【コレカラ会議】サービス産業の成功事例に学ぶ テクノロジー活用と多様な働き方導入によるCSとESの向上
新型コロナウイルス感染症拡大は、個人・企業にさまざまな影響を及ぼしています。なかでも特に、国・自治体の動きに合わせた対応を迫られたのがサービス業です。
サービス業はコロナ禍以前から、労働人口減少による人手不足・離職率の高さ・女性の働きにくさなどが問題となっていました。その状況は、コロナ禍を受けてどのように変化したのでしょうか。
今回はコロナ禍でも働き方の多様化に成功している企業事例から学べる、数々のヒントをご紹介します。
※2022年3月に開催された社外向けイベント「コレカラ会議」のダイジェスト記事です
人手不足感は急激に悪化。「働きやすさ」が解消の鍵となる
宇佐川:ジョブズリサーチセンター センター長の宇佐川です。事例紹介の前に私から、労働市場と働き手の現状についてお話させていただければと思います。
まずは、弊社が半年ごとに採用担当者や経営者などに聞いている、人手不足感の変化についてです。
人手不足感は既に7割超。コロナ禍以前に後戻りしている状況
さまざまな企業に「1年前に比べて人手不足を感じますか?」という質問をしたところ、「1年前よりも人手不足が悪化した(52.4%)」と、「1年前と同程度の人手不足を感じる(22.5%)」を足し合わせるとなんと74.9%が人手不足を感じているという結果となりました。これは、2020年6月と比較すると、25.6ptも悪化しています。
コロナ禍で一度緩和したように感じられた人手不足感が、元に戻ってきていることがデータからも明らかです。
中小企業が不安・強化したい項目の上位にも「人手不足・育成難」が
また、2022年に調査した中小企業の今後の経営不安要素のTOP10でも4割、今後強化・注力する分野でも5.5割の企業が、「人手不足・育成難」を挙げている状況です。つまり、中小企業も人手不足感が強まっているといえます。
宿泊・飲食サービス業は離職率が高く、入職よりも離職が多い
宿泊・飲食サービス業はともに離職率が高く、さらに離職率が入職率を上回るという残念な実態があります。
宿泊・飲食業の退職理由は「労働負荷」が共通して多い
次に働き手側の視点として、その仕事をしたくない理由(離職した理由)のTOP10を紹介します。
青い文字は、「仕事量が多い」「体力的にきつい」という体力面、「労働時間が長い」「休日が少ない」などの時間(休日)面などの労働負荷が大きい項目です。いずれの区分でも、給与より上位に働きやすさに関連する項目がきています。
続いて、業種問わずこの1年以内に仕事探しをしている人が挙げている、仕事探しで重視している条件を紹介します。
仕事探しの絶対条件は「給与」より「働きやすさ」に
「勤務日数(休日・休暇)」「勤務地」「勤務時間帯」「勤務時間数」、などを条件に挙げる方の多さが目立ちます。男女で比較してみると、特に女性は6割の方が働き方を重視し、仕事内容や給与などは4割程度。まず、働き方で転職先の足切りをしていることがわかります。
男性も同様に勤務日数などが4割以上で、その他は「仕事内容」や「給与」と同率程度と、働きやすさに注目が集まっています。
初職の離職理由も、時間/休日、労働負荷に関する理由が上位にランクイン
続いて33歳以下の正社員の方が、初めての仕事(初職)を離職した理由をご紹介します。「労働時間・休日の条件が悪い」「肉体・精神的に健康を損ねた」という理由が、男女共に多いです。よく言われる、「給与が低いから人が辞める/来ない」わけではないことがわかります。
まとめますと、コロナ禍の影響はありながらも人手不足感は急上昇し、コロナ禍以前の状態に戻りつつあります。そんな売り手市場の状況で採用を成功させるには、働く人に着目し、ES(従業員満足度)を上げることが重要です。
従業員満足度は、職場環境・社内の人間関係・働きがい・福利厚生・給与などの要素がありますが、ここで挙げているのは主に職場環境です。今は売り手市場になっているため、従業員が生き生きと働けるような労働条件や環境にしていくマインドセットが求められます。
では、具体的にはどのようなことを実施すれば良いのでしょうか? 働き方の多様化を進めている美容・飲食・旅行・ブライダル業界の最新事例をご紹介します。
