Z世代の「昆虫食」クリエイターが目指すのは、先入観や偏見のないフラットな世界
デジタルネイティブ。モノよりコト。社会問題への関心が高い。起業家精神が旺盛…。激変する社会のなかで育ったZ世代の生き方から、現代のビジネスパーソンに求められるスタンスを学ぶ
1990年中盤以降生まれの「Z世代」が、いよいよ社会で活躍をはじめている。彼らは、「スマートフォンが当たり前」「大災害による社会の混乱」「SNSで世界中と交流できる」など、まったく新しい環境で育っており、「社会課題への意識が高い」「学校・会社以外のコミュニティを持つ」「慣習に縛られず一直線に目的を目指す」といった傾向が強いそうだ。
そんなZ世代を象徴する一人が昆虫食クリエイターの「地球少年」篠原祐太さん。コオロギラーメンや様々な虫を使ったコース料理などを開発し、食材としての昆虫の魅力を発信している。「ゲテモノ」という世間のイメージに負けず、果敢に挑戦を続ける篠原さんの生き方にはZ世代特有の強みが隠されているのではないか。Y世代インタビュアーの視点でZ世代の価値観を探った。
SNSで人それぞれの「好き」を自由に発信できる時代に育って
――はじめに、篠原さんが昆虫食を広めている背景を教えてください。2013年に国連食糧農業機関(FAO)が昆虫食を推奨する報告書を発表し、社会課題解決の観点から研究・開発を行っているケースはありますが、篠原さん自身は何がきっかけだったのでしょうか?
僕の場合、単純に子どもの頃から虫をつかまえて食べていたんですよ。小さいときは、ただ純粋に昆虫は魅力的、昆虫は美味しいと思っていたんですが、段々と周りの人たちの虫に対するリアクションを見るうちに、「これはきっと言っちゃいけないんだろう」と気持ちに蓋をしていました。
特に小学校~高校って学校の人間関係がすべてじゃないですか。友達に嫌われたくなくて、食べるどころか「虫が気持ち悪いふり」をして生きていましたね。
----周囲にあわせ、個性を消していたんですね。それが大学入学後にカミングアウトされたのはなぜですか。
大学に入学して、世界が広がったのが大きいと思います。大学の友人たちがSNSで自分の好きなことを自由に発信していたのも僕の背中を押してくれました。こんなにも人は多様なんだと気づいたから、僕も好きなことは隠さず好きだと言って良いかなと思えたんです。
----たしかに、大学は出身地もバックグラウンドも異なる人が集まるので、急に世界が広がりますよね。SNSの存在も大きかったとのことですが、多様な価値観が存在するSNSであれば自由に発信できる感覚があるのでしょうか?
うーん、それは少し違います。多様な人がいますしリアルよりも多少は本音を発信しやすいとは思いますが、何でも気軽に話せるとまでは言い切れないですね。やっぱり出る杭は打たれるんですよ。
僕も昆虫食を告白したはじめのころは、「虫が気持ち悪いからSNSに写真をアップしないでほしい」「"キャラづくり"までして目立ちたいのか」と批判も受けました。知り合いから面と向かって言われるのはまだ良くて、匿名のフォロワーから中傷されることや、リアルに僕を知る人の"裏アカ"だと思われる非難のコメントもあって、落ち込んだこともあります。
ただ、最近は自由に発信できるからこそ、賛否両論が当然だと思うようにしていますね。
先入観を取り払えば、人はもっと豊かに生きられる
----どんなことにも賛否両論があるとはいえ、虫を食べることに関しては、圧倒的に"否"が多かったのではないでしょうか。それでも篠原さんがくじけず続けてこられたのはなぜですか。
一つは、好きでやるだけじゃなく社会のためにもやる意味があると分かったこと。先ほどおっしゃっていたように、国連が「高たんぱくで環境負荷が少なく、持続可能性の高い食糧」だと昆虫を推奨したことは、僕には国連が味方をしてくれたように思えました。
もう一つは、人が昆虫に対して抱くネガティブな気持ちが取り払われる瞬間を、やりがいに感じたからです。たとえば、コオロギをだしに使ったコオロギラーメンやコオロギを副原料にしたコオロギビール。名前を聞いただけで拒否反応を起こす人も多いのですが、ラーメンは煮干しラーメンの「ラーメン凪」さんと共同開発したものですし、ビールも気鋭のクラフトビールメーカー「遠野醸造」さんとつくったもの。食事として純粋に美味しいものを目指して開発したものですから、一口食べて昆虫食へのイメージが変わったと言っていただける場合も多いです。
----今のお話に登場した2社のように、篠原さんの活動は外部の知見も借りながら協働の輪を広げているのも印象的です。学校や会社といった既存の枠組みに捉われずオープンに人と繋がるために、篠原さんはどうやって協力を得てきたのでしょうか。
