競争よりも共創を。音楽プロデューサー・今井了介が続けてきた、クリエイティブの大原則

競争よりも共創を。音楽プロデューサー・今井了介が続けてきた、クリエイティブの大原則

文:森田 大理 写真:須古 恵

安室奈美恵『Hero』リトグリ 『ECHO』を生み出した音楽プロデューサーが、次のヒットを狙うのは飲食系サービスだった。業界を越えて活躍する今井了介さんのキャリアから、ヒットの法則を探る

安室奈美恵、Little Glee Monster、w-inds.、嵐、AAA、AI、三浦大知など、名だたるアーティストに楽曲を提供してきた音楽プロデューサー・今井了介さん。1995年に活動をスタートして以来、個人・チームで携わってきた楽曲を合わせると、CDセールスにして7,000万枚以上、配信では1億ダウンロードを越え、音楽シーンに確かな礎を築いている。

そんな今井さんが、2018年から新たに会社を立ち上げて取り組んでいるのが、食事を"ごちそう"するアプリ『ごちめし』、コロナ禍で派生した飲食店支援サービス『さきめし』だ。特に『さきめし』は、2020年のグッドデザイン・ベスト100の中から選出されるグッドフォーカス賞【新ビジネスデザイン】をはじめ複数の賞を受賞し、人とお店に優しいビジネスモデルと評された。

音楽プロデューサーの肩書が全く通用しないマーケットで、今井さんの立ち上げたサービスが注目を集めているのは、なぜなのだろうか。これまでのキャリアを紐解きながら、業種を問わず通用する良いものづくりの秘訣を訊いた。

本格R&Bで日本の音楽シーンに食い込み、"ゲームチェンジ"を体感

今井さんの音楽人生のはじまりは、友人から機材を譲り受けてつくったデモテープ。これをきっかけに、イギリスで発売されたコンピレーションCDに参加したことだ(TinyVoice,Production名義)。80年代後半から90年代にかけてクラブシーンを賑わせていたアシッドジャズに傾倒し、その後はヒップホップやR&Bなど海外で流行していた音楽を日本で広める担い手の一人となっていった。

「表に出るよりも裏方志向が強く、権利や契約関係の難しい話も勉強するためにレコード会社の東芝EMI(当時)で働いていた時期もあります。そこで制作アシスタントをしながら個人としての楽曲制作も続け、2年半後に独立したんです」

独立後、今井了介の名前が音楽業界で注目されるきっかけとなったのが、1999年に発表されたDOUBLEの代表曲『Shake』。当時の日本を賑わせていたJ-POPとは一線を画す本格派のR&Bは、「これでは売れない」という業界関係者の予想に反して一般にも広く知られる楽曲となった。

「90年代は、サビで一気に盛り上がるような"カラオケ向きの歌"がミリオンセラーを連発していた時代です。『Shake』は僕やDOUBLEが好きだったR&Bの理想を詰め込んだ楽曲でしたが、あの時代に売れていた曲とはあまりに違いすぎて、日本では厳しいのではないかというのが大方の予想だったんです。それがふたを開けてみれば『こういう曲を待っていた』と多くの人たちに聴いてもらえた。すると、今まで見向きもしなかったような人たちからプロデュースの依頼が舞い込むようになりました。自分が良いと思って信じたことを貫いた結果、業界の常識を覆して景色が一変するような"ゲームチェンジ"を味わったんです」

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『Shake』のヒットをきっかけに、今井さんはアーティストやレコード会社と一緒に新しいものを仕掛けるような立ち位置を確立していく。たとえば、安室奈美恵が小室哲哉プロデュースを離れた後の方向性を決定づけた別名義のプロジェクト"SUITE CHIC"を、m-floのVERBALと共同で企画・発案。

男性R&Bシンガーとして人気の三浦大知が、変声期を迎える前の少年時代に所属していたグループ「Folder」で発表した、ジャクソン5のカバー曲『I WANT YOU BACK』も今井さんの企画。「和製マイケル・ジャクソンとして、少年時代の今しか歌えないものを残しておこう」と提案して実現したものだ。