IT化・技術革新、マインドセットの転換が働き方の多様化を実現する
千葉:ホットペッパービューティーアカデミーの千葉です。私からは、美容業界の働き方改革の先進事例をご紹介します。
【美容業界の働き方の先進事例】
IT化による効率化と店販アップ、カスタマーニーズをコントロールして働きやすい環境を実現
千葉:美容業界全体が抱える問題としては、離職率が高く慢性的な人手不足に陥っていること。結婚・出産を機に復職せず退職するケースも多く、その理由としてはスタイリストから店長、そして独立という画一的なキャリアパスしかなく、多様性が低いことが挙げられます。
実際、休眠している美容師は従事者の約1.4倍存在しているといわれますが、復職されるケースは少ないという特徴からも、働きにくい状態であることがうかがえます。
今回ご紹介する徳島県にあるオリガミ・キャリアデザインさまは、スモールDXによる生産性アップ・多様なキャリアパスの提示による定着率アップ・ダイナミックプライシングによる集客コントロールの3つに取り組んだ結果、離職減と採用応募増加を実現されています。
ひとつ目のスモールDXは、鏡面のデジタル化と動画の活用、IT化の推進です。スマートミラーを導入し、おすすめ商品の動画を流して店販の強化を図っています。また従業員の方にPCとスマートウォッチを配布し、共有はスプレッドシートで行うなど業務効率化を図っています。
ふたつ目の多様なキャリアパスの提示については美容室をプラットフォームとしながらも、ブライダル(結婚式当日のヘアメイクやフォトウェディングの企画)・動画制作など他事業を並行して行うことで、多様な働き方が選べるようになりました。
3つ目のダイナミックプライシングについては、平日・朝・時季・曜日・時間帯で分けた5つのプライシングで、市場のニーズをコントロールしています。美容室は繁閑差が激しく、何もしないと土日に予約が詰まって受けきれない、逆に平日や朝の時間帯は空いているというように予約が偏ってしまうものです。しかし、プライシングを分けることで、うまくお客様を誘導し稼働率を上げています。
こうした取り組みによって、土日休・17時退社などが可能になり、子どもを持つ従業員が働きやすい環境になりました。それが、産休・育休後の復帰の後押しにもなっています。また、多様なキャリアパスを提示できたため、離職者が5年間で2名と大幅に減少しました。その2名も、家業継承など致し方ない事情によるものです。
こうした魅力的な環境が口コミで広がり、採用の応募数も増加したという成果が出ています。副次的な効果としては、月のひとりあたりの売上が157万円と、一般的にいわれている美容室の生産性と比較すると、約3倍もの成果が生まれている点も興味深いです。
オリガミ・キャリアデザインのオーナーさまにお話を伺ったとき、非常に印象的だったのがDXの取り入れ方です。DX推進といってもそれ一辺倒ではなく、人間教育などについてはDXせずに人の介在価値を大事にしていく。このようなメリハリが、良い効果を生んでいるのではないかと感じました。
竹田:続いて、飲食業界の先進事例をご紹介します、ホットペッパーグルメ外食総研の竹田でございます。よろしくお願いいたします。
【飲食業界の働き方の先進事例】
IT化で業務負荷を軽減。さらにEX向上・CXにつながる経験が得られた
竹田:私からは、肉料理をメインにしたお食事も充実している40席ほどのカフェを運営されている、モンスタービーフさまの取り組みをご紹介します。
ご存じの通り、飲食業界はコロナ禍で時短営業要請・酒類提供制限で大変苦しい経営を強いられていますが、営業再開後に限られた人員でいかにしてオペレーションするかが課題となっていました。
将来的な人手不足も視野に入れてモンスタービーフさまが取り組まれたのは、デジタルツールを導入したセルフオーダーシステムです。これによって人が注文を取る「オーダーテイク」業務を削減することができました。
業務に余裕が生まれたことにより、接客と調理業務を繁閑に合わせて両方行うなどが可能となり、運営スタッフは5人から2~3人へと減少。また、セルフオーダーにしたことでメニューを覚えていなくても接客業務を始めることができることから未経験者を採用し、すぐに働いてもらうことが可能になりました。さらに、ピーク時間に業務が重なりがちなテイクアウトやデリバリー対応も可能になるなど、より少ない人数での店舗運営が可能となりました。
