引っ越さなくても転勤できる?三菱地所プロパティマネジメントが挑む、新たな働き方
働き方の柔軟性はどこまで高められるのか。コロナ禍以前から取り組むリモートワーク転勤の仕組み「あたらしい転勤」に学ぶ
今、"転勤制度"の廃止や見直しを表明する企業が現れている。カルビーや富士通では、一定の条件を満たす場合に単身赴任を解除する方針を打ち出しており、その条件を要約すれば、「原則リモートワークでも業務に支障がないこと」。複数の企業が転勤制度にメスを入れたことは、リモートワークをはじめとした様々な業務改革が実を結び、柔軟な働き方が進んでいるひとつの象徴ともいえる。
この転勤見直しの先駆けと言えるのが、三菱地所プロパティマネジメント株式会社が取り組む転居を伴わない転勤、「あたらしい転勤」プロジェクトだ。今でこそコロナ禍でリモートワークは広く社会に認知・理解されているが、同社がプロジェクトをスタートさせたのは2019年のこと。取り組みでは顧客との商談を含む営業職の仕事の大部分をリモートワークに置き換えているが、社内外の協力・理解を得るには、どのような創意工夫が必要だったのだろうか。
既存の働き方では「配偶者の転勤」による離職は止められない
「あたらしい転勤」プロジェクトの原点は、女性の活躍推進。三菱地所プロパティマネジメントでは、2018年から女性営業職(エイジョ)が自らの課題解決を目指す「新世代エイジョカレッジ」という社外プロジェクトに参加していた。
自社の営業女性でチームを組み、女性活躍を阻害する要因について洗い出したころ、まだ手が付けられていないテーマとして挙げられたのが「転勤」だった。転勤は自社において離職につながる一つの要因になっていたと、チームリーダーの吉野絵美さんは語る。
吉野「単に『転勤の課題』といっても、その悩みは大きく二つに分かれていました。ひとつは、自分自身への辞令に応じられず辞めてしまうこと。もうひとつは、配偶者の転勤に同伴するためという退職理由が女性に多いことです。特に後者の場合は他社の人事異動が影響しており、自社でコントロールできません。『妻の転勤に夫や家族が同伴する』ようなケースは多くなく、まだまだ家庭のことは女性に負担がかかっている。男性よりも、転勤をきっかけに仕事やキャリアを諦めてしまう場合が多いのだと感じました」
吉野さんたちが転勤に目をつけたのは、三菱地所プロパティマネジメントという会社の成り立ちも要因になっている。同社は、三菱地所グループでオフィスや商業ビルの運営管理を行う2社が統合して2014年に誕生した会社。もともとの2社は、三菱地所が多数ビルを所有する東京丸の内エリアを中心に担当する会社と、丸の内以外のエリアや全国主要都市を担当する会社とで役割が分かれており、後者は全国各地に拠点を構えていた。
つまり、統合前の2社は「転勤がない会社」と「全国転勤が当たり前の会社」と言い換えることもでき、人事制度の統合によって社員の転勤に対する温度差が課題になっていたと、人事企画部 人事企画ユニット長の水野英樹さんは教えてくれた。
水野「全国に支社がある会社出身の社員からすれば、はじめから転勤があることが前提で入社していますが、もう一方の社員は転勤がない働き方を魅力に入社した人も多く、女性比率も高かったんです。それが統合によって転勤の可能性も生じるとなれば、今後の働き方に不安を感じる人も多かった。
また、今の時代は女性に限らず『どんなにワークが充実していてもライフを犠牲にはできない』という価値観の人が増えていますよね。そこで、人事としてもワークとライフをどうバランスさせるか検討を続けていました。ただ、たとえば一般的な地域限定社員などの働き方は全国転勤可の社員との公平性を維持するため処遇が下がってしまうなど、既存の人事制度では十分な解決ができていなかった。そんなときに、営業女性たちが人事では考えもしないような方向性の企画を投げかけてくれたんです」
そのアイデアこそ「引っ越さない転勤」、すなわち「あたらしい転勤」だ。転勤=配属先の現地で働くという前提を疑い、「本社にいながらリモートワークで地方支店の仕事をする」、「配偶者の転勤に伴って遠くに引っ越してもこれまで通りの仕事を続けられる」といった姿を実現しようという試みだった。
