【後編】経営課題を解く上で必要だった「組織の多様性」――キリン、リクルートが取り組む実践型プログラムとは
ダイバーシティ経営は今後、どのように進んでいくのか? 実践型プログラムに取り組むキリンホールディングスとリクルートマーケティングパートナーズに聞く
働き方や組織との関わり方、個人の生き方も多様化する中、企業は多様な働き方を受容する態度が求められている。
経済産業省が2017年に発表した「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」をはじめ、「新・ダイバーシティ経営企業」の選出など、国もその動きを推進している。
従業員が多様性と向き合う機会を生み出す「実践型プログラム」に取り組む、キリンとリクルートマーケティングパートナーズ。両社とも、多様化する人材がより活躍できる職場を目指し、育児や介護、パートナーの看病など、様々なライフステージで向き合う変化を踏まえ、働きやすい組織作りに挑んでいる。
多様な人材が活躍できる職場作りには何が求められるのか。キリンホールディングス株式会社(以下、キリン)金惠允(キム・ヘユン)氏と株式会社リクルートマーケティングパートナーズ(以下、RMP)浅田優子に話を聞いた。
後編では「実践型プログラム」の具体的な施策、プログラム実施を通して見えてきた課題、今後の展望を聞いた。
小さな積み重ねが共感の連鎖を生み、反響につながる
「働き方改革」に主眼を置き、特色ある社内制度や施策を展開するキリンとRMP。前編では、ダイバーシティを成長戦略の一環として重視する理由や、自社の組織カルチャーを見定めながら「実践型プログラム」を発足させた経緯を語ってもらった。
キリンが実施するのは「なりキリンママ・パパ」。各社員が1カ月間、育児や家族の介護など時間に制約のある働き方になりきる体験をすることで、組織全体の意識変革につなげていく取り組みだ。同プログラムは、育児に限らず、介護や看護といった人生で直面する多様な場面にも展開するなど、今も進化を続けている。人事総務部多様性推進室の人事担当(※ 取材当時)・金惠允さんはこのプロジェクトを進める中心メンバーのひとり。
一方、RMPは社員向けの子育て家庭の生活体験プログラムを導入する。「育ボスブートキャンプ」と名付けられた同プログラムは、「ダイバーシティ&インクルージョン」の理解促進を目指す取り組みだ。このプログラムを担当する、企画統括室 経営管理部 人材開発グループに在籍する浅田優子は二児の母でもある。
「実践型プログラム」にロールモデルは存在しない。試行錯誤しながら、日々アップデートする具体的な施策について聞いた。
金 「なりキリンママ・パパ」は、各社員が1ヵ月間、ママやパパ、家族の介護などによる「制約のある働き方」を体験することで、組織全体の意識変革につなげていく取り組みです。2019年4月現在、プロジェクトに参加した社員は約150人を超えました。
浅田 本格的なスタートは2017年ですよね? 巻き込み型のプロジェクトを進めるには、いくつものハードルが立ちはだかると思うのですが、キリングループ内に広く認知され、浸透していった理由はなぜだと思いますか?
金 ひとつ言えるのは、実際にプログラムを体験した社員の反響の大きさでしょうか。「子供の急な発熱で呼び出しを受けたら、すぐに帰宅しないといけない」といった「制約のある働き方」を徹底するルールを細かく設けたので、疑似体験とはいえ、突発的なトラブルが容赦なく起こる(笑)。リアルな体験をした社員は、あらためて業務の取り組み方をかなり見つめなおすことになります。日頃から上司と密なコミュニケーションを図っておく必要性や、同僚や部下との情報共有の大切さなど、多くの気づきを得られるので、結果としてチーム内にもプラスの相乗効果が生まれる。小さな積み重ねが共感の連鎖を生み、反響につながっていったと思います。
浅田 座学の研修ではなく実践型のプログラムなので、参加者の納得感が違うんでしょうね。「育ボスブートキャンプ」でも同じような印象を受けました。参加者(主に管理職)は、実際の家庭で4日間の育児体験インターンを行います。家庭と仕事の境界線を越える体験を通じ、職場のメンバーの仕事だけでなく、その先にある生活や生き方に思いを巡らせるようになる。すると、社員同士のコミュニケーションやマネジメントの仕方が変わっていくんです。
金 仕事のやりとりだけでは見えない面が見られるとともに、さらに深いコミュニケーションを生み出すきっかけにもなりますよね。
浅田 「育ボスブートキャンプ」は育児を体験して終わり、ではありません。体験者がインタビュアーとなって多様な環境にある社員に話を聞く「ダイバーシティインタビュー」というプログラムにも力を入れています。