接客スタッフが調理を、逆に調理スタッフが接客をといった、新たな「学び」を得る機会にもつながったとも聞いています。
業務に余裕が生まれたことで、お客様と会話をしたり、テイクアウト・デリバリーの商品に一言お礼のメッセージを書き添える、または新たな企画を考える時間を作ることが可能となり、こうした取り組みはCX(顧客体験価値)を向上させるものとして大変有効です。
また、さまざまなことを幅広く学べる環境づくりにつながることは、EX(従業員体験価値)向上につながるといえ、外食産業にとって注目すべき事例となりました。
宇佐川:ありがとうございました。ふたつの事例では、DX推進によって余白の時間を作り出したことにより、本来やりたかったこと・新たな仕事の機会などを創出できました。美容ではサービス提供時間と子どもを持つ従業員の働きたい時間のズレを解消するアイデアが生まれ、飲食では余白時間からもてなしに関するチャレンジをする時間を創出できたという良い事例だったかと思います。
では次に旅行業界の先進事例を北嶋から発表させていただきます。
北嶋:じゃらんリサーチセンター主席研究員の北嶋です。私からは、京阪ホテルズ&リゾーツさまの事例をご紹介します。
【旅行業界の働き方改革の先進事例
サービス残業防止の徹底、前倒しのキャリア形成で育休復帰約100%に
北嶋:ホテル旅館業界が抱える問題としては、24時間365日稼働している場合が多いため、どうしても勤務時間が長くなりがちであること。背景には、サービス残業・休日出勤対応などの常態化やお客様へのおもてなしをしたいという従業員側のモチベーションなどが存在しています。このような環境から、結婚・出産・育児などのライフイベントで離職となるケースが多くみられます。
こうした問題に対して京阪ホテルズ&リゾーツさまは、サービス残業の防止や20代からの前倒しキャリア形成、テレワーク導入などに取り組んでいます。
ひとつ目のサービス残業の防止については、上司からの依頼も社員の自発的な実施も認めないという風土を整えました。具体的には残業を行った場合、降格を含む処分や人事評価への影響もあるという強い通達を行い、サービス残業の定期確認調査を3ヶ月に一度行うという対応をとられています。
ふたつ目の20代からの前倒しキャリア形成については、産・育休復帰後の職務選択肢を複数確保できるように20代のうちからマルチタスクやジョブローテーションを実施し、第一子出産までの早期キャリア形成に取り組まれたそうです。
3つ目のテレワークの導入については、宿泊営業・人事などの強化部署で2020年3月から取り組まれています。今では50%以上のメンバーが月1回以上実施。通常ホテル内で勤務する必要があるとされるシェフであっても、メニュー開発などを自宅で行うなど、テレワークでできる業務を考えて浸透させています。
こうした取り組みの成果として、京都府の宿泊業で初めての「新・ダイバーシティ経営企業100選」「くるみん認定」を取得。女性の退職者減や育休復帰もほぼ100%を実現。さらに女性管理職が0人だったところから女性役員・総支配人を輩出し、女性管理職比率が20%と大幅に増加。さらに人事異動をステップアップのための経験とポジティブに捉える従業員の方も増えたそうです。
24時間・365日稼働している宿泊業態で、「働きやすさ」と「働きがい」を両立することは非常に難しいことだったと思います。しかしこれを実現され、さらにキャリアパスを多様化させることで女性リーダーを大幅に増やされた点は、業界にも良い影響を与えてくれるのではないかと感じます。
金井:続いて、リクルートブライダル総研研究員の金井より、ブライダル業界の先進事例をふたつ紹介させていただきます。
まずブライダル業界が抱える課題として、土日稼働が必須の業界であるため、結婚・出産後の両立が難しく人材が定着しないこと。さらに顧客年齢層の広がり、ニーズの多様化でキャリアを積み、質の高いサービス提供ができる人材ニーズが高まっていることが挙げられます。
【ブライダル業界の働き方の先進事例1】
多様な働き方を選べる制度、キャリア形成サポートで退職率が5年で6pt改善!
