料のある本屋「文喫 六本木」。一般の書店ともネット通販とも異なる、新たな人と本の出会い方が人気を集めている。
これらを手掛けてきたのが、「YOURS BOOK STORE」だ。出版取次会社最大手の日本出版販売(日販)が展開するブックディレクション事業。単に選書するだけではなく、本のある空間のコンセプトから提案し、本と人との出会いをデザインしている。その大胆な発想はどこから生まれるのだろうか。
そこで今回は、「YOURS BOOK STORE」の有地和毅さんに話を伺い、彼のキャリアから、その大胆な発想が生まれた背景を訊ねた。
「ジャンル」のこだわりに意味はない
有地さんのキャリアは、書店員からはじまる。学生時代は授業をサボって図書館に籠り、絶版の本を読むのも好きだったというほど、根っからの本好きだった。2012年に書店チェーンのあゆみBOOKSへ就職。配属された小石川店(現在は閉店)で書店員の仕事と並行し、試験的にTwitterの運用もはじめたという。いわゆる「中の人」として書店情報を発信しはじめたことが、新たなつながりを生む原点となった。
「書店員は本の仕入や棚づくりなど、お客様には見えない工夫を積み重ねているんですが、そういった仕事は『分かる人だけ分かればいいもの』になっていた。僕は、そうしたくなくて、Twitterで店員としてのこだわりをつぶやいたんです。仲間内に閉じて仕事を評価しあっても、新しいものは生まれません。だから、お客様に気づいてもらえるように、僕たちの仕事を可視化する補助線を引いた。本の売上以外にもお客様からの評価が返ってくる『フィードバック回路』がほしかったんです」
有地さんが運用したTwitterは徐々に認知を広げ、Twitterでの交流をきっかけに、小説家との書簡を店頭で公開する「#公開書簡フェア」や、Twitterを活用したユーザー参加型の棚づくり「#音の本を読もう」といった企画を実現。これらは、現在のブックディレクターとしての仕事にも通じる動きの原点でもあるだろう。
また、もうひとつブックディレクターの視点へとつながる、当時からの経験が、本のジャンルを信用しすぎないこと。担当する範囲や、自分が興味を持つジャンルにこだわらず、幅広い書籍をチェックし続けていた。それは、もともと好奇心旺盛という気質だけではない、ある理由によるものだ。
「ジャンルは便宜上の境界線。あった方が便利だからと、誰かが後付けでつくった分類でしかありません。それに、たとえジャンルは違う本でも、同じ世界に生きている人が書いた本なのだから、視点や目的など、どこかで共通するものがあるはず。ジャンルにはあまり縛られなくていいと思っています」
幅広く興味のアンテナを張り、垣根を越えてみる。この姿勢こそ、有地さんが今YOURS BOOK STOREに在籍しているきっかけでもある。あゆみBOOKSから日販に籍を移した当初は、出版社と協働で本の販促企画等を担当していたが、YOURS BOOK STOREを擁する社内の新規事業部門には、興味を持ち、自ら首を突っ込んだという。
「最初は、誰から頼まれた訳でもないのに調べものを手伝ったりして、とにかく顔を出していました。居ても困らない奴なら行っても怒られないし、自部署の仕事で迷惑かけない限りは問題ないだろうと思っていたんですよね」
そうした姿勢が認められ、有地さんは晴れてリノベーション推進部市場開発課へ異動となる。
誰かになりきる。既定路線を疑う。周辺に注目する
ブックディレクターとしての有地さんの仕事は、本を軸にした店舗・オフィス・施設の空間づくりや、本を使ったイベント企画など。クライアントや関係者と「どんな本を置くか」以上に「何のための本か」の議論を重ねる。時には、その場所の意義から考えることもあるそうだ。抽象度の高いこのテーマと向き合う上で、有地さんはなるべく具体的なシーンを解像度高く思い浮かべることを大切にしているという。
「たとえば企業のライブラリーなら本を置く目的は、仕事の役に立つことです。そこでは、『役に立ったと思う瞬間はどんなときなのか』をお客様になりきって具体的に想像するんです。調べものをするときの資料としてあればいいのか。はたまた、仕事とは関係ない今すぐは使えない情報が、後になってヒントとして思い出される瞬間こそ、『役に立つ』なのではないか。そんな風に実際の利用シーンをディテールまで想像すると、その空間のあり方が明確になってくるんです」
漠然と「本のある空間」を提案してもうまくはいかない。目的のために機能することが重要だと有地さんは語る。では、本が機能するためには何が必要なのか。有地さんは、「ユーザーの視点を広げること」だととらえているようだ。