個人の活動から、多彩な個性が集まるクリエイティブチームに発展

音楽プロデューサーとして実績を積んでいく今井さんは、自身のスタジオをつくるタイミングで、個人名義だった「TinyVoice,Production」を法人化。スタジオを若手の音楽作家にも提供し、若い才能を育てていくことにも注力しはじめる。当時の今井さんは30代前半。なぜこの時期に自分のライバルともいえる存在の育成に踏み出したのだろうか。

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「20代の頃は自分のつくる曲が他の誰よりもカッコいいと思っていました。まだ代表作と呼べるものもなく、せめて自分を信じて奮い立たせるしかなかったからです。けれど、一定のヒットが生まれて様々な依頼が舞い込むようになると、考え方が変わっていきました。

たとえば、バンドの楽曲プロデュースをするのは僕には難しいけれど、その音楽性を持つ才能ある若手に出会う機会もあって。彼らにならクライアントの期待を超えるものができるかもしれない。いろんな才能を束ねることで、より多くの人に音楽を届けられるようなクリエイティブチームをつくりたかったんです」

才能ある若手を見出し、彼らの作家・プロデューサーとしての力を伸ばすことで、今井さんは自分一人ではできないような規模の仕事をチームで"共創"していく。現在、「TinyVoice,Production」は東京・ロサンゼルス・シンガポールに拠点を構えており、チームに所属するプロデューサーが全米1位を獲得した韓国の人気グループ「BTS」の楽曲も手掛けるなど、ワールドワイドな広がりを見せているそうだ。

東日本大震災をきっかけに、食ビジネスへ挑戦する想いを強くした

2010年代に入ってからは、TEE/シェネル『Baby I Love You』がヒット。累計ダウンロード数が1,000万を超えるほどの作品となり、音楽プロデューサーとしてのキャリアを確固たるものにした。この時期に、大きな転機が訪れる。きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災だ。

「3月の東北は凍えるほどに寒く、避難所に身を寄せた人たちは"温かいご飯"を必要としていました。それ以前も、僕は音楽を通じたチャリティーや社会貢献活動をおこなってきていたのですが、音楽ではお腹を満たすことも暖をとることもできません。もう40歳になろうとしていたのに、自分は何てちっぽけなんだろうと悔しかったんです」

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この出来事から、人の暮らしに必要な「食」に関わってみたいという想いを強くしていく今井さん。しかし、飲食業は一般的に開業3年で7割が閉店すると言われる世界。まったくのシロウトが手を出して成功できるほど甘くないことも分かっていた。だからこそ、今井さんは自らが店を経営するのではなく、食に関わる新しい「仕組み」を生み出せないかと模索していたという。これは、音楽業界の変遷を当事者として経験してきた人ならではの発想ともいえる。

「CD主流の時代からデジタル配信へ、そしてサブスクリプションサービスへ。ビジネス構造の転換によって、かつてよりも多くの人が気軽に音楽にアクセスできるようになり、音楽の楽しみ方も変わっていく流れを僕は目の前で見てきました。だからこそ、飲食の世界においても新しい楽しみ方を提供するようなプラットフォームがあると良いのではないか。それなら、僕にもできるかもしれないと考えたんです」

瞬間風速的なヒットよりも、みんなに長く愛されるものをつくりたい

その後も、安室奈美恵『Hero』(リオデジャネイロオリンピックNHK公式テーマソング)、Little Glee Monster『ECHO』(ラグビーワールドカップNHKテーマソング)など、各アーティストの代表曲ともいえる作品を続々と手掛けてきた今井さんだが、食への情熱が消えることはなかった。そして、ついに今井さんが世に送り出すことになる仕組みこそ、「どんなに遠方からでも・人さまに・お食事をごちそうできる」がコンセプトのアプリ『ごちめし』だ。

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『ごちめし』のビジネスモデル。ごちそうをしたい人が手数料を払う仕組みになっており、お店の負担はゼロ。この仕組みはギフトや寄付の考え方に基づいている。