金井:1社目のテイクアンドギヴ・ニーズさまは、育児と両立できる働き方レパートリーの提供・多様なキャリア形成のサポートという二本柱で取り組みを推進されています。
ひとつ目の柱である育児と両立できる働き方レパートリーの提供については、副社員制度・フリーウェディングプランナー制度・DX化による業務効率化、その他フレックス勤務(コアタイムなし)・エリア限定社員(一定エリアを超える転勤なし)の導入を実施されています。
副社員制度というのは土日いずれかのお休み取得、月の担当数など業務条件の調整を可能にし、育児と両立しやすくする制度です。フリーウェディングプランナー制度は、業務委託に切り替えて他企業の発注も受けられるようにしながら、業務量の調整・ホームページ作成/確定申告などの独立ダンドリ支援・発注本数保証などフリーになっても働きやすい体制を整える制度です。
DX化による業務効率化では、リマインドメールの自動化、準備ダンドリの説明動画など、人がやらなくても良いものをDX推進によって効率化しました。
ふたつ目の柱の多様なキャリア形成のサポートについては、従来はプランナーとして入社した場合、基本的には職種の変更がなかったところ、本社部門、他職種への異動・ジョブローテーションなど幅広い経験が可能な総合職と、スペシャリストを目指す専門職への切り替えができるように変更されました。さらに、社外留職制度として、例えば専門学校講師やデジタル戦略など、他業界への希望出向を通じてさまざまな経験を積むことも可能にしました。
こうした取り組みによって退職率が5年間で6ptも改善するという成果が出ています。また、多様な働き方が選べる体制づくりを軸に、IT化による生産性アップと制度面でのキャリア支援を実施するというナレッジが生まれました。
【ブライダル業界事例2】
子どものいる社員主導で働きやすい制度設計をし、女性管理職比率が58%に
もう1社は、徳島県のときわさまです。なんと15年前から子どものいる女性社員の検討チームを発足させ、ふたつの柱でママが働きやすい環境づくりに取り組まれている企業です。
ひとつ目の柱は両立可能な制度環境の整備として、コアタイムなしで中抜けもOKのフレックスタイム導入・子どもの看護休暇を小学校3年生までという法定以上の基準で実施・育児/介護サービスの費用を70%相当助成・年中無休の事業所内保育所を開園し、産休前に入園枠の確保などさまざまな取り組みをされています。
もうひとつ着目すべきは「出産後の復帰が当たり前」という文化醸成に取り組まれていること。妊娠出産前後/産休中も2ヶ月に1~2回の密なコミュニケーション・部署変更での復帰の場合は社長との面談をするなど丁寧なコミュニケーションで復帰への不安を払拭。また中小企業では休職による人手不足も課題になりがちですが、ジョブローテーションですべての部署を経験し全員で職種を超えてサポートし合える体制づくりも工夫されています。
取り組みの結果、女性の従業員比率が70%(うちママ30%)・女性管理職比率が58%(うちママ54%)・従業員の35歳以上の割合が2015年~2022年で10%以上増加。くるみん認定/「女性活躍・子育て支援リーディング企業 優秀賞」も受賞するなど素晴らしい成果が上がっています。
2社の事例のまとめとしては、多様な働き方の選択肢を整え、出産後の復職が当たり前の文化を醸成されているところが非常に参考になるのではないかと感じます。
宇佐川:ありがとうございました。後半の事例をまとめると、経営者のメッセージを「制度づくり」という行動によって伝え、多様な働き方が存在することはポジティブなことだという働く人のマインドセットも変えていくことで従業員が多様な働き方を選択できる環境を作った事例といえます。
旅行業界では体制を整備することによって女性リーダーの創出が、ブライダル業界では育児との両立可能な制度環境を顧客や従業員のニーズに沿って整えていくことが可能となっています。 いずれも、従業員や顧客と良好なコミュニケーションがとれているからこそ、なし得たことではないでしょうか。
サービス業の働き方のコレカラ
宇佐川:ではここから、皆さんと一緒にディスカッションをしながら「サービス業の働き方のコレカラ」を考えていきたいと思います。まず、ひとつ目の質問をさせてください。旅行・ブライダル業界のDX推進について、教えていただけますか?