多様な価値観をもった社員同士が利害関係なく踏み込んで会話することを通じて、仕事や暮らし、自身の生き方を反芻する機会になってほしいと思っているんです。その後、自身のマネジメントを振り返ったり、多様な組織を考えるワークショップなども行い、最終的にはアクションプランを発信してもらいます。
金 単なる育児体験にとどめず、ダイバーシティ推進と、マネジメント側の成長、そこから組織文化の変化へもつなげる取り組みなんですね。
我々も「なりキリンママ・パパ」を実施したことで、いい意味でみんなお互い様という意識が強まりました。「ちょっと抜けないといけないんですけど...」となっても、お互い様だからこそ「いいよ、いいよ」と声を掛けあったり、業務を変わったりが自然とできるようになる。互助のマインドが強まり、組織風土の改革にも大きく寄与しました。
広がるムーブメント。真のダイバーシティを目指して
社員による共感の連鎖、労働生産性の向上とともに、順調にその価値を高めてきた「なりキリンママ・パパ」と「育ボスブートキャンプ」。
社内外双方からも注目されるなど、順調に成果を挙げているように見えるが、両社とも、「プログラム実施をとおして見えてきた課題もある」という。
金 プロジェクト始動に際し、社内向けに「なりキリンママ・パパ」が始まることを告知すると、あるママ社員からこんな意見が届きました。「この時代、結婚する/しないの選択、子供を持つ/持たないの選択は自由。持ちたくても持てない人もいます。育児と仕事の両立という言葉を使うことが多いけれど、人知れず悩んでいる人はいます。介護、看護、自分や家族の病気......会社ではみな同じ顔をしているけれど、氷山の下は全部違う顔です。多くの人に配慮したプロジェクトになることに期待したい」。この投書を読んだ時、向き合うべきものの大きさをあらためて実感しました。
浅田 なるほど、とても大切な視点ですね。
金 我々が見ている"多様性"という言葉さえ、すでに多様性を欠いているかもしれない。その意識は外せません。投書の言葉を借りるならば、我々は"多様な氷山の下"と向き合わなければいけないのです。「なりキリンママ・パパ」も、プロジェクト名にこそ「ママ・パパ」という言葉は残しましたが、現在はエントリー時に、育児や介護、パートナーの病気など、多様なシチュエーションを選べるようにしています。
浅田 今年で4年目になる「育ボスブートキャンプ」も、徐々に新たな課題が見えてきました。実際の家庭に滞在し、育児体験インターンをするプログラムなので、実施回数を倍増させていくことが難しく、現時点で実際の体験人数はRMPの社員数からすると少数に留まります。
金 理想をいえば社員全員に体験してほしいけれど、簡単にはできませんね。「なりキリンママ・パパ」も、2019今年2月からはキリンホールディングス、キリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンの全国の全部門の社員が対象に拡大しましたが、ここからが勝負だと思っています。
浅田 全部門とはすごいですね。そこで貯められた知見をぜひ共有いただきたいくらいです。(笑)
金 ぜひ、ナレッジが貯まった際には御連絡させてください。こういった動きは、社内はもちろんですが、本質的には社会が向き合うべきものです。個社でできなくても、手を取れば実現できることもある。異なる価値観や事情を受容し合い、個の強みを価値創造につなげる、ムーブメントとして成熟させていきたいですね。
浅田 個の強みを価値創造につなげる、本当ですね。引き続きよろしくお願いします!
プロフィール/敬称略
※プロフィールは取材当時のものです
- 金 惠允(キム・ヘユン)
- キリンホールディングス株式会社 人事総務部 多様性推進室(取材当時)
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2009年入社。九州エリアでの酒類営業に5年間携わった後、2014年より現部署へ。現在、「なりキリンママ・パパ」の全社展開に尽力。現在は、Brooklyn Brewery JapanのAccount Directorとしてブランドの魅力を伝えるために奮闘中。
- 浅田 優子(あさだ・ゆうこ)
- 株式会社リクルートマーケティングパートナーズ 企画統括本部 経営管理部 人事グループ 兼 株式会社リクルート 人事統括室 ダイバーシティ推進部
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2007年、リクルートへ新卒入社。ゼクシィ営業を経て、人事へ。現在は株式会社リクルートマーケティングパートナーズのダイバーシティと株式会社リクルートのダイバーシティ推進部を担当する。「育ボスブートキャンプ」にも尽力中。二児の母。