飲食やITの知識がない今井さんがサービスを形にできたのは、音楽でも大切にしてきた"共創"の発想があったおかげだという。サービスのアイデアは、北海道の帯広にある食堂「結」で行われていた、次の誰か(食べ盛りの高校生など)のために食事代を先払いする「Pay it Forward(恩送り・利他)」の考え方が原点。商標登録は「結」の店主の本間辰郎さんと共におこなったそうだ。また、ITやデジタルマーケティングなど異なる強みを持つ専門家たちとチームをつくり、一人では実現できない道を進んでいく様子は、「TinyVoice,Production」の動きとも重なる。

その一方で、ビジネス検討をはじめた当初は、融資を頼んだ銀行や投資家にはことごとく断られたという。これも今井さんからすれば、R&Bが日本でヒットする前の状況に近かったのかもしれない。

「『ごちめし』は、お店側の費用負担がゼロでごちそうする人が手数料を支払う仕組み。飲食系サービスにおいては前代未聞のビジネスモデルで、上手くいくわけがないと言われました。でも、『ごちめし』は自分の食事ではなく大切な誰かのためのギフトサービス。プレゼントにラッピングをするように、感謝の気持ちを表現するサービスは有料でもきっと世の中に受け入れられるはずだと思ったんです」

大多数の反対意見をよそに、信じた道を突き進む今井さん。すると、『ごちめし』のアイデアに賛同するエンジェル投資家や企業が徐々に現れ、2019年10月末にサービスをローンチした。しかし、それから半年も経たずに新型コロナウイルス感染拡大の影響で世界は一変。全国の飲食店が大打撃を受けたことも、サービスが進化する契機となった。

「飲食店をなんとか支援できないかと、『ごちめし』の仕組みをもとに、先払いで飲食店を応援する『さきめし』を緊急リリースしました。すると、沢山の反響をいただくなかで、サントリーからの協賛をいただいたり、全国の自治体で地元の飲食店を応援するプロジェクトとしてコラボしていただいたりと、共創の輪が広がっていきました」

『さきめし』は、2020年グッドデザイン賞「グッドフォーカス賞【新ビジネスデザイン】」、ACC「ブロンズ賞」などを受賞。当初は大多数に反対されながらも「与え合う文化を醸成しようとしている新しい取り組み」だと評されたのは、かつてDOUBLEの『Shake』によって日本の多くの人が本格派のR&Bに触れたことを思い起こさせる。まったく異なる分野でヒット作を生み出しているが、今井さんの中では音楽制作とサービス開発のどちらも同じスタンスで挑んでいるのかもしれない。

「大切なことは、自分だけ儲かろうとしないことですね。それに、今はもう自分たちだけがよければ良いという時代ではありません。みんなが幸せになれる形を実現しなければ、瞬間風速的なヒットにはなっても、長く愛されるものにはならないでしょう。これって実は自分がつくった曲に手応えを感じる条件にも通じていて。その曲のことは本来作り手である自分が一番詳しいはずなのに、僕以上に聴き込んでくれるファンや歌詞の考察をはじめる人が現れる瞬間があるんです。自分の手を離れて"みんなのもの"になることが、僕の考える正しいヒットのバロメーター。だからこそ『ごちめし』や『さきめし』も、関わる全ての人に優しいサービスとして、みんなに長く愛されるような育て方を続けていきたいです」

プロフィール/敬称略

※プロフィールは取材当時のものです

今井了介(いまい・りょうすけ)

作曲家・音楽プロデューサー。安室奈美恵『HERO』や、TEE/シェネル『Baby I Love You』などを手掛ける。また、作家・プロデューサーのエージェンシー(有)タイニーボイスプロダクションを創業・主宰。チーム全体でCD7,000万枚以上、配信では1億ダウンロード以上のセールスを上げる。現在では、東京・LA・シンガポールに拠点を構え、ワールドワイドに活躍中。2019年には初の書籍『さよなら、ヒット曲』を上梓。音楽活動と並行して、Gigi株式会社を共同創業し、飲食ギフトサービス『ごちめし』や飲食業支援プロジェクト『さきめし』も立ち上げている。

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