北嶋:旅行業界のDXでいうと、客室の稼働と売上の一元管理システム、複数サイトでの在庫管理を行うサイトコントローラーはずいぶん前から導入されています。ただ、最近ではこうしたマーケティングツールだけではなく、働き方改革につながるようなDXも進んでいます。
例えば紙や電話などでの共有ではなく、SNSツールで、従業員のシフトチェンジをする際の申し送り事項や、季節ごとに変わる旬のお料理の提供方法の伝達が動画で共有されています。こうしてDXで余裕ができた時間をコア業務に使うという形が浸透しつつあると感じます。
もうひとつは、マーケティングとしての売上・利益意識を高めていく面で、市場の需要を予測していく、レベニューマネジメントツールを導入するところも増えています。
特に中小企業の場合、マーケの専任者を採用・育成するというのが難しいこともあるので、こういったツールをうまく活用していくという考えを持つ企業様が多くなってきたのも特徴ですね。
宇佐川:ありがとうございます。ブライダルはいかがですか?
金井:そうですね、先ほどご紹介したテイクアンドギヴ・ニーズさまの取り組みが非常に進んでいます。結婚式はプランナーが対面で対応しなくてはいけないところと、そうでないものが分かれています。後者の、「人でなくて良い部分」に関しては、DX推進をして効率化を図っていくということに取り組まれています。
例えば、結婚式は物理的なウェディングノートで管理していたものをオンライン上で管理できるようにする。打ち合わせの前に準備しておいて欲しいものなどは自動リマインドメールで送る。お客様が不安になることなどは、よくある質問動画にまとめて提供するなどを行っています。
プランナーは「お客様と対面した時にしかやれないことに集中できる」という体制を整えて、効率化を図っていらっしゃいます。
また、『ゼクシィ』としてはオンライン化を進めるためにブライダルフェアに代わるオンライン相談会を特集したり、オンライン接客・お客様管理に使えるツールを提供したりしています。
宇佐川:今おふたりの話を聞いていて、共通していることが3つあるなと感じました。
ひとつ目はDXというと、IT人材を採用しないと導入できないという印象がありましたが、今は誰でも簡単に使えるツールが増え、導入ハードルが低くなったということ。
ふたつ目は、DXがうまく進まない原因に、人でないとできないこと・人でなくてもできることの切り分けがうまくできないというものがありました。しかし、コロナ禍でリモートワークが進んでパラダイムシフトが起き、適切な切り分けができた結果、従業員としてのやりがいを保持(または向上させる)DX推進につながったのかもしれないということ。
3つ目は、動画活用がとても上手だということ。旅行だと旬メニューの共有など従業員の教育に、そしてブライダルはお客様の不安を解消するよくある質問動画をまとめるなどの例がありましたよね。これは、お客様に接し続けてきた、「サービス業ならでは」の活用法ではないかと感じました。
とはいえ、DX推進・デジタルツールを導入する際の課題はまだまだあると思います。竹田さんいかがでしょうか。
竹田:飲食では、顧客接点・バックヤードのマネジメントツール・マーケティングシステムなどが導入されてイノベーションが起き、労働集約型の仕事が大幅に効率化できています。ただ、失敗例もたくさんあります。
失敗例に共通しているのは、従業員が人手不足の解消・コスト削減など「会社都合の目的でDX推進をしている」という理解をしてしまい、それが不満となってしまう場合です。なぜなら、DX推進によって現場はオペレーション変更をしなければならないのでそれに対する抵抗感が出てきますし、目的や効果に対する疑問や、業務を変更することに対し面倒だと思う気持ちがあると、導入がうまくいきません。
意外にこういった点が、DX推進の壁になるのかなと思っています。そういった意味では、導入の「目的設定」が非常に大事だと感じます。「DX推進が、お客様の満足と、従業員の働きやすさにつながるものだ」という目的を経営陣が明確に示し、そして従業員が理解・共感するように伝えられるかがカギになると思います。
宇佐川:まさにおっしゃる通り、DX推進やデジタルツールの導入が目的化し、「何のためにDX推進をしているのか」という状態になっていることがよくあります。また、私も含めてですが推進する側が意識せずに、会社都合の言葉を使ってしまっている場面は多いと思います。
従業員には「業務効率化できるから」という理由だけ伝え、その先にある「労働負荷が下がること」あるいは「それがお客様にどう還元できるのか」などを伝えられていないのではないでしょうか。あるいは、従業員が望む形の効率化になっているのかを見ていないということもあるかと思います。
竹田:そうですね。推進する側が、従業員の働きやすさや満足度にどうつながるのかを変換して伝えることがとても大事だと思います。
宇佐川:続いてふたつ目の質問です。女性従業員比率が非常に高い業界であっても、女性管理職になるとその人数が一気に減ってしまいますよね。美容は女性管理職の登用について、現状どう取り組まれていますか?
