【前編】地域活性のヒントは「マーケティング」にあった! 宮崎県日南市 マーケティング専門官 ×千葉県流山市 広報官対談

【前編】地域活性のヒントは「マーケティング」にあった! 宮崎県日南市 マーケティング専門官 ×千葉県流山市 広報官対談

文:塚田有那 写真:依田純子(写真は左から河尻さん、田鹿さん)

地方行政にマーケティング戦略を取り入れる自治体が増えてきた。若者の雇用創出から子育て世代の流入まで、各地が取り組むアプローチとは?

「母になるなら、流山市」のキャッチコピーを掲げて、子育て世代の流入に取り組み、この10年間で2万人もの人口が増加した千葉県流山市。その流山市で広報を担当する河尻和佳子氏と、一方、地域×スタートアップをテーマにベンチャー企業を誘致し、新たな雇用の創出を目指す宮崎県日南市のマーケティング専門官田鹿倫基氏。地域行政にはこれまでなじみの薄かった「マーケティング」を軸に取り組む実践者たちに、これからの地方活性のありかたを尋ねた。

ー 地域行政において、「マーケティング」という概念はこれまであまりなじみのなかった領域かと思います。それぞれ、いまの役職に就いた経緯を教えてください。

田鹿倫基(以下・田鹿) ぼくはリクルートに勤務した後、中国のウェブの広告代理店で働いていました。そこでは主にクライアント企業に向けて、インターネット販売を主軸としたウェブマーケティングを担当していたんです。帰国後、いまの職に就いたきっかけは、当時33歳という若さで宮崎県日南市の市長に当選した崎田恭平氏の存在があったから。崎田市長は「いま、行政にはマーケティングが必要な時代だ」というビジョンを掲げ、民間からマーケティング担当職員を起用したんです。ぼくは宮崎県出身だったこともあり、縁あってマーケティングの専門官として働くことになりました。

河尻和佳子(以下・河尻) わたしは過去にも企業で千葉県エリアのマーケティングを長らく担当していました。その後、子どもが産まれて環境を変えようと思ったとき、千葉県流山市でPR職を募集する告知を見つけたんです。当時はまだ子どもも小さかったので採用には至らないだろうと思いながら受けてみたら、一発で決まってしまいました。その理由は、流山市の目指すターゲット層が正にわたしのような「共働き子育て世代」だったからなんです。

田鹿倫基

ー 各地域によって抱える課題はさまざまだと思いますが、「地域マーケティング」という観点において、目標はどのように設定されたのでしょうか?

河尻 普遍的に通用するセオリーはないんですよね。地域マーケティングという仕事は全国的にも前例がないから、最初は何から始めればいいかわからないことばかりでした。ただ、流山市はシンボリックな観光施設もなければ、有名な物産品もない住宅都市。10年前にマーケティング課ができたときから、都心で働く共働き子育て世代の定住人口増加の対象にしてきたんです。その成果が実って、現在人口は増加し続けています。

田鹿 日南市の抱える大きな課題のひとつは、若者が高校卒業と同時に、人材が日南市外に流出してしまうことにありました。それというのも、就職希望者にとっては若者が就きたいと思う仕事が少なく、進学希望者にとっては市に大学がないため、多くの生徒が高校卒業と同時に市外に出てしまってました。その流れで農業や建設業、医療介護業界などは万年の人手不足状態でした。つまり、若者人材の需要と供給のギャップが存在している状況なんです。そこで、日南市の若者流出に歯止めをかけるための一つの施策として、若者が就きたいと思える仕事を創出することを目指しました。そこから、若いベンチャー企業の誘致施策がはじまったんです。

河尻 若者の雇用って、市の人々からするとすごくニッチな需要に見える気もします。たとえば日南市だったらプロ野球のキャンプ施設もあるし、観光業に注力した方がわかりやすい指標にもなりそうですが、市民との合意形成はどう行われたのでしょうか。

田鹿 市民の方々には、「若者が好む仕事がこの街にあれば、お子さんが戻ってくる可能性が増えるんですよ」「年配者の皆様を支えるためにこそ、若者に残ってもらわないといけないんです」という説明をしています。日南市の方はとても気さくに接していただいていて、市内のカフェで仕事をしていたら自然と話しかけてくれることが多いんです。そこでの細かなコミュニケーションがいまにつながっていると思いますね。

河尻 田鹿さんのような外部からやってきたマーケティング担当といった存在が、市民の方にもそれだけ認知されているという状況がまずすばらしいですね。そもそも役所にどんな人がいるかを知っていたり、自分たちの暮らす市について自立的に考えたりすることって、そう簡単に醸成できるものじゃない。日南市のもつ大きな財産ですね。

河尻和佳子

ー 市民の理解を得る上で、課題となるのはどのような点でしょうか。

河尻 地域には色々な方がいらっしゃるので、当然のごとくさまざまな意見があります。市の施策をどう理解してもらうか、応援してくれる市民を増やしていくことが常に課題ですね。例えば共働きの子育て世代へのサポートに注力すると、高齢者世代はどうするのかというご意見をいただくこともあります。そうした声には、少子高齢社会で市民サービスを維持するために市にも"経営"の視点が必要になると説明します。若年層で共働きの世帯の人口流入は、住宅都市である市の経営にとっても大きな源になる。「自治体には経営の視点が必要だ」と市長もよく言っていますが、この点への理解を広げていくことがわたしたちの役目でもあります。

田鹿 企業のマーケティングはターゲットを絞って行うものですが、市役所は市民に公平でなければならない。この矛盾は常に付きまといますね。一方で、全国一律で叫ばれているやみくもな「移住促進」に自治体が疲弊しているのも明らかだと思います。

河尻 地域行政って、「何をやるか」よりも、「何をやらないか」という決断の方が重要な場合が多いですよね。隣の市でゆるキャラが流行れば、うちの市でもやろうという声がすぐにのぼってくる。そうではなく、自分たちの市にとって何が最優先なのかというビジョンを貫くことが大事だと思います。

河尻和佳子・田鹿倫基

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