「クライアントの業種にこだわりすぎると、あまり機能しないんです。ユーザーがすでに持っている視点の延長線で本を薦めても、新たな発見は少ない。一見、事業領域とかけ離れている本を、仕事で実際に使うための補助線とセットで提案するなど、視点が広がるような仕掛けを設けると、その空間は面白くなりますね」
既定路線を疑い意外性を提案するのは、まさしくジャンルの垣根を越えていく有地さんの姿勢そのもの。彼は、本と人との出会いをデザインしているといっても過言ではないだろう。この思考は、人の好みを探るときにも発揮されているそうだ。
「相手の好みを知ろうとすると、一般的には購入した商品など最終的に選んだものに注目しがちです。でも、僕はそこに至るプロセスこそ面白いなと感じる。たとえば旅行先のお土産屋で買ったのが饅頭でも、店内をひと回りする間にペナントやおもちゃを手に取ったりする人、いますよね。僕は選ばなかったものにこそ『その人らしさ』が表れているような気がしていて、最終的な結果よりも周辺や背後にあるものの方が重要だと思うんです」
同じように、『読んだ本』ではなく『読んではいないけれど気になった本』をリスト化してもらうと、ジャンルはバラバラでも全体を俯瞰することでつながりに気づくことがあるそう。表面的には見えにくいものにあえて注目する。この視点は、出会いをデザインする有地さんの根幹にあるマインドのようだ。
人は、検索ではなく探索に惹かれる生き物ではないか
有地さんの考えるブックディレクターは、「人と本」という対象に限らないコラボレーションを生み出す役割だ。すでにあるもの同士を掛け合わせる。自分にない知識や能力を持つ人と協力する。こうしたコラボレーションの重要性は、多くの人は頭では分かっていながら、実践することは容易ではない。
それを生業にする有地さんはその秘訣をどのように捉えているのか。
「どんなに自分の興味から遠いものでも、面白がってみることですね。一見つまらなそうなものでも、何か一つ自分の好きな要素が見つかると、その瞬間からめちゃくちゃ好きになって距離が縮まることってあるじゃないですか。僕自身、働きはじめる前からジャンルを問わずさまざまな本を読んできたのは、金の鉱脈を掘り当てるような面白さがあったから。この姿勢で本に接してきたから、世の中につながらないものはないと思っています」
有地さんは、自らの仕事の原動力を「好き」や「楽しい」の探求だと明るく語る。加えて、YOURS BOOK STOREが手掛ける、新たな出会いの場づくりが注目されるのも、人間が根源的につながりを求める生き物だからではないかと投げかける。
「SNSがこれだけ社会に浸透したように、人は絶えず誰かや何かとつながりを求めている気がします。そして、インターネットが当たり前になった今求められているのは検索ではないつながり方なのではないでしょうか。世の中は検索ではなく探索を求めている。検索は、何度やっても誰がやっても同じ結果になるものですが、探索はまさしく金の鉱脈探しのようなもの。自分のコミットメント次第で結果が変わります。たまたま出かけた場所で、運命の出会いをするような偶然性を、人は求めていると思うんですよね」
探索を価値として提供し、自らも探索を面白がる。それが有地さんのアイデアの源泉だ。では、その発想力はどう鍛えるのか。最後に有地さんは本を使ってすぐできる方法を教えてくれた。
「一つは、同じ本を他人の視点で読んでみること。一度読んだ本でも、『これを別の人が読んだらどう感じるだろう?』と読み返してみると、新たな発見ができます。誰かになりきるときは、想定する人がTwitterなどでつぶやきそうなキーワードを探っておくとイメージしやすいですね。もう一つは、自分が本棚に本をどう並べるか意識すること。本の並べ方は自分自身の価値観のマッピングなので、買ってきた本を棚のどこに入れるかという判断は、共通点や親和性探しのプロセスです。逆に、どこにも入らないと迷ったときは、新しい視点を獲得できた証だと思うといいですよ」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 有地和毅(あるち・かずき)
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2010年、株式会社あゆみBOOKS入社。あゆみBOOKS小石川店にて小説家との書簡を店頭で公開する「#公開書簡フェア」、SNSユーザー参加型の棚「#音の本を読もう」を実施。2016年、日本出版販売株式会社入社。書店店頭を活用した本によるブランディング企画担当を経て、2018年より現職。ブックディレクターとして選書ディレクション、コンセプトメイキングに携わる。