千葉:美容業界は、女性比率が高い・慢性的な人手不足というふたつの特徴を持っています。そのため、会社にとっては女性のスタッフが確保できるかどうかは死活問題なので、いろいろな制度・仕組みづくりが進んできています。例えば、出産復帰後の仕事を柔軟にし、一定期間勤務日数を減らす・サロンの中に保育園をつくるなども全国で取り組まれています。
活動の結果、女性が働きやすい環境は整ってきていると感じます。最近では、従業員に休んでもらうために営業時間を短くするサロンも増えてきています。
一般的にはお客様満足の後に従業員満足を考えるケースが多いですが、美容業界は特に従業員の満足がサービスの質を高め、お客様満足につながる特徴があるので、営業時間を短くしても逆にうまくいっている企業が多いと感じます。
竹田:もともと飲食はアルバイト・パート比率が高い業界なので、働き方の多様化が進んでいるのですが、今後はこれをもっと進めていくことが個人的には必要だと思っています。具体的に挙げると4つあります。
ひとつ目はフルタイム×マルチタスクではない、短時間かつ自分の得意な業務を行うなど、業務を切り分けた働き方の制度づくり。例えば仕込みだけあるいはメニュー企画や販促企画といった業務をオンラインで行うなどの整備ができれば、多様性のある働き方ができるのではと考えています。
ふたつ目は得意なスキルを処遇できる制度を整えること。
3つ目はスキルをポータブルなものにしていくこと。これは業界共通でできれば素晴らしいと思っているのですが、自分の得意な業務、接客技術、酒・食材の知識、販促などの知識。それらスキルを資格や技能レベルのバッジ制にするなどができれば、働く地域や会社が変わっても、自身の業務スキルを立証でき、それに応じた処遇ができるようになるといった取り組みができると良いと思います。
4つ目はこれから労働人口が減少していくなか、多様な働き方の人が集まってチームを作っていくという考え方が重要なわけですが、そのチームに人だけでなく機械も入ってくる、そういった考え方のパラダイムチェンジが必要になってくると思っています。
宇佐川:ありがとうございました。日本は人口減かつ少子化という状態なので、ひとりあたりの価値が今後さらに高まっていきます。従来の当たり前である、残業ができて何でもできる人が欲しいという考え方ではなく、短時間で専門性の高い仕事をする、機械・人とのタッグをしっかりつくるなどの働き方を考えていかなければならないと感じています。
今回この先進事例から何をお伝えしたいかというと、「業界の今までの当たり前を“非常識”として捉えるべきではないか」ということです。例えば、「その仕事は、現場にいなければできないのか」「本当に人がやらなければならないことなのか」と、これまでの思い込みを捨てて新たなやり方を模索していくことが大切になってくるのではないでしょうか。
先ほど旅行業界からメニュー開発をリモートで行う、美容業界からは営業時間短縮で従業員満足度を上げ、顧客満足度も上げていくなどのニーズや時間の“ずらし”などの事例を共有してもらいましたが、固定概念を捨てて、経営や業務推進を考え直してみることが重要だと考えています。
特に今回事例を紹介いただいたサービス業界は「現場で働く」前提で、さらに24時間365日対応を求められる業界での取り組みもあったので、他業界にもずいぶん役立つのではないでしょうか。
ES起点にCS向上、業績向上という好循環の輪を他業界にも拡げていきたい
宇佐川:今後の人材確保や定着・活躍には、働き続ける・活躍し続けられる環境づくりが肝要です。そのためにはキャリアを分断させない仕組みづくりや、働き方の柔軟な選択肢・やりがい/キャリアアップできる機会の創出が欠かせません。
IT化・技術革新×新しく変化したマインドセットを制度化していくことで、従業員が生き生きと活躍できる環境、そしてお客様が満足するサービスを提供できる世界をつくることができます。
ES(従業員満足度)がCS(顧客満足度)につながり、それが業績向上につながって従業員の報酬がアップし、やりがいをさらに生んでいくという好循環を生んでいければ、嬉しく思います。本日はご清聴ありがとうございました。