小さくはじめる。懸念を細かく洗い出す。新たな価値をうみだす
働く場所が自由になることは、個人にとってメリットが大きいだけでなく、社員の離職を止められることや転居にかかるコストの削減など、経営上のメリットも大きい。役員へのプレゼンでもその点が評価され、検証を進めるための承認が得られた。しかし、理論上はみんなに利点があることであっても、現場で受け入れられるかは別の話。吉野さんと同じ営業女性としてプロジェクトに参加していた物永真衣(ものえ・まい)さんによれば、「チームの中ですら賛否両論だった」という。
物永「みんなで出したアイデアの中では一番面白かったし、実現したらと思うとワクワクしました。でも同時に、これを私たちの会社で本当にやれるかと考えると難しい気もしたんです。
というのも、私たちはオフィスビルや商業ビルなどの不動産に携わっているからこそ、お客様がいる建物に直接伺う"現場主義"を大切にしてきました。リモートワークを前提にしたら、当社が築いてきたものが失われてしまうような怖さもありましたし、そうすることが当たり前だと思って転勤を受け入れてきた先輩たちもいる。安易に足を踏み入れて良い領域なのかとタブー視する反対意見も出ていたほどでした」
そこで2019年の実証実験では影響範囲を絞り、「あたらしい転勤」をする対象を限定。ごく小さな取り組みからはじめることとした。「配偶者の転勤に同伴することになった場合」を想定して、普段は東京で働く営業3名が1ヶ月の間だけ大阪・名古屋の支店に出勤し、遠隔で東京の仕事ができるのかを検証してみたのだという。
まずは小さくはじめて徐々に広げていくのは新たな取り組みにおける正攻法だが、ここで気になるのは、はじめから顧客も巻き込んでいること。営業職が起点の取り組みなので必然とはいえ、社内で理解を得る以上にハードルが高かったのではないか。
物永「たしかに、同僚だけでなく社外のお客様の不安を払拭できなければ実現できません。そのため、自分たちが普段行っている業務を細かく洗い出し、リモートワークで可能なものとできないものを整理。『この場合はリモートで問題ない。このケースは遠隔対応が難しいので代理の担当が伺う。これは上手くいくか分からないけど意思を込めてリモートにチャレンジしてみる...』と対応を明確にしていきました。
また、いきなりお客様に協力を仰ぐのは無理だろうと諦める前に、一度打診してみたことも良かったのかもしれません。たとえば外資系のお客様はもともと海外とのオンライン会議に慣れているため、私たちの想定以上に好意的に受け入れてくださるケースもあるんです。もちろんそれが全てではなく、2019年時点ではオンライン会議を経験したことがないお客様もいらっしゃったので、事前に私たちが出向きシステムの操作方法を含めた練習をすることで不安を解消していきました」
吉野「懸念の払拭をかなり丁寧に進めた一方、どんなに不安がなくなってもお客様にこれまで以上の価値を提供できないと『直接会えない場合に仕方なく使う代替手段』でしかありません。そこで、実証実験ではオンラインならではの顧客価値を探ることも意識しました。
たとえば地域ごとに担当者が点在していたお客様には、従来からみなさんが一同に集まる機会が少なかったこともあり、オンラインの利点を活かして地域の垣根を越えた合同ミーティングをセッティング。『個別に話すよりもオンラインで集まって話した方が、スムーズに情報共有できる』と、ご評価いただけるような事例も出てきました」
転勤そのものを否定するのではなく、自由な選択肢であってほしい
1ヶ月の実証実験では、従来は対面で行っていた営業の仕事の大半を遠隔で実現。対面でのやりとりが必須の業務は全体の約5%程度であることが分かり、現地に転居しなくてもリモートワーク+出張で問題なく遂行できることが証明された。また、顧客からは不便を感じるどころか「うちでも働き方の参考にしたい」と興味を持って見守ってもらえたそう。