料理人さんや食品開発を行っている方々のプロフェッショナルな部分には敬意を払いつつ、食材としての奥深さを彼らに伝えて昆虫食に前向きになっていただくことですね。ご協力いただいた方々の多くは「実は私も昆虫が好きで...」という状態からスタートした訳ではありません。むしろ、「虫を食材にするなんてまったく理解ができないから、話を聞きたい」とお声がけいただくケースも多いんですよ。
そんなときに僕がよくお話しているのは、虫の味が何に影響を受けるか。たとえば桜の木についている毛虫は桜の葉を食べて育っているので、まるで桜餅のような上質な風味があるんです。同様に、同じ種類の幼虫に違う葉を食べさせると、それぞれのふんはすべて違う味がします。つまり、虫を味わうことはその虫が育ったルーツを知ることでもある。そう話すと、虫を食べることのとらえ方や解像度が変わるんです。
----今のような話を聞いてポジティブに共感してくれるのは、やはり多様な価値観を受け入れられる同世代に多いのでしょうか。
いや、そうでもないです。協働先のオーナーさんや担当のみなさんは一回り以上年上の方々ですし、3月に渋谷PARCOでポップアップストアを出店した際、ふらっと通りすがりに興味を持ってコオロギビールを飲んでくれたのは、85歳の女性。コオロギにもともと興味があったというより、先入観なく「どんな味がするのか試してみましょう」とフラットに召し上がってもらえた印象です。
昆虫食の活動を続けるうちに、人が自分の考えを柔軟に変えられるかどうかは、それが好きか嫌いかというより、「先入観があるかないか」だと思うようになりました。先入観があると人は自らの可能性を閉ざしてしまう。先入観がない人ほど色んな局面のおいて豊富な選択肢から最良の決断ができ、人生が豊かになるはず。僕は昆虫食の活動を通して、人の先入観を取り払うことの面白さに気づいたんです。
すべてを二択で考える必要はない。グラデーションでいいんじゃないか
----お話を聞く中で、篠原さんが社会に伝えたいのは、食糧としての昆虫そのものというより、それを受け入れる価値観のようにも感じています。その意味で、篠原さんが今の生き方を選んだ理由を教えてください。大学卒業後、就職ではなく「地球少年」を名乗って昆虫食を広める道に邁進されていますよね。
就職をするかどうか、決断をした感覚がないですね。また、「就職するのが普通で、就職しないことが特別」という二元論で語るのはあまり意味がないと感じます。僕はするかしないかの二択で「しない」を選んだのではなく、学生時代にはじめた昆虫食の活動を続けたかったから、たまたま今のやり方になっただけ。人生の選択って、白か黒かと二択を迫られるものではなく、曖昧でグラデーションな道があっても良いと思うんです。
----色んなやり方があって良い。まさしく多様性時代を尊重する現代の価値観だと感じました。
多様性といえば、僕はこの活動のせいで割と誤解されるのですが、正確には「虫が好き」というより「虫も好き」なんです。虫も野菜も肉も魚も地球上のすべてを美味しくいただきたいから、今一番世の中で広まっていない昆虫にフォーカスしている感覚。鶏の唐揚げだって大好きですよ。
----昆虫好きは篠原さんを構成する要素の一つでしかない。だから「昆虫少年」ではなく「地球少年」なんですね。
どこに勤めているか、何の仕事をしているかといったカテゴライズって、分かりやすいし便利なんですけど、それが先入観や偏見の原因になるじゃないですか。昆虫だって、昆虫というカテゴリーに属しているから嫌われている側面もあると思うんですよね。
カテゴリーを取り払えば、物事の見方や感じ方も変わるはず。今の社会って、とかく新しいモノを生み出そうと躍起になっていると感じるんですけど、視点を変えれば目の前には光るモノがまだまだたくさんあるんじゃないでしょうか。僕はその一つが昆虫だと思っています。
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 篠原祐太(しのはら・ゆうた)
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1994年、地球生まれ。慶應義塾大学卒業。昆虫食歴21年。幼少期から自然を愛し、あらゆる野生を味わう。「ラーメン凪」やミシュラン一つ星「四谷うえ村」で修行し、食材としての虫の可能性を探究。「地球少年」名義で、昆虫料理創作から、出張料理、ワークショップ、授業、執筆と幅広く手掛ける。2019年11月、レストランANTCICADA開業に向け、株式会社Join Earthを設立。狩猟免許や森林ガイド資格も保持。
インタビュー時に予定していた店舗営業は、新型コロナウイルスの影響で延期に(編集部追記:2020年6月より営業開始予定)。ANTCICADA店舗で提供予定だった「コオロギラーメン」をそのまま自宅やオフィスで楽しめる冷凍ラーメン「おうちラーメン」の通販をスタートした。