こうした成果も認められ、「あたらしい転勤」プロジェクトは「新世代エイジョカレッジ」で2019年フォーラム部門の大賞を獲得。2020年からは本格的な制度化に向けた検討へと拡大しており、社外から評価されたことも相まって社内でも好意的に受け止める人が増えていると、働き方改革推進部の豊島緑(てしま・みどり)さんは語る。
豊島「『あたらしい転勤』について社内でアンケートを取ったところ、約3割が『興味がある』『使ってみたい』と回答しており、男女比はほぼ同じ。性別に関わらず幅広い人に求められる働き方だということが分かってきました。また、男女でニーズが顕在化する時期に違いがあるのも、見えてきたことのひとつ。年代別に見てみると、女性は結婚・出産を控えた20代から関心があり、男性は子育て真っただ中の30~40代に高い傾向にあり、これはワークとライフのバランスを自分事として真剣に考え始める時期とも関連がありそうです。
私自身、入社時点では転勤を前提としたキャリアパスを漠然と受け入れていましたが、いざ結婚や出産が目の前に訪れると、ようやく自分事として真剣に考えるようになったので良く分かります。そのときにライフを犠牲にして仕事を選ぶのか、仕方なく退職を選ぶかの二択しかないよりは、違う選択肢もあった方がもっとポジティブに人生の決断ができるはず。だからこそ、まだスタートしたばかりにもかかわらず社内の3割もの人が期待をしてくれているのかもしれません」
このように好意的な意見が寄せられる一方、検討を進めることで新たな課題も見えてきた。対象を全国に拡大してみると、リモートワークに対する地域間の温度差や人によって受け取り方に違いがあることが浮き彫りになったという。
水野「東京など新型コロナウイルスの感染拡大が顕著な地域では、社員もお客様も遠隔のやりとりに慣れてきた一方で、感染が緩やかな地域ではそこまで利用が進んでいないためかリモートワークへの抵抗感が強く、膝を突き合わせて話をすることを重視する意識が強い印象があります。
また、これまで転勤をしてきた人の中には、純粋に転勤が好きな社員もいれば、現場主義を貫いてきた自分のキャリアを誇りにもっている人もいます。こうした人たちに『あたらしい転勤』を理解してもらうのは簡単ではありません。ただ、だからといって彼らの考え方が否定されるべきではないとも思うんです。同じ会社の仲間として、個々の価値観や生き方は尊重されるべき。あくまでも選択肢として浸透していくための方法を模索しています」
そこで制度化する上では、転勤を一律廃止するのではなく、育児や介護などのやむを得ない事情がある人に限定した活用からはじめる予定だという。社内外の理解を進めたうえで、徐々にこの働き方が選べる対象者を広げていこうと考えている。このように、まだまだ取り組みはスタート地点と言えるが、一歩踏み出せたこと自体がプロジェクトチームにとっては大きな成果だと捉えているそうだ。
吉野「私たちにとって転勤は、『変えたくても変えられないもの』の代名詞だったんです。でも、みんなで真剣に考えて取り組んだら、風穴を空けることができた。三菱地所グループという巨大な組織にいながら、ボトムアップのアイデアで会社の仕組みを変えられる可能性が見えたことが現時点の一番の成果だと思っており、この経験をバネに今後の取り組みを加速させていきたいです」
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 三菱地所プロパティマネジメント株式会社 あたらしい転勤プロジェクト
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発端は女性活躍推進を目的とした社内のワーキンググループ。2018年から参加している社外活動「新世代エイジョカレッジ(エイカレ)」で、リモートワークを活用した「転居を伴わない転勤」を企画し、実証実験を実施。新たな働き方の提言が、エイカレ2019年フォーラム部門の大賞に選ばれる。2020年度からは同社人事および働き方改革推進の部門にて、人事制度化を目指した本格的な検討へと移行している。